表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隠居魔王のポートフォリオ  作者: 悠々


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/9

エピローグ

王都で一番と名高いレストランの個室で、分厚いステーキがジュウジュウと音を立てていた。

 最高級の竜獣ドラゴニュートの肉だ。一切れで、アパートの家賃一月分が飛んでいく。


「……美味しいです」


向かいに座るリーゼロッテが、うっとりとした表情で呟いた。

 いつもは働き者の彼女も、今日はおろしたての綺麗なワンピースを着ている。暴落を乗り切った祝勝会だ。


「うむ。労働の後の飯は美味いな」


私もナイフを入れながら、満足げに頷いた。

 厄災の竜がもたらした市場の混乱――後に『竜災恐慌ドラゴン・ショック』と呼ばれることになる――から数週間。

 王都は少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 私の買い支えが呼び水となり、市場には安値で優良株を拾おうとする買いが戻り始めた。私が買い占めた『ドワーフ精工』や『王立運送』の株価は、すでに数倍に回復している。

 私の資産は、もはや個人では使い道に困るほどの額に膨れ上がっていた。


「ベルナール様は、まるで市場の守護神のようですね。みんなが絶望している時に、たった一人で買い向かうなんて」


リーゼロッテが尊敬の眼差しを向けてくる。

 守護神、か。元魔王が聞けば笑い転げるだろう。


「ただの逆張りだ。恐怖に駆られた群衆と反対の道を行けば、金貨が落ちていることもある」

「……それだけではないと思います」


彼女がテーブルの上に、一通の手紙を置いた。

 差出人は『ドワーフ精工』の親方からだった。中には、無骨だが心のこもった文字で、感謝の言葉が綴られていた。

『貴方様のおかげで、職人たちの家族が路頭に迷わずに済みました。このご恩は、最高の仕事でお返しいたします』


私は手紙から目をそらし、ワインを一口飲んだ。

 感謝されることなど、ここ三百年、一度もなかった。くすぐったいような、それでいて胸が温かくなるような、奇妙な感覚だった。

 恐怖で支配するのとは違う。金という血を巡らせ、死にかけた経済を蘇らせる。

 それは、世界征服とはまったく異なる種類の「世界の動かし方」だった。


「……悪くない」


ぽつりと呟いた、その時。

 レストランの窓の外、遠く離れた路地裏の闇に、一瞬だけ見知った気配を感じた。

 魔界の、それもかなり高位の魔族の気配。


「……?」


すぐに気配は消えた。気のせいだったか、と私は首を振る。

 もう私に構う者などいないはずだ。私はただの隠居した老人なのだから。


「さあ、デザートも頼むといい。今日は私の奢りだ」

「本当ですか!? では、あの宝石が乗ったパフェを!」


はしゃぐリーゼロッテを見ながら、私は静かに笑った。

 世界征服は諦めたが、この新しい戦場は、まだまだ私を楽しませてくれそうだ。

 我が「ポートフォリオ」作りは、まだ始まったばかりである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ