第4話:宿敵(?)との再会
懐が温かくなると、心にも余裕ができる。
私は新しいローブ(中古だが生地は良い)を新調し、リーゼロッテには給料の前払いとして少し多めに渡した。彼女は「これで新しい計算機が買えます!」と目を輝かせていた。可愛いところがある。
さて、今日も市場の様子を見に行くか。
私が取引所の前の広場に到着したとき、そこは異様な熱気に包まれていた。
普段の殺伐とした雰囲気とは違う、どこか華やいだ、それでいて狂信的な空気。
「来るぞ! 勇者様だ!」
「ブレイブ・キャピタルの馬車だ!」
群衆が割れ、一台の豪華な馬車が滑り込んできた。
白塗りの車体には、黄金の剣と天秤を組み合わせた紋章――『ブレイブ・キャピタル』のロゴが描かれている。
扉が開き、降りてきたのは、眩しいほどの金髪をなびかせた青年だった。
「やあ、市民諸君! 今日の相場も、正義の光で照らされているかい?」
爽やかな笑顔。白い歯がキラーンと光る(物理的に発光魔法を使っている疑いがある)。
アレックス。
かつて魔王城の最深部まで攻め込んできた、憎き勇者その人だ。
「キャー! アレックス様ー!」
「今日も推奨銘柄を教えてください!」
黄色い声援が飛ぶ。
彼は今や、王都で最も成功した投資ファンドの代表として、英雄扱いされていた。
私は群衆の影に隠れ、帽子を目深にかぶり直した。
まさか、こんなところで再会するとは。
「みんな、安心してくれ。僕のファンドが今日注目しているのは『サウス・建設』だ。復興支援という正義のために、我々は全力で買い支える!」
アレックスが高らかに宣言すると、投資家たちが一斉に注文に走る。
『サウス・建設』の株価が、見る見るうちに上昇していく。
私はため息をついた。
「相変わらず、強引なやり方だ」
アレックスのスキルは**『聖なる直感 (Holy Intuition)』**。
彼が「良い」と思ったものは、なぜか必ず価値が上がる。
だが、それは純粋な運ではない。彼が「買う」と宣言することで、信者(イナゴ投資家)たちが群がり、結果として株価が上がるのだ。一種の相場操縦に近い。
さらに、裏では「正義のため」という名目で、強引な敵対的買収を仕掛けているという噂も聞く。
「力でねじ伏せる。剣を持っていた頃と変わらん」
私が独り言ちた、その時だった。
ふと、アレックスがこちらを向いた。
群衆の中で、私と彼の視線が交差する。
彼の碧眼が、怪訝そうに細められた。
「……ん?」
彼は群衆をかき分け、まっすぐに私の方へと歩いてきた。
心臓が嫌な音を立てる。
バレたか? 魔王のオーラが漏れていたか?
「貴様……どこかで会ったか?」
至近距離で覗き込まれる。
私は背筋を丸め、声を枯れさせて答えた。
「い、いえ……私はただの隠居老人ですよ。勇者様のような高貴な方と会うなど、滅相もない」
「ふむ……」
アレックスは私の顔をじろじろと見た後、興味を失ったように鼻を鳴らした。
「そうか。妙な気配を感じたが、気のせいか。……その冴えない顔、どこにでもいそうだしな」
彼は踵を返し、再び歓声の中へと戻っていった。
私は安堵の息を吐くと同時に、こめかみに青筋が浮かぶのを感じた。
冴えない顔だと?
どこにでもいそうだと?
これでも現役時代は「暗黒の貴公子」と呼ばれ、魔族の娘たちから黄色い悲鳴(物理的な悲鳴含む)を上げさせたものだぞ。
「……許さん」
世界征服は諦めた。
だが、この市場という戦場で、あの鼻持ちならない勇者に一泡吹かせてやる。
元魔王のプライドに火がついた瞬間だった。




