青樺vsジン③
そして三人は、無茶ノ水駅目の前の公園に向かう。
園内には、三組の親子連れ(中年男とその父親を含む)がいるだけで、人がごった返しているわけでもない。
三人は誰もいない砂場に行くと、二本の釘の先端五ミリの部分に鑢で切れ込みを入れ、それぞれ別の木材に切れ込みまで打ち込む。
青樺「ルールは単純。自分のくるぶしでこの釘をどれだけ深く打ち込めるか。打ち込む回数は一回のみ。これで全てを決めよう」
ジン「いいだろう。俺から始めていいか?」
青樺「いいぞ。見せてくれ。くるぶシストの力を」
弘前「くるぶシスト⁉」
ジンは右足外側のくるぶしで釘を打ち込もうと考えている。
板から十メートル離れた位置で、右足外側くるぶしが地面から六十度をなすよう、右足首を内側に捻らせる。そして、くるぶしを十メートル伸ばすと、一気にその先端を振り落とした。骨が釘と接した瞬間、まりで鹿威しを思わせるような乾いた音が響く。
くるぶしを縮めたジンが、青樺と弘前の元へ向かって来る。
ジン「どれぐらい打ち付けられた?」
弘前「四ミリだ」
ジン「そうか。思った以上に深くいかなかったな」
青樺「次はわたしだな」
と言うと、青樺は靴下を脱いだ。そして板の十メートル前まで下がる。
弘前「青樺、何をするの?」
青樺「わたしは……、力づくでジンくんに勝つ!」
青樺は走り始めると、板の一メートル手前で体を横にしならせながら飛んだ。右足を宙に上げると、自身の体の落下に合わせて右足を振り下ろす。
くるぶしは釘に命中。鈍い音が響いた。青樺は砂場に倒れ込んでいる。
その姿を見て、ジンは思い出した。
ジン(これだ。俺は、青樺の驚異的な運動神経に嫉妬して、青樺に負ける自分がみすぼらしくなって、才能という不確かなものに縋るようになった。その過程で青樺の努力量に勝てないと認めたことで、次第に嫉妬が憧れに変わったんだ……。青樺、お前はあのときから……、さらに成長している)
その姿を見て、弘前もまた思い出した。
弘前(青樺は……、全然変わっていない)
たまたま二人の戦いを見ていたyo two on shipのメンバーたちも、賞賛の声を上げる。
黒石「君たち、ブラボーッ!」
そのまま立ち去って行った。
弘前「路上ライブ終わったのか」
青樺は立ち上がり、自分が打ち付けた板を持つと、ジンに見せつけ、
青樺「わたしの勝ちだ」
ジン「完敗だよ」
青樺「これでジンくんとの結婚はナシだからね」
ジン「うん。俺はそれで納得する。やっぱり青樺は凄いな」
青樺「何が?」
ジン「大学に行くために学力を伸ばし、今は大学生活で羽を伸ばしている。こんな俺が、仕舞いにはくるぶしの強さでも負けたんだ」
青樺「もう自分の能力に誇りを持てなくなったか……」
ジン「そうだね。これで自分の能力に執着しなくて済む。本当にありがとう」
青樺「喜んでいるところ悪いが、最初の約束通りわたしらはもう絶縁だぞ」
ジン「いいよ。俺も悶々とした過去を清算できるし」
青樺「わたしも同じだ」
ジン「最後に一つだけ、強要するわけじゃないんだけどさ、俺の異父兄弟の消積削助に会ってやってくれねえか」
青樺「えー、面倒臭い。嫌だなぁ」
弘前「僕は会いたい。異母兄弟だし」
青樺「……弘前くんが言うなら行ってあげるか」
ジン「削助くんは今、雀天堂大学病院に入院しているんだ」
青樺「それ親父が昔働いてた病院なんだが。しかもここからめちゃくちゃ近いし……」
ジン「だから、なじみ深い病院かな、って思って」
青樺「一回も行ったことないよ」
ジン「そうなのか。ごめんね」
青樺「まぁ気が向いたら行くかもしれないけど、しばらくは大学のレポートが忙しくなりそうだから行けない。いつまで入院してるの? 来月までいる?」
弘前「その言い方だと、お見舞いに行くために退院してほしくないみたいじゃないか」
ジン「そうだぞ。退院時期なんてわからねえんだからさ、早めに行ってやってくれ」
そう言ってジンは、その場を立ち去った。青樺はジンの姿が視界から消えるまで見続けた。
弘前「よかったね。無事に終わって」
と言った瞬間、青樺はその場で蹲った。
弘前「どうしたの?」
青樺「……くるぶしが痛い」
弘前「でしょうね。あんな派手に飛び跳ねたんだもん」
青樺「あぁ……結構痛い……。ホントに痛い……」
弘前「えっ、待って、洒落にならないやつ? 病院に行こう。その方がいいよ」
弘前は青樺を肩に担いで、近くのベンチに座らせると、鞄から包帯を取り出す。
青樺「よく包帯なんて持ってるね」
弘前「普通持ち歩かない?」
青樺「持たないよ。せめて手拭でしょ」
弘前「落語家かよっ!」
そして弘前は、青樺の右足くるぶし周りに包帯を巻き、応急処置を施す。
このとき青樺は、弘前に体を触ってもらえた嬉しさから、もう一生くるぶしが痛いままでもいいや、という気持ちになった。彼女は胸がドキドキしている。
弘前「どうかしたの?」
青樺「さっきから震えが止まらないの」
弘前「動悸かな? それとも緊張?」
青樺「いや、スマホのバイブなんだけど」
弘前「じゃ、切りなよっ!」
青樺「ねぇ、病院ってどこの病院? 雀天堂病院?」
弘前「さすがに大きすぎる。もっと中ぐらいの病院にしないと。この近くの整骨院を調べてみるよ」
こうして調べた整骨院に向かうべく、弘前は青樺をおぶった。
◇
そして整骨院へ行き、診察を終える。
医者からは、くるぶしにひびが入っていると言われた。
整骨院をあとにすると、弘前は、
弘前「こんな状況で帰るのも大変だろうから、僕が家までついて行くよ」
青樺「本当⁉ 嬉しい……。だけど妹に欲情はしないでね」
弘前「しないよ、そんなこと」
青樺「がっかりさせるようなことはしないでね。わたし、頭の中で弘前くんのことばっかり考えているんだから」
弘前「それは僕だって同じだよ」
青樺「なんで? 自分のことしか考えていないじゃん」
弘前「あー、そういうことじゃなくて、僕も青樺のこと考えているからね」
青樺「嬉しいー。まぁ、そうだよね。わたしたちは、婚姻届けを出していないだけの夫婦だよね」
弘前「それを夫婦とは言わないんだよ」
◇
二時間後。
弘前は肩に青樺を担いで、柏家のドアの前でまでやって来た。インターホンを押すと、家の中から天胡が現れ、
天胡「おかえり……って、何で彼氏さんまで?」
青樺「これには、板に打ち込まれた釘よりも深い理由があってだな……」
弘前「簡単に言うと、くるぶしで釘を打ってたら怪我したんです」
天胡「馬鹿じゃないの?」
青樺「酷い。天胡がそんなこと言うなんて。親にどんな躾をされたんだ」
天胡「青樺姉こそどんな躾をされたんだよ」
弘前「……とりあえず、僕帰ってもいいかな?」
天胡「いいですよ。青樺は私たちが責任をもって預かるので」
弘前「もはや身内に対する扱いじゃない」
弘前は、落ち着かない形相をしながら玄関をあとにした。
青樺は床を這ってリビングに進む。
真弓「姉さん、どうしたの?」
青樺「天胡に馬鹿にされて力が出ないの。わたしはただ、くるぶしで釘を打っただけなのに」
真弓「馬鹿じゃないの?」
青樺「真弓まで……酷い」
真弓「普通に考えておかしいでしょ。お願いだから大きな怪我をしないでよ。私、心配になるからさぁ」
天胡「そうだよ。私ですら今日、熊と出くわしたけど、怪我しなかったんだよ」
真弓「さすがね。やっぱり時代は能力者かしら」
青樺「そんなわけねえだろ。今日は能力者とくるぶし釘打ち選手権をして勝ったんだ。能力者の時代なんか来ねえよ。それに、この痛みは名誉の負傷だよ」
天胡「ダサすぎて名誉もへったくれもない、ってまゆ姉なら言うよ」
真弓「言うね。それより姉さん、病院には行ったの?」
青樺「行ったよ。行ったんだけど、医者からはテープと温湿布しか貰えなかったの。こんなにも痛がっているのに」
天胡「青樺姉の治癒力に期待してるんでしょ」
青樺「初対面なのに何を期待するんだよっ! もういい。温湿布を貼ってしばらく寝るわ」
真弓「おやすみ」
天胡「死ぬなよ」
◇
夜七時。柏家の前では、虎屋浩大が様子を伺っていた。
虎屋(能力者の反応、間違いなくここだと思うんだが……)
と、そこへ、
川田「おや、あなたさっき飯山高原にいた人ですよね」
虎屋「うわっ、あなた、なんでここに?」
川田「私、すぐそこの定寺成高校の教員をやっているので、ここら辺の見回りをすることがあるんですよ。あなたがここら辺に住んでいるなら、一緒にバードウォッチングしましょうよ」
虎屋「どんだけバードウォッチングしたいんですかっ!」
川田「だってその今持っている双眼鏡、バードウォッチングをするためじゃないんですか?」
虎屋「そんな訳ないだろっ! ……っていうのは嘘なんですけど……」
川田「でもこんな住宅街、カラスか鳩しかいませんよ」
虎屋「スズメもいるだろ」
川田「そういう問題じゃねえっ! 物珍しい鳥ではなく、どこでも見られる普通の鳥しかいない、ということを伝えたいの。わかるでしょ?」
虎屋「わかりますよ。僕はむしろ普通の鳥の方が好きなんでね」
川田「カラスとか鳩って観察してて楽しいんですね。意外でした。でももう日が暮れているので、バードウォッチングもハードウォッチングになりますよね」
虎屋「だから帰るよ。帰ればいいんだろ」
川田「もう帰るんですか? せっかくなら私と一緒にバードウォッチングを——」
虎屋「しねえよっ! 不愉快だっ!」
こうして虎屋はどこかへ去って行った。
柏家の窓が開く。
天胡「先生、うるさい」
川田「ごめんなさい」
このやり取りを虎屋は、遠くから暗視スコープで見ていた。
キャラリスト
【アガニマスター】
古波ジン(危険度★★☆☆☆)
…青樺の高校時代の元カレ。くるぶしを伸ばす能力を持つ。
【その他】
弘前義道
…青樺の今の彼氏。
消積削助
…弘前の異母兄弟であり、ジンの異父兄弟でもある男。
yo two on ship
…黒石界斗がボーカルを務める三人組ヴィジュアルバンド。バンド名は、黒石が腰痛に悩まされた時に整形外科で温湿布をもらい非常に効果があった、という思い出が由来である。




