第8話:焼け野原で買い物を
翌日。
王都証券取引所は、お通夜のような静けさに包まれていた。
昨日のパニックは去ったが、残されたのは絶望だけだ。
『ミスリル鉱業』は倒産。『ブレイブ・キャピタル』は巨額の損失を出し、取り付け騒ぎが起きているという。
株価は軒並み大暴落。紙屑同然になった権利証が、床に散らばっている。
「……ひどい有様ですね」
隣を歩くリーゼロッテが、青ざめた顔で呟く。
彼女の実家の資産も目減りしたらしいが、私の指示で一部を現金化していたため、致命傷は免れたようだ。
「ああ。だが、ここからが本番だ」
私は懐から、ずっしりと重い革袋を取り出した。
昨日、売り抜けて確保した現金。
市場から資金が蒸発した今、現金を持つ者は王様だ。
「ベルナール様、まさか……」
「買うぞ。ショッピングの時間だ」
私は掲示板を見上げた。
赤字(下落)だらけのボードの中に、私が狙っていた銘柄がある。
『ドワーフ精工』。
ミスリル鉱山の閉鎖で、主要な取引先を失い、株価は十分の一以下になっている。
だが、彼らの持つ技術力は本物だ。ミスリルがなくても、鉄や銅の加工で十分にやっていける。ただ、今の市場は恐怖に支配され、冷静な判断ができなくなっているだけだ。
「あの株を買い占める」
「えっ!? でも、倒産するかもしれませんよ?」
「しない。私が資金を入れるからな」
私は窓口に向かった。
職員たちは死んだ魚のような目をしていたが、私が現金の入った袋をカウンターに置くと、ギョッとして顔を上げた。
「『ドワーフ精工』、あるだけ全部だ。あと、『王立運送』も買い戻しておけ。竜が去れば物流は復活する」
私は次々と注文を出した。
底値で拾う。
それは、死に体の企業に輸血をするようなものだ。
私の買い注文が入ることで、暴落していた株価がピクリと止まる。
それを見た他の投資家たちが、「お? 底打ちか?」「誰かが買ってるぞ」とざわめき始める。
その時、入り口からやつれた顔の男が入ってきた。
勇者アレックスだ。
昨日の輝きは見る影もない。髪は乱れ、目の下にはクマができている。
「……貴様」
彼は私を見つけ、よろよろと近づいてきた。
「貴様、知っていたのか? 竜が出ることを」
「さあな。ただの勘だよ」
私は肩をすくめた。
アレックスは悔しそうに唇を噛んだ。
「僕のファンドは……終わりだ。借金だけが残った。また一から、冒険者としてダンジョンに潜るしかない」
「それも悪くない人生だ。汗水垂らして働く。それが一番尊いことだよ」
私は皮肉ではなく、本心で言った。
魔王として君臨していた頃より、今の隠居生活の方が、よほど生きている実感があるように。
「……覚えてろ。次は負けん」
アレックスは捨て台詞を残し、去っていった。
その背中は、かつて私を倒した時よりも、少しだけ大きく見えた気がした。
「さて」
私はリーゼロッテを振り返った。
彼女は呆然としながらも、私の顔をじっと見つめていた。
「ベルナール様。あなた、本当に何者なんですか?」
「ただの隠居老人だよ。……ちょっと運がいいだけのな」
私はニカっと笑った。
市場は少しずつ活気を取り戻し始めている。
私の資産は、暴落前よりもさらに増えていた。
巨万の富。
さて、この金で何をしようか。
とりあえず、今夜は高級なステーキでも食べるとするか。




