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〝戦天使〟が見た過去(ユメ)は  作者: 筑間 陸
〝戦天使〟編
10/35

9.先輩と現実

 思いの外ぐっすり眠って臨んだ翌日は、だいたい昨日と同じ内容だった。朝食のスープを作り、休憩時間はスーダの所へ行き、先生から様々なことを教わる。自由な時間は、食べる時間と寝る時間ぐらいだ。

 次の日も次の日も、そのまた次の日も。

 ずっとずっと、同じような日の繰り返し。


 その繰り返しが重なって、三年になった。


 十二歳になった少女は、とある隊の見習いになっていた。

 倒れるほどの訓練の成果か、剣術も体術も周りとほぼ同じくらいのレベルまで達した。魔術の方は、あの時以来さっぱりだが。

 剣術は、自分でも驚くぐらい上達が早かった。一つ一つの動作が、あまり違和感なく体に染み込んでいくのだ。だから剣を構えたり振ったりするのは、それほど苦ではなかった。少なくとも、魔術の授業よりは。

 あの馴れ馴れしい少年は、望み通り第1番隊の見習いになり、医者の息子は第3番隊の見習いになった。最近はあまり会うことがない。

 ――あいつら、どうしてるんだろう……。

 何となくそんなことを思いながら、今日も先輩たちが使った武器を手入れする。

「メイー、メイいるー?」

 そんな彼女を呼んだのは、第0番隊隊長のレイア・ヘリー。歳は二歳上で、肩にかかる濃紺の髪と、桃色の瞳が特徴的だ。彼女は、会ったその日から『メイでいい?』と言って、そう呼んでいる。

 それが姉との生活を思い出させ、少し嬉しくて寂しかった。

「ここです、ヘリー隊長」

 手を挙げて返事をする。

「レイアでいいって。ねえ、ちょっと来て」

「あ、はい」

 ふいていた武器を置いて、彼女の後を追う。

 倉庫内の開けた場所まで来ると、レイアは言った。

「さ、選んで」

「え?」

「どれでもいいよ。好きな得物(やつ)選んで」

 ずらっと並んだ武器を指す。

 メイローラは戸惑いつつも、いつも訓練で使っている細身の長剣を取った。レイアの方は、自分の物らしき剣を二本手にしている。

 その形状は、少し変わっていた。二本とも長さはさほどないが、刃先が上に丸く曲がっている。しかもその色は、鈍く光る黒。

「これが私の〝爪〟」

 でも、と片方を地面に置く。

「ハンデをあげる。ちょっと不公平だもんね」

 それで、納得した。

 ――手合わせ、するんだ。

 理由は分からない。だが、今から行うのは一対一の勝負だ。

 寒いわけでもないのに、背中を汗が流れる。

 緊張と恐怖と、昂揚。

「私を傷つけることができたら、メイの勝ちね。――いつでも来なさい」

 その途端、レイアの発する〝気〟が変わった。

 触れると切れそうな、鋭い〝気〟。

 ――怖がるな!

 震えそうになる足を、素早く前に出す。

 キィンッ!

 レイアは軽々と受け止めた。

「いっ……!?」

 脇腹に鈍い痛み。

「体術はだめ、なんて言ってないよ」

 余裕の笑みを浮かべてくる。

 落ち着け、と自分に言い聞かせて、いったん間合いを取る。レイアはそれを一瞬で詰め、剣を横薙ぎに振るった。鋭い熱と共に、頬が浅く切り裂かれる。

 が、その隙に空いた胴に、メイローラは斬り込んだ。当たるとは思っていない。

 手を走ったのは、何かを斬る感触。

 ゆっくりと、レイアが膝をつく。

 ――え?

 白い練習着が、赤く赤く染まっていく。自分の持っている剣からも、赤いモノが滴り落ちる。

 レイアの、苦しそうな表情。

「あ……」

 その瞬間、意識が真っ白になった。



最初に視界に入ったのは、心配そうな三つ編みの顔。

「大丈夫、ですか……?」

「……あ、うん」

 答えて、思い出す。

 視界を染める、赤い赤い――

「た、隊長は!?」

「その人なら……」

 と、包帯を巻いたレイアが、複雑そうな表情で入って来た。

 傷が痛むのだと思ったメイローラは、慌ててベッドから下りて頭を下げた。

「す、すみませんでしたヘリー隊長!」

「あー、ごめんねメイ」

 同時に言った。

「え?」

「レイアでいいって……じゃなくて。驚かせてごめん」

「そんな、こちらこそすみませ」

「違うの」

 きっぱりと否定する。

「あれ、演技(うそ)なの。全部、私が仕組んだんだ」

「嘘……?」

「うん。ほんとはあの後何もなかったような顔して、驚かせようと思ってたの。でも急に倒れちゃうからさ、こっちが驚いたよ」

 レイアは困ったように笑う。

「……あの、どういうことですか?」

「こういうこと」

 言うなり腰に差してある剣を片方抜いて、


 自らの腕に、突き立てた。


「あっ……!」

 声を出したのはメイローラ。

 レイアは、そのまま躊躇いなく下へと切り裂いていく。

 顔色一つ変えず、困ったような笑みを浮かべたまま。

 血が、そこからどんどん流れ落ちる。

「なっ、何してるんですか!?」

 我に返ったらしい三つ編みの少女が叫んだ。

「あ、ごめん。汚しちゃって」

 レイアは、やっと腕から剣を抜いた。血は、まだとめどなく流れ出ている。

 少女は慌てて包帯を取り出して、手際よく巻き始めた。

 処置を受けながら、呆然と立ち尽くすメイローラにレイアは言った。

「見たでしょ? 私ね、痛覚がないの」

 少女も思わず顔を上げる。

「だから、どんなに殴られても蹴られても斬られても、全然痛くないの。これ、さっきわざと斬られた時に言おうと思ってたんだけど、メイ気絶しちゃったからさ」

 冗談っぽく言い、そのまま付け加える。

「ま、こんな体質だから、私は〝戦天使(ここ)〟に売られたんだけど」

「え、売られた?」

 訊き返してしまう。

「ここ、志願制なんじゃ……」

「基本はね。でも、例外だってある」

 それが私、と自分を指す。

「それに、ぴったりだと思わない? 日常ではみんなに気味悪がられるだけだけど、戦場では違う。痛みがないから恐れもないし、戦い続けられる。もちろん、その分リスクも高いけどね」

 当然のように語った彼女に、メイローラは言葉を返せなかった。

 ――そんな。こんな、戦うためだけに生まれたような人がいるなんて。

 しかも、その体質を最大限に利用しようとしている。自らの意志で〝戦天使(ヴァルキリー)〟に入ったわけでもないのに、隊長にまでなっている。

 それを『前向き』という一言で表してしまってもいいのかどうか、メイローラには分からなかった。

 と、

「……つらく、ないんですか」

 包帯を巻き終えたらしく、少女が訊いた。

 レイアは唇を湿らせて、

「うん。ここに来たのは五歳の時だから、家族との記憶もあんまりないし……私の家は、ここだから」

 力強く笑ってみせた。

 少女は『そうですか……』と返すと、

「この傷、一応先生に診てもらってくださいね。浅いから大丈夫だとは思いますけど」

「分かった、ありがとう。じゃあメイ、そろそろ戻ろっか。もうすぐ夕食だし」

「はい」

 二人は部屋を出て、廊下を歩いた。

 しばらくは無言だったが、やがてレイアが口を開いた。

「ねえ。さっき、何で倒れたの?」

 唐突な問いに、メイローラは戸惑う。あの時の映像が、頭の中を一瞬で流れる。

「……当たるとは、思ってなかったんです。でも隊長は倒れて、血がにじんでいて……。私がやったんだ、って思った瞬間、目の前が白くなったんです」

 正直に伝えた。

 レイアは『そうかぁ』とうなずくと、

「だめよ、そんなんじゃ」

 厳しく言い放った。

「模擬戦で私を斬ったくらいでびびってるようじゃ、本番では勝てない」

「っ、別に、怖かったわけじゃ」

「じゃあ何? 罪悪感?」

 とっさの言い訳にも、レイアは容赦ない。

 ――いつもの隊長じゃないみたい。

 普段は穏やかな桃色の瞳が、鋭く細められている。

 彼女は諭すように続ける。

「あのね、〝戦天使(ここ)〟は戦闘部隊なの。ただ身体を鍛えるだけの訓練場じゃない。あなたはまだ見習いだけど、私――第0番隊(わたしたち)他人(ひと)の命を、人生を奪ってるの。もう何十人も、この手で殺してる。まるで作業のように」

 機械のように、と両手を握り締める。そして、真っ直ぐにメイローラを見つめた。

「私だって、最初は罪悪感も抵抗もあった。でもすぐに消えた。消さざるを得なかった。だって、そうしないと自分が危ないって気づいたから。相手を斬る時に罪悪感があれば、躊躇いが生まれる。その間に自分がやられるかもしれない。だから、罪悪感なんて必要ないの。相手だってそう思ってるだろうから」

 冷淡とも言える口調で、そう言い切った。

 十二歳のメイローラにとって、その言葉はとても厳しいものだった。

 だが、それが現実だ。

 そのことに、メイローラはやっと気づいた。気づかされた。

 〝戦天使(ヴァルキリー)〟に入ろうと決めた瞬間から、すでに目標は固まっていた。だがそれを達成するまでの経緯については、あまり深く考えたことはなかった。

「メイは、何で第0番隊を選んだの?」

 レイアの言葉が、彼女を数ヶ月前へと引き戻す。

 


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