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第10話 しゃべる猫

 鳥の鳴き声(おそらく雀のもの)が聞こえてきた。俺はゆっくりと目を開けて横になったまま枕もとの時計を手に取り時刻を見る。

 今の時間は午前五時十五分。いつもより四十五分も早く目が覚めてしまった。

「あ、おはよう。雅渡。起きるの早いんだね」

 そんな莉那の声が聞こえてきた。莉那は俺が寝た後、ずっと俺の部屋にいたのかもしれない。そのことをわざわざ、聞く気にはならなかったけど。

「ああ、おはよう」

 上体を起こして俺は言う。まだ、意識がはっきりとしない。そんな俺の前に優がやってきた。なんなのだろうか、と俺が思っていると予想外のことがおきた。

「雅渡、おはようにゃ」

 瞬間的に俺の意識がはっきりとしその後すぐに思考が固まったような気がした。

 今、優が喋ったのか?俺はそう言おうとしたはずなのに口がしっかりと言葉を紡いでくれなかった。

「雅渡も驚いてるみたいだね。わたしも、昨日の夜、優が喋るのを聞いて驚いたんだよ」

 莉那は俺が驚いている様子が面白いのか少し笑いながら言っている。

「隠すつもりとかそういうのは全然なかったにゃ」

 幽霊との関わりで異常なことにはある程度慣れている俺はすぐに冷静さを取り戻すことが出来た。

「俺は全然隠してたなんて思ってないよ。それよりも、自分がどうして喋れるかに何か心当たりとかはないか?」

「もう、驚いてないのにゃ?つまらないにゃ……」

 優は俺の前でつまらなさそうな表情を浮かべる。けれど、すぐに真面目な表情となる。猫ってこんなに表情豊かだっただろうか、と心の片隅で思う。

「まあ、いいにゃ。ボクが喋れる理由を教えてあげるにゃ。ボクは自分の霊力を使って自分の声を人間の言葉に変換しているのにゃ。これを使えるようになるにはすごい手間取ったにゃ」

 そういえば、聞いたことがある。動物霊の中には人間の言葉を喋れるものがいるということを。ただ、その声はとても不鮮明で聞き取りにくいらしい。それなのによく聞こえるということはだいぶ高い霊力を優は持っているといことだろう。

 ちなみに、人間の言葉、と言っても生身の人間に聞こえるということはないらしい。あくまで聞こえるのは俺のように幽霊に対する聴覚を持ったものだけ。

「お前ってすごい霊力を持ってるんだな」

「そうにゃ。ボクはすごいのにゃ」

 えっへんにゃ、と言いながら優は胸を張る。なんだか、喋られるようになってからえらく人間ぽくなったような気がする。

「ボクは生前、前のご主人様に近寄った悪霊を退治してたのにゃ。それが前のご主人様に出来たボクの出来る限りの恩返しにゃ」

 優は俺が聞いてもいないことを話し出した。

「ボクは四日前に死んでしまったのにゃ。車に轢かれてしまったのにゃ。即死だから痛みは全くなかったのにゃ。実はボク、死ぬ前にこう思ったのにゃ。死んだ後も誰かに優しくしてもらいたいにゃ、ってにゃ」

 自分が死ぬ瞬間を思い出したのか優はぶるり、と震える。莉那も微かに震えたような気がした。

「意識が途切れた、と思ったらもうこの体になってたのにゃ。それから、ボクはボクを優しくしてくれそうな人を探してたのにゃ。そして、見つけたのが莉那にゃ。莉那はボクに優、という名前を付けて優しくすると言ってくれたのにゃ。だから、ボクはこれからずっと莉那に飼ってもらうって決めたのにゃ」

 優はとても嬉しそうにそう言う。嬉しくなるのも仕方ないと思う。優は誰かに優しくしてもらいたいと思って幽霊になったのだ。幽霊になっても自分を優しくしてくれる人を見つけられたというのはとても嬉しいことだろう。

「よかったな、莉那に見つけてもらえて」

「そうにゃ。よかったのにゃ。それに雅渡にも感謝してるにゃ」

「なんで、俺にも感謝してるんだ?」

 俺は優から感謝されるようなことはしていないと思う。

「雅渡がいなかったら莉那はここにいなかったのにゃ。そうしたらボクは莉那に会えてなかったのにゃ」

 ここが莉那の生まれた地なのだから、莉那がここに帰ってくるのは当たり前だろう。それに、何故、俺が関係あるのだろうか。

 別に莉奈は俺がいたから帰ってきたというわけではなく知り合いに会いたいから帰ってきたはずだ。優も聞いていたはずだ。

「俺がいなくても莉那はここに来ただろ。知り合いに会いたくてここに戻ってきたんだから。なのに、なんで俺が関係あるんだ?」

「さあ、なんでかにゃー。ボクと莉那しか知らないことにゃ。ボクは教える気ゼロだから莉那に聞いてみるといいにゃー」

 どこかからかいを含んだような声で優は言う。俺は意味がわからず莉那の方を見てみた。

 莉那は何故か俺と顔が合うと顔を俯かせた。別に俺と顔を合わせるのが嫌で顔を俯かせたわけではないようだ。むしろ恥ずかしがって顔が合わせられないようなそんな感じだ。

 俺が寝ている間に優と何か話したのだろうか。ならば、何を話したのだろうか。多分、俺が関係あることだと思うのだが……。

 あえて、俺は考えるのをやめた。なんだか、自分の都合のいいようにしか考えられないような気がしたからだ。

 例えば莉那は俺のことが好きだということを優に話した、とかだ。

 そういうことを考えると恥ずかしくなるだけなので俺が寝ている間に莉那と優が何を話していたのか考えるのをやめた。けれど、一度そういうことを考えてしまうと無言でいるのがとても気まずい。

 なので、適当な話題を優にふった。

「そういや、優って昨日寝てたりしてたよな。何でなんだ?」

「そんなことボクに聞かれても知らないにゃ。でも、多分ボクの霊力が高いことに関係があると思うのにゃ」

「ふーん、そうか」

 適当にふった話題なので当然俺にとってはそれほど興味はない。なので、返事が淡白なものとなってしまった。

「自分でふっておいてなんで、そんなに反応が薄いにゃ?もしかして、ただ何となくで聞いてみただけなのにゃ?」

 優も俺の返事の淡白さに気が付いたのか不満そうにそう言う。

「気のせいだろ」

「なんか更に感情がこもってないにゃ。もしかして、雅渡はそうやってボクのことをいじめてるのにゃ?」

 先ほどよりも淡白となった俺の言葉に対して優は問い詰めるかのように俺に顔を寄せる。俺はその顔を一瞬じっと見た後、俺は少しからかってやった。

「そうかもな。こういうふうにっ」

 言って俺は優にでこぴんをする。そういえば、莉那以外にでこぴんするのって初めてだな、と思いながら。

「痛いにゃ!雅渡、ひどいのにゃ〜」

 言いながら優は手で額を押さえる。というか、猫が手で額を押さえている場面というのは結構笑えるものだ。

 しかし、声を大にして笑うと家族に怪しまれるので出来るだけ小さく笑った。そうしていたら、いきなり頭に衝撃が走った。

「雅渡、弱い者いじめしちゃだめだよ」

 後ろを見てみるといつの間にか莉那の姿があった。右手が払われた後のような状態になっていたのでおそらく平手ではたかれたんだと思う。

「優、大丈夫?」

 莉那は俺の上を飛んで優を抱いて俺がでこぴんをした辺りを撫でる。とりあえず、俺の行動で気まずい雰囲気はなくなった。

「雅渡、ちゃんと優に謝らないと。優、こんなに痛がってるんだよ」

 そのかわりに、俺が悪者扱いされてしまった。けど、優のこの痛がりかたは明らかにわざとだろう。先ほどよりも無駄に痛がり過ぎている。

「うにゃ〜。頭が割れそうなほど痛いのにゃ〜」

 優は莉那に抱かれたまま頭を押さえて大げさに体を揺らしている。ただ、瞳だけが何かを企むように光っている。どうみても、もう痛がっていない。

「優、本当に大丈夫?そんなに痛かったの?」

 莉那はあれが演技だと気が付いていないようだ。本気で優の心配をしている。

「雅渡!優がすごい痛がってるよ。どうするの!」

 俺が悪いことに代わりはないが、優によって莉那に更に悪いことをしたように見られている。俺はそれが気に入らない。なので、俺は優に先ほどとは違う、とても弱いでこぴんをした。

「優、そんなにわざとらしく痛がってんじゃねえよ」

「にゃにゃ、ばれてたのにゃ?さすが雅渡だにゃ。鋭いにゃ」

 俺にばれていたとわかった途端に優は痛がる振りを止める。

「痛がりかたが不自然だったんだよ。普通のでこぴんで痛みがあとからひどくなるか?」

「たしかに、ボクは少し大げさにやりすぎたにゃ。それがいけなかったのにゃ?」

 何故か俺に疑問をふる。俺はそれに対して適当に返した。

「ああ、そうだよ」

 莉那が一人だけきょとんとした感じで俺たちの会話を聞いている。

「え?さっきの演技だったの?」

 莉那はそんな間の抜けたことを言う。人(この場合は猫だが)のことを信じやすい莉那は信じている分だけ嘘をつかれていたというのに気が付くのが人一倍に遅い。

「ああ、俺と優が話してたように優のさっきのは演技だぞ」

 莉那に優の行動が演技だということを莉那に理解させるように俺は言う。

「あ、そ、そうだったんだ。ごめん、雅渡、叩いちゃって……」

 莉那は恥ずかしそうに顔を俯かせて謝る。優がそれほど痛がってもいなかったのに叩いてしまったことを恥ずかしく思ってるようだ。

「別にいいよ。莉那がちゃんと気づいたんだから」

 莉那に謝ってほしいというわけではないので許してやる。

「雅渡は鋭いのに莉那は鈍いのにゃ。それとも莉那が鈍いから雅渡が鋭いのにゃ?」

 元凶である優はのんきにそんなことを言っている。もう一発でこぴんをくらわしてやろうか、と思った瞬間に優はがばっ、と莉那に掴まれた。

 そう、抱かれたのではなくて掴まれたのだ。優は苦しそうにじたばたと暴れている。

「く、苦しいにゃ。やめるにゃ、放すにゃ」

「優が無意味な演技なんかするからいけないんだよ。そのせいで雅渡を叩いちゃったじゃん」

 少し怒ったように莉那は言う。そういえば、莉那が怒るのは珍しいな、と思った。よっぽど、優に嘘をつかれたのが嫌だったのだろうか。

「ま、雅渡、た、助けてほしいにゃ」

 優のかろうじてそれだけ言ったという感じの弱々しい声が聞こえてきた。俺は、視線だけを動かしてあるものを探す。決して優を助けるためのものではない。

 数秒探して俺の探していたものが見つかった。それは、時計だ。俺は今の時刻を確認する。

 時計の針は一直線に並び六時になったということを伝えていた。

「じゃあ、俺は朝ごはん食べてくるから」

 そう言って俺は立ち上がる。

「雅渡、待つにゃ。ボクを無視しないでほしい――」

「雅渡、いってらっしゃい。わたしたちはここで待ってるから」

 莉那は優の言葉をかき消すように優の喉を軽く押さえて笑顔でそう言った。そんな莉那に俺は背を向けて部屋から出た。

 どうやら、莉那は優に対して相当怒っているらしい。あんな莉那は初めて見た。怒らない、ということはないが、ほとんど怒ったりしない。だから、相当怒っているらしい、と思った。

 ただ、そこまで怒る理由がわからない。

 莉那は俺が嘘で莉那を夜の公園に呼んだときも怒らなかったのだ。

 そのときの莉那はただただ不安そうにしていたのだ。公園にいた莉那に謝ったあの時、莉那は俺に対して怒るでもなく俺を嫌がるでもなく、ただただ不安そうにしていた。

 その不安がなんなのかは俺にはわからない。わからないからこそ、考える。しかし、答えが出てくるはずなどない。

 なので、俺はうーん、と悩みながら居間までの廊下を歩いた。途中で考えてることが変わってるな、と思ったがわざわざ戻そうとは思わなかった。

 朝食を食べている間にだんだんと考えることは止めていったが。


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