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衣笠家当主争い①

 柏竜治はほとんど家に帰らないが、毎月25万円ほど仕送りをしているため、柏姉妹はそこまでお金に困ることなく暮らしている。大学生となった青樺がバイトを始めたのを機に、家計からの支出は減少する見込みである。そうなると仕送り額のうち余剰分も大きくなり、少しばかり贅沢できる余地も生まれる。


 朝八時。青樺には願望があった。


 青樺「このアパートも築四十年を過ぎて、経年劣化も激しくなっている。そろそろ引っ越すというのはどうだ? どうせあの親父のことだし、引っ越し費用は出してくれるぞ」


 真弓「提案としては悪くないけど、それを何で冷蔵庫に向かって言うの?」


 そのとき、天井裏から、『うわあぁぁあーっ』という叫び声が聞こえた。


 青樺「何が起きた?」


 天胡「天井裏から『うわあぁぁあーっ』っていう叫び声が聞こえたよ」


 青樺「それはわかっている。見るしかないのか……。絶対埃だらけで汚いだろ」


 『古い建物にはネズミ、人間、ハクビシンが巣食う』という言い伝えがあるように、今の叫びもネズミ、人間、ハクビシンのどれかなのかもしれない。


 青樺は押入れの二段目に乗り、天井の板を外す。するとそこには、太った成人男性が腰を抜かしていた。

 本当に人が住み着いていたため、青樺も堪らず叫ぶ。


 青樺「うわぁあーっ」


 東蔵「うわぁあーっ」


 共鳴。


 青樺「キサマーッ、ここで何をしている?」


 東蔵「あっ、この天井裏を這っていたら呪いの藁人形みたいな藁人形を見つけたんだよ」


 青樺「何でそんなものが落ちてんだよ」


 天胡「それヴェルナーがエルヴィンを憎んだときに使った藁人形だよ」


 青樺「誰だよそいつら。どっちにしろ何でここに藁人形が落ちてんだよ」


 真弓「そもそも何で他人が天井裏にいることをツッコまないの?」


 冷静にそう言われ、青樺は男を引きずり出した。


 そして男は三姉妹の前で正座をさせられた。


 真弓「まず名前を言いなさい」


 東蔵「はい。わたくし、衣笠東蔵(きぬがさとうぞう)と申します。よろしくお願いします」


 真弓「よろしくない。それで、なぜこの家の天井裏に住み着いていたんですか?」


 東蔵「はい。実はわたくし、この街の丘の上にある衣笠家の者なんです」


 天胡「実は、って言われても、みんな知らないよ」


 東蔵「それは失礼いたしました。知っておいてください。それで衣笠家では、一年前から当主争いが行われているんです」


 青樺「そんな殺伐としているの? 当主争いって」


 東蔵「違うんですー。兄弟の誰もが当主になりたがらないから困ってるんですー。わたくしは四人兄弟の長兄なんですけど、こういうのって長兄が跡継ぎになりやすいじゃないですか。もうそれが嫌で嫌で逃げた先がこの家だったんです」


 真弓「複雑な家庭事情があるのですね」


 東蔵「それと、実はわたくし、柏竜治さんに命を救っていただいたことがありまして」


 天胡「父さんに⁉」 


 真弓「ということは、雀天堂病院の患者だったってこと?」


 東蔵「いや、道端で救急車を呼んでもらっただけなんですけど」


 真弓「うん間違ってはいない。たしかに命を救っている。間違ってはいない」


 東蔵「それで救急車に運ばれる直前、柏竜治さんはわたくしのポケットに紙を入れたんですよ。そこには、『辛いとき、いつでも助けになるよ。迷ったらここに来なさい』っていうメッセージとともにこの家の住所と雀天堂病院の住所が書いてあったんです」


 真弓「じゃあ病院行けよっ!」


 東蔵「いや行ったんですよ、一年前に。そうしたらいなかったんです」


 真弓「そうでした……。すみません」


 天胡「だからってこの家に来ていい理由にはならないでしょ。しっかり指摘しなよ」


 真弓「そうでした。すみません。…………何で私が怒られるんだろう」


 東蔵「……あの、実はですね、その紙に水をつけたら文字が浮かび上がったんです。『天井裏だったら住んでいいぞ』って」


 青樺「親父ィィィッ……」


 天胡「あいつが元凶かっ!」


 真弓「どうしようもないね。親切と身勝手をはき違えているよ」


 青樺「次会ったとき殴りたいね」


 天胡「性根が腐ってる」


 青樺「まだ言うかっ!」


 真弓「とりあえず、東蔵(この人)をどうする? 親御さんに来てもらう?」


 青樺「小学生かよっ! いいか真弓。ここはなぁ、親御さんを呼ぶんじゃねえ。呼ばれてねえけど親御さんの元に行くんだよっ!」


 東蔵「いや待ってくれ。今行くと当主争いに巻き込まれてしまう。最悪の場合、君らの命がなくなるぞ」


 真弓「もう反社組織より抗争が激しそう」


 青樺「規模なんか関係ねえ。行くぞ! 衣笠家に、いざ出征っ!」


 真弓「戦う気満々じゃねえかっ!」


 天胡「まゆ姉、まさか生半可な覚悟で行く気か?」


 真弓「いいだろ、別に。えっ、というか、本当に行くの?」


 青樺「当たり前だろ。こんなにドロドロした家庭なんて滅多に見られるもんじゃねえぞ」


 真弓「趣味悪いよ、それ」


 天胡「でもどこの馬の骨かもわからない奴に我が家が骨抜きにされるなんてたまったもんじゃないでしょ」


 真弓「解決には骨が折れるんだよ」


 柏姉妹は服を着替えた。乗り気ではない真弓も仕方なく準備を進めた。東蔵は天井夫裏に隠していた靴をなくしたため、下駄箱にある竜治のサンダルを履くことにした。


 家を出ると東蔵は必死にゴネたが、青樺が彼を握って離さず、腕力で引きずった。青樺と天胡はハイキング気分だったが、真弓は生徒を引率する教師のように退屈そうな顔をした。


 ◇


 歩いて三十分。

 無駄に急な坂道の先には、白く高い外壁と茶色い黄の扉を備えた木造建築物があった。

 青樺はインターホンを押す。しかし、しばらく経っても誰も出る気配はなく、扉も開きそうにない。青樺は東蔵に詰め寄り、


 青樺「テメー、家の鍵持ってねえのか?」


 東蔵「持ってないですよ。家出したときに忘れました」


 青樺「チッ、使えねえ奴だな」


 青樺は扉を無理矢理こじ開けようとした。しかし、押しても引いても横にスライドしても扉はピクリとも動かなかった。


 青樺「おい、本当に開くのか? この扉」


 次の瞬間、扉は垂直に引き上げられた。


 青樺「シャッター方式⁉」


 天胡「衣笠家の方が上をいったね」


 真弓「鍵がなきゃどっちにしろ開かなかっただろ」


 そして衣笠家敷地内から、着物を着たおばさんと若い男が出てきた。


 北蔵「おいっ! 心配したんだぞ。どこへ行っていたんだ? メタ……東蔵兄さん」


 東蔵「お前、今メタボって言おうとしただろ」


 北蔵「そんなことはない。ところで後ろの方々は?」


 青樺「初めまして。わたしたちは柏と申します。お宅の東蔵さんが勝手にお世話になりまして、お話を伺ったところ、当主争いで揉めているとお聞きしました。ぜひ見学させていただければと思いまして」


 北蔵「なるほど。了解しました。南蔵(なんぞう)兄さん。デブが帰ってきたぞ!」


 北蔵(ほくぞう)は、二つ年上の兄、南蔵を起こしに行く。


 そして衣笠四兄弟の母、下余(かよ)は心の底から申し訳なさそうに、


 下余「息子が大変ご迷惑をおかけしました」


 青樺「息子さんの行いは到底許されることではありません。ただ一つ、当主争いの決着を除いて」


 真弓「当主争い興味ありすぎじゃない?」


 天胡「安心して。私は興味ないよ」


 東蔵「わたくしも興味ない」


 下余は思慮の末、


 下余「わかりました。必ず今日中に次期当主を決めさせていただきます」


 東蔵「決めなくていいよ」


 青樺「元はお前が争いから逃げたんだろっ! 逃げてばかりでいいのか? いつかは決めなきゃいけないんだぞ。一秒でも早く決めた方がいいだろっ! そうすればお前も精神的に楽になれるぞ」


 東蔵「……青樺さん」


 下余「どうする? 今日決めるの?」


 東蔵「……わかったよ。決めるしかないんだろ、そうなんだろ」


 東蔵は文句を言いながら家の中に入って行った。


 下余「息子を説得していただき、本当にありがとうございました。どうぞお入りください」


 三姉妹「「「お邪魔します」」」


 下余「案内は北蔵に任せます。私は少々お粧しをしてまいります」


 下余は、今の小汚いばあさんから綺麗なばあさんを作るため、しばらく兄弟たちとは別の部屋に籠った。

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