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第6話 幽霊猫の名前

 残りの授業が全て終わり放課後となった。午後の授業のときはあまり莉那に話しかけられなかった。

 俺が勉強しているのを邪魔したくないという心遣いからか、それとも黒猫を触っていたいという気持ちからなのかはわからない。

 なんにしろ、俺は午後からの授業は真面目に受けていた。

 ちなみに、莉那はあの黒猫を飼うことにしたらしい。

 莉那が「わたし、あなたを飼ってもいい?」と聞いたところ黒猫は「にゃー」と鳴いて顔を摺り寄せてきたらしい。それが本当に肯定の行動なのかはわからないが少なくとも莉那は肯定だったと思っているらしい。

 俺もそれでよかったと思う。多分、ずっと飼い主に優しくされてきた黒猫にとって孤独はとても寂しいものだと思う。飼って優しくされることがこの猫にとっての幸せなのかもしれない。

 そして、莉那はこの黒猫をしっかりと可愛がると思う。今、俺の隣にいる莉那を見ればそれは容易に想像することができた。

「ねえ、雅渡。この子なんて名前にしようかな?」

 帰り道をゆっくり歩く俺の隣を莉那は浮遊して移動している。当然、腕には黒猫が抱きかかえられており頭から背中までをゆっくりと撫でていた。黒猫は幸せそうな表情を浮かべている。

「さあ……焦らずゆっくり考えれば思い浮かぶんじゃないのか?あんまり早く考えすぎて変な名前を付けて後悔するのも嫌だろ?」

 黒猫と同様に幸せそうな莉那の顔を見ながら俺は言う。本当は、俺も考えてあげればいいのだろうが生憎と俺にネームセンスはない。

「そうなんだろうけど、やっぱり早く名前をつけてあげたいよ。できれば日本名がいいかなぁ。雅渡がこういうの考えるの苦手だってわかってるけど考えてみてよ」

 莉那は俺を少しむっとさせるようなことを言った。しかし、事実だし自分も認めているので表に出して怒るわけにはいかない。

 なので、むっとした感情は抑えこむ。そして、莉那とともにこの黒猫の名前を考えることにした。

 名は体を現す、という。ならば、この黒猫の外見に合うような名前をつければいいと俺は思った。

 その為に、俺は莉那に抱きかかえられた黒猫の姿をじっと見る。

 最初に目に付くのはやはり綺麗な黒色の毛皮だ。それは夜の暗さを模したもののように見える。だけど、よさそうな名前は思い浮かばない。

 しばらく黒猫を眺めていると黒猫と目が合った。その黒猫の瞳は黄色で朝には似つかわしくない輝きを放っている。鋭いように見える黒猫の瞳。けれど、どこか優しい感じもする。多分、それが今までその猫が受けてきた優しさなのだと思う。

 そこまで観察してみたが、やっぱりいい名前は思い浮かばなかった。その代わりに莉那が口を開いた。

「この子の名前、決めたよ!ゆう、にしよう。優しいって書いて、優。どう?雅渡、いいと思わない?」

「いいんじゃないのか?でも、どういう意味があってそんな名前にしたんだ?」

 なんとなく、どういった意味を持たせてそういう名前をつけたのかわかった。俺がこの黒猫の瞳が優しいと感じたのと莉那が優しいって書いて優にしよう、と言ったのは決して偶然ではないはずだ。それでも、一応聞いておきたいと思った。

「えっとね。この子が今まで優しくされていたから、これからわたしが優しくしてあげるから優にしたんだよ」

「そうなのか」

 俺が予想していたのとは違った答えだった。その名前の由来は莉那がその黒猫を優しくしてあげる、してあげたい、という想いだった。

 俺は黒猫を見て、お前は幸せ者だな、と思った。

「あなたも、それでいいよね」

 莉那は腕に抱きかかえた黒猫にそう言う。

 黒猫はどこか嬉しそうに「にゃー」と鳴いた。多分、その名前でいい、ということなのかもしれない。なんとなく、この黒猫は人の言葉がわかっているのだと思う。それだけ、人とすごしていた時間が長いのだろう。もしかしたら、生まれたときから人の傍に居続けたのかもしれない。

「優でいいんだね。じゃあ、これからよろしくね」

 言いながら莉那は黒猫、改め優の頭を撫でる。優は「にゃ」と短く鳴いた。それが、猫全体にとっての「よろしく」を表していたのかはわからない。けれど、少なくとも優にとってはそれが「よろしく」という言葉を表していたんだと思う。

「俺も、これからよろしくな」

 莉那が頭を撫でているので頭は撫でられないがそのかわりに俺は優の背中を撫でた。そして、また優は「にゃ」と短く鳴いた。やっぱり、この猫は人の言葉を理解しているんだな、と思った。普通の猫はここまで的確に鳴き返してくれることはないから。

 と、莉那から聞かなければならないことがあったことを思い出した。

「そういえば、莉那はこれからどうするんだ?」

「どうするって何のこと?」

 疑問を浮かべた表情を向けて聞き返された。仕方なかったと思う。俺がしっかりと何がとは言っていなかったから。

「どこにいるのかってことだよ。まだこの辺りにいるつもりなんだろ?」

「そういえばそうだね。その辺りを浮遊してるっていうのは嫌だなあ。わたし、ひとつの場所に落ち着いていたし。それに、屋外よりも家の中のほうがいいなあ」

 うーん、と莉那は悩み始める。俺から、俺の家にいないか、と聞こうと思った。けれど、それを言うのはひどく恥ずかしい。

 そう思っていると優が莉那の腕から抜け出しているのに気が付いた。莉那は考えることに集中しているようで気が付いていないようだ。

 逃げるのか?、と思ったが違ったようだ。優は莉那の上まで浮かぶと莉那の頭の上に乗りかかった。そして、そこでどこか満足そうに「にゃー」と一回鳴いた。

 それが引き金となったわけではないだろうが莉那が「そうだ」と言った。

「雅渡の家に住めばいいんだよ。特に問題はないでしょ?」

 莉那が俺の考えていたことを言ったので驚いてしまった。何となく莉那から言ってくるだろうなと思ってはいた。しかし、それでも驚いてしまう。

 というか、そうやって冷静に俺を見ている自分に驚いている俺をどうにかしてほしかった。

「……俺としては全然問題ない」

 莉那にわからないように小さく深呼吸をしてから俺はそう答えた。とりあえず、冷静さは取り戻した。

「俺としてはって他にわたしみたいな幽霊と関われるような人がいるの?」

「ああ、俺のじいちゃんだ。会ったことあるだろ?」

「うん、あの優しいおじいちゃんのことだよね。ちゃんと覚えてるよ。あのおじいちゃん幽霊と関われたんだ」

 新しい事実を知って驚いたというふうに莉那は言う。

「まあ、俺たちの家系は霊能者の生まれやすい家系らしいからな」

「え、そうなんだ。じゃあ、彩ちゃんは幽霊と関わったりできるの?」

「いや、今はできないけど、あいつが自分は霊能者だって気づくか俺みたいに幽霊に関わるための力が欲しいって強く願えば関われるかもしれないな」

「ふーん。そうなんだ。じゃあ、もしかしたら彩ちゃんとは関われるかもしれないってことだね」

 少し弾んだ声で莉那は言う。知り合いと関われるかもしれないということが嬉しかったのかもしれない。

「そういうことになるけど、じいちゃんは無理に気づかせなくてもいいって言って霊能力については話すつもりないらしい。俺もそのつもりで彩には全然話していないよ」

「そっか、仕方ないよね。それよりも、雅渡のおじいちゃん、わたしが住むこと、許可してくれるかな?」

「ひいじいちゃんも住んでるからお前だけを住まわせないってことはないと思うけどな」

 でも、よく考えてみればひいじいちゃんは血縁だから住まわせてもらえてるんだよな。まあ、じいちゃんは莉那のこと知ってるし大丈夫だろう。

 俺は楽観的にそう考えることにした。もしだめだったらそのときに考えればいい。

「そういえば莉那、優がどこに行ったかわかってるか?」

 なんとなく俺はそう聞いてみた。

 莉那の頭の上にいる優を見てみるとどこか楽しそうにしっぽを振っていた。その姿が可愛いな、と俺は思ってしまう。

「え?優?……本当だ、いない。どこにいったの?」

 莉那は慌てたように左右を見回した。いまだに優は莉那の頭の上に乗っているので周りを見ても見つかるはずがない。

「お前の頭の上だよ」

「え?え?あ、本当だ。いた」

 莉那は再度、優を胸の前に抱きかかえる。今度は勝手に抜け出されないようにするためか少し強く抱いている。

「いつの間にわたしの頭の上に乗ってたの?」

「莉那がどこに住むかって考えてる間に腕から抜けてたぞ。というか、普通頭の上に乗られてたら気が付かないか?」

 莉那が頭の上に優が乗っていたのに気がつかなかったのに呆れつつ俺は言った。

「なんか乗ってるなあ、とは思ってたけど優だとは思ってなかったんだよ」

 莉那は腕の中で小さく「にゃー」と鳴いている優を見ながら言う。

「それでも、触ってみたりはするだろ」

「あ……うん、そうだね。なんで、わたし触ってなかったんだろ。あははは……」

 何だかわざとらしく笑いながら莉那は言っている。もしかして、

「本当は頭に何かが乗ってることでさえ気が付いてなかっただろ」

「うっ……な、何でわかったの?」

 俺の予想通り莉那は頭に何かが乗っていたことさえ気が付いていなかったようだ。

「莉那の笑い方がわざとらしかった。……ていうか、今日、学校でお前と話してるときも言っただろ?」

「むぅ、わざとらしく笑ってるところなんか気が付かなくてもいいのに」

 莉那は不機嫌そうに頬を膨らませる。俺はそんな莉那の顔が少し面白くて小さく笑った。

「なんで、笑うの!わたしは怒ってるんだよ!」

 更に不機嫌そうな表情になるが、どことなくこの雰囲気を楽しんでいるような気がした。優は俺と莉那の顔を見て不思議そうに「みにゃー?」と鳴いていた。


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