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満留の陰謀⑤

 ◇


 都市研の様子を、山道を登った所で約二百メートルの距離を保ちながら、木の陰に隠れて双眼鏡で観察する男がいた。男の名前は虎屋浩大(とらやこうだい)。茶色い厚手の上着を着用して、自身を自然の景色に溶け込ませている。


 周囲を適宜警戒しながら、天胡たちを見る彼だが、狭い視野に気を取られ、背後に蔓延る気配に気付かなかった。


 川田「ずいぶんと楽しそうですね」


 その声に、虎屋は体を震わせて、ゆっくりと後ろを振り返る。川田と目を合わせると、瞬きも次第に多くなった。


 川田「何してたんですか?」


 虎屋「あっ、いやー、そのー……、バードウォッチングをしようかと考えていまして……」


 川田「考えていただけじゃないの。あなた、ずっとここにいて遠くの何かを観察してたでしょ?」


 虎屋「何でそれをっ⁉」


 川田「ずっと遠くからあなたを観察してたのよ」


 虎屋「僕と同じじゃねえかっ!」


 川田「やっぱり……、何か観察していたのね……?」


 虎屋「うっ……(しまった。つい、うっかり)、いやー、えぇっとォ……、熊の肉が美味しそうで……つい……」


 川田「はっ⁉ あなた、私たちの熊を横取りしようとしてんのかっ⁉」


 虎屋「あっ、そういうわけじゃなくて……」


 川田「いや、あげるよ」


 虎屋「……いいんですか?」


 川田「いいよ。あれ、血抜き中で今は食べられないし。それに、内臓まで捌いたら、胃の中からソーラーパネルが出てきたし」


 虎屋「何でっ⁉」


 川田「私だって知りたいよ。そんなわけで、あの熊はとてもじゃないけが、私たちが食べるには値しない。そんな熊がどうしても欲しいと言うのならあげますよ」


 虎屋「いや、それならいらないですよ。すみませんでした。帰ります」


 と言って、虎屋は慌てて下山した。その様子を川田は、鋭い目で静かに見つめていた……。


 彼が立ち去る姿を脳裏に焼き付けながら、ボソッ、と呟く。


 川田「一緒にバードウォッチングしたかったなぁ……」


 ◇


 観察されていたことも知らない都市研一同は、シチューを食べて団欒していた。

 川田が戻ると、余っていたシチューを、こっそりと買った缶ビールと共に掻き込むように食べた。


 バーベキュー場に着いてから二時間。皆は手分けして片付けに取り掛かる。

 純玲と満留は、水道で器具を洗う。


 純玲「今日はありがとう」


 満留「急にどうした? らしくないこと言って」


 純玲「いろいろと酷いこと言っちゃったけど、今日楽しく過ごせたのは、金を気にしなくてよかったから。すなわち、テメーのおかげなんだ」


 満留「それが人に感謝する態度かよっ!」


 純玲「天胡ちゃんもあんなんだけど、きっと感謝してると思う」


 満留「だと良いけどね。あの子、何考えているかわからないときがあるし」


 純玲「そうかな? 別にあんな子、たくさんいると思うけど」


 満留「多分だけど天胡さんは、とてつもないパワーを持ったヒーローなんだと思う」


 純玲「はっ⁉ 何言ってんの?」


 満留「だってさ、さっきの熊を見て思ったけど、あのサイズのずっと野生で暮らしていた熊が、うっかり崖から落ちるなんてドジを踏むと思うか?」


 純玲「思う」


 満留「そうかぁ」


 純玲「思った方がいいでしょ。自然はそれほど厳しいんだよ。それと失礼だけど、天胡ちゃんの体でパワーがあるとはとても思えないし、超能力的なモノはもっての外だ」


 天胡「あの、全部聞こえていますよ」


 満留「うわっ、天胡さん。ごめんんさい」


 天胡「私にすごいパワーや能力があると思っているなら、一回殺されてみます?」


 天胡は、ニヤついてそう言った。


 満留「いや……遠慮しておく」


 天胡「それより、今日はありがとうございます。ごちそうさまです」


 ◇


 こうして片付けも無事に終わった都市研一同は、満留のミニバスに乗り込んだ。満留がシートに座ると、運転席に座っていた執事から一言。


 執事「祠満留。おつかいのカップアイスですよ」


 そう言った途端、満留は口をあんぐりと開けた。脳裏には、自分の作った策略の論が押し寄せる。

 彼は、バーベキューに熱中しすぎるあまり、恋を実らせる蚊の伝説について、頭に留めていなかった。ただ楽しいだけで終わった。それが非常に悔しかった。


 満留「なっ、なぁ……。改めて訊くけど、あの高原どうだった?」


 気持ちを落ち着けようと、後部座席の四人に問うた。


 天胡「思ったこととして、空気が美味しかったですね」


 川田「わかる。最近、都会のきったねえ空気ばっかり食べていたから、肺が潤っている気がする」


 天胡「土の茶色、木々の緑、岩の黒、それらとソースの如く添えられる陽光の黄色。豊かな色彩が、視覚、嗅覚、いや、五感全てに訴えかけているのがよくわかる」


 満留「感想が独特っ……」


 純玲「別に感想なんて何だっていいんだよ。うけるー、とか、やばいー、とかさ」


 満留「そんな原宿でクレープ食ってるギャルみてえな感想はやめろ」


 純玲「テメー、原宿のクレープ、バカにすんじゃねえよっ!」


 満留「バカにしてねえよっ! お前をバカにしてんだよっ!」


 純玲「最っ低だね」


 川田「二人が仲良しで何より……」


 純玲「というか、語彙の幅を利かせたとしても、空気が美味しいなー嬉しいなー、ぐらいしか思いつかないよ」


 カノ「あとさ……、別にバーベキュー場としてはよくありそうというか……、都内の公営バーベキュー場と変わらないと思う。個人的にだけど。値段もそっちの方が安いと思う。まぁ……、空気は美味しいけど……」


 満留「何でみんな空気の美味さだけは一致するんだよっ!」


 カノ「そもそも、あのバーベキュー場って、恋を実らせる蚊がいる、みたいな噂が立っていた所でしょ?」


 川田「何それ、素敵じゃない。あのバーベキュー場から、未来の少子化が防がれるのね」


 満留「そんな大層な役割、果たせないでしょっ!」


 純玲「というかさ、まさかだけど、今日あそこに来たのって、その恋を実らせる何かを探すためじゃないよね?」


 満留「そんなわけないだろ……。第一……なんだそのくだらない都市伝説は……」


 カノ「都市伝説……?」


 満留「あ……いやー」


 天胡「その噂(都市伝説?)って、バーベキューに行く人が、恋人を作れそうなほど社交的であることに関係してるんじゃないですかね」


 カノ「バーベキューって、夏に行われることが多いだろうから、蚊にも刺されやすいだろうしね」


 天胡「それに、蛍がいて虫除けスプレーが使えないとなると、尚更ですよね」


 満留「へぇ……、よく解釈できてるね……。てか、こんなこと話してて、都市伝説楽しめるの?」


 カノ「楽しめるわ。本来の活動目的って、こんな感じのよくわからない都市伝説に騙される人を減らそうとすることじゃない」


 満留「そりゃあそうですけど……」


 カノ「すごく性に合っているわ。……やっぱり私の居場所はここね」


 満留「絶対楽しみ方間違えてますよ」


 天胡「これが都市伝説研究同好会か。楽しいィ!」


 純玲「よかったわね。歓迎会、大成功じゃん」


 カノ「めでたしめでたしね」


 結局、天胡はこの日、ただ楽しいだけで終わった。それがい非常に嬉しかった。ひたすら幸せをかみしめた。久しぶりの平凡な日常に身を委ねたのが正解だったようだ。


 その後、満留は山尻駅まで皆を送りだし、この日は解散となった。


 せっかく買ったカップアイスは、彼の当初の目論見のように誰にもあげられることはなく、儚い夏の思い出のように溶けて形を失い、淡い恋心のような熱さを得た。

キャラリスト

【??】

虎屋浩大

…バードウォッチングに来ていた人

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