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青樺vsジン①

前回のあらすじ

都市研新入生歓迎バーベキュー会

 都市伝説研究同好会がバーベキューを楽しんでいる午後一時。

 無茶ノ水駅前。


 青樺は大学の先輩、弘前義道(ひろさきよしみち)を待った。集合予定時刻は12時53分なのだが、弘前は未だに来ない。青樺は、せっかく四月のデートで一緒に買ったワンピースを着ているのに、その姿を見せられなくてソワソワしている。気分は中々落ち着かず、思わず妹の真弓と通話をする。


 真弓「もしもし。どうしたの?」


 青樺「さっきさ、スーパーでお茶の水を買ったんだよ」


 真弓「…………ただの水じゃんっ!」


 青樺「そのボトルを持ってレジに行ったんだけど、機械の前に誰もいなかったの」


 真弓「…………セルフレジだからでしょっ!」


 青樺「で、そのレジで買い物をしたら、とんでもないことが起きたんだよ。なんと、レシートの千切れ方が雑だったんだよ」


 真弓「だから何なの?」


 青樺「これは今日、不吉な出来事が起こる前兆だ、って思ってビクビクしてるの」


 真弓「勝手に思ってなさいよ」


 青樺「いや、でも事実、わたしのデート相手がまだ来てないの。来ました。切るね」


 真弓「はっ⁉」


 青樺は、通話を一方的に切る。


 弘前「ごめん青樺、待たせちゃって」


 青樺「いいのいいの。気にしないから」


 弘前は、文学部の大学四年生で、今は取りこぼした授業の単位を取るために、大学に足繁く通っている。青樺とは、一般教養科目である古代日本史の授業で席が近かったことがきっかけで顔を知るようになった。


 その後、大学生協で棚に一つだけ残されたサラダチキンを巡って口論になった。結果、サラダチキンは二人で分け合い、その過程で青樺は、弘前に好意を寄せた。大学では、週に一度会ってはいるが、デートをしたのは四月の一度だけ。


 今宵、史上二度目の逢瀬へ向けて、青樺は歩みを進める。


 青樺「会えて嬉しいよ。楽しみすぎて昨日、桃太郎にシカトされ悪夢を見ちゃってさぁー」


 弘前「もうそれ、雉が見る夢じゃん」


 青樺「ねぇ、弘前くん。私と付き合ってくれない?」


 弘前「それ、今言う? まだ集合間もないのに。いや、別にいいけどさ……」


 すると、周りの者は、万雷の拍手をした。


 弘前「えっ⁉ 何これ?」


 青樺「そこにいるyo two on shipの路上ライブが素晴らしかっただけだよ」


 弘前「それならよかった」


 青樺「あともう一つお願いがある。ため口を許してほしい」


 弘前「いいよ。僕もラフに呼んでほしかったし」


 青樺「まぁ、ダメって言ってもタメ口使ってたかもしれないけど」


 弘前「そんな気はする。まぁ、そういうところが青樺の良さだと思うし、そのままでいいと思う」


 青樺「いや直すべきでしょ」


 弘前「あ、そうなの」


 青樺「そうだよ。弘前くんの方が年上なんだから、立場も上であってほしいの。今まで注意してくれる人が妹しかいなかったからさ、ちゃんと注意してほしいの」


 弘前「そうなのか。ごめん、それは知らなかった。でも青樺は自然なままの方がいいよ」


 青樺「そうなの? わたしを変えようとはしないの?」


 弘前「あまりしたくない。恋愛シミュレーションゲームじゃないんだからさ、青樺ちゃんとは先の読めない交際をしてみたいの」


 青樺「たしかに……。そうだよね。もうわたし、吹っ切れた。恋に理屈なんていらないんだァッ!」


 その声が、yo two on ship(通称『ヨーツー』)のボーカル、黒石界斗(くろいしかいと)の心に大きく響いた。これを受けて黒石は、少しやんちゃな青春模様を描く曲を書こう、と誓った。


 そして青樺と弘前は、天胡に教えてもらったお茶屋さんへ向かう。


 ◇


 着いた。


 店の暖簾を潜り、女性店員に案内された席は、店の端の四人席。

 座ると、青樺はほうじ茶と抹茶パフェを、弘前は煎茶と鮭茶漬けのセットを注文した。


 食事が届けられるまでの間、二人は雑談をして過ごす。


 弘前「青樺。実は僕、初めて彼女ができたんだよ」


 青樺「わたし以外の?」


 弘前「いや青樺だけだよ……。僕って、大学に入ってから履修上限ギリギリまで授業を入れていたからさ、毎週課題に追われていて、あまり友達と絡んだりしなかったの」


 青樺「必修の単位が取り終えていないのも、それが理由?」


 弘前「そう。結局、卒業要件とは関係ない授業もまた取っちゃったんだけど……。古代日本史とか」


 青樺「何してんの?」


 弘前「いいじゃん、別に。余計な授業を取ったおかげで青樺に出会えたんだからさ」


 青樺「それもそうだね。わたしが間違ってた」


 弘前「だからこうして青樺と話せて嬉しい。それでさ、青樺って、今まで彼氏ができたことあるの?」


 青樺「あぁ……、それはねェ……」


 弘前「ごめん。何か思い出したくないことがあったのかな?」


 青樺「いや、そんなことはないよ。わたしの過去について、いつか語らなきゃならないと思っていたからさ」


 弘前「そんなに重たいことなの?」


 青樺「うん。わたしの輝く白い恋の始まりは、とても遥か遠く昔まで遡る」


 弘前「華原朋美⁉」


 ◇◆◇◆◇


 三年前の十月。

 定寺成高校一年四組。


 青樺は、誰もいない教室に、クラスの同級生の古波(こなみ)ジンを呼んだ。


 青樺「突然ごめんね、ジンくん」


 ジン「いいよいいよ。別に気にしないよ」


 青樺「それで……、えっと、ジンくんに相談したいことがあって……」


 ジン「相談かー。俺が乗れる範囲であればいいよ」


 青樺「うん。ありがとう。それで相談なんだけど……、えぇーっと」


 ジン「言いづらいことなの?」


 青樺「いやいや、そんなことはなくて。じっ、じゃあ、言うね」


 ジン「どうぞ」


 青樺「率直に言うと、恋愛相談で……」


 ジン「ほぉーっ」


 青樺「付き合いたい人がいるの」


 ジン「そうか。そのお相手は?」


 青樺「……ジンくんなんだけど」


 ジン「なるほど。いいんじゃないかな。ジンくんいい人だし」


 青樺「ジンくんがいい人なのはわかるんだけど、わたしと付き合ってくれるのかな、って心配になっちゃって……」


 ジン「まぁ、想いがあるなら告白した方がいいんじゃないかな」


 青樺「でも、フラれたときのことが怖くて……」


 ジン「ジンくんはそういうときに気遣いができるタイプだよ。きっと大丈夫。それに、ジンくんなら付き合ってくれるよ」


 青樺「そっ、そうだよね。なんか自信出てきた。ジンくんに相談して正解だったかもしれない」


 ジン「役に立ったなら何よりだよ」


 青樺「ねぇ、ちょっと告白の練習……手伝ってくれない?」


 ジン「告白? いいけど、俺がジンくんの役でいいのか?」


 青樺「うん。よろしくお願い。それじゃあいくよ」


 青樺はジンの瞳を見つめる。


 青樺「あの……、今までずっと好きでした。付き合って……くれませんか?」


 ジン「うん! いいよ」


 青樺「いやダメーーーッ」


 カット


 ジン「何がダメなのさ?」


 青樺「こんなにモジモジしてちゃ、ジンくんに失礼だよ」


 ジン「そんなことないでしょ」


 青樺「ちょっとジンくん、代って。ジンくんがわたしの役をやって。わたしがジンくんの役になるから」


 ジン「何で俺が青樺ちゃんなの? 青樺ちゃんが告白する練習でしょ?」


 青樺「いいから。ジンくんがわたしになって」


 そして再び練習となった。


 ジン「あの! 今までずっと好きでした。付き合ってください」


 カット


 青樺「ダメ」


 ジン「何で? よくできたと思ったんだけど」


 青樺「言葉尻はハキハキしているんだけど、どこか淡白なんだよなぁ。全然ときめいている感じがしない。これじゃあジンくんにフラれちゃうよ」


 ジン「そうなのか。もっと抑揚をつけないと」


 青樺「ほら、もっと気合い入れて!」


 青樺の指導は一時間続いた。


 ジン「ハァ……、ハァッ……、どうだった……?」


 青樺「上出来じゃないかしら。見違えるほど上手くなったよ」


 ジン「よかったぁ……。これならジンくんにもフラれないね」


 青樺「そうね。じゃあ今日の練習はこれまで。本番までこの感覚を忘れないように」


 ジン「わかったよ青樺ちゃん」


 二人は解散した。



 そして翌日の放課後。他の生徒が誰もいなくなった教室にて。

 青樺「あっ、ジンくん。突然ごめんね。呼び出しちゃって」


 ジン「いいよいいよ。別に気にしないよ」


 青樺「それで……、えっと、ジンくんに伝えたいことがあって……」


 ジン「伝えたいことか。俺が対応できる範囲ならいいよ」


 青樺「うん。ありがとう。それで伝えたいことなんだけど……、えぇーっと」


 ジン「言い辛いことなの?」


 青樺「いやいや、そんなことはなくて」


 ジン「僕が代わりに言ってあげようか?」


 青樺「えっ? 本当に? いいの?」


 ジン「うん。俺が対応できる範囲ならいい、って言ったじゃん」


 青樺は僅かに涙ぐみながら、


 青樺「ありがとう。じゃあ、お願いしていい?」


 ジン「うん。いいよ」


 そしてジンは青樺を見つめる。


 ジン「あのっ、ジンくん」


 青樺「何?」


 ジン「今までずっと好きでした。付き合ってください」


 青樺「……ごめんなさい。青樺ちゃんとは付き合えない」


 ジン「えっ……、そんな、何で?」


 青樺「青樺ちゃんとは友達のままの方が楽しい、って思っていたの」


 ジン「そう……なの?」


 青樺はジンの頬を叩いた。


 青樺「もう一度、自分を見つめ直した方がいいよ」


 青樺は教室をあとにした。


 ジン「ジンくん……」



 翌日の朝。教室にて。

 ジン「おはよう青樺ちゃん」


 青樺「おはよう……。はぁっ……」


 ジン「どうしたの? 元気ないね」


 青樺「いやぁ、昨日ジンくんに告白したんだよ。そしたらフラれちゃって。それがすごいショックで」


 ジン「そうだったのか。それはお気の毒に」


 青樺「それよりジンくんどうしたの? 頬っぺたが赤く腫れているけど」


 ジン「あぁ、これ? 昨日、青樺ちゃんと話していたら突然叩かれちゃって」


 青樺「あーっ、そういうところあるよね、あの人。青樺ちゃんとは縁を切った方がいいよ」


 ◇◆◇◆◇


 青樺「こういうことがあって、わたしは好きだった人と付き合えなかったんだ」


 弘前「いや、何してんの⁉ マジで何してんの⁉」


 青樺「ジンくんとは、二年生以降クラスが変わったから疎遠になった。他責思考ではあるけど、あのときジンくんが付き合ってくれたら、わたしはもっとまともな人間だったかもしれない」


 弘前「へぇ……」


 弘前は困惑した。


 そんな話が終わる頃。注文した料理が到着した。

 男性店員が運んでいるが、青樺はその店員の顔を見つめる。


 青樺「ジンくん……?」


 ジン「……青樺ちゃん? そうだ。お前は、柏青樺」


 弘前「えっ⁉ この人がそのジンくんっていう人?」


 弘前はなおも困惑した。


 青樺「やっぱりそうね。何で店員をしているのよ?」


 ジン「バイトに受かったからだよ」


 青樺「そういうことじゃねえよっ! ここで働いている動機を聞きたいんだよ」


 ジン「金が要るからだ。それ以外に何かあるのかよ」


 青樺「ここのバイトに応募して落ちたわたしへの当てつけかと」


 ジン「お前も受けたのかよっ!」


 弘前「ちょっと。僕の連れと話盛り上がらないでください」


 ジン「お前は突っかかってくんなよ。久方ぶりに会ったこの女に文句を言いてえんだ」


 青樺「弘前くん、ごめん。これはわたしとジンくんの問題なの」


 弘前「そうなのか……」


 青樺「この問題は、あとでケリをつけよう」


 ジン「今つけようぜ」


 青樺「あのねっ、わたし今デート中なの。そんな過去の失恋に浸っていたくはないの」


 弘前「そうですよ。店員なんだから、尋ねられても軽くいなしてくださいよ」


 ジン「……チッ、ごゆっくりどうぞ……」


 ジンは不貞腐れながら戻って行った。

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