プロローグ
赤い噴水が大地を塗る。
ヒトのものとは思えない絶叫が世界を渡る。
巨大な影が大地の一部へと消えうせて。
また一振りの大剣が《神》の体に傷を走らせて。
振りぬかれた大剣にこびり付いた赤を、その持ち主が振り払い、滴となって世界に落ちた。
波紋が広がる、赤い水溜りの四方八方に広がるのは、無残にも斬られ、裂かれ、解体された《神》の死体が、それこそが地面かのように地に伏せている。一筋しかない傷は深く、死していない《神》からは未だに、絶えず流血を流していた。
だがまだだ。
百鬼夜行の如く、まだ《神々》は牙を立てている。
飛び掛る《雷神》。造作もなく、音速を超えた神速でただ振りぬかれる大剣。煌めく太陽。鈍い轟音。揺れる赤い長髪。
全てが一瞬で終わる。
その巨体が空気を退け、血反吐を吐き、《神》でありながら倒れる無様な光景を生み出している間に、振るわれた大剣は別の《神》の首を刎ねる。
《神》という絶対の定義を覆す力が、次々に《神》を世界から葬り去る。
その力を持つものは、まさしく《神殺し》と呼べる。
ただ、《神殺し》の赤い双眸には一体の《ヒト》しか映っていない。
《神》という障害物同士の隙間から見える、場に相応しくない人影が、一つ。それは中性的で、華奢な少女だ。髪や肌は白く、目は金色。薄汚れた外套を羽織り、《神々》に囲まれ、機械的な一切の感情のない……ただ殺意に似た何かを持った瞳で《神殺し》を見ている。
《神殺し》――それは少女の形をしている。《神》という無骨としか言えない姿とは対照的な優美な姿。少女のその射殺すような視線に、《神殺し》は、美しく、艶やかに、なにより悪魔的に笑みを浮かべた。
対して少女も笑う。笑うという、当然であるのに、まるで《神殺し》の真似をして意味も知らないまま憶えてしまった行動のよう。
最も異質な、不吉な存在。それが少女だ。
その存在を待ちわびたかのような《神殺し》の残虐な感情が、物理的に世界を覆った。
世界が、限りなく鮮血の赤へと近づく。
いつの間にか、また新たに肉塊を作っていた《神殺し》は吼える。威嚇のために大きく口を開き、耳障りな絶叫をする一体の《神》の顔を正面から何の変哲もない素手で刺突。厚い筋肉を、ふやけた紙のように貫いた手はそのまま生々しい肉を掴み、《神》の胴体を引き寄せ――首の肉を大剣で抉る。
顔に突き刺したままの手を、手刀の構えへと形を変える。
まっすぐ、直線的に引き上げた腕が死体の頭を『内面から』割る。その一連の動作を終えたや否や、《神殺し》は一気に跳躍。弾丸のような速さで近づいてくる《神》へと襲いかかる。
その大剣からは、柄を握る《神》の体すら引き裂く手によって殺意を委ねられ――屈強な《神》を一撃で葬る斬撃を放つ。
ただし、攻撃は届かなかった。
堅すぎる障壁が、《神殺し》の目の前に出現。忽然と現れたそれが行く手を阻む。
あっけなく弾かれた大剣は手元を離れ、《神殺し》も否応なしに後方へと退く。
際限なく溢れ出る殺意に染まった眼光が、ゆっくりと正面へと向けられる。
改めてみると、それは障壁ではない。巨大な《神》であるだけであった。
よくも邪魔したな。そんな激しい憎悪が、再び大剣を握るために疾走を始める《神殺し》の背中を押した。
《神》も黙って大剣を握らせようとはしない、暴風や氷、巨大な槍や雷の弾丸が無尽蔵に作成され、《神殺し》へと正確に放たれる。
それを視界へと入れる《神殺し》は、大きく飛び退き、目の前の大地が穿たれるのを見守る。それから目を離したときは、再度、大剣と自身との距離を測っていた。
遠い。たったの数メートルが、とても長く感じられる。
再び霰のように降り注ぐ殺意の散弾が、《神殺し》の足元を削る。そして《神殺し》の体を直撃――するようなことは、決してなかった。
無数に転がる《神》の死体が、《神殺し》の目の前へと瞬時に移動している。散弾は《神殺し》ではなく死体へと降り注ぎ、余計に肉を砕いていく。
大剣を早期に回収することを諦めた《神殺し》の指が、その死体でなった《肉塊》の体を弾く。澄んだ炸裂音がその肉塊の全てから、搾り取るように響き渡り――死体を黒へと変換する。
その黒は色を保ったまま粒となり、軽くなったその身で宙を漂よう。
その粒の塊を、《神殺し》の白い手が握る。
空間が――淀んだ。
一部の黒が黄金へと姿を変えていく。
黄金の魔眼。
それに肉付けするように残りの黒はパーツとなり、一種の凶器へと黄金のそれを変貌させる。
その終着点として黒は――処刑鎌へと身を変化させた。
処刑鎌が処刑鎌である故の刃は、とてつもなく明るい、半透明の黄金。莫大なエネルギーを表現するかのような巨大な鎌は、姿を固めるとしっかりと《神殺し》の両手に握られる。
刹那、鎌が大薙ぎに振られる。
すると不思議なことに、離れていた《神》の首を鋭い一閃が刈った。
なにが起きたとは誰かが言うわけもなく、ただ現象という紐を解くならば、刃が柄から抜けて飛んでいった、という極めてシンプルなもの。
抜け落ちた刃は再構成され、まるで今の惨劇が特殊なものであったと錯覚するのに相応しい効果を発揮している。
それにより、《神》は理解しがたい現状を把握するための時間を勝手に設けてしまう。
今度は退かない。走り抜ける。把握するまでもないといった《神殺し》を殺し返すことを優先とした一部の《神》の猛攻を潜り抜け、横たわった大剣を拾う。これで用なしとなった処刑鎌は黒い粒になり空へと帰り、《神殺し》は身を屈め、代わりに再び大剣による虐殺が始まる。
大剣ゆえの重みを手に感じ、安堵の息を――吐かずに一瞬で《神》の群れた地へと詰め寄る。
大地を踏み抜く《神殺し》の足が、大剣を構える腕が、殺すという思考が、全てが繋がり、大剣を高速の一閃へと変貌させる。
また《神殺し》が踊る。《神》も踊る。バックグラウンドミュージックは《神》の断末魔。舞台は赤い絨毯の上。振りぬいた大剣が、また新たなペアを探し、返しの刃で両断する。
ただ《神殺し》は楽しめなかった。双眸は白い少女の姿を求め、血が飛び散る中で、必死に動いている。
やがて暴風にも思えた剣が動きを止める。斬り裂いていく過程で剣に付着した《神》の肉が重力に誘われて、グロテスクな音を立てて落ちた。
――見つけた。
今度は嗜虐的な愉悦を含んだ微笑みを浮かべ、目を細めた《神殺し》は大剣を空へと掲げた。
数多の《神》を引き裂いてきた《神殺し》の相棒は音叉のように震える。すると《神々》の死体へと伝播され――振動をより強力なものへと進化させていく。
そして、激しい振動に耐えられなくなった肉塊が次々に黒く染まっていった。
黒い粒。それは先程とは全く別次元にも思える質量で大剣を軸に渦を巻き……、荒れ狂う竜巻となる。
竜巻は飲み込んだものを粉々に噛み砕く、巨大なミキサーだ。
それの危険性を悟った《神々》は、背を向けて一斉に走り出した。少女も逃げる。その光景に、《神殺し》は大いに笑った。
振り上げた腕を下ろす。まるで皇帝が、反逆者に自ら死刑を宣告するかのように。
同時に、大剣に纏ったソレは地面に落とされ――直線状にある全ての《神々》を竜巻に飲み込ませた。
ミキサーの中で、断末魔の嵐が世界の最果てにまで届きそうなくらいの爆音へと化す。
しかし《神殺し》はあからさまに舌をうった。
ズタズタに引き裂かれて、ひしゃげていく《神々》の中に、白い少女はいない。
逃げた?――いや、これは。
《神殺し》の笑みが、ふっと消えた。
代わりに竜巻は消え、黒い粒は一目散に消えうせる。
そして《神殺し》は何を思ったのか、大剣を音速に迫る圧倒的な速度で背後へと振り下ろした。
鳴ったのは衝撃音。いや、剣という存在同士が噛み合う軋んだ音だ。
《神殺し》は大剣の柄を一瞬で逆手に持ち直し、全体重を大剣に乗せる。絶叫し、腰に力を入れ、背後で魔法か、妖術か、虚空に絵の具を滲ませたように空間をぐにゃりと歪ませて現れた《白い神》への殺意を撒き散らす。
軋んでいた音はすぐに失せた。パキンッ、という硬質なものが折れた音が《神殺し》の耳と手に返ってくる。
直後、《神殺し》の足が《白い神》の腹を蹴った。
紙一重でソレを避けた《白い神》が一度、《神殺し》との間に距離を取ってくる。
大剣は――折れていない。当たり前だ、大剣であるのに折れてどうする。
折れたのは、剣へと形状を変えていた《白い神》――白い少女――の細い腕だ。
ドクドクと失った腕から血を流す《白い神》は、痛覚、いや恐怖すら知らない無表情を貫いている。
知らないから貫ける、というものではない。
生まれたての赤ん坊よりも、ずっと精神が幼いからでもない。
その少女という殻を被ったものが、自分が死ぬとは思っていないのだ。
それが、《神殺し》の癪に触れる。
世界を反転させるような怒りが、声となり、思考となり、《神殺し》という少女の頭上に黒い粒を呼び寄せた。
黒い粒。次の形は黄金の瞳でも、処刑鎌でも竜巻でもない。
まるで黒曜石の結晶のような形状で、《神殺し》の肩甲骨に吸い付いた。すると、眼光鋭く敵を見すえる彼女の背後から、炎のような一対の柱が立った。
一瞬で結晶が爆ぜる。中から現れるのは血のような赤黒さではなく、純粋に明るい赤。
それは巨大な翼。炎を祓って、優雅に動作する様は天使のようだ。
羽毛が飛び散る。閃光も飛び散る。
美しく地へと落ちていく羽毛の隙間をぬうように、翼から伸びた幾本もの赤い光の束が急なカーブを描きながら空で舞う。
その先端は、地上へと既に叩きつけられていた。
ジュッ! と遅れて鼻腔をつついたのは焼け焦げた血の臭い。
何度目かも判らない金切り声の断末魔が、周囲から発せられる。そして何度目かも判らない崩れ落ちる巨体の影が、大きな砂埃を巻き上げた。
光に射抜かれた《神々》の死体が消失し、塵のような無数の黒い粒が現れる。粒は吸い込まれるように翼へと吸収され、より翼の明度を明るくした。
金属同士が擦れ合う音を小刻みに鳴らす大剣を肩へ担ぐ《神殺し》は、翼の状態など気にも留めないまま《白い神》から目を――離した。
横から迫る怒気に殺気――そして、いつからだろう。そこには人一人分にも相当する握りこぶしが浮いていた。たまらなく遅い。
直後、《神殺し》の少女が立っていた地面が穿たれる。
それだけでは終わらない。圧倒的な質量が、圧倒的な巨体が、体の向きを変えて、一度は剛腕を避けた上で、空高くへと飛翔した《神殺し》に向けて再び振るわれた。
目の前に迫る握りこぶし。横から視界にせり上ってきたのは翼を出現させる前の《神殺し》の一撃を防ぎ、弾いた、灰色でメタリックな皮膚を持ち、無骨な体つきをしている《神》の巨大な頭部。
空で器用に宙返りする《神殺し》の少女は苦い表情をし、肩に担いでいた大剣を自身の目の前を空ぶった剛腕に叩きつけた。
いや、叩きつけるだけではない。そのまま切っ先を立てて、落とす。火花を散らすと同時に何かが割れる現象を視聴すると、躊躇いもなくまた叩く。そして初撃と同様の過程で、落とす。
二撃目に際して、何らかの回路図のようにヒビが走ったその腕に、今度は一秒間に数え切れないほどの電光の如き斬撃を打ち込む。それも重量武器である大剣を使用して。それが二秒、三秒と続き――やがて、その巨木のような腕は本体から折れた。
地上目指して落ちていくその腕も、惨殺された《神々》と同じ《神》の一部だったがために、黒い粒へと砕けた。そして空に停滞する一点へ向け、橋のように薄っぺらい形状へとすると――そこへ水のように流れていった。
その断った腕すら翼の肉とし、吸収した少女は空中での姿勢を整える。そして《神殺し》が巨人の《神》を面倒な障害と判断するや、咀嚼している獅子にも思える粘着質な音を、《神殺し》ではなく大剣が発した。
これこそまさしく刹那。瞬きせずとも、肉眼では決して追いつけない高速の動作が始まり、終わる。
すると大剣は、まるで大剣の中に閉じ込められていたかのように出現した、長く、細く、先端が二又に割れた銃へと切り替わる。握っていた柄、及び右手から少女の前腕部にかけては、黒曜石にも見える結晶に覆い隠された。
その銃は、大剣の原型や面影を残していないにしても、根本にある柄に変化は一切ない。故に、銃でありながら引き金というものは存在しない。
そのため、引き金に相当するのは所持者の意思。
そして目の前にいるのは、殺したい敵と邪魔する雑魚。翼に纏っていた炎が体現しているように、殺意は物理的な力に。物理的な力は、引き金を引く意思となる。
雷鳴を思わせる轟音が鳴ると、二又の中央に位置する銃口から火が吹く。
射出されたもの、まさしく炎の化身にも見えなくもない巨大な火炎。それは《白い少女》の前で盾となるクズの顔面を爆発で焼いた。そして飛び散った火の粉が、世界に落ちて――世界を、地上を、見渡す限りの灼熱で燃やす。
一発だけでは物足りない。そして殺せない。閃く銃火が、障害と判断してもらえた《神》の目玉を抉り、弾かせ、器官を滅茶苦茶に荒らす。
と同時に、爆発する度に舞いあがる煙が《神》の巨体と傍にいた《白い神》を隠す。殺せたか、まだ生きているかに興味は無く、ただ戦術として《神殺し》は襲撃に備え、翼を羽ばたかせて瞬間移動にしか思えない速度で後方へと退く。すると、殺気が天を駆ける錯覚がした。
直後、赤い弾丸――それも、《神殺し》の銃が放つ火球ほどではないにしてもあまりにも巨大な火が頭上を通り過ぎる。子供が親を見て成長したのと同じく、直感で物をあつかうのと同じく、ただの学習された現象。それに《神殺し》は顔を顰めるのでもなく、驚愕を露わにするのでもなく、その弾丸を目で追う。
それは目標を射ることの出来なかったただのコピー。火の勢いは微々たるものでこそあるが、自然と鎮まっていき、焦がしたような臭いを残すのみでその短い存在を散らす。散り際に火は明るい赤から漆黒へと変わり、通常の鎮火と違い、《神》の遺体が《神殺し》に利用され、用済みになった後と同様に黒い粒となって空気に溶けていく。
そこまでを見届ける《神殺し》は平静を保つ。そして口を綻ばせた。ただし、口の一端は微かに吊りあがっており、実際は強い怒りを陰に隠しているのだろう。
証拠に、翼は根本から先端までいっぱいに広げられ、銃口も未だ広範囲を包み隠している煙へと向けられていた。その銃への変化と同時に腕を包みこんだ黒光りする結晶の中では、引き金を懸命に探す人差し指が疼いているように思えなくもない。
長大な翼が羽ばたく。それに合わせて、四方八方の除け者にされていた《神々》が動いた。彼らは一斉に唸り声から咆哮へと態度を変え、もう待ちきれない、といいたげに各々が所有する矛を構えた。
《神殺し》は、たった一度だけ空中からそれらを一瞥すると、脅威ではないと彼らの行動を視野から外す。そのため無防備な《神殺し》の背中を、投擲された黄金の槍が深々と貫いた。
本来なら致命ではなく、必殺の一撃。しかし《神殺し》の表情には一点の曇りもない。
続いて一条の閃光が面積の広い右翼を穿つ。貫き、しばらく消えずに直線状に突き進むと、急としか言いようのない折り返しと同時に分裂、そのままあらゆる角度から左翼に無数の矢が突き刺さり、うち一本が爆発。その一つの爆発につられて、残された矢も連鎖的に誘爆、煙が立ち上る。
爆煙の中、《神殺し》の胴体を貫いている槍の先端へと、《神々》は泥で作られた奇怪な竜の息吹で、天空からの雷で、同じく空から降り注ぐ火山岩で空間そのものを灼く。
吹き荒れる八百万の《神》による波状攻撃は物量に対しての目標物の小ささゆえか、偶然にも互いがぶつかり合い、エネルギーを炸裂させたがために突風を発生させながら、巨大な《神》と《白い少女》にまで取り巻いていた灰色の煙を含めた全ての障害を排除する。
落ち着かない《神々》は鬼の形相で黄金の槍の先端を見る。目を擦ることはない、目標はそこにいる。翼を、腕を、脚を、そして頭をだらんと垂らしている。だがその身はどういう訳か、理屈か、崩れていない。
危機感を覚えたのか、既に一部の《神》は続く第二射の構えを取っている。
――なのに一体、何体の《神》が咄嗟の判断なしで跳躍しただろうか。
不覚など彼らにはなかった。だが攻撃態勢を取っていた《神》の横を、何かが通り抜ける。渦の如き螺旋を描く一本の縄が――。
直後、グシャッ! とした肉を潰す鈍い音が立て続けに鳴る。同時に、剣と剣の鍔迫り合いが《神》の知らない場所にて、なんの前振りもなく、いつの間にか始まっていた。何事かと、状況を呑み込めぬまま条件反射によって跳んだ、ほぼ半数の《神》がそちらに顔を向ける。直後、その眉間を先ほどの縄に近い形状をした物体が貫通した。
無残にも《神》は頭部を串刺しにされ、生物と比べれば遥かに巨大な体をソレに軽々と持ち上げられる。そして末路は変わらない。肉体は泥のように崩れ落ち、全身くまなく黒い粒へと変換された。
当然、生き残った《神》はいる。大半の戦力を失いながら、生き残りの《神》が凝視するものは槍に貫かれた《神殺し》であった。尚も響く斬撃同士の打ち合いには意識は向けられておらず、《神》は、ただただ《神殺し》の体が、燃え盛った有機物の末路のように――すなわち灰のように散っていく様を見届ける。
直後、魅了されていた《神》の頭部に縄が叩きつけられる。脳がそこには存在しないのか、脳漿は飛び散ったりなどしない。だがその一発で《神》はあっけなく絶命する。
同時に、既に《白い神》と巨大な《神》との戦闘を行なっている《神殺し》が再び翼を噴出させた。身代わりなのか、本人だったのか、もしくは人形だったのか、灰のように存在を薄れさせていった槍に貫かれた《神殺し》はもういない。代わりに、銃を再び大剣にへと変形させていた《神殺し》は、《白い神》が振るった手を変化させて作り上げた一振りの剣を打ち払い、片手だけ大剣の柄から離すと、一気に至近距離にいる《白い神》の顔面を掴む。
巨人の《神》も黙ってはいない。身の丈に合った長く、太い脚を片方だけ、《神殺し》をまたぐようにソレの背後へと着ける。構図としては、《白い神》の顔面を正面から掴んでいる《神殺し》の後方を取ったことになり、握り込められた剛拳を叩き込むことは《白い神》を救出するという都合上ふりかざすことはできない。
故に、巨人の《神》は親指から小指まで全てを立て、吼えながら翼の生えた《神殺し》の背中に腕を伸ばした。姫を取り戻したいあまり、愚考の末に単純な行動に出た騎士のように。
《神殺し》は負けじと吼える。赤い眼が鋭く背後の《神》を捉える。少女はギリッと歯軋りしつつ、風のような手早さで、掴んでいた《白い神》の顔を力任せに宙に浮かせると、そのまま迫り来る手に叩きつける!
押しつぶされる少女の顔。眼球は飛び出て、歯は歯肉をこびり付かせつつ口から吐き出され、遅れて後頭部が割れる。間近で直視した《神殺し》の顔には、再び嗜虐的な笑みが帰ってくる。
妖艶な笑みだった。その底に居るのは残虐な笑い声。
目標を果たせたことへの達成感よりも、滲み出るのは復讐を果たした悪鬼の如き空虚な思いを振るい立たせるための笑い。
だが敵は、もう手前にいる巨大な《神》しかいない。地平線の彼方まで、《神》と思しき影は存在しない。
もう全部、殺してしまったのだ。殺して、殺して、殺しきった。
実にあっけない。少しばかり残念に思いつつ、個々のパーツが巨大すぎたために、《白い神》の顔を潰してしまっている現状すら把握できない孤独な《神》に嘲笑と侮蔑の視線を送る《神殺し》は、先ほど、地面から生やし、車輪状に大地に張り巡らせた縄状の物体に裂かせた《神》の死体から徴集した黒い粒を、巨人の《神》の背後に移動させていた。
そこに創造をする。芸術性は省き、ただ殺しを特化することだけにこだわった最高の一品を、創造する。
《神殺し》は、無駄な要素は切り捨てるつもりなのに、クッと笑ってしまう。面白みがなければ、怒りは冷めない。すると思い当たったのは、《神殺し》ではなかったモノを見分けられずに、愚かしくも貫いた槍だった。
いや、これはこれでいい案なのかもしれない。《神》が《神》の必殺と謳われる武器に殺されるとは、それもまた一興だろう。そう考えに至った刹那、苦もなく大剣で巨人の手を縦に落とす。もちろん、《白い神》の体は斬撃を放つ寸前の紙一重で《神》の手のひらから距離を取らせ、力無きその身体を分解することもないまま血まみれの顔面を掴み続ける。
砕ききれなかった汚い手に、さらにもう一閃の斬撃が落とされた。今度は完全に縦に砕け、手首までアギトのように二つに別れた。
そこから巨人の《神》の顔が覗けた。フィナーレを飾る、綺麗な花を咲かせたものを《神》の顔面に向けて放り投げる。無造作に、無表情を装って。
動揺の声が上がるのに一秒もかからない。ただ絶望を可哀想な騎士様に味あわせるにはもう少し時間を取ろうと、《神殺し》は彼の灰色の体皮をもつ《神》の様子を窺った。
――が、《神殺し》はつまらなそうに鼻を鳴らし、目を逸らす。
当然かもしれない。《神》は先ほどエネルギーの塊を何発も直撃しているのだ。片目が潰れ、胸板は数え切れないほど穿たれ、筋肉は剥き出しで――なにより醜かった。
そんな醜態にゴツッと、乾いた音が鳴ったのが雌雄を決する合図だと二体の化け物は悟る。
怒りが沸々と湧き上がってきているであろう《神》は、もはやがむしゃらに、《神》であったがために尽きることが容易ではなかったその身の、全生命力を賭けて足を振り上げた。待ち構えるように、《神殺し》は大剣を腰溜めに構える。少女の行動に、回避という選択肢はなかったのだろう。中腰の姿勢のまま嘆息し、肩の力を必要最低限に抜くと――大剣は元から長い刀身を黒い瘴気で包み込み、先ほどまでと比べれば実に三倍にまで伸びた。傍から見れば、それは一対の翼を生やした天使を正面から貫いた直剣にも見えなくもない。
その姿勢を《神》は戦闘の態勢に移ったと判断したのだろう。武人でも、ましてや仙人でもない《神》は殺されるわけにはいかなかった。鈍重ながらも、巨体に見合った高速の動きで《神殺し》の視界が灰色で覆い隠したとき、そして《神》の視界からも《神殺し》が視認できなくなったとき、果たして、その大剣は振りぬかれた。
《神》の下半身が吹き飛ぶ。
同時に、《神》の背後に待機させていた槍を音速を遥かに上回る速度で撃ち出した。それは、傷だらけの筋肉を引き裂いて、《神》の背から――胸まで、一切の抵抗もなく貫いた。
下半身しか消し飛ばせなかったことは《神殺し》は知っていた。故に遊びに興じた。といっても殺す気は本気であった。
槍は巨体を刺し貫いたまま、何処へと、塵となって消えていく。
《神》は胸に大きな穴を空け、逝った。そして《神》らしく、粒状に分解され、世界から消えてなくなる。
どうしようもなく、あっけない幕切れである。
《神殺し》の翼が消え、淀んでいた大気の流れが正常になる。翼という名のエネルギーの塊が気流に異常を生み出していた、ということに直結するのもまた然り。
周囲には分解していない《神》の肉片が残っている。この絨毯はまだ生暖かい。
そして、その絨毯の上に目的の《神》が横たわっていた。先ほどの《神》に向けて投げ捨てたモノでもあり、少女の姿を借りた、《白い神》。
改めてみると、《神殺し》の表情は強張るだけであった。紛れもなく、少女は《白い神》を嫌悪し、憎んでいる。
憎しみ、その延長線上に必然的に生まれる殺意が《神殺し》を動かす。大剣を中段の構えで固定し、そう距離の離れていない《白い神》にジリジリと詰め寄る。
《神》なら容易く絶命した一連の流れを通して、まだ《神殺し》は《白い神》を死んだと結論付けていない。あれで死ぬのは、生物の類に属する物体のみであるからだろう。
目の前に転がるモノは《神》だ。神という名を冠している存在なら、それを殺す存在がどう対処するかはいうまでもない。
打ち払い、潰し損ねた《白い神》の片腕は人間のそれと同じ。五本の指、手首、肘、と一通りのものが揃っている。そして剣からそれにへと戻ってもいる。不意打ちで《神殺し》の首を刎ねる程度、造作でもなかろう。
だから《神殺し》は止まらない。警戒もするが、根底には殺す気しかない。死んでいても、その死体を玩具のように壊し続けるしかない。それが憎しみなのだから。
不意に、ピクッ、と《白い神》の首が動いた。微々たる物ではあるが、それが人の形をしている以上、《神殺し》の思考は警戒よりも殺害を優先しろと身体に訴えた。
もちろん従がう。剃刀のような鋭さを持つ眼が、焦点を《白い神》の首に合わせた。大剣を一薙ぎすれば結末を迎える。
白い少女は動かない。赤い髪の少女は動く。揺るがない決着に、歪まない因果。《神殺し》は勝利し、《神》は敗れる。
全てが終わったその地で、赤黒くも爛々と煌く二つの瞳を持った者だけが残る。艶のかかった赤いロングヘアは風に弄ばれ、白い肌、白い頬からは一筋の涙が零れる。
それが――少年が見た夢の全てだった。
おはようこんにちはこんばんわ!
ミクロン×2というものです(笑)
えー、隠す必要(?)ないからぶっちゃけるんですが、これは僕の処女作、ってことになりますね。
ラノベはそれなりに読んでいる……方かもしれない。強いていうなら、とある魔術の禁書目録くらいなのですg(イヤンハズカシイ///
※話逸れる前に本題
早くて一週間、遅くても二週間以内に続きを更新していく所存であります!
見てくださった方からは、是非アドバイスが欲しいです。
表現の仕方や種類って、知らない方が僕としては多いと自覚しているためであるが故です。
ではでは……zzz
はっ!?
あぶにゃいあぶにゃい忘れるところでした!
更新は、活動報告の方で報告いたします。
そう、それだけが、遣り残したことだったのです……。