表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隠居魔王のポートフォリオ  作者: 悠々


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/9

第2話:スキル「早起き」

 翌朝。

 まだ空が白む気配すらない、午前四時。

 私はパチリと目を覚ました。


「……またか」


 二度寝を試みるが、意識は完全に覚醒している。体も羽のように軽い。

 これが私の持つスキルの一つ、**『早起き (Early Riser)』**だ。

 効果は単純。どんなに夜更かししても、どんなに疲れていても、市場が動く前――あるいは世界が動き出す前――に必ず目が覚める。

 魔王時代は「夜襲を警戒する必要がない」程度にしか思っていなかったが、隠居生活においてはただの迷惑な体質だった。老人か私は。


「仕方ない、散歩にでも行くか」


 私は着古したローブを羽織り、静まり返った街へと出た。

 冷たい朝の空気が肌を刺す。誰もいない石畳の道を歩くのは悪くない気分だ。

 足は自然と、昨日の場所へと向かっていた。

 王都証券取引所。

 当然、まだ閉まっている。巨大な魔法スクリーンも光を失い、ただの黒い板になっている……はずだった。


「ん?」


 取引所の裏手、搬入口のあたりに明かりが見える。

 私は気配を消して(これは魔王時代の『隠密』スキルの名残だ)近づいた。

 数人の男たちが、荷車から何かを降ろしている。取引所の職員の制服を着ていた。


「おい、急げよ。開場までに張り替えなきゃならん」

「わかってますよ。しかし、またオークですか?」

「ああ。北の街道で大規模な群れが出たらしい。冒険者ギルドからの緊急速報だ」


 私は耳をそばだてた。

 北の街道。王都への物流の大動脈だ。


「街道が封鎖されたら、『王立運送』の馬車は全滅か、少なくとも数週間は足止めだな」

「違いねえ。逆に、海路を持ってる『海運ギルド』には注文が殺到するぞ」

「へへ、俺、昨日のうちに『王立運送』売っといてよかったわ」

「お前、それはインサイダーだぞ」

「うるせえ、バレなきゃいいんだよ」


 男たちはゲラゲラと笑いながら、建物の中へと消えていった。

 私は暗闇の中で、ニヤリと笑った。


 これは、ただの立ち話だ。

 彼らは私に情報を教えたわけではない。私が勝手に『早起き』して、勝手に聞いてしまっただけだ。

 つまり、不正ではない。……たぶん。


 私は懐を探る。

 全財産の金貨五枚。これで来月の家賃を払うはずだった。

 だが、今の私は魔王ではない。投資家だ。

 リスクを取らぬ者に、勝利はない。


 ***


 午前九時。

 カランカラン、と鐘の音が鳴り響き、取引所が開場した。

 同時に、魔法スクリーンにニュース速報が流れる。


『緊急速報:北の街道にてオークの大群発生。物流に遅れの見込み』


 どよめきが広がる。

 投資家たちが我先にと売り注文を叫ぶ。

 『王立運送』の株価を示す数字が、ガラガラと音を立てるように崩れ落ちていく。

 1,000G……900G……800G……。


 一方で、私が全財産を突っ込んだ銘柄は。


『海運ギルド 650G ▲80』


 赤い数字が、力強く跳ね上がった。

 陸路がダメなら海路だ。誰もがそう考え、買いに走っている。

 700G……750G……。


 私は人混みの後ろで、腕を組んでその様子を眺めていた。

 心臓が早鐘を打っている。

 戦場で剣を交えるときとは違う、冷や汗が出るような興奮。

 自分の読みが(というか盗み聞きが)正解し、資産が増えていく快感。


「……ふっ」


 私は小さく息を吐いた。

 結局、海運ギルドの株は800Gまで上がり、私はそこで売り抜けた。

 金貨五枚が、七枚になった。

 わずかな利益だ。魔王軍の予算からすれば、砂粒のようなものだ。

 だが、この二枚の金貨は、私が初めて「経済」という力で勝ち取った戦利品だった。


「悪くない」


 私は増えた金貨をチャリンと鳴らし、朝食に高い方のサンドイッチを買うためにパン屋へと向かった。

 『早起き』は三文の得、とはよく言ったものだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ