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青樺vsジン②

 青樺「ごめんね。昔の同級生がたまたまいたばかりに」


 弘前「本当にたまたまだね。僕以上に運命あると思うよ」


 青樺「そんなことないよ。弘前くんの方が運命あるから」


 弘前「まぁ、いざとなったら僕の拳が彼を貫くから大丈夫さ!」


 青樺「弘前く~ん♡」


 そして青樺はほうじ茶を飲む。


 青樺「ジンくんのやつ、自分の感情を込めやがったな。渋味が凄い」


 弘前「そりゃあ、お茶なんて渋さもあるでしょ」


 青樺「普通は(いと)しさとか、せつなさとか、心強さとかを込めるでしょ」


 弘前「メイド喫茶でもそんなことしないよ」


 二人はゆっくり食べながら雑談を交わした。注文した料理を食べ終えた二人は、会計を済ませる。


 ここで、弘前は二人分奢ろうとしたが、青樺はそれに反対したため、割り勘となった。ちなみに、お茶漬けセットよりも抹茶パフェの方が値段は高い。



 そして店を出ると、そこには二人をずっと待っていた古波ジンが、他の客の邪魔にならないほどの位置に佇んでいた。二人はジンを、ジンは二人を見つめる。


 弘前「篠原涼子?」


 ジン「(ちげ)えよっ!」


 弘前「いや、あなたじゃなくて、青樺に言ったんです」


 青樺「だとしても今言うことじゃない。遅すぎる」


 ジン「いいから俺の御託を聞けっ!」


 青樺、弘前に向かって、


 青樺「聞きたい?」


 弘前「聞いてあげようよ」


 ジン「青樺、俺とお前は、高校時代一緒にいる時間が多かっただろ?」


 青樺「たしかに多かったな。学食のラーメン奢ってもらったこと何回かあったよね?」


 ジン「あったな。あとお前が教科書を忘れたときは読んやったし、お前が漏らしそうになったときは俺が代わりにトイレに行ったよな?」


 弘前「何のために⁉」


 青樺「あったねぇ、そんなこと。その後なぜかジンくんの机の周りだけビチャビチャに濡れていたけど」


 弘前「ジン(おまえ)が漏らすのかよっ!」


 青樺「でもこんな煌びやかな思い出だけじゃねえよ。俺は野球部のスタメンだったにもかかわらず、体力テストで一度も青樺に敵わなかった」


 弘前「あー、やっぱり青樺って昔から運動能力高いの?」


 ジン「高すぎたんだよ。学年の男、サッカー部や柔道部のやつらでさえ、一種目だけ勝つことはあっても、総合成績で勝てたやつは誰もいなかった」


 青樺「いやー、褒められると嬉しいね。ヘヘッ……」


 弘前「すごいよ。さすが青樺」


 ジン「お前らイチャつくんじゃねえっ!」


 青樺「そんな、嫉妬すんなって」


 ジン「……はっきり言うぞ。俺は高校時代、お前と付き合っているつもりでいたんだ。でもお前が告白したあの日、俺がふるとは思わなかったんだ」


 弘前「逆だっただろっ! 役割入れ替わってただろっ!」


 ジン「正直、青樺と付き合えるなら付き合いたい。今からでも」


 青樺「それは本当にわたしのことが恋愛的に好きだから言っているのか?」


 ジン「違う。お前の父、柏竜治とのコネクションが欲しいだけだ」


 青樺「親父と? 何でお前が親父を……。まさか⁉」


 ジン「多分だけど、その予想は当たっている。そう、俺は能力者だ。俺は足のくるぶしを一メートルまで自在に伸ばせるんだ」


 青樺「ショッボ」


 青樺は馬鹿にするようかのように言った。というか馬鹿にしている。


 ジン「俺は能力を選択してこれにしたんだ」


 弘前「選択してくるぶし⁉」


 ジン「そうだ。今から約三年前、俺が銭湯で髪を洗っていると、俺の精神世界にシャチ男っていう全身真っ青で人型の化け物が現れたんだ」


 弘前「そりゃあ大変だな。意味わかんねえけど」


 ジン「俺はそいつから、付与する能力の選択肢を三つ与えられた。一つ目は、学力を伸ばす能力」


 弘前「一番無難そう」


 ジン「まだ一つしか言ってねえだろっ! 勝手に一番を決めるなっ!」


 弘前「すみません……」


 ジン「そして二つ目は、羽を伸ばす能力」


 青樺「お前に羽ないよな」


 ジン「そして三つ目がくるぶしを伸ばす能力だ」


 弘前「やっぱり学力が一番無難じゃねえかっ!」


 青樺「いや、くるぶしが一番いいはずだ」


 弘前「何でだよっ!」


 青樺「だってさ、羽はそもそもないから論外として、学力を伸ばしたところでどうなるの? 世の中の医者や弁護士といった学力の高い人たち、みんながみんな成功を収めているの? 違うでしょ。失敗している人もいっぱいいるの。でも、くるぶしを伸ばした人で失敗例ってある? ないでしょ!」


 弘前「成功例もねえよっ!」


 ジン「こうして俺は、くるぶしを伸ばす能力を得た」


 ジンの履くブーツには、くるぶしの位置に穴が空いている。彼はそこからくるぶしを伸ばして見せた。穴からベージュの皮を纏った軟骨が静かに突き出る。


 弘前「気持ち悪っ」


 青樺「センスないな」


 ジン「うるせー。これでも俺は、能力に誇りを持っているんだ!」


 青樺「捨てちまえよ、そんな能力。シャチ男にもう一回頼め」


 ジン「あれから二度と会っていないから頼めない。この能力を消す方法は二つ考えられる。一つ目は、足を切断すること。二つ目は、能力を消せる人に頼むこと。そういうことができる人を知りたくて柏竜治を探しているんだ。柏竜治は、能力者たちを調査する組織のトップだと聞いたからな」


 弘前は青樺に向かって、


 弘前「そうなの?」


 青樺「妹からはそう聞いている。あとジンくん、言っておくけど、わたしら姉妹はもう一年以上親父に会えていない。わたしと関係性が続いたとしてもおそらくたどり着けないぞ」


 弘前「あと、あなた何で能力を消したがっているんですか? 能力に誇りを持っているんでしょ?」


 ジン「あぁ。だが、俺はこの能力を人前で無暗に使わない、と決めた出来事があったんだ。俺は、この長いくるぶしを生かした大道芸で路上公演を行い、地道にお小遣いを稼いでいた」


 弘前「すごい度胸」


 ジン「だがな、先月、大道芸をやっていたら、不意にくるぶしを伸ばしすぎてしまい、車道で立ち止まっていた男の足に当たってしまったんだ」


 青樺「それ、立ち止まっている人も悪くない?」


 ジン「そして男は転んだ直後、車にはねられた」


 青樺「多分、くるぶし当たってなくてもはねられてるよ」


 ジン「その男は追突されて、目の前の車のサイドミラーに衝突。サイドミラーがぶっ壊れたんだ」


 弘前「男強すぎだろっ!」


 ジン「で、俺はその惨状を黙って見ていられなくなったから、客のチップだけ貰ってすぐに公演を中止した」


 弘前「お金大好きかよっ!」


 ジン「追突された男の顔を見たて俺は青ざめた。男は消積削助(けしづみさくじょ)。俺の異父兄弟の兄だ」


 弘前「おい、その人…………僕の異母兄弟の兄でもあるぞ」


 ジン「はっ⁉ どういうことだよ?」


 青樺「えっ⁉ つまり、ジンくんの血縁上のお母さんと弘前くんの血縁上のお父さんが夫婦だった、ってこと?」


 弘前「紛らわしいっ!」


 ジン「わけわかんねえよっ!」


 弘前「多分青樺の解釈であってる……。僕の父さん、三回離婚してるって言ったから本当かはよくわからないけど」


 青樺「……なんか、みんな親には苦労しているのね」


 ジン「それで削除くんの話に戻るが、俺のくるぶしに当てられた後すぐに病院に運ばれた。そして集中治療室に入れっぱなしになった……」


 弘前「まさか、今も意識が……?」


 ジン「あぁ、。事故後、あいつはすっかり美意識がなくなった」


 青樺「それくらいいいだろっ!」


 弘前「死ぬよりはマシだよ」


 ジン「そんなわけで、削助くんは今も病院での生活を余儀なくされている。俺は思ったよ。くるぶしを伸ばす(こんな)能力さえなければ、誰も不幸にならないのに、と」


 青樺「それでうちの親父のツテが欲しくなったと?」


 ジン「そうだ。柏竜治の噂は、能力者界隈では有名だからな」


 青樺「そうなんだぁ」


 ジン「入院費用も俺が半分出している。金を稼ぐために、今はこのお茶屋含めて三軒のバイトを掛け持ちしている。」


 青樺「可哀想に」


 ジン「なぁ、青樺。頼むよ! 俺はどうしても柏竜治に辿り着きたいんだ」


 青樺「わたしだって会えないのに、どうやって会うつもりだ?」


 ジン「簡単な話だ。娘の門出となれば、いくら柏竜治でも姿を現すに決まっている。青樺、結婚しよう」


 あまりに唐突なプロポーズに、青樺と弘前は互いに見つめ合ったまま開いた口が塞がらなくなった。それもお構いなしに、ジンはズボンのポケットから指輪のケースを青樺に差し出す。


 青樺「今の彼氏が目の前にいるのに、よくそんなことが言えるね」


 ジン「それぐらい、俺には覚悟があるんだ」


 青樺「それなら指輪ケースなんて出さないで、指輪を出せよっ!」


 ジン「それを買える金があれば、削助くんの入院費に充てるよ」


 青樺「たしかに、ごもっともだな」


 ジン「ちなみに指輪だけど、母のお下がりならあるぞ」


 青樺「いらねえよっ! 離婚したやつの指輪なんて縁起悪いわっ!」


 弘前「そもそもね、あなた、青樺の何を知っているんだっ?」


 ジン「お前こそ青樺の何がわかるんだよっ?」


 弘前「たしかに、まだ青樺のことあまり知らない」


 ジン「フッ、俺の勝ちだな」


 弘前「悔しい……」


 青樺「何で争ってんだよっ! 妹以外の奴がわたしを知った気になってんじゃねえっ!」


 ジン「じゃあどうしろと?」


 青樺にそう言う。


 弘前「もう別の所行こうよ」


 青樺にそう言う。しかし彼女は、


 青樺「ごめんね弘前くん。わたしの我儘に付き合ってほしい。ジンくんとの因縁を、今終わらせたいの」


 弘前「……青樺」


 ジン「その話し方からして、ただでは結婚を許してくれないようだな」


 青樺「当然だ。ここは一つ、ゲームをしようじゃないか。わたしが勝ったら絶縁、ジンくんが勝ったら復縁だ」


 ジン「なるほど。乗ってやろうじゃねえか。絶対に復縁して結婚してやる」


 弘前「ちょっと待って。僕はまだ許していないんだけど……」


 青樺「弘前くん。わたしを信じて……」


 弘前は、その言葉に孕まれた青樺の自信を読み取ると、黙って頷いた。


 青樺「わたしはちゃんと釘を刺すぞ」


 ジン「それで、ゲームは何をするんだ? せんべいメンコ?」


 青樺「懐かしいな、それ。あれはもうやらねえ」


 弘前「何それ? いかにも評価が割れそうなゲームだけど」


 青樺「評価じゃなくて、せんべいが割れるの。わたしがやるのは、くるぶし釘打ち選手権だ」


 ジン「なるほど。互いのくるぶしでどれほど深く釘を刺せるか対決するわけだな」


 弘前「あのさー、馬鹿じゃないの?」


 青樺「大真面目なんだが」


 弘前「えぇー……」


 ジン「いいだろう。やろうぜ、くるぶしで釘打ち」


 青樺「決まりだな。とりあえず、お茶屋の前に(たむろ)するのはやめよう。タムラーになってしまう」


 弘前「タムラーッ⁉」


 ジン「そうだな。場所を変えるか」



 青樺、弘前、ジンの三人は、歩いて五分した所にあるホームセンターに行き、釘を二本、厚みのある木材を二枚、釘抜きを一本、鑢を一本買った。代金は青樺が全額支払った。


 弘前「お前、青樺に奢らせるとは何事だっ?」


 ジン「青樺が提案したんだから、あいつが奢って当然だろ」

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