蛹化の村
昔々、変態が一人村にやってきました。
その男が「変態」と名乗るのを聞くと、いかがわしい者のことかと思って村の皆は身構えました。しかしその男が言った変態とは、心や体をまったく別の形に作り変えてしまう古い技術のことでした。
村は大きな谷の底にあり、人々はずっと変わらない貧しい生活を送っています。空を見上げると、世界を覆う巨大な人工天蓋にはひび割れが走り、時折、青い燐光を放つ粒子がチラチラと舞い落ちてきます。村ではその光を「星の欠片」と呼び、信仰の対象にしていましたが、実際には老朽化した構造体から漏れ出す重金属の微粒子にすぎませんでした。谷底の辺境には、世界の現在の姿が伝わっていなかったのです。
変態は背中に薬売りが持つような鉄の箱を背負っていました。村の集会場の広場でその箱を開くと、中からカシャカシャと音を立てて銀色の細かな機械の小虫たちが溢れ出します。彼は穏やかな声で村の皆に語りかけました。
「これらはナノマシンという、小さな職人たちです。あなた方の体内で遺伝子の繋ぎ目を組み替え、細胞の働きを変えてくれる。これを使えば、水が枯れても生きていけるようになり、夜の暗闇の中でも太陽があるかのように明るく世界を見渡せる。天蓋から落ちてくるあの毒の塵だって、エネルギーに変えられるようになるのです」
村の誰も彼の言葉の意味をうまく理解できませんでしたが、村長は大慌てで首を振りました。
「とんでもないことだ。あんたが言ってるのは、ご先祖様から授かったこの体を作り変えるということだろう。罰当たりな。俺たちはこのまま、ささやかに生きていければそれで充分なのだ」
変態は怒ることもなく、微笑んで言いました。
「それがあなた方の選択なら、無理強いはいたしません。けれど、どうか覚えておいてください。この地球の環境は、人類が生まれた頃とはすっかり変わっています。世界が変わったのに自分だけが変わらないでいることを、人は時に伝統と呼んで尊びますが、宇宙の時間で見ればそれは絶滅への猶予に過ぎないのです」
その夜、村の少年が一人、忍び足で変態が間借りしている宿を訪ねました。少年は足が不自由で、村の畑仕事を手伝うことも満足にできず、いつも肩身の狭い思いをして生きていたのです。
「おじさん、僕も変態させてくれよ。僕はこの村の外に何があるのか知りたい。世界がどんな姿をしているのか、見てみたいんだ」
男は少年の瞳をじっと見つめると、小さなカプセルを一つ渡しました。
「これを飲むと、君の細胞は一度すべて解きほぐされ、流動体になります。骨も肉も、まったく新しい炭素繊維と合成タンパク質へと置き換わるのです。激しい熱が出て、まるで死んでしまうかのような苦しみを味わうかもしれません。それでもいいですか?」
少年は頷き、迷うことなくカプセルを飲み込みました。
次の朝から少年は村の端にある古い小屋に閉じ籠もりきりでした。小屋そのものが脈打つような不思議な音と、金属が擦れ合う不気味な音が絶え間なく聞こえ、恐れ戦いた村の人々は「あれが変態の悪行だ」と噂し合い、少年を助け出す勇気もありませんでした。
そして七日目の朝、小屋の扉が開きました。出てきたのは、かつての少年ではありません。背中に四本のしなやかな金属質の肢を生やし、皮膚は真珠のように滑らかな光沢を放っていました。瞳は多重のレンズ構造に変わり、天蓋から注ぐあらゆる波長の光を捉えて月光のように輝いていました。
もう彼は息を吸う必要すらなく、空気中の熱と放射線を直接エネルギーに変換して身体を動かしています。少年は、かつての言葉を使わずに思念波を村人たちの頭の中に送り届けました。
『みんな、さよなら。僕には今、空のひび割れの向こうに広がる、冷たくて美しい宇宙の音が聞こえています。ただ僕たちが錆びついた蛹の内側を眺めていただけで、本当の世界は滅びてなどいなかったのです』
少年は脚に力を込めると、弾丸のような速さで垂直に跳び上がりました。優しい風が村を揺らし、少年はそのままひび割れた天蓋をすり抜けて漆黒の外宇宙へと飛んでいってしまいました。
それから数年が経ちました。天蓋の劣化はゆるやかに進行し、谷底に流れ込んでいた最後の川も枯れ、村の畑は作物が育たなくなりました。村人たちが飢饉と病で伏せっていると、再び変態が一人村にやってきました。
彼は以前と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、広場に鉄の箱を置きました。今度は誰も変態を追い払おうとはしませんでした。代替わりした若い村長を始めとして、人々は静かに列を作り、男が差し出す小さなカプセルを一つずつ受け取っていきました。人類は知ったのです。生物とは、変わり続けるものなのだと。
村人たちが全員カプセルを飲み干し、各々の家の中で蛹となって横たわった頃、空の彼方からいくつもの青い光が降り注ぎました。かつての少年がたくさんの仲間を引き連れて人々を迎えに降りてきたのです。
大きな谷の底にあった村には、もう誰もいなくなりました。村人だったものたちは新しい身体と果てしない命へと変態し、星々の海をどこまでも楽しそうに泳いでいるそうです。
めでたし、めでたし。




