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咲の森の願い

作者: 沙綺

 夏の雨が他の季節の雨とは少し違う気がするのは、俺だけではないだろう。耳を澄ませば夏の雨には様々な音が混ざっていることに気付く。地面を叩きつける水の音はもちろんのこと、蛙の鳴き声や遠くの方から聞こえてくる雷の音。そして、どこからか聞こえてくる「キキキキキ」という不気味な笑い声。



      ◇ ◇ ◇



「まさか、これを読んだら呪われるという」

「違います」

 そんな感じで即答するのは大抵裏がある場合が多いが、彼に限っては違うだろう。

 俺の下宿で、俺の目の前で怪しげな、相当古い本を広げている、大学生なのに童顔な青年は永田。俺が通う大学の後輩である。

 俺は工学部で永田は文学部なのだが、何故か気が合い、休日にはこうして遊びにやってくる。いかにもモテそうな顔なのに彼女がいないのは何故だか分からない。

「で、この見た目国宝級の本はどうしたんだ?」

「それがですね、三丁目の斉藤さんの家の屋根裏から出てきたものです。ほら、あの大きなお屋敷の・・・」

 そういえば確かに、この下宿の近くに馬鹿でかい家があった気もする。工学部といえども建築学科ではないのであまり興味が無かったのも事実だ。

「大掃除とかで、屋根裏を掃除した時に見つけたようです。それが僕のところに回ってきたのです。今日は先輩に感想を聞きたくて」

 ふむ。確かに俺は高校時代から古典文学に興味を持っていて多少の知識はある。ぱらっと見てこれが何時代の成立なのかも、大体分かる。

「平安か」

「ご名答です。やはり先輩に見せて良かった。かいつまんで説明します」


      ◇


   とある地主には一人の娘がいた。


   その娘はある晩、物の怪に襲われた。


   地主は村人を引き連れて娘を探しに行った。


   その娘は咲の森の奥深くで見つかった。


   その娘は言った。「何も覚えていない」と。


      ◇


 これだけだと全く意味が分からない。話的にはスムーズなのだが、どうも腑に落ちない感じがする。伝いたいことが抜けている気がする。

 そして“咲の森”だ。

 咲の森は俺の下宿の近くにある(としか言いようが無い)大きな森である。同じ森なのか?

「ええ、平安時代とは規模が違うと思いますが、同一の“咲の森”だと考えられます。ここで先輩、この本は一体何故書かれたのだと思います?」

「何故って、これは妖怪とか出ているからただの物語なんじゃないのか?」

「昔の人は人知を超えた現象は全て妖怪の所為にするんですよ。これは実際に起こったことだと思いませんか?」

「まさか、竜巻が娘を連れ去った訳でもあるまいし」

 そう俺が言ったのを永田は不敵な笑みを浮かべながら聞いていた。

「では、本当に妖怪がいたらどうです?」

「どういうことだ?」

「そのままの意味ですよ。咲の森の噂は知っていますよね」

「あれだろ、この地域の夏の風物詩の一つ・・・」

 夏恒例の百物語大会。毎年その最初の話は、咲の森に出る和服の幽霊少女の話・・・

「まさかね」

「そのまさかですよ。怪談もこの話もほとんど一緒なんです。そして和服の幽霊少女。平安時代だと着物と言った方が良いでしょうか。子供は十二単をまだ着ないですからね」

それで和服か。でも平安時代の話がなぜ現代まで?

「他にも気になることがあって調べてみたんですが、二年前、ある失踪事件が起きています。知っていますか?」

 今更記憶を探る必要はなかった。なぜならこの本の内容を聞いたときから気付いていたから。


 坂本家長女失踪事件。二年前の夏の終わり。

 かの事件があった時、自殺ではないかという噂が立ったが坂本一家がそれを否定し、町中の男を集めて探させた。ちなみに俺も参加している。

 二日後、長女が見つかったのは咲の森。

 そして彼女は言ったという。


「『何も覚えていない』と」

 ふむ。これは偶然の一致にしては出来すぎているな。

「他にも同じような事件がここ二十年で三百件起きているんです。報道されなかったり、家出と間違えられたりというケースが多くて、調べるのに大変でした。そして失踪して数日後、帰ってきた人は皆こう言うのです。『何も覚えていない』と」



      ◇ ◇ ◇



 では、と言い永田は帰っていった。さらには例の本の写本まで置いて。

 もう一度手にとって眺めてみる。

 題名、著者名共になし。国宝とはならないかも知れないが、郷土史に載ってもおかしくないだろう。

『今は昔、橘なにがしの女子ありけり。年まだ若ければ髪上げ裳着などせず、いとよく遊びありきけり。

 七月は晦日。月影見えざりければいと暗く、物の怪あまたありきけり。鳴る神いみじければ、いとどおどろおどろしくおぼえけり・・・』



      ◇ ◇ ◇



 走る。暗い森の中をどこまでも。

 カサカサカサ・・・

 後ろからは草が擦れる音がする。何か得体の知れないものが後ろをついてくる。

 ニゲナキャ・・・

 後ろを振り返ってみる。暗闇に浮かぶ二つの赤い目はこちらを見ている。真っ赤な生臭い口が開き、『キキキキキ』と不気味な鳴き声を出す。

 ニゲナキャ・・・

 ドコヘ・・・?

 ドウヤッテ・・・?

 暗すぎて前が見えず、何かにつまずいて転んでしまった。見ると、自分の足元にあったものは化け物の尻尾。

 ああ、そうか。もう捕まってたんだ。じゃあ逃げられるわけないよね。

 その化け物はもう一度口を開いて・・・

 ・・・

 ・・・


『娘は何も覚えていないと言っているじゃないか』

『そうは言っても・・・』

 なにやら話し声が聞こえる。

『やめてくれ。それだけは』

 何の話だろうか・

『ではお前は・・・でいいのか?』

 どうしてだろう。その言葉がよく理解できない。

 簾が上がり、見たことがない人が私を見下ろしている。誰を?私を。

『ごめんな。だから・・・』



      ◇ ◇ ◇



 そこで目が覚めた。

 もう外も暗くなり、いつものように雷が鳴っている。時計を見ようにも暗くて分からない。かろうじて今午後七時だということが分かった。電気がつかない。停電しているのだろうか。それにしてもさっきの夢は・・・?

 枕元には例の写本。そうか、これを読んでいたら眠くなって・・・

 その時、部屋に気配を感じた。あんな夢を見た所為だ。全く。ふと、顔を上げるとソレと目が合った。

「うわっ」

 驚きのあまり失神するところだった。心臓の鼓動が速くなる。大丈夫、ただの幻覚だ。顔を上げてみる。ほら、目の前には誰もいない。

 カサカサカサ、とどこかで聞いた音。夢の中で聞いた音。

 後ろを振り返ってみる。暗闇に浮かぶ二つの赤い目はこちらを見ている。真っ赤な生臭い口が開き、「キキキキキ」と不気味な鳴き声を出す。

「あっ」

 思わず後ろに倒れこむと背中に固いものの感触。体中を駆け巡る悪寒。もうソレを見たくは無い。

 ふと、視界の隅に何かが映る。

 和服姿の少女。かの少女は口を三日月のように曲げて笑う。顔の輪郭が薄れ、頭蓋骨だけになる。その口から発せられた音。

「キキキキキ」

「ねえ、ねえ、お兄ちゃん」耳元でソレが囁く。心臓が一瞬止まる。

 いつの間に俺の後ろに回りこんだのか。首が勝手に回り、ソレの赤い瞳と目が合う。ソレが口を開く前に、俺は下宿を飛び出した。



      ◇ ◇ ◇



 雨が降り、雷が鳴る中俺が向かった先は永田の家だった。一刻も早く現実に戻りたかった。永田の『心配ないですよ』という声が聞きたかった。

「永田!」

 呼び鈴を鳴らしてみたりドアを叩いてみたりするが、応答は無い。そして、俺はドアの鍵が開けっ放しになっていることに気付いた。

「永田、いるのか?」

 玄関に入ると何故か水浸しだった。その先の廊下まで全部。まるで雨に濡れた何かが家の中を這いずり回っていたような・・・

「永田」

と、呼んでみても返事がない。居間のテレビは点けっぱなしだった。ここももちろん濡れている。携帯に電話してみても永田の部屋から着信音が聞こえるだけ。

「ははっ、コンビニに買い物にでも行っているのかな。で、この雨と雷で立ち往生とか」

 口からのでまかせを言ってみる。こうでもしないと不安な気持ちを紛らわせることができない。

 居間のテーブルの上には例の本。手袋などをしていない手で触っていいものかと思ったが、構わず手に取る。

 これはやはり呪いの本だったのではないだろうか。永田は妖怪に捕らえられたのではないか。保障はできないが、失踪した人は数日後には必ず戻ってくるはずだ。夢の中でも、あれは戻ってきたはず・・・

 ん、夢?

 何だろう。何か引っかかる。この感じ、この本を初めて読んだときにも感じたような気がする。何か忘れている気が・・・

 その時、夢の最後のシーンを思い出した。

 森の中で発見された後、『何も覚えていない』と言い、とりあえず家に連れ戻された。この夢の視点は多分、妖怪に連れ去られた少女のものだと思う。そして最後、少女は何者かに殺されるのだ。

 何故殺されたのか。理由は多分こうだろう。

 妖怪にさらわれたが無事戻ってきた少女。しかし数日間何があったのか覚えていないと言う少女を不審がった人が大勢いた。妖怪が少女とすり替わったのではないかと。そして少女は・・・

「殺された」

 原文には『かの女子なやみにけり。まじなひしたれど、えおこたらざりけり。やがていたづらになりにけり』と、ある。

 訳すと『あの少女は病気になってしまった。病気を治すお祈りをしたけれども、回復しなかった。そしてそのまま死んでしまった』となる。

 妖怪の所為で病気になり、死んでしまったと書かれてはいるものの、本当は人間に殺されてしまったのだ。これを書いた人は橘なにがしという人物、すなわち少女の親だろう。悔しい思いを後世に伝えたかったに違いない。この話は妖怪の類よりも人間の方が残忍で恐ろしい生き物だということを伝えるためのものだったのだ。

 では、彼女、和服の少女は自縛霊か。自分の苦しみを伝えたいが為に未だにさまよい続けている。

 ん、でも何か引っかかる。何だろう。永田が言っていた言葉だろうか。

『そして失踪して数日後、帰ってきた人は皆こう言うのです。“何も覚えていない”と』何だろう。失踪して帰ってきた・・・

 机の上には永田が調べた資料も置いてあり、急いでそれを見る。

過去二十年間で起こった失踪事件は三百十二件、その内失踪者が発見されたものは百六十件、未発見が百五十二件。発見されたものの内死亡確認は九十二件。

 実際に帰ってきたのはたった六十八件。他の二百四十四件は、死亡または失踪中。いや、まて。この中には自殺者も含まれているはずで・・・でも。もしそうなら、和服の少女は何人も人を殺していることになる。

 胸騒ぎがする。雷の音がまた近くなり、雨の音もまた強くなってくる。そしてまた視線を感じる。

 永田は、生きて戻ってくるだろうか。不安な気持ちが心臓の鼓動を速める。

 ドカーン、という音と共に空気が振動する。近くに雷が落ちたか。それと共にこの家も停電する。窓の外を見ると他の家も同様に、だ。

 赤い、二つの瞳が明りの消えた居間を漂っている。

「うわっ」

 一度経験したこととは言え、やはり現実離れしたことには驚く。

 雷の光が窓から入ってきてその赤い二つの目の持ち主を映し出す。時には大ムカデのような妖怪に見え、時には和服の少女に見える。ソレラは赤い口を開き「キキキキキ」と不気味に笑った。

 金縛りにあったかのように体が動かない。心臓の鼓動がさらに速くなっていく。こわい。コワイ。怖い。もう大人だというのに涙が出てきそうになる。

 近づいてくる赤い二つの目は和服の少女に姿を変える。今にも腰が抜けそうなのを堪えて言う。

「な、永田をどこへやった・・・」

 こう言ったつもりだが、声にならない。

 和服の少女は微笑みながら俺を呼ぶ。

「ねえ、お兄ちゃん。ねえ、お兄ちゃん」

 和服の少女は微笑みながらさらに近づいてくる。その手には何かが握られている。まさか、刃物?

 震えが止まらない。とうとう、腰が抜けてしまった。手に、足に、力が入らない。

「ふふふふふ」

 和服の少女は嬉しそうな赤い目で俺を見つめる。

「ねえ、お兄ちゃん」

 最後、少女が口を開いたのは見えたが何を言っているのか聞き取ることはできなかった。恐怖のあまり気を失ってしまったから。



      ◇ ◇ ◇



 目が覚めたとき、自分が生きているかどうかはっきり言って分からなかった。分かったのは今が午後九時であり、自分はまだ永田の家の居間に倒れていることだった。寒気がする。これは自分に体温がある証拠だろうという理由で自分はまだ生きていることにした。

 実際には幽霊になったことが無いから確かめようもない。もしかしたら幽霊も寒さを感じるのかもしれない。

 さて、今俺は生きていると仮定する。こういう思考は理系っぽいなと思った。落ち着きを取り戻す。

 で、生きていると仮定するならば、彼女、和服の少女はどうして俺を殺さなかったのか。俺は本当に殺されると思っていたのに。

 まあ、俺の思い違いかもしれない。少女が持っていたものは何か分からなかったからな。

 雨も雷も止み、雲が晴れ、月が見える。俺は一度家に帰ることにした。例の本と、永田が集めた資料を持って。

 帰り道、和服の少女に会わないように注意しながら、これからのことを考えてみる。永田のことは抜きにして、二年前に失踪して帰ってきた、あの和服の少女に連れて行かれたと推測される坂本家の長女のところに明日にでも行ってみようと思った。



      ◇ ◇ ◇



 翌朝、俺は朝一番に家を出る。昨日の夜は部屋の片付けに大変だった。あの時は怖くて逃げ出して気付かなかったが、俺の部屋も永田の家と同様、水浸しだった。

 ふと、気付く。水浸しの原因があの妖怪が雨に濡れたためなのだとしたら、あれは実在するものなのだろうか。

 そもそも和服の少女はあの妖怪に連れ去られたはずなのに、どうして少女は妖怪と一緒にいるのか。挙句の果てに人を攫い、殺し、殺さない場合は記憶を消す。ふむ、謎が多いな。


 そう考えているうちに目的地の坂本さんの家に到着した。家柄的にあの幽霊と昔からの縁があるのではないかと思ったが筋違いなようだ。斉藤家のような昔ながらの大きな家ではない。

 二年前、坂本家の長女が失踪した時、長女は中学三年生だったはずだから今は高校二年生だろう。ちょうど夏休みだから家にいてもおかしくはない。

 呼び鈴を鳴らしてみる。すぐに出てきたのは娘さんの母親だろうか。簡単に訪問の理由を言うと娘の母親はその旨を娘に言いに行った。

「葵は部屋にいますので」

 どうやら上手く了承を得られたらしい。ちなみに娘の名前も分かった。一応メモをしておく。


 部屋は、ごく普通の女子高生っぽい部屋だった。まあ、そんな部屋には一度も入ったことが無いのだが。

「へえ。上から見た感じとは違うね。ちょっとタイプかも」

 そう笑顔で言う彼女が坂本葵だろう。失踪なんてしなさそうな明るいタイプみたいだ。

「で、あの事件のことだけど、ごめんなさい。何も覚えていないの」

 そう言われると思って少しばかり質問を用意してきた。我ながら用意周到。

「まず、坂本葵さん。あなたはどうしてあの森に入って行ったのですか?」

 彼女は考えるそぶりを見せたが「忘れた」と、あどけない顔で言った。能天気だなあ。

「えっと、じゃあその・・・いわゆる失踪の前後数日に何か不思議なことが起きませんでした?」

「不思議なこと・・・ねえ」彼女は私の顔をちらちらと見る。あまり疑いたくはないのだが、彼女は何かを隠している。そう思う。

「たとえば、幽霊とか」核心を突いてみる。

「さあ、そんなことはなかったと思うけど・・・ねえ、お兄さん。どうして今頃そんなことを聞くの?」

 もっともな質問だな。昨日までに起こった出来事を隠さず話してみる。彼女なら何か思い当たる節があるかもしれないから。

「ふうん。お兄さんの友達もいなくなっちゃったんだ。それは大変だね」

 笑顔で彼女は言う。さっき説明したのに。あの幽霊のことを。

「多分大丈夫だと思うよ。きっとその友達は明日にでも帰ってくるから。 もし気になるんだったら、お兄さんが探しに行けばいいんじゃない。咲の森へ」



      ◇ ◇ ◇



 あまり近づきたくは無かったが、これはもう仕方ないな。俺は覚悟を決め、森に入る。

 咲の森はだだっ広い森である。永田が言ったように平安時代にはここら辺一帯が全て森だったらしいのでさらに驚きである。しかも、森の入り口から思っていたのだが、まだ午後三時にも関わらず薄暗い。

 遊歩道が設けられてはいるがそれも生い茂る木々によってあまり太陽の光が差し込まない。懐中電灯が必要なほどではないのだけれど。

「何が出てくるやら。大ムカデと幽霊少女以外にも出てきたらもう諦めるしかないな」色々と。


 だいぶ歩いたが未だに人っ子一人会わない。一体何故。咲の森はここら辺ではグリーンツーリズムの名所として知られているけど。確か有名になったのは二年前の夏だった気が・・・

 そうか。二年前の夏の終わり、坂本葵さんの失踪事件から人が寄らなくなったのか。皆不気味がって、この咲の森に。

 今になってみると、俺は一体何をしに行くのだろうか。だってそうだろう。早い話が死にに行くようなものだ。葵さんは大丈夫だと言っていたけれど、何か馬鹿馬鹿しくなってきたな。

 帰るか、と思った途端空が暗くなる。

「やべ、まだ四時だろ。夕立には早いよ」

 やってきた道を戻ろうと思ったが、目の前には暗闇。懐中電灯を取り出そうとしたが、なぜかバッグの中に入っていない。念のために入れておいた咲の森の地図やコンパスも無い。携帯はポケットの中にあるのに。どうして?

 雨が降ってきた。遠くから雷の音も聞こえる。このパターンはまずいな。

 カサカサカサ。カサカサカサ。と、聞き覚えのある音。

 近くの木の陰から「キキキキキ」という不気味な鳴き声も聞こえる。昨日と同じ状況。

 視界の隅に何かが映った瞬間、俺は駆け出した。

 雷が鳴り、雨が強く降るが、そんなのはお構いなしに走り続ける。すると突然、携帯が鳴り出した。永田からの着信。

「おい。お前今どこにいる?」

『・ン・イ・・・』

「おい、どうした?よく聞こえないぞ」

『ゼンパイ・・・』

「僕を見殺しにしないって言ったじゃないですか」

 後ろから永田の声が聞こえた。立ち止まって振り返るが、誰もいない。幻聴か。幽霊の仕業か。

「永田!」

 名前を呼ぶが返事がない。くそ、と毒づきながら走り出す。両側の木々の間に和服の少女が何人も立っているのを雷の光が照らす。

「ふふふふふ」と和服少女が笑い、

「ふふふふふ」と幽霊少女が微笑む。

「ふふふふふ」と和服少女はせせら笑い、

「ふふふふふ」と幽霊少女は残虐な笑顔を見せる。

 結局怖いものは妖怪でも何でもなくかった。

 人間の天敵は人間。幽霊も人間の魂という点では人間として扱っていいだろう。

 視界が悪く、足元もよく見えない。とうとう石につまずいて転んでしまった。いや、石につまずいたわけじゃない。何か冷たいものが俺の脚を握っている。

 ゆっくりと首を動かす。

「ねえ、お兄ちゃん」

 その頭蓋骨の中に浮かぶ赤い瞳を見た俺は声にならない悲鳴を上げることしかできなかった。


「ねえ、お兄ちゃん。あそんで」


 俺が聞いたのは、千年以上も幽霊をやっている少女の、小さな願いだった。



      ◇ ◇ ◇



 二日後、俺は永田や大学の友人の捜索隊に発見された。聞いた話によると永田は少女を見て怖くなり、実家に逃げ込んだという。全く。これが彼女のできない理由か。

 俺はというと二日間、かの幽霊少女と遊んでいた。森の奥に洞穴があり、どこから集めたのか色々なおもちゃがそこにはあった。少女はただ遊びたいという思いだけで何人もこの森に連れ込んだのだという。葵さんもその一人だそうだ。

 あの妖怪、大ムカデは殺されてしまった少女の魂を哀れみ、自身の体にその魂を住まわせているのだという。

 ちなみに、咲の森の西側には崖があり、自殺スポットとしても有名であるらしい。

 今になって、失踪して帰ってきた人間がどうして『何も覚えていない』と言ったのか分かる。誰だってあの無垢な少女を追い出すような真似はしたくない。

 だから俺も永田達にこう言うのだ。

「俺は・・・何も覚えていない」と。


ホラーは初めてだったのですが、楽しんで(?)もらえましたか?

そもそも、私はホラーが苦手(怖くて読めない)ので書くのもこうあまり怖くないものになってしまいますが、怖いだけがホラーではないと思います。

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