6、幸せは傍にある
楽しくお読みいただけましたら幸いです。
俺は腕を広げて待っていた。
その腕の中にアイブは飛び込んできた。
ちゃんと抱き締めると、アイブも抱き締めてきた。
良かった。
アイブに触れることができた。
だが、まだ危機は回避できていない。
「みんな消えちゃった」
アイブは我慢していたのか、いきなり泣き出した。
目の前で友達が消えていくのを見たのだろう。
俺は優しくアイブの頭を撫でる。
アイブは驚いて俺を見た。
涙も止まっている。
「大丈夫。俺がいるから」
「うん」
アイブは俺の胸に顔を埋める。
俺も怖い。
でもアイブは助けたい。
あの時と同じだ。
トラックにひかれた時と。
どうすればアイブを助けられる?
俺は、どうなってもいいからアイブだけでも助けてほしい。
アイブだけでも、母猫の元へ戻してほしい。
愛情深い母猫の優しさに包まれて、生きてほしい。
ほぼ一人の俺には何もないけど、アイブには悲しんでくれる相手がいるから。
俺は目を閉じる前にアイブの頭を撫でた。
アイブが嬉しそうに目を細めて泣いていたのが見えて、俺は目を閉じた。
『みゃー』
猫の声がする。
俺は目を開けた。
目の前に黒猫がいた。
尻尾の先端が曲がっている。
「長?」
俺が、そう呼ぶと猫はにゃーと鳴いた。
「えっ、ウソ。目を覚ましたかい?」
花瓶を持って部屋に入ってきたおばあさんが焦りながら、そう言って近くにいた看護師さんを呼ぶ。
あの、おばあさんは大家さんだ。
俺にも見舞いに来てくれる人がいたようだ。
先生が来て、俺の検査をしている。
少し体は痛いが、それだけだ。
骨折もしていないし、すぐに退院できるようだ。
さっきいた黒猫は、いつの間にかいなくなっていた。
事故の時、一緒に白い猫がいなかったか看護師さんに訊いたが、猫がいたという話は聞いていないと言っていた。
アイブはどこに行ったのだろう?
生まれ変わってしまったのだろうか?
俺だけが同じ体に戻ってきたのだろうか?
それから少ししてから退院をした。
黒猫は、あれから一度も現れなかった。
もしかしたら、夢だったのかもしれない。
「君が生きてて良かったよ。君だけなんだよ。家賃をちゃんと期日を守って払ってくれるのはね。そして私に挨拶をしてくれるのもね」
「挨拶ってほどのことはしてないですよ。ただ会釈をするだけでしたよ」
「それでいいんだよ」
「でも、わざわざ見舞いに来てくれてありがとうございます」
「いいのよ。君を息子のように思っているの。身寄りがないって言っていたから、何かあれば私がお手伝いをしようと思っていたのよ」
おばあさんは、俺の退院にもかけつけてくれた。
俺、一人じゃなかったんだ。
ちゃんと心配をしてくれる人がいたんだ。
「これから、しっかり働いて、おばあさんに恩返しをしたいです」
「恩返し? そんなのいらないわよ。当たり前のことをやっただけなんだから」
おばあさんの優しさに涙が出そうになった。
俺、マジで、ちゃんと働くよ。
それから、正規雇用の会社の面接を何社も受けて、小さな会社に受かった。
俺のフリーター時代の知識が役に立つ会社だ。
これからたくさんお金を貯めて、やることがある。
俺は、そのために頑張った。
『恥ずかしがりや』
『人見知り』
『フリーター』
『変人』
『ほぼ一人』
この『はひふへほの残念5H』ではなくなった俺。
俺、今を生きている。
毎日が大変だけど楽しい。
おばあさんと一緒にご飯を食べることもある。
会社の社長と飲みに行くこともある。
そして、たまには公園に行き、猫缶を猫にあげたりする。
アイブは見当たらない。
もう、会えないのだろうか?
「アイブ。会いたいな」
「うん。後ろにいるよ」
「えっ」
俺が後ろを振り向くと、アイブがニコニコと笑って立っている。
なんだか大人になっている。
猫耳も尻尾もない。
「遅くなってごめんね。長が、まだ早いって言うのよ」
「早い?」
「うん。アオイは三十歳だから若すぎたら釣り合わないって言うの」
「えっと、意味が分からないんだけど?」
「猫の三才は人間の二十七歳くらいだったかな? それだと、私と結婚できるでしょう?」
「結婚?」
何の話だよ?
付き合ってもないし。
それに猫と人間なんだけど?
「嫌なの?」
「嫌な訳じゃないけど、結婚の意味は知ってんの?」
「えっ、あっ、あれ!」
アイブは何かを見つけたのか、俺の後ろを指差す。
俺は振り向いて見ると、男の子が両親に挟まれ手を繋いで歩いている。
とても楽しそうに三人で歩いている。
本当に幸せそうだ。
それが結婚だとアイブは言っている。
「間違いじゃないけど、他にも色々あるから、少しずつ教えるよ。でも、いつかは、あんな家族になりたいね」
「うん。みんなニコニコ」
アイブはニコニコと笑う。
俺も笑ってしまう。
アイブは周りの人を笑顔にするのが得意なのかもしれない。
アイブから聞いたが、アイブは人間になったそうだ。
そして、俺が人間の世界に帰って来た日、アイブも帰ってきていた。
その時は猫だった。
ある日、長がアイブの元にやって来て、最後の魔法をアイブに使いたいと申し出た。
そしてアイブは人間になることを決めた。
そして若すぎたら釣り合わないからと、二年ほど猫の姿で成長したみたいだ。
人間になったアイブは、これからは人間のように年をとる。
俺と一緒に年をとってくれる。
これから俺は一人になることはない。
だって、ずっと隣にアイブがいてくれるから。
「おめでとう。そしてもう一つおめでとう」
おばあさんは泣きながら俺に言ってくれた。
とうとう、この日がやってきた。
俺の夢が叶った。
「アイブ、体調は大丈夫か?」
「眠い。それだけよ」
「そうだよな。これからは猫達にも手伝ってもらえば少しは楽になるだろう?」
「えっ、猫達ができるの? 人間と猫は違うんだよ?」
「猫だった君が言うのかよ?」
「私は人間よ!」
なんだか、アイブが強くなった気がする。
まあ、そうなるのは仕方がない。
だって、ママになったんだからな。
「じゃあ、おばあさん、アイブ、開店するよ」
「はいよ」
「は~い」
俺が二人に声をかけると、おばあさんはニコニコと笑い応え、アイブは少し緊張しているが、いつもの可愛い笑顔で応えた。
「いらっしゃいませ。迷い猫カフェ開店です」
俺がお店のドアを開けると、お客様が入ってくる。
このお店は猫カフェ。
しかし、本当の目的は、、、。
『チリンチリン』
「おっ、アイブ、やって来たみたいだよ」
俺は鈴の音を聞いてアイブに声をかける。
「赤ちゃんが眠らないから、少しだけ待ってもらってくれる?」
「分かったよ」
俺は、お店のドアへ向かう。
人間用のドアではなく、足元にある小さな猫用のドアの鍵を開けると猫が入ってきた。
黒猫で尻尾の先端が曲がっている。
これは正しく、あの方だ。
「あっ、長。来てくれたんですか?」
後ろからアイブが嬉しそうに駆けよってきた。
「長、アイブを人間にしていただき、本当にありがとうございます」
『にゃー』
俺には猫の言葉は分からない。
でも、アイブには分かる。
だから、それを活かして悩み事がある猫を助ける仕事を始めた。
基本的にお金は貰わない。
アイブを人間にしてくれた長への恩返しだ。
長が望んでいた、猫達が幸せに暮らせるように。
そして猫達が人間を信じられるように。
☆おまけ☆
「長、赤ちゃんが泣いてるよ。今は手が離せないのでお願いします」
「はいよ」
黒猫であるワタシは、元猫の今は人間であるアイブに言われて赤ちゃんの様子を見に行く。
近付いて分かる。
あの匂いだ。
「アイブ、オムツの交換だ」
ワタシはアイブに伝えると、アイブはアオイに伝えてくれと言う。
アオイはアイブの旦那だが、猫の言葉は分からない。
どう伝えればいいのだ?
仕方がないので、アオイの元へ行く。
アオイは俺に気付いて丁寧に挨拶をした。
「にゃー」
ワタシはアオイにオムツ交換をしてくれと伝える。
「あっ、赤ちゃんかな? もしかしてオムツ交換?」
そうアオイは言って、赤ちゃんの元へ向かう。
ワタシはそんなアオイの行動に驚いて固まってしまった。
「どうして言葉が通じるんだ? なんて思っているようだね?」
すぐ横から声がしてワタシは、その相手を見る。
おばあさんがニコニコと笑ってワタシを見ている。
しかし、このおばあさんは何故ワタシの思っていることが分かるのだろうか?
アオイにも驚いたが、おばあさんにはもっと驚く。
「赤ちゃんを任せられるのは君だけなんだよ。アイブちゃんもアオイくんも、それを口にしなくても分かっているんだよ」
言葉なんて必要ない。
こんなに温かい場所は他にはない。
ワタシは、ここに居続けたい。
命の火が消えるまで、アオイとアイブの傍にいたい。
ワタシの願う第二の街。
いいや、迷い猫カフェという名の楽園だよ。
お読みいただき、誠にありがとうございます。
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