満留の陰謀④
純玲「天胡ちゃんはどうしたのよ?」
満留「僕の所に来てからどっか行っちゃったよ」
純玲「誘拐してくればよかったじゃん」
満留「もっとマシな言い方しなよっ!」
純玲「天胡ちゃん攫ってきなよ」
満留「でも天胡さんだったら一人で戻って来られるでしょ」
純玲「私も大丈夫だとは思っているけど……」
カノ「……二人とも、肉焼けたけど……」
純玲「あ、じゃあもらいます」
満留「僕にもください」
純玲「自分で焼いて」
満留「ひどっ!」
川田「いいねー。こういう意地悪も青春って感じだねぇ!」
と言う川田は、ビールを一缶飲み干した。
満留「さすがに飲酒はやめていただけませんか? 青春が希釈されちゃいます」
川田「ゴチャゴチャ言うんじゃねえっ!」
満留「酩酊すんなっ!」
純玲「先生、基本的に満留の奢りなんだから、礼儀が欠けちゃダメですよ」
満留「お前もあんまり言えないだろ」
と、そこへ天胡が、熊の死体を引きずりながら帰って来た。彼女の目は、今にも眠ってしまいそうなほど閉じている。
純玲「おかえり、天胡ちゃん」
カノ「……ずいぶんと凄い狩りをしてきたね」
川田「重そー」
満留「えっ⁉ 何でみんな、当然の帰結みたいな迎え方してるの?」
満留は口をポカンと開けた。一方で川田は、事件現場で犯人を捜し当てようとする探偵のように真剣な眼差しで、
川田「どうやって狩ったの? 武器を隠し持っているようには見えないし」
天胡「爪切りはありますよ」
川田「何に使えるんだよっ! はっきり言って、あなたが熊を倒せるほどの格闘技術を持っているとは思えない。何をしたのよ? まさか、あなた……」
満留「木を切り倒し、その木に熊を当てて撲殺したとか……?」
天胡「いや、熊が私の元に近づいて来たとき、熊の手が熱々のソーラーパネルに触れてしまい、それで悶えた拍子に崖から落ちて死んだんです」
満留「だっせぇ」
川田「運だけはいいのね」
天胡「運ぶの大変だったんですよ。とにかく重たい」
純玲「でもいいもの拾ってきたね。バーベキューでジビエ料理が食べられるんだよ」
川田「私が熊を捌こう」
純玲「すごい! 先生捌けるんですか?」
川田「ちゃんと勉強したからな。元々、将来の夢は裁判官だったし」
天胡「それサバくものが違いますよ」
純玲は、受付から鍋を借りに行った。川田は、包丁で熊の体表を丁寧に切開し、肉を取り出していく。
川田「皮がやたら硬いんだけど。やっぱり普通の包丁で切るもんじゃないな。もっと切れ味のいいものない?」
満留「日本刀買ってきましょうか?」
川田「お願いしたい。あと、解体用の包丁も欲しい」
満留「了解です。執事に伝えておきます」
天胡「先生。作業中に申し訳ないですけど、熊って普通は血抜きしますよね? どこでするんですか?」
川田「えっ⁉ そうなの?」
カノ「しないと臭くて食べられないですよ……」
途端に黙る一同。
そこに受付からレンタルした鍋を持っている純玲が、楽しさに胸を膨らませながらやって来る。
純玲「みんなどうした?」
川田「……熊、食べられないって。臭くて食べられないって」
純玲「えっ……、本当ですか? 私、シチュー作りたかったのに、熊肉使えないの?」
川田「……うん」
純玲「そんなぁ……、私のシチューが……」
純玲の目は少し潤んだ。
天胡「別にシチュー作りたければ熊に限る必要ないですよ。牛肉でもいけます」
純玲「それもそうね」
目は乾いた。
川田「切り替え早いわね」
そして皆はクリームシチューを作ることとなった。鍋に牛肉と野菜、水を入れて、グリルの網の上に載せる、その前に、
天胡「ちょっとこれ焼いてもいいですか?」
と言って天胡は、縦に切り込みを入れた茄子をグリルの炭の中に入れた。
満留「何してんのさ⁉」
天胡「せっかく炭火を使うなら、焼き茄子が食べたいなと思って」
川田「渋いもの好きなのね。いいと思うよ」
満留「えっ⁉ 先生も⁉ これ、僕がおかしいの?」
純玲「そうだよボケナス。黙れおたんこなす」
カノ「料亭でもよくやってる手法だよ」
満留「……ごめんなさい。知らなかった」
そして網の上にシチューの鍋が置かれると。煮込みが終わるまで、天胡は、数学の教科書を開き勉強。カノンは、英単語帳を開き勉強。満留は、皆が食べなかった付け合わせの獅子唐辛子とパセリを貪る。純玲は椅子に座り、惰眠を貪る。
順調に襲われる暇な時間。純玲の起床。
純玲「カノン先輩、一個訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
カノ「……何? 私の勉強の邪魔をしてまでも訊きたいことなの……?」
純玲「はい。先輩って、何で都市研に入ったのかなって思って。普段から都市伝説の本とか読んでいるので、そういうのが好きなんだろうなとは思っていますけど、好きになったきっかけが気になって集中が散るんです。だから、どうしても知りたいです。話してくれなかったら、シチューで溺死します」
天胡「それ生き残った人たちのこと考えていますか? そんな死に方されたら悲しみますよ。シチュー食べられなくて」
満留「もっと悲しむところがあるだろっ!」
カノ「それだけの覚悟があるなんて……。話すしかないようね……、私の過去を」
純玲「そんな大層な話方しなくていいです。深夜ラジオみたいな軽いテンションでお願いします」
カノ「私の家は、すごい貧乏なのよ。小っちゃいアパートで、風呂とトイレは共同利用だし。そんな貧乏な私が楽しめる数少ない娯楽の一つが本だったの。何でかわかる?」
天胡「何だろう……。単位金額あたりに満足に消費できる時間が最も長いと考えられるものが本だから、ですかね?」
カノ「なんか物理学みたいな言い方で腹が立つけど正解よ」
純玲「もはや、心を読んでいるわね」
カノ「漫画だと一冊一時間くらいで読み終わっちゃうけど、小説や評論系の本は、一冊四時間くらいかけて読めるでしょ。だからよく読んでいるのよ。それで、安くいっぱい買いたいから古本屋さんに行くんだけど、古本屋で特に安く売られていたのが都市伝説の本だったの」
満留「あー、たしかに、都市伝説って賞味期限ありますしね」
純玲「賞味期限⁉」
天胡「たとえばですけど、2025年に世界は滅亡する、みたいな都市伝説があったとして、2025年以降だとそれは明確に嘘だとわかりきってしまうから、その都市伝説は誰も興味を示さなくなり、語られることもなくなる、っていうことですよ」
純玲「あー、納得した。わかりやすい」
カノ「そんなわけで、古い都市伝説の本って、ほとんどの人には興味がない。だから、古本屋でもとんでもなく安い値段で売られているの。私はそういう本を大量に買って読み耽っていた。古い都市伝説も中々おもしろいよ。都市伝説のトレンドの変遷を知ることができるし」
満留「ありますよねー、そういうの」
天胡「私の体感ですけど、世界を裏で操る巨大組織って六年おきぐらいに変わっていますよね」
カノ「わかる。でも新しい組織が出るたびに、本当にあるんじゃないか、って一瞬思ってしまうのよね」
満留「それが都市伝説の本来の楽しみ方ですからね」
カノ「私ってさ、実は……友達がいなかったの」
天胡「いなそうな雰囲気ありますからね」
カノ「はっ⁉ あんた舐めてんの? と言いたいところだけど——」
天胡(絶対本心じゃん……)
カノ「そうやってバカにしてくれる人すらいなかったから、同じ学校の人と話したかった。でも話す内容は、当時信じ切っていた都市伝説の話ばかり。そしてまた人が離れていく、という悪循環。この後悔をどこかで生かせないか、と考えていたら見つけたんだよ。都市研を。当時、青樺先輩が、『わたしはオカルトにマジレスしてみてえんだ』とか言ってて、私は、『ここしかない』って思ったの」
天胡「それ、かなり姉に毒されてますよ」
カノ「そうかもしれない。昔から影響受けやすいのかもね。ほら、私って昔から暗い人間だからさ。頭も悪いし……」
天胡「それはちょっと思いましたね。本を読みたければ図書館に行けばいいのに、って言おうと思ってました」
カノ「あー、それはね……、図書館は古本屋よりも遠かったの。ひょっとしたら私だけかもしれないんだけど、貧乏だと、遠くにある無料品よりも、近くにある格安品にばかり目が届くの。なんか、思考と視野が狭くなっていくんだよね」
純玲「…………そうなんですか。……その、大変ですね……」
と話がいい感じに暗くなってきたところで、煮込んでいたシチューが完成した。ここで純玲は、あることに気付く。
純玲「そう言えば、先生はどこ行ったんだろう?」
満留「たしかにいないね。どこだろう?」
天胡「爪切ってるとか?」
満留「絶対ねえだろっ!」




