第5話:スキル「長話を聞き流す」
勇者アレックスに一泡吹かせる。
そう決意したものの、正面から資金力で勝負しても勝ち目はない。
彼のファンドは王都の富裕層から莫大な資金を集めている。対して私は、小金持ちになったとはいえ、個人投資家に過ぎない。
必要なのは情報だ。それも、彼が隠している「裏」の情報。
夜。私は王都の下町にある大衆酒場『酔いどれドワーフ亭』にいた。
ここは証券取引所の職員や、商会の手代たちが仕事帰りに立ち寄る場所だ。酒が入れば口も軽くなる。
私はカウンターの隅に陣取り、安いエールをちびちびと飲んでいた。
「いやー、参った参った! うちの会頭がさぁ……」
「最近、景気はいいけど物価も上がって……」
店内は喧騒に包まれている。
普通の人間なら、この騒音の中から有益な情報を拾うのは不可能だろう。
だが、私にはこのスキルがある。
――**『長話を聞き流す (Listener of Long Tales)』**。
元々は、魔王時代に部下のゴブリン将軍たちの要領を得ない報告(「昨日の晩飯が不味かった」だの「部下の誰それが恋をした」だの)を聞くために編み出したスキルだ。
相手の話を「うんうん、なるほど」と相槌を打ちながら右から左へ受け流しつつ、脳内では重要なキーワードだけを自動的にフィルタリングして記録する。
精神的疲労をゼロにする、管理職必須の能力である。
私の耳が、隣のテーブルの会話を捉えた。
上等なスーツを着た男――ブレイブ・キャピタルの社員証を下げている――と、地方から来たらしい小太りの商人が飲んでいる。
「でね、私の故郷の村が、本当に何もないところでしてねぇ。山しかないんですよ、山しか」
「へえ、大変ですねえ(棒読み)」
「その山がまた、岩だらけで畑も作れない。昔じいちゃんが『ここには宝が眠ってる』なんて言ってましたけど、ハハハ、ただのボケ老人ですよ。あ、そういえば先週、孫が生まれましてね……」
商人の話は長い。そしてつまらない。
ブレイブ・キャピタルの男も、あからさまに退屈そうな顔をしている。
だが、私の脳内フィルターは、砂金を選り分けるように「ある言葉」に反応していた。
(……『岩だらけの山』……『宝』……『ブレイブ・キャピタルが土地の権利書を求めている』……)
商人の話は続く。
「……で、アレックス様みたいな立派な方が、なんであんな田舎の山を欲しがるのか不思議でしてね。なんでも『保養所を作る』とか言ってましたけど」
(……『保養所』……嘘だな)
私はエールを飲み干した。
アレックスは贅沢好きだが、わざわざ岩山に別荘など建てない。
岩山。宝。そして、勇者が欲しがるもの。
答えは一つだ。
――ミスリルだ。
あの商人の故郷の山には、ミスリル鉱脈が眠っている。
アレックスは「聖なる直感」でそれに気づき、鉱脈が見つかったと公表される前に、二束三文で土地を買い占めようとしているのだ。
そして、土地を手に入れた後に「ミスリル発見」を発表すれば、関連企業の株価は暴騰。彼は濡れ手で粟の大儲けというわけだ。
「……汚い。さすが勇者、汚い」
私はニヤリと笑った。
インサイダー情報のカケラを手に入れた。
まだ公表されていない事実。だが、市場には「予兆」が出るはずだ。
私は店を出て、夜の街を歩き出した。
アレックスがその山を買い取る契約は、おそらく数日後。
ならば、その前に私がやるべきことは一つ。
ミスリル採掘に必要な機材を扱うメーカー、そして加工を行う工房。それらの株を、今のうちに仕込んでおくことだ。
スキル**『小銭拾い (Coin Picker)』**発動。
市場の片隅に落ちている、誰にも気づかれないような小さな利益の種。
それを拾い集めるのは、私の得意分野だ。
「待っていろよ、アレックス。貴様の『正義の投資』の分け前、たっぷりと頂戴してやる」
夜風が心地よかった。
魔王時代には感じたことのない、知的な興奮が全身を駆け巡っていた。




