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ワスレモノ  作者: 度会
7/9

十月二十日

 ――十月二十日明朝

 「お願いします!!」

 朝一番の行動は地面に頭をこすりつけることだった。

 最初に断っておくがこんなことは日課ではない。その姿を見て俺の頭の先にいた人物は呆気にとられているようだった。

 まぁ、俺の目の前には地面しか映ってないので想像でしかないけど。

 「待て待て。話が全く見えない。全部説明しろとは言わないが、最低限はしろ。そして近所迷惑だから土下座はやめろ」

 伏見講の主人川淵新は苦笑いでそう言っているようだった。

 「全くなにをやってるんだろうね」

 俺の後ろについてきた夕顔が面白そうに言っていた。

 その言葉を聞いて俺は、軽く唇を鳴らす。

 お前の為にこっちは頭下げてんだよ全く。

 そう心の中で毒づいた。

 ――あれから俺達は、あの家から逃げ出して警察に連絡し、一度は自分の家に帰った。

 実の所もう自分の物でもない。

 自分の分の合鍵は不動産業者に渡してしまったが、父親と母親の鍵は持っていた。

 鍵穴を変えられてしまっていては無理だったが、幸いなことにまだ入居者がいなかったので、今日位は見逃してくれるだろうと思った。

 結果だけ言うと失敗だった。

 いや、別に家に戻ったこと自体は間違いではなかった。

 なかったのだが……そうだな、日付が変わるか変わらない位の頃に家のドアがノックされた。

 いつもの感覚でドアを開けると、愛想のよさそうな警官が警察手帳を見せて、ちょっといいかな。とかドラマの中の刑事が言うような台詞を平然とした口調で言ってきた。

 話を聞いているとどうやら俺達をあの家から出ていくのを見た人がいるらしい。

 そしてその人はご丁寧に俺達がこの家に入る所まで見ていたらしい。

 全くそこまで離れてないにしろ距離はあるのに随分と凄い野次馬根性だ。

 と、その通報者に呆れた。

 一応何か知っているだろう。そういうことで警官が来たらしい。

 ちなみにあの家は、あのなんとかさんの家のことだ。

 全くなんでこんな時に限って見ている人がいるんだよ。

 どうやら警察に通報するのが早かったみたいだ。

 夕顔ももう少し考えろよ。しかし今更自分が電話しましたよなんて申し出たら、余計面倒なことになりそうなので言わなかった。

 八方塞がり。まさにツイテないの一言に尽きるのである。

 いや、本当の悲劇はここからだったのだ。

 この警官は俺達が電話したことには当然気づくわけもなく、そろそろ時間も時間だからと一言言って、扉を閉めようと背を向けた瞬間だった。

 「どうしたの?誰?」

 ペタペタと音をたてながら夕顔が玄関に歩いてきた。

 この時ほど焦ったことは今まで生きてきた人生の中でそんなにないだろう。

 ヤバい。完全にアイツの存在を失念していた。

 俺の後ろからの新たな声に気づいた警官は、まだ人がいるのかと振り向いた。

 あ。終わった。

 警察が聞いてきた事件とは別の事件で捕まりそうな気がする。

 今なら絶対この警官が聞いてくることが分かった。

 予言すらできる。 

 「この子―」

 「妹です」

 向こうの質問を言い終わる前に言い切った。

 俺の態度にムッとしたのかやや唇を尖らせて、

 「え、でも、表札には―」

 そう言って警官は玄関の表札を見つめる。

 「書いてありますよね?」

 表札には確か妹の名前があったはずだ。

 「あぁ、でもなんか消したようなような跡がある気がするが……」

 「じ、実は、生き別れの妹なんです。それが今晩あそこらへんを歩いてたら再会しました。涙の再会です。邪魔しないで下さい」

 「ちょっと待って下さい」

 一瞬だけ警官の目が光ったように見えた。

 「え?」

 「今、あの事件現場周辺で会ったって言いましたね。ならば何か知っているかもしれませんね」

 「そんなことないでしょうよ」

 努めて素面で答えたつもりだった。

 内心は自分の失態に頭を抱えながら悶えてる自分がいる。

 「そんなことないかあるかは私が決めますよ」

 警官は侵入を防ごうとしている俺を押しのけて今にも夕顔に食ってかかりそうな時、なんと夕顔からこちらに近づいてきた。

 目で夕顔にこっちに来るなと合図したが、どこ吹く風とでも言うようについには俺達の目の前に来た

 「お嬢ちゃん丁度よか―」

 「私が見たのは、おばさんがなんかあったお家に入って行ったことだけ」

 「ほ、本当かい」

 警官の問いに夕顔は軽く首を縦に振った。

 「ごめんなさい。私疲れたの。おまわりさん頑張って下さい。おやすみなさい。おまわりさんとお兄ちゃん」

 くすりと笑うとすたすたとこの場から退場した。

 ナイスよくやった夕顔。

 心の中で夕顔にガッツポーズを送った。

 「……あとなにか?」

 「……分かりました。ありがとうございました。では」

 そう言うと何故か俺の腕を掴んだ。

 「なんですか?」

 「一応あなたは目撃者なので詳しく聞かせてもらいます。あんな子に聞くのは可哀想ですからね」

 「自分も眠いんですけど…」

 「気のせいだよ。頑張れ」

 そのあと捜査本部のようなところへ連れて行かれ、明け方まで解放されなかったのだ。

 「――というわけなんですよ」

 「ふぅん」

 新さんはなんだか釈然としなさそうな顔で頷いた。

 「で、今キミの上に乗ってるその子は誰なの?まさか本当の妹なわけがあるまい。確かお前の所には本当に妹がいただろ?」

 ……夕顔の奴上に乗ってたのか。

 道理でさっきから俺と地面の密着度が増してると思った。

 「そうですね。確かに俺には血の繋がった俺より年下の女の子がいますよ」

 「それを妹と言うのだ馬鹿者」

 新さん。今は頼むからアイツのことは思い出させないで。

 この状況下だと心臓と脳に負荷かかりすぎで潰れちゃうから。

 「一体、今日はどうした?いつもよりひねくれているな」

 「多分私がいるからだよ」

 突然俺の上にいた夕顔が喋った。

 いい加減邪魔だ。

 降りて欲しいと全力で思う。

 そんな俺の意思が通じたのかちゃんと降りてくれた。

 「なんかあんたがしたの?えーっと付き人A」

 「付き人Aじゃなくて夕顔だよ。それに彬の方が付き人っぽいよ」

 そう夕顔が冗談めいて言うと、「確かにな」と苦笑いをしていた。

 「あ?夕顔ぉ?あ、名前か。それにしても夕顔か……お前年いくつだよ?」

 「千と飛んで十八歳」

 そう言うと新さんと夕顔は顔を見合わせて笑った。

 そこに入れる余地はない。俺には二人が何で笑っているかが分からなかった。

 「ん?なんだ彬分からないのか。ま、分からなくても死なないから気にするな」

 そう言って俺の肩を叩いた後で新さんは、後は任せた。と夕顔に言った。

 はーい。と行儀良く夕顔は返事をした。というかさっきのやり取りだけでもうそんなに仲良くなったのかよ。

 こっちは昨日からいるのに未だに遊ばれてるっていうのにさ。

 「彬。いい上司だね。非常に好感度が高いよ」

 ぐいぐいと夕顔は新さんに顔をこすりつけていた。

 新さんも満更ではないようで、なすがままにされている。

 「おいおいどうした夕顔?なんか彬にされたか?」

 「人聞きの悪いことを言わんで下さい」

 というかそんなことしたら食われる。

 いや性的な意味じゃなくて、本当に頭からムシャムシャと。

 「あ。そういや彬。なんの用なんだ?こんな朝に」

 「え?言ってませんでしたっけ?」

 「聞いてないな。お前は私が扉を開けると、開口すると同時に土下座をするという変態紛いのことをしていただけだ」

 「彬、もう一回警察に行ってくる?」

 「誰が行くか。というか夕顔。頼むから静かにしてくれ。ここ以外に事情を話さずに住めるとこなんてないんだからな」

 「ちょっと待て」

 その声に反応すると、声の主である新さんが訝しむかのような顔で俺の顔を覗きこんでいた。

 こうして近くで見ると新さんは髪は長くて黒いし目は切れ長で、相当器量が良い。

 年だってそう離れていない人にこう言うのも失礼かもしれないが、俺より大分大人であるように感じた。

 「な、なんすか」

 やや目線を逸らしながら聞いた。

 「つまり今の話から推察するとあれか?私の家に泊めてくれってことか?」

 「いえ、ぶっちゃけた話伏見講の店内でも良いので泊めて下さい」

 「なんか卑屈だね彬」

 と言うと夕顔はようやく俺の上から下りた。

 「……なんか可哀想な奴だなお前って。というか、私の家はここだぞ」

 呆れ半分という感じで俺を見ていた。

 「ほっといて下さい……ってマジですか?」

 そんな話は初耳だ。けれど、なるほど言われてみれば納得出来なくもない。

 ここは人が住めるスペースなら簡単に確保できるだろう。

 大体、家じゃなければこんな時間から伏見講にいるはずがない。

 「で、無理っすか?」

 「スペース的には無理じゃないけど、やだ」

 竹を割るかのように随分すっぱりとあっさり断られた。

 「……ちなみに差支えなければ理由を」

 「私的な時間に人がいると気が休まらないから」

 「俺がいる時でも、私情で店とか閉めてるのに?」

 その言葉を聞くと新さんはムッと顔をしかめた。

 「うるさい。それはあれだろ、大吾のバカが相談しに来た時だろ?いいから私だって一人になりたい時があるんだからな」

 「……」

 そういう理由ならしょうがない。諦めて部屋を探そう。

 そう思って一礼して帰ろうとした時、

 「ねぇ、私はだめ?」

 夕顔が伏し目がちに不安げな声で新さんに聞いた。

 新さんはその言葉を聞いた瞬間に困ったような顔になった。

 「そうか、お前がいるのか…。彬の奴はそこら辺で寝てても死ななそうだし別に良いけどなぁ。お前みたいな体だと色々不便がありそうだしな。うーん……」

 そういうと腕を組んで考え始めた。

 もしかしてこれって勝算アリ?とか俺は考えていた。

 「そうだなうん。夕顔いいよ。お前は家に泊まっても」

 「マジっすか?」

 まさかの展開に俺はリアクションが思いつかなかった。

 「いや、彬。お前はそこらへんで寝てろ」

 俺に対して新さんの冷静なツッコミが入った。

 おかげで少し落ち着いた。

 「なんだか、親権を取られた夫みたいな気分です」

 「慰謝料ふんだくるぞ」

 俺が父親で新さんが母親、そして夕顔が娘。

 離婚の原因は多分俺の浮気だろう。

 絶対裏切りとか許さなそうだもんな新さん。まぁ絶対ありえないけどね。

 「ね。新」

 「ん?なんだ?」

 新さんと夕顔はいつの間にか名前で呼び合う仲にまで発展していた。

 しかし、どうでもいいのだが、新さんは見かけによらず子供が好きなのか。

 さっきから表情が妙に優しく見えた。

 「彬も一緒じゃだめ?」

 「うーん。夕顔としてはコイツは必要か?」

 新さんの問いかけに夕顔は首を傾げた。

 「いやぁ、別に必要じゃないんだけどさ」

 「って、おい」

 ちょっと待てコラいらねぇってなんだよ?そこは嘘でもいるって言ってほしい。

 「新もさ、本当は泊めてもいいって思ってるんでしょ?でも素直に泊めてやるのは癪だとか考えてるんでしょ?」

 「何言ってんだお前?」

 お前、新さんの性格読み違えてないか?

 この人は確かに優しい人だけど、明確に線引きをして人付き合いしてる人だぞ。

 関わりすぎず、見逃さずって言うのが信条の人だぞ?

 そんな俺の考えてることが分かったのか、夕顔は俺に微笑むと大丈夫と口で言っていた。

 「ね。新」

 新さんが夕顔の言葉に若干たじろいだように見えた。

 「ん?うーん。まぁ、夕顔が言うなら……よし彬」

 「な、なんすか?」

 「お前給料半分に減額な」

 「なっ、なんすかそれ?」

 新さん、いくらなんでも横暴だろそりゃ。

 「うるせぇ。家で暮らすならそれ位我慢しろ」

 こつんと頭を小突かれた。

 「いいんすか?」

 聞き返すと、新さんはその言葉を無視して店内に入ってしまった。

 というかそんな風に扱われると信じられないんですけど。

 性質の悪いドッキリかもしれないと俺は邪推した。

 あんなに嫌だと言っていた新さんが簡単に折れてしまうことがあるのか?

 そんな疑問をよそに俺の胸で携帯のバイブレーションが鳴った。

 誰からだろうかと確認してみると、新さんからだった。なんだろうかと中身を確認してみる。

 『今日仕事来る時に荷物と酒持ってこい。後夕顔に感謝しろ。……いきなり来たから言い忘れてたが、退院おめでとう』

 「新さん…」

 本気で涙が出そうだった。涙が出そうだったので少し鼻をすする。

 荷物は全部今持っているし、酒は頑張って買おう。

 「ねぇ、なんて書いてあったの?」

 俺の携帯を見ようとした夕顔に画面を見せると、嬉しそうな顔で良かったねと言っていた。

 「サンキュな。夕顔」

 「まぁ、あのまま死なれても目覚めが悪いからね」

 夕顔は、なんでもないように答えた。

 いや実際俺からしてみれば新さんにああまで言わせたのは素直に凄いと思う。

 「ん?そういやさ、一つ聞いてもいいか?」

 「なに?どうして新が彬を泊めてもいいって思ってたかについて以外なら答えてあげるよ?」

 思わず目を点にした。

 当の本人は俺の反応は楽しんでいるように見える。

 「……俺の言いたいことがどうして分かったんだ?」

 昨日からこうも当てられるとはっきり言って不気味だ。

 今回は事前に調べることなんか出来なかったはずだが。

 それとも俺はそんなに考えてることが読みやすいのだろうか。

 少し不安になる。

 「あらま。当たった?別に、大したことじゃないから教えないよ。大体そんなことも分からないなら、私が頭から食べてあげようか?」

 中々不穏な台詞を呟くと自分の歯をギラリと見せて恨みがましい視線を俺に向けてきた。

 なぜだか知らないが夕顔はえらくご立腹のようだ。

 あとお前がそんなこと言うと洒落にならないから止めて欲しい。

 「怒ってる?」

 「怒ってない」 

 ぷい。夕顔はそっぽを向いた。

 俺と夕顔の間に微妙な空気が流れる。

 この微妙に険悪な雰囲気を絶ったのは新さんのメールだった。

 助け舟に縋るかのように画面を見た。

 『お前ら、店先で騒ぐのは勝手だが、時にお前大学はどうした?そろそろ時間が押してるんじゃないか?』

 そう言われて携帯の時計を見ると午前八時二十分を指している。

 「げ」

 今日は九時頃から取っていた授業があったはずだ。

 今から向かえばギリギリ平気な時間である。

 ただでさえなんか色々あって出席が危ないのにこれ以上休むのは俺の為に良くない。

 伏見講から見える最寄り駅を見た。

 まだ最悪の展開にはなっていない。

 だが、ここで逃したら本当にヤバい。よし、手早く新さんに『夕顔をお願いします』とメールを打った。

 「じゃあな」

 「あ」

 後ろで夕顔が何か言っていた気がしたが無視して俺は駅へ走った。



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