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第12話 離れていく…

 四時限目の授業が終わり昼休みの時間となった。今日は授業中に莉那に言った(書いた)ように圭輔と食べることにした。

 俺が一人で食べると大抵、圭輔は俺のことを心配する。それもそうだろう。莉那がいなくなってからするようになったことなのだから精神的に弱っていると思われても仕方がないことだ。

 だから、あまり圭輔に心配を掛けるわけにはいかないと思い圭輔と食べることにしたのだ。

 莉那は、その辺りを察してくれたようで快く、いいよ、と言ってくれた。俺はそんな莉那にごめんな、と謝った。

 莉那は何について謝られているのかわからなかったようで首を傾げていた。だから、俺は理由と共にもう一度謝った。俺が圭輔といたら寂しい思いをさせるだろうからごめんな、と。

 そうしたら、莉那は一瞬。ほんの一瞬だけ苦しげな、悲しげなそんな表情を浮かべた。莉那は多分、俺に気が付かれていなかったと思っていたと思う。そうじゃないと普通あんな笑顔は浮かべられないと思う。あのような言葉と同時に……。

 莉那は、「わたしみたいな幽霊なんかにかまわないで生きている人間とちゃんと関わってよ。わたしは所詮、普通の世界からはずれた存在なんだから」と、何の裏もないように笑って言ったのだ。

 その言葉と笑顔に俺は驚いていた。莉那がそんなことを言うとは微塵も思っていなかったから。莉那が、表情を偽るとは思っていなかったから。

 驚いていたのは優も同じようだった。ただ、優は俺と驚いていたことが違ったようだ。けど、それが、何かはわからない。

「雅渡、どうしたの?浮かない顔してるみたいだけど」

 いきなり、圭輔が俺の顔を心配そうに覗き込んできた。考え事をしていたということもあり俺は少し反応が遅れた。俺は先ほどまでの思考を無理やり追い払うようにして笑みを浮かべた。

「なんでもない。それよりも早く食べるぞ」

 俺はそう言いながら弁当を取り出す。圭輔は俺のことを先ほどよりも心配そうに見た。けれど、結局は何も言わずに俺の隣の席に座った。

 それから、俺たちはそれぞれの昼食を食べ始めた。始めの頃は俺も圭輔も無言だったが徐々に喋るようになり、昼食を食べ終える頃にはいつもどおりの感じで喋るようになっていた。

 けれど、圭輔と話している間にも俺はいろいろと考え事をしていた。莉那は俺たちの邪魔をしてはいけないから、と言ってどこかへ行ってしまった。

 そんな莉那の行動が俺を不安にさせる。何故、わざわざ俺から離れていく必要があるのだろうか。昨日はあれほど俺といたいと言っていたのに。

 莉那は何を考えてあんなことを言ったのだろうか。俺の中の不安がかきたてられる。優が一緒にいるから大丈夫だとは思うけれど楽観視は出来そうになかった。

 そんな不安を隠したまま圭輔と適当に喋っていると優がとても焦ったような感じで俺の方へと飛んできた。近くに莉那の姿はない。それを確認した途端に俺の中の不安が更に大きくなった。

 そして、優は言った。

「雅渡、莉那が、莉那がどこかに行っちゃたのにゃ!」

 その瞬間に俺の中の時間が確実に止まってしまったような気がした。

 何か、とてつもなく大きな不安に心が支配されてしまい思考が追いつかない。何を言われたのかが理解できない。

 しかし、そこまでなるということは俺にとって重大なことを言われたということだ。そう、莉那が、どこかに、行ってしまった……。

 そう理解した途端に俺の思考が動き出す。けれど、時は動かない。動けない。混乱したぐちゃぐちゃな思考で俺は考える。

 なんで、なんで莉那はどこかに行ってしまったんだ。俺が莉那にとって嫌なことをしたからか?それとも、単なる冗談なのか?

 考えても、考えても、考えても、わからない。そして、わからないから、どんどん不安になる。莉那の身に何かが起きつつあるんじゃないだろうか、とか不吉な想像をしてしまう。

「雅渡、どうしたの?何に驚いてるの?」

 圭輔に声をかけられてやっと俺の中の時間が動き出した。どれほど止まっていたのかは俺自身にもわからない。けれど、今はそんなことはどうでもいい。

「圭輔、俺、午後の授業休むから。明日、ノート見せてくれよ」

 そう言うと周りにどう見られるかも考えずに優を抱くと教室の外へと向かって走っていった。背後から、「雅渡、どうして?」という圭輔の問いが聞こえたが答えている余裕など俺にはなかった。

 俺は圭輔の声を無視して走った。どこに行けばいいのかはわからないけれど、とにかく、走った。

 胸の中で不安が大きくなっていくのを感じながら。


 俺は走りながら抱いている優に聞く。

「莉那は、どこに、行ったん、だよ」

 走りながら喋っているので言葉が切れ切れになる。

「わかんないにゃ。雅渡に伝えたほうがいいと思ってすぐに莉那から離れたのにゃ。ごめんなさいにゃ」

 すまなさそうに優は言う。別に怒るつもりはない。

「いや、別に、いいよ。お前が、伝えてくれなきゃ、莉那が、いなくなった、って気が付かなかった、だろうから、な」

 校門を走り抜けながら俺はそう言う。

 どうにか、ここまで教師に見つかることなく来ることが出来た。もし見つかったとしても無視するつもりだったが、そうすれば明日辺りは結構大変なことになる。無断で授業を休んだこと、教師を無視したことで二重に怒られてしまう。

 なので、内心でほんの少しだけ安心する。しかし、俺の本当の不安を振り払うのはこれからだ。莉那を見つけなければいけない。

「優、は、なんで莉那が、どこかに、行こうとした、のか知ってるのか?」

「うん、知ってるにゃ……」

 多分知らないだろうな、と思いながら俺は聞いてみたのだ。だから、知っていると優が言ったとき俺は驚くと同時に何を知っているのだろうか、という緊張感が高まった。

「莉那は雅渡の日常を壊したくないと思ってたのにゃ。自分みたいなのがいたら雅渡の日常を壊してしまうと莉那は思ってたみたいなのにゃ」

「莉那が死んだ、時点で、俺にはもう、日常なんて、ないよ」

 莉那が死んだ、ということを聞いた瞬間から俺の日常は跡形もなくなっていた。今、俺の中でかたどられている日常は単なる作り物。そう、嘘、なのだ。

「ボクもそう思って莉那に去る必要はないって言ったのにゃ。その時はそうだね、って言ってたにゃ。あの時の言葉は嘘じゃないとボクは思ってるにゃ。けど、莉那は雅渡についていても自分が雅渡の日常に溶け込めてないって痛感したみたいだにゃ。だから、雅渡がお昼ご飯を食べる前に莉那はあんなことを言ったんだと思うにゃ」

 優からそのような真実を聞いて俺は不思議と笑っていた。この笑いは何だろうか。自嘲という言葉がとても当てはまるようなそんな笑いだと思った。

「何で……」

 優の言葉の途中で俺は割り込むように答える。どうせ、聞かれることはわかっていた。

「馬鹿だなって思ったんだよ。俺の嘘の日常を守ろうとした莉那もそれに気が付かなかった俺も……。馬鹿だったって、そう思ったら、なんか笑えてきたんだよ」

 はは……、と弱々しく笑いながら俺は言う。本当に馬鹿だ。俺も莉那も。

「違うにゃ」

 その一言を聞いて俺は立ち止まった。

「何が、違うんだよ」

 何故か俺の声は微かに震えている。何でだろうか。

 笑いを堪えたからではないと思う。優の言葉を聞いてとっくに笑いは引っ込んでいたからだ。

 だったら、何でだろうか、と俺は再度思う。

「ボクは雅渡が笑ってた理由を聞きたいんじゃないのにゃ」

 じゃあ、何だよ、と俺が言おうとするよりも早く。優がゆっくりと問いかけてきた。

「何で、雅渡は泣いてるのにゃ?」

 え?、と俺は間抜けな声を漏らしてしまった。そして、おそるおそる俺は自分の頬の辺りに触れてみた。

 そこは、濡れていた。おそらく、俺の涙によって。

「なんで、泣いてるん、だよ、俺は。悲しくなんかない、はずなのに」

 もしかし、俺の声が震えていたのは泣き出しそうになっていたからだろうか。そういう事実を認めた途端に俺は嗚咽をこぼしてみっともなく泣き叫びそうになった。しかし、俺はそれをぐっと堪える。今は泣くときではない。

「たぶん、雅渡は後悔してるんだと思うのにゃ。莉那が苦しんでいるの気が付かなかったことに対してにゃ」

「俺が、後悔して、る?」

 泣いている本人であるはずの俺が後悔しているのかどうなのかがわからない。けど、確かに莉那が悩んでいることに気が付かなかった自分のことを考える無性に腹が立ち自分を殴り飛ばしたくなる。

 後悔、という感情は知っている。しかし、ここまで大きな後悔を感じたことは一度もなかった。いや、一度だけあった。それは、莉那に嘘をついたときだ。

 あの時も自分自身を殴り飛ばしてやりたいような気がした。しかし、泣いてはいなかった。

 もしかしたら、今回、俺が感じている後悔はあの日の後悔よりも大きなものなのかもしれない。だとしたら、今回の俺は何を決意するのだろうか。あの日の俺は莉那に嘘を付かないと決意した。だから、今回の俺も何かを決意するはずだ。

 いや、そんなこと今はどうだっていいことだ。これが終わって俺が何を決意するのかなんて今の俺にとっては関係ない。

 今は莉那の身がどうなっているのか、それが心配なだけだ。だから、自分が何かを決意するなんていうことを考える暇なんてない。

 そこまで考えて俺は優を抱いていない左手で涙を乱暴に拭い去る。考えるのはここまでだ。後は行動を起こして莉那を見つけるだけだ。

「よし、優。莉那を探そう。これ以上、後悔するわけにはいかない」

「じゃあ、これから二手に別れて探すにゃ。でも、ボクは見つけても莉那とは話さないにゃ。あくまで、話をするのは雅渡にゃ」

 優の提案は俺が考えていたのとほとんど変わりはなかった。だから、異論などあるはずがなく俺は即座に答えた。

「当たり前だろ。莉那は俺のことで悩んでるんだ。俺が話さないと意味がない」

「わかってるみたいにゃね。じゃあ、行ってくるにゃ」

 そう言うと優は学校の裏手の方へと飛んで行った。俺は優とは逆方向へと走り出した。

 また、莉那を失わないように……。


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