柏姉妹は奇想天外④
クジラ星人は、自分の過去を語った。
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これは今から三年前のこと。
故郷の宇宙研究所が、ある不思議な電波を受信した。その電波は、超能力者が超能力を使いそうになったときに発する電波と波形が同じであり、その発信元はこの星であった。
二年前。宇宙研究所は観測調査員を二人確保し、この星へと派遣する計画を立てた。その二人は俺と当時の同僚であった。派遣の目的は、超能力者の生体および発生を調べること。
こうして俺たちは、このアースへと派遣された。派遣先での生活に馴染むよう、俺たちは互いにコードネームをつけた。俺は『杉山』、同僚は『小野』だ。
この地球を訪れて間もない頃。二人で山を登っていたら小野が石に躓き、そのまま崖を転がって行った。まるでどんぐりのようにコロコロと。小野の勢いは止まらず、ついには湖に落ちてしまった。俺は急いで追いかけた。
すると、湖が突然光りだし、そこから白髪の女神が姿を現した。女神の隣には、同じ顔をした二人の男がいた。
杉山「おい、お前誰だよ? 俺の同僚を返してくれ」
女神「あなたが落としたのは、金の加野ですか? 銀の加野ですか?」
杉山「小野だよっ! 小野が落ちたんだよっ!」
女神「正直な人ですね。…………おもろい」
杉山「何言ってんのっ⁉」
取り乱したのも束の間、女神は光を放ちながら消えていった。眩しさに、事を見届けた視界を閉じる。
再び目を見開くと岸には、全身が金色に塗られた小野が眠っており、湖には何も残っていなかった。
それから俺は、金色の小野と共に超能力者の痕跡を探し回った。
ある日のこと。俺たちはついに超能力者を見つけ出した。それなりに長身の女であり、視界のピントが合った人間の心を読める、とのことであった。
その能力の真偽を確かめるため、俺と金の小野、その女の三人でババ抜きを行った。結果、女の一勝無敗であった。
小野「クッ、悔しいが認めるしかないようだな」
杉山「まぐれだ。こんなのまぐれに決まっているだろ」
小野「認めるしかないようだ」
杉山「一回しかやってねえんだよっ! もっと慎重に調査しようぜっ!」
小野「いや、もう疑いようがないでしょ」
杉山「何でだ? 俺の言うことが聞けねえのか?」
女「杉山。この金ピカ野郎は、お前に協力しないよ」
杉山「はっ⁉ 何を根拠に?」
俺は女の言うことに戸惑っていたが、女と金の小野は、何かを悟ったかのように見つめ合っていた。
突然、小野は道に落ちていたスコップを掴み、俺に振りかかった。俺は小野のあまりの眩しさに、そして襲い掛かる攻撃を和らげるために腕で目を覆った。
しかし、スコップは俺を打ちつけるに至らなかった。女が小野の顔面を殴ったことで動きを止めたのだ。
杉山「おい、小野。お前は何を……」
女「こいつは元からお前を殺すつもりでいたんだぞ」
杉山「そんな……、嘘だ……」
女「嘘じゃない。そもそもこいつはお前につけこむために、小野という地球外生命体の姿を偽っていただけだ」
小野「チッ、まぁバレるよな。そこまで心を読めるなら」
女「フッ、メッキが剥がれたようだな」
そう言った途端、小野の体は女の拳を中心に亀裂が入り、ガラス片の如く金色の表皮がボロボロと剥がれ落ちた。
それを見て、俺は度肝を握り潰された。さっきまで小野として接していたそいつの顔が、かつて湖で女神の傍にいた加野と思しき奴にそっくりだった。ただ色が普通の人間同様になっただけにしか見えなかった。
杉山「お前は……?」
小野「加野だ。初めまして」
そう。金の小野は、普通の加野だったのだ。
自分が殺されかけたこと、目の前に調査対象である超能力者がいること、その二つを差し置いて俺の頭によぎったことが一つあった。
杉山「じゃあ、お前は本物の加野だと言うなら、本物の小野はどこに……」
そのよぎったことというのは、本物の小野が今も湖の底に沈んでいるということ。
加野「多分、お前が思っている通りだぞ」
杉山「そんな……。小野が、まだ……」
直後、俺は加野に顔面を蹴られた。それでも加野に対する苛立ちは不思議と募らなかった。ただ、小野がいないという現実に感情が上書きされたからだ。そして俺は、空も切り裂けそうなほど嘆きの籠った叫びをあげた。
その日を境に、俺は死んでしまったと思われる小野を救うため、過去へ戻れる能力者を探す旅に出た。そんな能力者がいるなんて望みは限りなく小さいということを承知の上で。
◇◆◇◆◇
クジ「だから俺はこの星に住み着いたんだ。どうだ未来人、俺の悲しみがわかっただろ」
真弓「わかるわけねえだろっ!」
未来「僕にはよくわかる。クソォ、さすがは宇宙人といったところか。感動を誘い、僕たちが油断した隙に戦闘不能に追い込もうとするとはな」
天胡「すごい感受性豊かですね」
未来「当然だ。こいつは抜け目ないぞ。僕が過去にやって来た力を使って自身も過去に飛び、同僚の小野を救いたい、っていう魂胆が透けて見える」
クジ「おっと、それは不覚だったな。ただお前が勝手に警戒してくれているなら早くケリがつけられそうで好都合さ。如何せん、この地球上にいると故郷から降り注ぐクジラエネルギーが急激に減少するからな」
天胡「クジラエネルギーって何っ?」
クジ「クジラエネルギーは俺たちの生命の源だ。この不安定なエネルギー供給のせいで、この地球上では三年しか活動できない」
真弓「十分だろっ! 早く帰れよっ!」
クジ「ずいぶんと急かすじゃねえか。お前も第三勢力として俺たちと戦うか?」
真弓「戦うわけねえだろっ!」
未来「威勢はいいんだけどな、威勢は」
クジ「まるで『宇宙人、未来人、超能力者がいたら私のところに来なさい』と言わんばかりの雄叫びなのにな」
真弓「んなわけねえだろっ! 私、ただの人間にしか興味はありません」
未来「えっ、じゃあ僕のこともどうでもいいの?」
真弓「助けていただいたことには感謝しています」
天胡「それを超える感情は抱いてなさそうだね」
クジ「どうやら未来人を望んでいるのは俺だけのようだな」
未来「どうやらそうらしいな」
クジ「もしお前が勝ったら、俺の望み通りにしてやるよ」
未来「ならお前が勝ったら、この地球から出て行ってもらうぞ」
未来人は声を荒らげ、クジラ星人の顔を目掛けて駆け出した。しかし殴り掛かるために引いた右腕の軌道を読んだのか、クジラ星人は自分の顔の前に両手を構えて、攻撃を受け流す態勢を整えた。
そのときだった。クジラ星人の顔の真横を一筋の光が差し、直後、背後に聳える大木の幹がその光によって抉るように焼かれた。大木はバランスを崩し、ついには倒壊した。破裂音は土埃に包まれる。この惨事に、枝で休息をとっていたサルも木から落ちざるを得なかった。
クジ「……はっ⁉ これは……一体⁉」
クジラ星人は呆然と立ち尽くし、それを見て未来人は呆然と立ち尽くした。クジラ星人の視線の先には、天胡が両手を組み、人差し指を突き出していた。
クジ「今の……、その指から……か?」
天胡「そうよ。私は人差し指から鉄砲のように光線を放つことができるの。私こそがあなたの目的とする超能力者の一人よ」




