第13話 世界が赤く染まる時
俺は六時間ほど莉那を探し続けていた。
学校の前の通りをひと通り調べ、裏通りも調べた。
その後は住宅街を歩き回り、時間を見て俺の家の中も見て、山の方にも行き、取り壊す予定の廃ビルの中にだって入った。
けれど、どこにも莉那の姿はなかった。
いつの間にか夕日が輝き始めている。俺はそれを見つめているとこの夕日が完全に沈んだらもう莉那と二度と会えなくなるんじゃないだろうか、という不安に駆られる。絶対に夕日は関係ないはずなのに。
早く見つけなければ、と俺の心は俺の勝手な想像による不安によって焦っていく。俺はほとんど全力疾走で走っている。どこに向かうかなんて考えもせずに。
そして、気が付けば俺は昔、嘘をついて莉那を呼び出した公園の入り口にいた。ここは、莉那にとっていい思い出のあるはずのない場所なので絶対にいないと俺は思い込んでいた。
だから、あの時と全く同じベンチの同じ場所に腰掛けた莉那の姿を見つけたときに俺はとても驚いていた。そして、無意識にこんな場所に向かっていた自分自身にも。
俺は今のこの状態を喜んでもいいはずだった。けれど、喜ぶことが出来ない。何故なら、
夕日で赤く染まった世界の中、莉那の姿が薄れかけていたから……
俺は、莉那の方に駆け寄っていた。莉那の前に立ってやっと莉那は俺の存在に気が付いたのか俺の方を見た。
「あ、雅渡……」
莉那の声は弱く、暗く、そして悲しげだった。表情も声と同じような感じ。
「どうして、お前は、こんなところにいるんだよ!」
俺はそんな莉那に対して叫んだ。莉那の姿が薄れているのは今はどうだっていいことだ。いや、どうでもいいということではない。けれど、聞いたからといってどうにかなる問題ではない。
だから、何故ここにいるのか聞いた。それが、直接的になんでこんないい思い出ない場所にいるのか、ということで聞いたのか、間接的になんで俺から離れていったのか、ということで聞いたのかは俺自身わからなかった。
ただ、そういう言葉が自然と思い浮かんで、勝手に俺の口から出ていっただけだ。
「ここが、わたしにとっていい思い出のある場所だからだよ」
莉那は前者のようにとったようだった。弱く、暗く、悲しげな表情から一転して微笑を浮かべている。
「どうして、こんな場所がいい思い出の場所なんだ?」
今は関係ないこと、そう理解していても聞きたかった。
「ここが、雅渡が嘘をついてわたしを夜に呼び出した場所だっていうのは覚えてるよね。わたしがちょうどこのベンチに座ってたってことも」
あの時を思い出すかのように莉那は目を閉じる。
「ああ、覚えてるに決まってるだろ。忘れる、はずが、ない……」
俺は悔いるように、過去の莉那、今の莉那に謝るように言う。
「雅渡はあのこと、そこまで深刻に思っててくれたんだ」
どこか嬉しそうに莉那は笑っている。なんで、あのようなことを思い出して笑っていられるのだろうか。
「わたしもね。あの日のことはとっても嫌だった。信じてたのに、雅渡に嘘を付かれたって思ってた。だからね、わたしはあの日から雅渡とは話さないようにしようって思ってたんだ。あの日だけは確かに全然話さなかったけどね」
「そうだ、なんであの日以降は俺といつもどおりに関わってくれてたんだよ」
俺は聞く。俺はあの後、絶対に莉那は話してくれないだろうって思ってた。確かに莉那の言ったとおりあの日は話しかけても全然答えてくれなかった。
けれど、次の日からは普通に話しかけてくれていた。
「それはね、わたしが気づいちゃったからなんだ。雅渡の優しさと、雅渡がどれだけ悔いていたのかってことにね」
何かの思いをこめるかのように莉那は目を閉じてそう言った。
「なんで、そう思ったんだよ」
本当になんでそう思われるかわからなかった。
「だってね、普通は自分のしたことを正直に話したりはしないよ。怒られるかもって思うからね。でも、雅渡は自分のしたことをちゃんと話してた。だから、ちゃんと悔いてたんだろうなって思ったんだ」
莉那は一度そこで、言葉を切る。気持ちを入れ替えるため、だろうか。
「それとね、雅渡はあの時わたしの手を握ってくれたよね。あれ、わたしにとってはすっごく嬉しかったんだ。あの時、わたしは自分の手が冷え切ってたのさえ気がつかなかったみたい。だから、雅渡の手、すごく、暖かかったんだ……。それで、雅渡って優しいのかなって思ったんだ」
莉那は自分の手を胸の前で包み込む。そうする莉那の顔は穏やかで落ち着いたものだった。
「それと、雅渡はあの日、一日中わたしに謝ってくれた」
「……」
俺は莉那の落ち着いた表情を壊して本当に聞きたいことを聞かなければいけない。
俺は自分の気持ちが焦ってしまわないように深呼吸をする。今、目を閉じている莉那には俺が深呼吸をしていることはわからない。
そして、俺は深呼吸をし終えるとゆっくりと口を開いた。
「なあ、莉那……」
「なに?」
莉那はゆっくりと目を開いて俺のことを見る。
「もうひとつ、聞いていいか?」
「……うん、いいよ」
莉那が答えるまでに間があった。何か、考えていたのだろうか。
けれど、それ以上は考えず俺は先に進めた。
「なんで、莉那は俺の近くから去っていこうとしたんだ?」
「……わたしは、雅渡の日常を壊したくなかったから雅渡から離れたんだ」
その瞬間に俺たちは進むしかすることができなくなった。いや、莉那が俺から離れようとした時点で進むしかなかったんだと思う。
俺がしっかりと莉那の悩んでいることに気が付けば進む必要はなかったかもしれない。
まあ、なんにせよ、俺たちは今の関係を変えなければいけないようだ。それが、いいものとなるか悪いものとなるかはこれから決まる。
「わたしは幽霊で雅渡は生身の人間。雅渡にとってわたしは非日常で決して交わることのない存在。わたしが、いることで雅渡の日常はどんどん壊れていってるんだよね」
莉那の声には全くといっていいほど感情がこもっていなかった。同じように向こう側が透けて見える消えかけの顔にも表情がなかった。しかし、だからこそ莉那がどれだけこのことを悩んで苦しんでいるのかがわかった。
莉那はこのことについて相当悩んで苦しんでいる。莉那は自分が悩んで苦しんでいることを表に出したくないんだと思う。だから、無理やりに感情を抑え込んで感情のこもっていない声を出しているのだと思う。
感情を抑え込んだ莉那を見たのは初めてだったから俺は戸惑った。しかし、だからといってこのまま黙っているわけにはいかない。
「いや、俺の日常は莉那が死んだ時点でもう壊れてしまってるよ。今の俺の日常は単なる偽りだ。だから、壊されようと俺はかまわない」
俺は遠まわしに莉那は俺の近くにいてもかまわないんだ、ということを伝える。
「じゃあ、なんで圭輔と一緒にお昼を食べて日常を維持しようとしたの?」
それは莉那が俺に対して見せた初めての他の人と関わるな、という言葉だった。もしかしたら、莉那は俺が圭輔と食べると言ったときに悲しく思ったのかもしれない。
そして、それがだんだんと大きくなって自分が俺の日常を壊している存在だと莉那は思った。だから、俺から離れていった。俺はそう思った。
あの時、俺が圭輔と話さない、一緒にお昼を食べないと言っていたらこのような状況にはならなかったのかもしれない。
「俺が圭輔と食べるって言ってお前を悲しませたんだったら謝る。けどな、圭輔だけは俺の偽りの日常じゃないんだ。壊れてしまった日常の一かけらなんだ」
壊れる前の俺の日常は、莉那と圭輔がいて成り立っていた日常だ。だから、圭輔との日常は決して壊すことが出来ない。
「お前が死ぬ前は、俺がいて、莉那がいて、圭輔がいて俺の日常になってた。莉那は、俺の日常の中で絶対に欠けちゃだめな一かけらなんだ。いや、もしかしたら俺にとって莉那が日常そのものなのかもしれない。圭輔はそれを飾るための飾りなのかもな」
俺は圭輔に対して何かひどいことを言っているような気がする。しかし、不思議と罪悪感はなかった。
「え……?」
莉那は呟くように小さくそう言った。何か、不思議がるようなそんな感じだった。
「莉那は俺にとって大切な、存在なんだ」
「それって、どういう、こと……?」
俺のことを見つめながら莉那はそう言った。
俺は一度、深呼吸をする。これから言うことには勇気が必要だった。
けれど、それ以上にこれから言うことは莉那に伝えたいこと、伝えなければいけないことなのだ。莉那と一緒にいるときに感じていた気持ち。莉那がいなくなってから気が付いた気持ち。
それを、俺は言葉にして、伝える。
「莉那、俺はお前のことが好きなんだ。莉那が死ぬ前も死んだ後も、そしてこれからも」
俺は伝えた。莉那に自分の気持ちを。
俺の心臓の脈打つ早さが早くなっている。それだけ、俺は緊張しているのだ。莉那になんと言われるのか、ということを気にして。
「そっか、やっぱり、そうだったんだ。でも、だめだよ。わたしなんかを好きになっちゃ。わたしは雅渡の日常を壊すことしか、できないんだから」
莉那は俺に迷惑をかけていると思っているんだと思う。そうでなければ、ここまで自分を否定するような言葉を使うことなんかない。
「さっきも言っただろ。俺の日常はもう壊れてるって。それに、俺は莉那がいれば日常だろうと非日常だろうとかまわない。俺が今の生活を無理やり維持しようとしてそれで、莉那を悩ませて苦しませてるんだったら今の偽りの日常なんか捨ててやる!」
俺は半ば叫ぶようにしてそう言う。莉那の心の枷になるんだったらそんな日常はいらない。莉那の反応を見ていて偽りの日常を捨てる準備はとっくに整っている。
「そんなことしたら雅渡は大人になってからどうやって暮らしていくつもりなの?今の日常を捨てるってことはもう学校にも行かずに普通の仕事もしないってことだよね?そんなので雅渡は生きていけるの?」
莉那は今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべて言う。莉那はどんなふうに俺のことを考えてくれているのだろうか。それは、わからなかった。しかし、泣いてしまいそうになるほど心配してくれているということだけはわかった。
莉那の心配していることはすぐに消し去ることができる。莉那は俺が今の日常を完全に壊したときにお金を手に入れることが出来なくなって生きていくことが出来なくなる、そういう現実的なことを言っているんだと思う。けど、それに関しては何の問題もなかった。
「お前は俺が生きていくためのお金を手に入れられなくてどうすることも出来なくなる、そう思ってるんだな?」
一応確認は取ってみる。もし、間違っていたのなら俺の思い浮かんだことでは莉那の心配を消すことができない。
莉那はこくり、とゆっくりと頷いた。それで、俺は安心した。莉那の不安はきっと消せることが出来る、と。
「それについては全然問題はない。俺が霊能者になったときじいちゃんから聞いた話なんだけど、五年くらい前に霊能者に仕事を与える組織が出来たらしいんだ。聞いたとき、俺はどうでもいいって思ってた。この力は俺にとって莉那を探すためだけの力だったからな。けど莉那をみつけた今、俺はこの力を莉那をこの世界にい続けさせるために使いたいんだ。だから、お前が気にすることなんて何もない」
言い終わってから俺は説明しかしていないことに気が付いた。だから、俺は慌てて付け加える。
「要は、一応、お金を稼ぐことが出来るような仕事のあてがあるってことだよ」
我ながら、全くまとまりのない言葉だったな、と思う。けれど、きっと大丈夫。莉那なら理解してくる。俺はそう思った。
「そう、なんだ。雅渡はそこまでわたしのことを想ってくれるほどわたしのことが、好き、なんだ」
悲しそうに。あまり知りたくなかった真実を知ってしまったかのように悲しそうに莉那は言った。
「そんなに、わたしのことを想ってくれるから、わたしは雅渡のことが好き、なんだ」
莉那の瞳から涙が零れる。そして、それは頬を流れ地面へと落ちた。地面は実体を持ったものも持っていないものも等しく触れることが出来る。それは、莉那の瞳から流れた涙も例外ではなかった。
莉那の涙は地面に落ちて斑模様を作る。そして、次々と莉那の瞳からは涙が溢れ出してくる。
「わたしは、雅渡のことが、好きだったから、絶対に雅渡の日常を壊したくないって思ってたんだ。でも、雅渡の言葉を、聞いてると、壊したくなってきた。雅渡がわたしの、ことを想ってくれている、って知って、壊してもいいのかな、って思った」
泣きながら、涙を流しながら、けれど、決して言葉を吐き出すことを止めないように莉那は言った。
俺はそんな莉那を真っ直ぐと見据える。
「だったら、壊せばいい。もう、俺は莉那のいる新しい日常を考え出している、作り出そうとしている。だから、気にする必要なんてもうない。だから、この世界に、残っていたいってもう一度、強く願ってくれ!」
俺は夕日に照らされる公園の中で、そう叫んだ。存在の薄れかかった莉那に向かって。
「雅渡、知ってたんだ。わたしたち幽霊の体が薄れていく理由を……」
「ああ」
俺は頷く。俺が知っていること。それは、幽霊の体が薄れて見える場合のその幽霊の心の変化について。
幽霊はこの世に残りたいと強く願ってこの世に残った存在のことである。それで、もし、その強い願いが薄れたときどうなるか、というと、今の莉那のように姿が薄れてしまうのだ。
そして、完全にその願いがなくなったときに幽霊という存在は消え去ってしまう。
俺はそうやって消えていった幽霊を何人も見てきた。
ある人はやりたいことをやり終えたからと言って消えていった。また、ある人はやりたいことを諦めて消えていった。
そして、莉那は俺の為に消えようとしている。莉那はそれが俺のためになると思っている。けれど、俺は絶対に莉那に消えてほしくなかった。
「莉那、強く、強く、願ってくれ、どんなことがあっても今度は二度と崩れないように強く願ってくれ。この世に残りたいって。俺のために。これは単なる俺のわがままだっていうのはわかってる。それでも、願ってくれ」
俺は祈るような気持ちでそう言う。これだけで考えが変わるとは思っていなくても俺にはそれしかできなかった。
「雅渡、本当にそんなにわたしのことを想ってくれるの?わたしの存在が邪魔だと思わないの?」
とても、不安そうに莉那は聞いてきた。
「ああ、邪魔じゃないに決まってるだろ?何のために授業を放棄してまで探してやったんだと思ってんだよ」
「え……?雅渡、授業をさぼってわたしを探してたの?授業が終わってからじゃなくて?」
戸惑うような、けど、抑え切れていない嬉しさが滲み出てきているような声で莉那は言う。莉那はまだ、自分の心を抑えて俺から離れようと考えているみたいだ。
けど、あと、もう少し、もう少しで莉那は考えを変えてくれる。そう思いながら俺は言葉を紡ぐ。
「ああ、優からお前がどこかに行こうとしてるって聞いて俺は不安になったんだ。早く見つけないともう絶対に会えないって思ったんだ。そう思ったら俺は走って教室から出てた」
俺は六時間ほど前の自分の行動と心理状態を莉那に話した。
「雅渡の邪魔をしないようにって考えてやった行動が結果的に雅渡の邪魔をしてたなんて思わなかったよ」
どこか力なく笑いながら莉那は言った。それから、莉那はゆっくりと俺の方へと近寄ってきた。
そして、俺の胸の中に飛び込むようにして抱きついてきた。
「ごめん、ね、雅渡……心配かけ、ちゃって……」
弱々しい、今にも泣き出してしまいそうな声で莉那は言う。俺はそんな莉那を左手で抱きしめ右手で頭を撫でる。
「別に、いいよ。許してやるから。それに、莉那はこうして、俺のところに戻ってきてくれた。この世界に残ると、強く願ってくれたんだ」
俺が抱きしめている莉那の体はいつの間にかはっきりとしていた。それは、莉那がまたこの世界にいたいと願った証拠だ。
「あり、が、とう、まさ、と……」
そう言い終えた莉那は今まで抑えつけてきたものを一気に流しだすかのように子供のように大声で泣き始めた。俺は莉那を抱く手に力をこめてぎゅっと抱きしめる。そして、右手では優しく、莉那の心を落ち着けるように頭を撫でる。けれど、それは莉那の気持ちを抑えつけて落ち着かせるのではなく全てを出し切って落ち着かせるように。
夕暮れの公園に莉那の泣き声が響き渡る。けれど、その声は俺にしか聞こえていない。俺はそれでいい。きっと莉那もそう思っているだろう。
夕日は終わりを告げる象徴だ。そして、万人に共通してそれは美しいと思える。しかし、それを好きだという人もいれば嫌いだという人もいる。
もし、どこかで何かの間違いがあれば俺は夕日が嫌いになっていただろう。夕日が莉那の終わりを告げた、と思って。
しかし、今回の俺たちのとっての夕日は莉那の悩みの終わりを告げるものだった。だから、素直にこの夕日が綺麗だと思えた。
俺は夕日を眺めながら莉那を抱きしめゆっくりと頭を撫で続けていた……。
夕日が沈んで周りが暗くなり始めた頃にやっと莉那は泣き止んだ。俺はまだ莉那を抱きしめたまま頭を撫でている。
「まさ、と……」
泣き疲れているのか少しかすれた莉那の声が聞こえてきた。
「なんだ?」
俺は莉那を抱きしめたまま聞き返す。
「頭、撫でるの、やめて、両手で、もっと強く、抱きしめて、ほしいな」
甘えるように俺に更に体を押し付けて莉那は言った。俺は先ほどとは別の方向でいままでとは全く違う莉那の言動に心臓が高鳴っている。
俺は莉那の頭を撫でていた右手を左腕に重ねるようにして莉那を抱く腕に更に力をかけた。
「ちょ、ちょっと苦しい、よ」
その声を聞いて俺は慌てて力を緩める。そして、今度は先ほどよりも少し弱く。けれど、莉那の要求どおりの力加減で抱きしめる。莉那の体温が俺の体の触れている部分から伝わってくる。
「雅渡、すっごくどきどきしてるんだね。雅渡の心臓の音が速くなってるのがすごくよくわかるよ」
そういうことを好きな人に言われるとすごく恥ずかしい。けれど、俺もしっかりと感じている。莉那の胸の鼓動を、それが、俺と同じように速まっていることを。
「莉那だって、そうだろ?」
「うん……。なんかね。雅渡に抱きしめられてると、すごく恥ずかしくて、でもそれでいて嬉しくって……。すごいどきどきしちゃうんだ」
そう言いながら莉那は俺に抱きつく腕に力をこめる。お互いの温もりを更に感じる。
「雅渡の体ってあったかいな。すごく安心できるよ」
莉那の声が穏やかなものとなる。もう、莉那は落ち着いたらしい。そのことに俺は安堵する。
けれど、まだ、莉那は放さない。というよりも放したくない。ずっとこのままで時間が止まってくれれば、とさえ思ってしまう。
ずっと、永遠に二人きりでいたかった。そうすればもう、莉那が苦しむことだってない。
「おーい、莉那ー。どこにいるにゃ?」
しかし、現実はそこまで優しくも甘くもなくもう二人きりではいられそうになかった。俺たちは優の声を聞いて半ば反射的に抱き合うのをやめる。ただ、このまま離れてしまうのも名残惜しい。なので、俺たちは手を握り合った。離れないように指の一本一本をしっかりと絡ませるようにして。




