十月十九日―Ⅱ
続きです。
非日常って言葉の響きは素敵ですけど、実際は起きて欲しくないものです。
「なに…してんだ?」
俺の混乱した脳はその言葉を口にするのが精一杯だったらしい。
ただ目の前の少女が答えるのを待つしかなかった。
すると、少女は口を開いて、
「いやね」
そう何かを言い始めたかと思うと、少女はくるりと俺に背を向けて調理を再開した。
「私がキミのトコ行ってからあったんだよ色々ね」
おもむろに俺の方に振りかえって、少女は、後ろの棚から食器を取るように催促した。
お腹が減っててね。と少女はフライパンに向き直ると俺に背を向けて話始めた。
「とりあえず手近にあった家にでもってね」
少女は俺から皿を受け取ると、礼を言って焼いていた肉を皿に移した。
さっきから見ていると分かってはいたが、この少女は今から食事をとるみたいだ。
皿に盛りつけられたのは肉だったのだが、この状況でなんの肉かは想像したくなかった。
「ま、ちょっと忍びこんで、なんか食べ物とかを恵んで貰おうかなと思ったんだよ。そしたらさあら大変。人が死んでるじゃありませんかぁ」
皿を机に置いてコイツは機嫌がいいのか両手を広げて大げさに話した
というか思うんだけど、この状況ってかなり不味いよな?今見つかったらはっきり言って洒落にはならないことは事実だ。
「まぁ座りなよ」
ずっと立っていた俺を不審に思ったのか少女は俺にそう促した。
俺は少女に促されるままに少女の対面の椅子に座る。
はっきり言ってこんなことしてないで警察なりなんなりに任せて逃げたい。
けれど目の前の少女は楽しそうに笑ってこっち見てくるので逆に不気味で動くことができなかった。
「大丈夫だよ。私は犯人じゃないから」
「え?」
俺の考えていることが分かったのか先ほどまで焼いていた肉をこの家から失敬したナイフで器用に切って口に運びながら、あたかも興味がないことかのように言った。
ま、実際コイツにはそんなことどうでもいいんだろうけどさ。
「ま、信じなくても私は一向に構わないけどさ、この人は私が入ってきた時にはもう死んでたよ」
話ながら一気に大きい肉の塊を呑み込もうとしたのか、むーと頬を膨らませて胸を叩きながら頑張っていたが、やがてようやくそれが呑み込めたらしい。
ぷはっと空気を吐き出して幾分か呼吸が楽になったらしく随分と饒舌に語りだした。
「とりあえず私の今まで行動を教えてあげる。今私はなぜかとても気分がいいからね。キミが聞きたくないと言っても言うからね。まず彬、キミが意識を失った後のことから簡潔に話すよ。いくら気分が良いと言っても面倒なことはそこまで好きではないからね」
どっちだよ。
「まぁ、私はあの後、彬が気を失った後救急に電話して、野次馬が出てくる前にこそこそ逃げおおしたわけなんだよ。そういえば、キミのトコの両親はかわいそうなことになっていたらしいね」
また部屋を物色した結果なのか高級そうな湯呑になんか分からないけど高級そうな緑茶みたいのを飲んで一息いれていた。
「ぷはぁ。いやこのお茶美味しいね。あ、ごめんごめん。話が途切れてちゃったね。どこからだっけ?ああ、そうそうキミの両親が死んでいたって話からだね。まぁキミには重要かもしれないけど、今の私の話とはあんまり関係なさそうなので省かせてもらうよ。さて話の続きだ。はっきり言って見ての通りこの体だから、自分で生活するのは難しいんだ。まぁ幸いキミの家から色々と失敬できたし、キミからも少し貰ったから飲食は問題なかったんだけどね。さてここで問題」
その少女は頬杖をついて俺を見上げた。
思わず視線を合わせると深い黒色の二つの目が俺を下から覗きこんでいた。
「なんだよ?」
「そのあとの私の行動はなんでしょう?」
少女はそう言うと小さな指を一本立てた。
「一番。そのまま野良犬や鴉よろしくそこら辺を這っていた。二番。誰かのヒモになっていた。三番。誰かの家にいた」
「普通に考えて三番だろ」
とおざなりに答えておいた。
というか他の選択肢みたいなことはしてほしくない。
大体ヒモってお前がやったら、匿った奴は犯罪者決定だろとは言わなかったけど。
「ここで残念とか言って悔しがらせてやりたい気もするけど現実はそんなにおかしなことは起きないからね。正解だよ。本当に愚問だったね。というか私自身、人様のヒモになるのは好きじゃないしね。だって私にそんなこと言ってくるのはもう四、五十位のおじさんが不気味に笑って近づいてくるだけだからね」
流石、私もそれは怖いよ。
そう言うと目を細めて、
「ま、キミならいいけどね」
その少女はけらけらと笑った。
「そうか」
憮然とした態度で突っぱねると、つれないね。
少女は笑いながら最後の一切れを口に入れた。
自分の作った料理を最後まで味わうかのようにゆっくりと咀嚼すると両手を合わせてごちそうさまと言って、皿を洗いにキッチンに行った。
案外礼儀はいいのかもなコイツと場違いながらもそう思った。
「やっと警戒心を解いてくれてみたいだね。コイツなんて呼ぶなんてさ」
「……声に出てたか?」
「いや別に。そう言ってた気がしただけ」と言って洗い物を終えるとまた俺のいる机に戻ってきた。
「なぁ」
「ん?」
「……何の肉食ってたんだ?」
コイツが肉を食いだした時から疑問に思っていたことだった。
さっきは、はっきり言って怖かったから聞けなかった。
俺の言葉を聞くと一瞬目を丸くしたが答える代わりに俺に真っ赤な舌をだらりと出して笑った。
―――舌だった。
―――真っ赤な舌だ。
あの晩俺を舐めた舌に違いない。
その体躯に不相応な長い舌。
その舌を見ると何故か俺の胸がざわめく。
ざわざわと胸の中が粟立ち体中の血液がそこに集まっているかのよう―だ――。
「大丈夫かい?」
「あ?」
その言葉で急速に体全身に血液が行き渡っていく。恥ずかしながらどうやらコイツに声をかけられるまで意識がどこか遠い所に行っていたらしい。そんな俺を見てコイツは少し心配そうに目尻を下げて、
「平気かい?どこかに意識が飛んでいたみたいだけど……っと、まだ二カ月だもんね。私を見て昔がフラッシュバックするのも無理ない時期だね。だけど気にせずに質問に答えるとするよ。大方キミは人肉かと思ったと思うけど残念。豚だよ豚。私は基本的に鶏が好きなんだけどね。あれって栄養あって脂が少ないじゃんか。あ、どうでもいいことだったね。大体あそこに転がってるのはどの位経っているか知らないけどすっぱそうだから御免被るよ」
「……その話ぶりだと新鮮だったら食べるって風にも聞こえるんだけどな」
ただ揚げ足を取って皮肉ったつもりだった。だけど、
「ん。確かに食べるよ。まぁ、血は鉄くさいし、臭いが残るから洗ってからだけど」
平然と肯定された。
「え?」
驚く俺を尻目に向こうは別に特別なことは何も言っていないかのようだった。
「ん?なんだその意外そうな顔は?キミは人を食べるのは間違っていると思うかい?」
少女はまるで小学校の先生が生徒に対して何かを訪ねるかのような口調でそう言った。
「凄い質問だな」
「早く答えなさい彬」
本当に飽きてきたのか机の上にべたりと頭を乗せていた。
「うるせえ。俺は間違ってると思う」
「へぇ」
それを聞くと夕顔は興味深いとでも言うような視線を俺に向けた。
コイツの双方の瞳は他の物を惹きつけてやまなそうな綺麗な黒色をしていた。
「それはなぜ?」
その瞳がそう問いかける。
「なぜって、それを聞くのかいよ?」
「まぁね。人様の意見を聞くのは大切なことだと思うし」
「……喋るから」
「ん?」
と俺の言葉の続きを顎で促した。
「人は喋ることが出来る。これは俺の知っている限り人間しか出来ない。尤もだから他の知能的に劣っている生物をどうこうしていいわけじゃないのは分かってるが―」
「なるほどね」
納得したかしていないか分からない表情で頷いていたが、多分後者の方だろう。
「おい。まだ―」
そこで話が途切れた。
保存時期を見てみると書いていたのは中学二年の頃でした。
厨二病真っ盛りな気がします。
まぁ今もですけど。