第6話:ドラゴンの噂
私の読みは的中した。
数日後、ブレイブ・キャピタルが「新たな資源開発プロジェクト」を発表すると同時に、ミスリル関連株は急騰した。
私が事前に仕込んでおいた『ドワーフ精工』や『王立採掘機材』の株価は二倍、三倍に跳ね上がった。
「素晴らしいです、ベルナール様! まるで未来が見えているようです!」
リーゼロッテが興奮して、新しい計算機(魔石式で光るやつだ)を叩いている。
私の資産は、隠居生活を始めてから最高額に達していた。
市場は空前の好景気、いわゆる「勇者バブル」に沸いている。誰もが「買えば上がる」と信じ、借金をしてまで株を買う者もいた。
だが。
私は胸騒ぎを覚えていた。
市場の熱狂とは裏腹に、背筋が冷たくなるような感覚。
これは、魔王時代に何度も経験した「死の予感」に似ている。
ある日、取引所の片隅で、冒険者風の男たちが話しているのを耳にした。
「なあ、聞いたか? 西の山脈でドラゴンが出たってよ」
「またか? 最近多いな。どうせワイバーンか何かだろ?」
「いや、目撃者の話だと、山一つ分くらいあるデカさだったとか……」
「ハハハ、大げさだなあ。酒の飲み過ぎだろ」
周囲の投資家たちは、その話を笑い飛ばしていた。
ドラゴン出現のニュースは、通常なら悪材料だ。しかし、今の市場は「勇者がいるから大丈夫」「冒険者ギルドがなんとかする」という楽観論に支配されている。
株価はピクリとも反応しない。むしろ「ドラゴン素材が手に入るチャンス」と買い煽る者さえいた。
私は取引所を出て、西の空を見上げた。
快晴の青空。だが、その遥か彼方から、微かだが禍々しい波動が伝わってくる。
「……違う」
あれはワイバーンではない。
ただのドラゴンでもない。
三百年前、私がまだ若き魔族だった頃、一度だけ見たことがある。
一晩で一つの国を灰にした、伝説の『厄災の竜』だ。
「馬鹿な……奴は封印されたはずだ」
なぜ今、蘇った?
封印が解けたのか? それとも、誰かが解いたのか?
理由はわからない。だが、確かなことが一つある。
今の冒険者ギルドや、あの平和ボケした勇者アレックスに、あれが倒せるわけがない。
もし、あの竜が王都に向かってきたら。
あるいは、主要な鉱山や街道を破壊したら。
このバブル経済は、シャボン玉のように弾け飛ぶ。
「……逃げるぞ」
私は呟いた。
戦うのではない。市場から逃げるのだ。
魔王としての勘が、最大級の警報を鳴らしている。
今すぐ、すべての株を現金化しなければならない。
「リーゼロッテ君、急いでくれ。保有株をすべて売却する」
「えっ? 全部ですか? でも、まだ上がっていますよ?」
「いいから売れ! 今すぐにだ!」
私の剣幕に押され、リーゼロッテは慌てて通信魔道具を操作し始めた。
市場はまだ、何も気づいていない。
破滅の足音は、すぐそこまで迫っていた。




