序章 幽霊と関われる力
とある場所に応募しようと思っていた小説です。
プリンタが動かなくなってしまった、という理由で期限を過ぎてしまった過去を持っています。
一日一話の更新をしていきます。
どうぞ、お楽しみください。
俺の名前は宮代雅渡。あることを除けば極普通の高校生一年生だと自分では思っている。
俺はあることをきっかけとして自分の中に変化があった。そのあることというのはあいつがいなくなってしまったことだ。
あいつがいなくなってから今年で三度目の夏となる。そして、高校生になってからは初めての夏。俺は夏が訪れる度に思ってしまう。今年こそはあいつが帰ってくるんじゃないのかと。
けれど、そんなことは決してない。だってあいつは死んでしまったのだから。三年前、家族との旅行の途中で。
あいつは、旅行から帰る途中で事故に遭ってしまったらしい。それが原因であいつは死んでしまった。しかし、俺にとって何が原因で死んだかなんてのはどうでもいいことだ。あいつがいなくなったことに代わりはないのだから。
でも、苦しまずに死んでいてほしいと願ってしまう。あいつが、苦しんで死んだなんて決して思いたくもないから。
少し遅れたが、俺が先ほどからあいつと言っているのは俺の幼馴染のことだ。名前は、詩月莉那。名前からわかるとおり性別は女だ。
莉那とは物心つく前から関わりがあったらしい。親から聞いた話なので本当かどうかはわからない。けど、実際に物心ついた頃から結構、親しく遊んでいた記憶がある。なので、嘘ではないだろうと思う。
莉那は明るい性格の持ち主だった。いつも笑顔を浮かべていて一緒にいて気持ちのいい奴だった。そんなあいつは、今よりも性格の暗かった俺を引っ張りまわしていた。
いや、引っ張りまわされていたわけではないと思う。拒絶をしようと思えば簡単に拒絶はできたから。
なぜなら、あいつは俺の言うことを疑うということをほとんどしなかったからだ。あからさまに嘘だとわかることはもちろん疑うのだが嘘なのか、それとも本当なのかわからないような判別しにくい嘘を俺がついた場合はほぼ例外なくあいつはそれを信じた。
それを俺が理解したのは俺達が小学校に上がった頃、俺は莉那に冗談半分で夜、用事があるから近くの公園まで来てくれ、と言った時のことだ。それまではただ単にからかうためだけに、莉那がだまされやすい、ということを知っていただけだった。
それに俺は、絶対に莉奈は嘘だと気がつくと思っていた。待ちはするけれど、結局途中で帰るだろう、と思っていた。けれど、あいつは俺の言葉を疑わず本当に近くの公園で待っていた。それも、次の朝が訪れるまで。けど、その日の夜の俺はそんなことは知らなかった。
だから、その翌日に莉那が帰ってきていない、ということを聞いたときはとても驚いた。そして、それと同時に罪悪感と後悔が浮かんだ。俺は怒られることを覚悟で正直に自分のしたことを両親に話した。だけどそのときは怒られなかった。そのかわり、あとでかなり怒られてしまったがそれは仕方のないことだとあの時も、そして今でも思っている。
あの時すぐに俺のことを怒らなかったのは早く莉那を探しに行こうという気持ちがあったからだと思う。
俺が両親に自分のしたことを話した後、すぐに俺と俺の両親と莉那の両親は近くの公園まで走っていった。
公園まで行く途中俺はずっと、どうして、と続けていた。
どうして、嘘だと気がつかないのか、どうしてずっと待ち続けたりするんだろうか、と。
俺たちが公園について見つけたのはベンチに座って泣き腫らしたような瞳で地面を見ている莉那だった。俺はすぐに莉那に駆け寄ると謝った。何度も、何度も謝った。けど、莉那は何も応えてくれなかった。
だから、俺は冷え切った莉奈の手を握ってやった。俺みたいなやつにそんなことをされて嫌だと思われるだろうと思いながらも。それが、俺にできる最大の謝罪だと思えたから。
俺は本当に些細な、ちっぽけな遊び心で莉那を傷つけてしまったことを悔いた。そして、莉那には絶対に嘘を付かないようにしようと誓った。それが俺の人生の中で初めての誓いだった。
莉那は俺のことを信頼していたんだと思う。だから、莉那は俺の言った言葉をまったく疑わなかったんだと思う。何故なら、あいつは俺以外の人の言葉は疑ったことがあるのにオレの言葉だけは疑ったことがなかったから……。
けれど、それはもう思い出となってしまっている。何にしろあいつはもう帰ってこないだろう。生きた状態では……。
多分、ほとんどの人は俺が先ほど言ったことの意味がわからないと思う。俺だって最初は信じることが出来なかった。
俺は莉那の死んだ一週間後から幽霊を見ることが出来るようになっていた。それが俺を完全な極普通の人間にさせてくれないあることだ。
いや、見るだけではない。触れることも出来れば、声を聞くことも声をかけることも出来る。これは、俺のじいちゃんから聞いた話なのだが俺達、宮代家は代々霊力の強い者――霊能者が生まれやすい家系らしい。子供の頃に初めて聞いたときは単なるお伽話だと思っていた。幽霊なんているわけない、と思っていたから。
それから何年か経つ間にじいちゃんから聞いた話は完全に忘れてしまっていた。けど、幽霊と関われるようになった俺はその話を思い出した。それと同時に信じられるようになっていた。というよりも信じなければならない状態になってしまった。
これもまたじいちゃんから聞いた話なのだが幽霊を見ることが出来るようになったのは俺の莉那に会いたいという気持ちが強かったから、ということらしい。
莉那が死んでしまったときに俺は心の片隅で莉那が幽霊となって帰ってくるんじゃないかと考えていたのかもしれない。それが、俺の中で眠る霊力を呼び覚まして幽霊と接触できるようにしたのかもしれないということだった。
大抵、霊力を持つ人は幽霊に対する何らかの攻撃または防御手段を持っているらしい。対して、俺は幽霊に対する攻撃方法も防御方法もひとつも持ち合わせていなかった。
その代わりにあるのが幽霊に対する五感。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、その全てを持っているというのはとても珍しいことらしい。まあ、味覚に関しては本当にあるのかどうかはわからないけど、四つの感覚があれば味覚もあるだろうと思う。
普通の霊能者は視覚を持っていることは普通らしい。そして、少し強い霊能者ならば幽霊に対する視覚と同時に聴覚を持っているらしい。それ以外の感覚を持っている霊能者となるとかなり稀らしい。そして俺のように五感全てを持っている霊能者、というのは今までいなかったようだ。
普通の霊能者は幽霊に対する力の為に霊力を注ぎ込んでしまうため視覚以外の感覚が働かなくなる。なので、俺の霊力はすべて五感に注ぎ込まれているということだ。そして、普通の霊能者よりも俺の霊力は高いらしい。
ちなみに、俺のじいちゃんは幽霊に対する視覚と聴覚を持っている。実際にじいちゃんが幽霊と話しているのを見たことがあるのでゆるぎない真実だ。
俺は、先ほど言ったとおりそういう幽霊に対する攻撃・防御手段に力を注いでいない。というよりも使うことが出来ない。おそらく、それは俺が幽霊でもいいから莉那とまた関わりたい、と強く願っていたからなのかもしれない。
莉那とまた関われる可能性が持てた、というのは俺にとってとても喜ばしいことだった。しかし、あと三週間ほどで力を手に入れてから三年が経つがまだ莉那を見つけることは出来ていない。
そろそろ、諦めが出始めている。けど、それでも莉那に会いたいという気持ちは強い。だから、莉那を探すことは諦めていない。
けど、所詮俺は高校生で勉強もしなければいけないため遠くに行ったりすることは出来ない。だから、自分の周りだけでしか莉那を探すことが出来ない。
高校を卒業して大学に入った頃には少し旅に出てみようかと思っている。大学なら高校に比べて自由に動ける時間が増えると思ったからだ。
どうせ大きく動けない今、俺は幽霊に関していろいろと勉強している。主にはじいちゃんから聞いたことだ。
幽霊と関わる力を持っていれば当然、幽霊たちと関わることになる。その為の力なのだから仕方ないといったら仕方のないことだ。
俺は幽霊と関わる力を手に入れてから本当に多くの幽霊と関わってきた。そして、そこから学んだことも多々ある。もしかしたら、じいちゃんから聞いたことよりもこちらから学んだことの方が俺にとっては重要なことかもしれない。
幽霊とはこの世界に残りたかったのに死んでしまった者、この世に残りたいと強く願った者たちのこと。決して怨みや憎しみなどによって残ったものたちのことではない。
確かに怨みや憎しみなどで残っている者もいた。けれど、それは本当に極稀なことである。俺の出会った幽霊達も邪な想いからではなく、ただ純粋にこの世に未練を抱いて残った者たちばかりだ。
例えば、生前に親しかった人、愛していた人。そんな大切な人を護るために残った者がいた。
この世はきたなく汚れていると知っていても綺麗な部分もあると知っていて、この世界から決して離れたくないと思って残った者もいた。
知ったことをどこかに残すことが出来なくても知ることが幸せだからとこの世に残った者もいた。
莉那がそれらの人々と同じような想いを持ってこの世界に残っているのかはわからない。けれど、残っているという可能性は否定できないし、俺としては残っていてほしかった。
こう思っている俺はとても自分勝手なんだろう。莉那の想いは莉那だけのもので俺がそうあってほしいと願ってもいいようなものではない。
それでも、莉那が強い想いを持ってこの世界に残っていると願うことをやめることが出来なかった。
何故、そこまで俺は莉那がこの世界に残っていてほしいと思うのか自分自身にも正直よくわからない。けれど、莉那のことを思うたびに俺の心が疼いた。そこに莉那が帰ってくるかもしれないと俺が思ってしまう答えがあるような気がする。
でも、もし幽霊の莉那に会ったとして俺はどうするのだろうか。会いたい、という気持ちだけが先行してしまい何をしたいのか、ということをまったく考えていない。
俺は、これほどまでに莉那に会いたいと思っているのに、何故、何をしたいのかが考えられないのだろうか。何故、何かをしたいわけでもないのに莉那と会いたいのだろうか。
本当にわからない、わからなさ過ぎて本当に俺は莉那と会っていいのだろうか、と思ってしまう。
けれど、考えても、考えても、答えなんか浮かんでくるはずがなかった。本当にわからない。わからなさ過ぎる。
けど、長い間考えて俺は莉那のことが好きだったのかもしれない、と気がついた。好きだから、俺はここまで莉那が戻ってくると信じている。いや、願っているのかもしれない。
そう自分の中でそう漠然と確信をした。自信は持てないけどこの想いしか今の自分には当てはまらないような気がした。
なんにしろ、俺はこの想いが消えてしまう前に莉那に会いたい。そう、俺は願っている。




