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衣笠家当主争い②

 ◇


 柏姉妹は座敷に案内された。


 北蔵「何か飲まれますか?」


 真弓「ありがとうございます。お茶が飲みたいです」


 天胡「私、烏龍茶」


 青樺「わたし、プロテイン」


 真弓「あるわけないでしょ、そんなもん」


 北蔵「プロテインありますよ」


 真弓「あるんですか⁉」


 青樺「残念だったな、妹どもよ。わたしの望みしか叶わなくて」


 北蔵「ただ烏龍茶味のプロテインですけど」


 真弓「あるんですか⁉」


 北蔵「はい。自家製プロテインです」


 天胡「青樺姉、わたしの望みしか……、何だって?」


 青樺「うるせー」


 そして烏龍茶味のプロテインが運ばれると、柏姉妹はガブガブと飲んだが、あまりの苦さに、口がひたすら空気を欲し、反旗を翻す胃の勢いを必死に食い止めた。


 青樺「二度と飲まねえ」


 天胡「私も無理だった」


 ◇


 ようやく下余のお粧しが終わると、衣笠家と柏姉妹全員が居間に集められた。長方形の机には座布団が四つ。部屋の隅には座布団三つが傍聴席として設けられた。

 下余が机の上座に座ると、東蔵、南蔵、北蔵は適当に座った。傍聴席には柏姉妹が座る。


 会議が始まる前に一つ。


 東蔵「西蔵はいないのか? カブラギア人と結婚して以来会っていないから動向を知らないのだが」


 北蔵「国籍もカブラギア国籍に変えたようだし、滅多に日本には戻らないと思うよ。まぁ元々、当主争いにはあまり関係ない人だけど」


 東蔵「そうか。しょうがないな、それは」


 傍聴席の真弓は小さな声で天胡に訊く。


 真弓「カブラギアってどこの国?」


 天胡「さぁ、東半球じゃないの?」


 真弓「どこだよ」



 そして会議は始まる。青樺は腕を組み頷きながら真剣に聞いている。真弓はそんな青樺に引きながら話を聞いている。天胡は英単語帳を開いており、端から話を半分ぐらいしか聞いていない。


 下余「えー、私が議事を進行します。改めまして、今回の議題は衣笠家の当主争いについてです。私の旦那であり当主でもあった衣笠心蔵(しんぞう)が亡くなり、我々の家系の存続が危ぶまれています。今は私が当主代理を務めていますが、早く当主を継いでもらわなければなりません。その当主候補が、東蔵、南蔵、北蔵の三人になります。それでは、誰が継ぐかを話し合えっ!」


 北蔵「急にキレださないでよ」


 下余「決めなさいっ!」


 北蔵「聞いてるの?」


 下余「話しなさいっ!」


 北蔵「進行役なんだから落ち着いた方がいいよ」


 下余「ごめんなさいっ!」


 北蔵「そこまで語気荒らげるの?」


 下余「柏さんたちも、質問や意見、野次は大歓迎ですので何かあれば」


 青樺「うるせーっ!」


 真弓「あっ、じゃあ一個質問なんですけど、何でそこまで家系にこだわるんですか?」


 青樺(無視しないでよ)


 東蔵「それそれ。わたくしもずっと知りたかった!」


 下余「それは、旦那の遺言に書いてあったのよ。『当主を一人決め、衣笠家を継いでくれ』って」


 東蔵「理由は? 何で継ぐ必要があるの?」


 下余「それが、遺言を書いている途中に旦那が亡くなったのよ」


 東蔵「ダッサ。父親を悪く言うつもりはないけど、ダッサ」


 そして真弓からもう一個質問が出された。


 真弓「ご主人は、何か会社の経営をされていたんですか?」


 青樺「めっちゃ質問するじゃん」


 天胡「あんな興味なさそうだったのに」


 青樺「ホントそれ。わたしより熱心だぞ」


 真弓「姉さんが行きたがってたんだから、姉さんももっと質問しなよ」


 青樺「しねえよ。わたしはあくまでも傍聴人だ!」


 そして下余の返信。


 下余「えぇ、やっていましたよ。主にお正月用品の販売をしていました」


 真弓「ずいぶんとピンポイントなものですね」


 下余「年に一ヶ月ほどしか忙しくありませんでした。だから暇な時間も多くなっていきました。そういったこともあり、正月用品の販売に飽き足らず、正月文化を変えようともしました。例えば、あちこちの寺に電話して、『除夜の鐘をやめろー』って文句言ったり」


 真弓「何してるんですか? 日本の伝統じゃないですか、除夜の鐘」


 ここで今まで黙っていた南蔵が目をぎらつかせながら話に入った。


 南蔵「これには父なりの哲学があったんだ。父曰く、『除夜の鐘は皆で鳴らして楽しむべきだ。寺が勝手に代表して鐘を撞くんじゃねえ』ってことらしくて」


 天胡「ひねくれすぎじゃない?」


 南蔵「やっぱりそう思うよな?」


 真弓「思いますね」


 南蔵「父は家庭用梵鐘を作ったの。『一家に一撞き除夜の鐘』をコンセプトに。全く売れなかった」


 天胡「でしょうね」


 南蔵「こんな感じの言い分がやたら多いんだ。で、こんなよくわかんねえ事業をすっぽかしたまま死んじまった。俺たちはどうすればいいんだ?」


 真弓「なるほど。これは当主を継ぎたくないな。厄引きクジみたいなもんじゃん」


 南蔵「だろ? だから揉めに揉めているんだよ。あげく、東蔵(デブ)はストレスから畳の折り目を切ってささくれを作る嫌がらせをするし」


 青樺「陰湿だな。もっと派手な嫌がらせをしろよ」


 南蔵「俺もそう思う。この陰湿さ、東蔵(こいつ)はいつか犯罪をするだろうな、とずっと偏見の目で見ていたんだ」


 青樺「なら心配ねえ。東蔵(こいつ)はわたしらの家に不法滞在した立派な犯罪者だ。よかったな、偏見がなくなって」


 そして話は、誰が継いでくれそうか、という方向へと移っていく。

 まずは北蔵(十九歳)


 下余「あなたの進路希望は?」


 北蔵「やっぱり僕は、消防関係の仕事に就きたい」


 下余「じゃあ消火器を売りなさい」


 北蔵「売らないよっ! いや、たしかに消火器販売も消防関係だし、立派な仕事だけど……」


 下余「わかった。もういい」


 北蔵「ええ…………」


 次に南蔵(二十歳)


 下余「あなたの進路希望は?」


 南蔵「俺は……、俺は、カレーの入ったおせち料理を売りたいっ!」


 東蔵「もう当主決定で良くない?」


 下余「いや、まだダメよ」


 東蔵「どうして? 一番父の考えに近いだろ」


 下余「カレーの入ったおせち料理を売ることは、旦那の考えにはなかった」


 東蔵「何で? どうせできない、という点においては父と同じだろ」


 南蔵「おいっ……、あんな奴と一緒にするな。いいか、正月、おじいちゃんおばあちゃんの家に子や孫が集まる。そんな中で食卓に並べられるおせち料理、果たして食べたいか? 子や孫が、黒豆や伊達巻きを食って楽しいか? あんなもの、歳を食わなきゃ美味さがわかんねえんだよ。正月にスーパーでどんなものがよく売れるか知っているか? パンやカレーだよ。これは知り合いのスーパー店員から聞いた。結局、若者はこれらが一番美味いと感じるんだよ。でもこのままだと、おせち料理という日本の伝統料理が廃れてしまう。そこで俺は、最初からおせち料理の品目にカレーやパンを入れてしまえばいいと思ったわけだよ」


 東蔵「多分、重箱の中カレーの臭いしかしなくなるぞ」


 南蔵「それでも俺は、おせちのためにこれを成し遂げたい。どんなに無理だと言われてもな。父は、寺で鐘を撞かないで各家庭で撞いた方が楽しめる、と考えた。いいか、伝統の存続という点において、()()()()()()()()()()()!」


 北蔵「…………」


 東蔵「…………じゃあいいじゃねえかっ!」


 南蔵「そういうデブはどうなんだよ?」


 最後に東蔵(三十一歳)


 下余「あなたの進路希望は?」


 東蔵「それ毎回言うの? わたくしは……、特にない」


 南蔵「何もないんだったら父の跡を継ぎなよ」


 東蔵「無理だよ。いまだに父のやりたいことの全体像が見えてこないのに」


 南蔵「日本の伝統にメスを入れることだぞ。簡単だな」


 東蔵「どこがだよっ! どうせできるわけないじゃん。お前の夢と同じで」


 南蔵「んぁあっ⁉ 俺の夢をバカにしたな?」


 東蔵「そりゃあするだろっ!」


 北蔵「ちょっと、二人とも落ち着いて」


 東蔵と南蔵の口喧嘩は中々収まる様子がなかった。

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