第7話 家への招待
「おお、お帰り、雅渡」
家の門をくぐろうとしたらそんな声が聞こえてきた。俺はその声に対して当然のように「ただいま」と返す。
ひいじいちゃんが俺の隣を見ながら下に下りてきた。
「今日は珍しい客人がおるようじゃの」
ひいじいちゃんは莉那と優のことをじっと見る。
「ねえ、雅渡、この人、雅渡のおじいちゃんだったけ?それに生きてたんじゃ」
莉那が俺の耳元にそう囁いてきた。どうも、俺がじいちゃんと呼んだので勘違いをしてしまったらしい。
「この人は俺のひいじいちゃんだよ。俺の家に住んでるって言っただろ」
俺も囁いて莉那の問いに答える。
「あ、この人が雅渡のひいおじいちゃんなんだ。雅渡のおじいちゃんに似てるから間違えちゃったよ」
そう言ってから、莉那はひいじいちゃんの前まで移動すると一礼した。
「あの、はじめまして。わたしは、莉那です。今日からお世話になります」
そんな自己紹介の言葉を告げた。ひいじいちゃんはにっこりと笑いこう言った。
「わしはあんたのことは知っておる。雅渡と遊んでおったのを見ておったからの。まあ、これからよろしくの、莉那ちゃんや」
「はい、よろしくお願いします」
再度、莉那は恭しく頭を下げる。
莉那はあまり関わったりしない人への態度はどこかよそよそしくなる。多分、人見知りをする性格なのだろう。
莉奈は子供の頃から始めて会った人とは敬語で喋っていた。おそらく、全く敬語を使ったことがないのは俺と彩と莉那の両親に対してだけだろう。
けれど、ある程度慣れてくると敬語ではなくなる。圭輔がその例だ。
圭輔は小学四年生の頃に転校してきた。そのときどのような偶然が重なったのかは今ではよくわからないが俺たちは友達となった。
友達になったばかりの頃莉那は敬語を使い圭輔と話していた。俺は最初からいつもどおりの口調だった。
確か、莉那が敬語を使っていないと気が付いたのは小学五年生になってからだ。莉奈は知らない人と話すことは出来るが慣れるのにはかなりの時間がかかるようだった。
「さ、雅渡、早く行こう!」
いつの間にか考えることに没頭していた俺の思考を止めるかのように莉那は言う。
「ああ、行こうか。じゃあ、じいちゃん、俺は家に帰るから」
そう言って俺たちはひいじいちゃんの前から立ち去った。
「雅渡の家っていつ見ても大きいし、広いよねー」
五人で住むには広すぎると思う三階建ての木造の家を莉那は見上げている。俺はいつも見ているので莉那のような感動はないが、やっぱり大きいとは思う。
大きな屋敷と大きな庭が俺のじいちゃんの土地にはある。じいちゃんは昔、名の知れた僧侶だったらしい。なので、お金も土地もいっぱい持っていたらしい。
しかし、今ではもうそのお金もほとんど残っていないらしい。それに維持するのが大変ということでここ以外の土地は売り払ってしまったらしい。
「莉那、早く入るぞ」
俺の家を見上げている莉那を呼ぶ。ずっと、ここに立っているというわけにはいかない。
「あ、うん、ごめん」
莉那は俺の方に向き直ってそう謝る。
「それじゃあ、早く入ろう」
それから、莉那はすぐにそう言った。優もそれに賛同するように鳴いた。
俺は、いつもどおりに今時では珍しい引き戸を開けて玄関に入った。
「ただいま」
いつもどおりに俺がそういうと、
「おかえりなさい」
と、いつもどおりに母さんが返してくれた。
どうして、俺はこんなにいつもどおりを気にしているのだろうか。やっぱり、家族には見えないとわかっていても莉那と一緒にいることが俺を緊張させてるのだろうか。
家族には見えないといってもじいちゃんにだけは莉那の姿が見えるはずだ。けれど、宮代家は代々霊能者を生んできた家系。もしかしたら、偶然にも莉那だけを見ることができる人がいるかもしれない。
家族の誰かに莉那の姿が見られるかもしれれないというだけで何故、こんなにも緊張してしまうのだろうか。
ここで、考え事をしても意味がないので俺は靴を脱ぐと家に上がった。
「お邪魔しまーす」
そう言って莉那も俺の家に上がった。それと優が「にゃー」と鳴いていたのが聞こえたような気がした。もしかして、優は人の言葉がわかるだけではなく人間の礼儀作法も理解しているのだろうか。
だとしたら相当賢い猫なんだろうな、と思った。
そんなことよりも、じいちゃんを探さなければいけない。一応、この家の家長だし幽霊と関わることができる人だ。勝手に住まわせるわけにはいかないだろう。
「お、雅渡、珍しい客を連れてきたようだな」
引き戸の開けられる音とともに声が聞こえてきた。後ろを振り返るとそこにはじいちゃんの姿があった。
「久しぶりだな、莉那ちゃん。三年ぶり、ということになるのか?」
「あ、はい。お久しぶりです」
いきなり、じいちゃんが現れたのに驚いたのか慌てたように莉那はそう言う。
「じいちゃん、ちょうどよかった。今日から莉那をこの家に住ましてやりたいんだけど、いいよな」
そう言った途端にじいちゃんは俺たちのことを驚いたように見た。しかし、それも数秒ですぐにいつもの落ち着いた感じの表情になる。
「まあ、別にいいだろう。ただし、いくら幼馴染同士とはいえ不埒な問題は起こすんじゃないぞ。お前は霊体に触れることが出来るのだからな」
じいちゃんは釘を刺すように言う。けれど、どこか、楽しむような響きがその声にはあった。
「そ、そんなことするわけないだろ」
羞恥で顔が赤くなっていくのを感じながら俺は答えた。
「はは、わかっている。少しからかってみただけだ。では、わしは自分の部屋に戻っている。何かあったらわしのところに来い」
じいちゃんは楽しそうに笑いながら下駄を脱ぐと階段を上っていった。じいちゃん、あんな性格だっただろうかと思ったがそれ以上考える余裕はなかった。
「莉那、行くぞ」
恥ずかしくて莉那の顔が見れそうになかったので俺は莉那の顔を見ずにそう言った。
「う、うん……」
恥ずかしがっているような莉那の返事を聞き俺は自分の部屋へと行くため階段を上っていった。そのときに、ずっと莉那の腕に抱かれていた優が小さく「にゃー」と鳴いた。
なんとなく、それは俺たちの反応を楽しんでいる鳴き声のように聞こえた。




