1.壊された日常
少女は帰り道を歩いていた。
手には果物が入った籠を持ち、その表情は明るい。
だが、彼女の着ている物はあちこちがすり切れていた。靴にも穴が開いている。お世辞にも、裕福そうとは言えない。
それでも、彼女の表情に曇りはなかった。しっかりと前を向いて、どこか楽しそうに歩いている。
帰った先で何が起こっているかなんて、考えもしないまま――。
小国カルミア。
サラマンダー大帝国とキャラウェイ王国に挟まれた、小さな国だ。
だが現在は、七大国家火の国とも呼ばれる大帝国の、ほぼ属国状態にある。〝小サラマンダー〟とも称されるほどだ。何をするにも帝王の言いなりである。その代わり、守られてはいるのだが。
そしてもう片方の隣国、キャラウェイとは争いが絶えない。国境付近でよく小競り合いが起きている。
そんな平和と言えないこともないこの国で、メイローラ・シュイは暮らしていた。
「ねえ、メイ」
呼びかけたのは、姉のラミーナ。
「ちょっと果物を買って来てくれない?」
「いいけど……何で?」
「内緒」
ラミーナは微笑んで、妹に籠を持たせた。
二人には、両親がいない。
父親は戦地に、母親は働きに出たまま、帰ってくることはなかった。二人が十一歳、六歳の時だ。
それ以来彼女たちは支えあい、貧しいながらも幸せに暮らしている。
「何を買えばいいの?」
メイローラが尋ねる。
「メイの好きな物」
姉の答えにうなずいて、『行ってきます』と手を振った。
ラミーナも微笑って振り返した。
言われた通り好きな果物を買って、メイローラは家に向かっていた。
日差しがきつい。早くしないと果物が傷んでしまう。
走るようにして歩くと、家に着いた。
「ただいまー」
汗をぬぐって、ドアを開ける。
「――え?」
家を間違えたとすら思った。
だが、割れた窓も壊れたテーブルも引き裂かれた絨毯も、すべてが今日まで使ってきたものだった。
ただ、一つ欠けているものがある。
「姉さん……?」
ラミーナの姿がなかった。
部屋に入る。
「どこ? 隠れてるの?」
寝室にも。
「姉さん」
台所にも。
「姉さん!」
どこを捜しても、姉はいない。
「痛っ……」
ガラスの破片で足を切った。血と痛みが、じわじわと広がる。
――そうだ。きっと姉さんは出かけてて、その間に泥棒が入ったんだ。だから、もうすぐ帰って来るはず。
そう思い安心して座り込むと、手が何かに触れた。
「あ……」
銀色の首飾りだった。
――違う。姉さんは余程のことがない限り、これを外したりしない。父さんと母さんの写真が入った、この首飾りを。
じゃあ姉さんは……と考えた時、
「シュイ家というのは、ここかな」
ドアが開いて、男が数人入ってきた。一人がメイローラを見つけて、声をかける。
「君が、メイローラ・シュイ君かな?」
黙ってうなずく。
「そうか……。じゃあ、ラミーナ君の妹というのはき」
「姉さんはどこ?」
首飾りを握り締めて、メイローラは訊いた。
男は困ったような顔をして、
「先に足の手当てをした方がい」
「姉さんはどこ!?」
彼女の再びの問いに、ふうと息をついた。
そしてその目を真っ直ぐに見て、
「君のお姉さんは――」