第7話:売り抜けろ!
「売り注文、出します! ……あれ?」
リーゼロッテが通信魔道具(水晶玉のような端末)を叩いている。
画面が明滅し、ノイズが走っている。
『エラー:通信が混雑しています。しばらく経ってからおかけ直しください』
「繋がりません! なんで!?」
「魔力干渉だ……!」
私は窓の外を見た。
西の空が、不気味な紫色に染まっている。
厄災の竜が放つ強大な魔力が、大気中のマナを乱し、通信魔法に障害を起こしているのだ。
まだ誰も竜の正体には気づいていないが、本能的に不安を感じた投資家たちが、一斉にアクセスしているのかもしれない。
「まずいな。このままでは売り抜ける前に暴落が始まる」
市場がパニックになれば、売りたくても買い手がつかなくなる。
そうなれば、私の資産は紙屑(電子データの藻屑)だ。
私はアパートを飛び出した。
「ベルナール様!?」
「直接、取引所へ行く! 物理的に注文を通すんだ!」
私は通りを疾走した。
身体強化の魔法は使えないが、魔王時代の基礎体力は伊達ではない。
息を切らせて取引所に到着すると、そこはすでに阿鼻叫喚の地獄絵図になりかけていた。
「おい! 注文が通らねえぞ!」
「画面が映らない! どうなってるんだ!」
「西の鉱山と連絡が取れないらしいぞ!」
職員たちが怒号を浴びながら、手動で注文票を処理しようとしている。しかし、殺到する人波に押しつぶされそうだ。
私は窓口へ突撃しようとしたが、屈強な冒険者崩れの投資家たちに弾き返された。
「どけ! 俺が先だ!」
「ふざけんな! 俺の全財産がかかってるんだ!」
ダメだ。近づけない。
このままでは間に合わない。
その時、私の視界の端に、一人の職員が映った。
彼は人混みから離れた裏口で、壊れた通信機をいじっていた。
――**『ちょっと運がいい (A Little Bit Lucky)』**。
私の勘が告げる。「あそこだ」。
私は迷わず、その職員の元へ走った。
「おい、君! その通信機、生きているか?」
「え? ああ、いや、さっきから調子が悪くて……あ、繋がった?」
職員が通信機を叩いた瞬間、ノイズが消え、クリアな光が灯った。
奇跡的な一瞬の回線復旧。
私は職員の胸ぐらを掴む勢いで叫んだ。
「売りだ! 全保有株、成行で売却! 今すぐに!」
「は、はい! 口座番号は!?」
私が番号を叫び、職員がキーを叩く。
その指が『確定』ボタンを押した、コンマ一秒後。
ドォォォォォン!!
地響きと共に、取引所の巨大な魔法スクリーンが真っ赤に染まった。
『緊急速報:西の山脈にて「厄災の竜」出現! ミスリル鉱山、壊滅!』
悲鳴が上がった。
株価ボードの数字が、滝のように落下していく。
ストップ安。取引停止。
市場は完全に凍りついた。
「……はぁ、はぁ」
私は膝に手をつき、荒い息を整えた。
職員が呆然とした顔で私を見た。
「お、お客さん……今の注文、ギリギリ通りましたよ。暴落の直前、最高値で約定してます」
私はニヤリと笑った。
全身から力が抜けていく。
「そうか。……運が良かったな」
周囲では、頭を抱えて泣き崩れる者、怒り狂う者、気絶する者が溢れている。
その中で、私はただ一人、無傷で生還した。
だが、戦いはこれで終わりではない。
破壊のあとには、創造があるからだ。




