満留の陰謀②
◇
一同出発。ミニバスは交通渋滞の激しい国道を走っている。
車内では、
満留「到着予定時刻は、10時55分です」
純玲「遠くない? 思った以上に時間かかるんだけど」
天胡「純玲さん。そんなこと言うと、満留先輩が泣いちゃいますよ」
満留「別に泣きはしないよ」
川田「うぅ……、偉くなったねェ~……」
満留「何であんたが泣いてんだよっ!」
実は今回、満留には大きな目的があった。
満留(これから行く飯山高原には、『恋を実らせる蚊』という都市伝説がある。二人の男女がその蚊に血を吸われると、その後二人の恋は結ばれるらしい。都市伝説研究同好会として、少しでも都市伝説に絡めた活動をしないとダメでしょ。僕はこの伝説を確かめたくてバーベキューを主催したんだ。黒っぽい服は蚊に刺されやすいと聞いたことがあるから、僕の服も黒を多めにしている。今年は異常気象で例年以上に暑い。五月でも蚊が繁殖している。僕の計画に抜け目なし!)
高揚感に満たされている彼は、後部座席を振り返り、全員の服を確認した。カノンは白Tシャツ、純玲は薄桃色のワンピース、天胡は薄紫色のワンピース、そして川田は黒Tシャツ。
満留(いや抜け目あったぁああ。どうしよう、このままじゃ僕と先生が結ばれちゃう。アラフォーだぞ、アラフォー。流石に禁断の関係にはなりたくねぇ)
満留は、同好会オリジナル黒Tシャツを作らなかったことを後悔した。
慌てる彼とは対照的に、後部座席は大いに盛り上がっている。ずっと本を読んでいるカノンを除いて。なお会話には加わっている模様。
川田「こんな女子高生に混じって女子会なんて、学生時代は考えられなかったぁ~」
天胡「先生、もう37でしょ。気安く自分を女子扱いする年齢じゃないですよ」
川田「いいじゃん。少しは夢を見させてよ」
天胡「永遠に夢に囚われていればいいのに」
川田「今日の天胡さん、酷くない?」
純玲「間違ってはいないと思いますよ」
川田「まぁでもね、学生らしいことは学生の内にやっておいた方がいいよ。みんな、バイトはしてる?」
純玲「してます」
天胡「する予定です」
カノ「前はしてました……」
川田「みんな意欲あるね。私、高校どころか大学でもバイトしなかったんだよ」
純玲「すればよかったじゃないですか」
川田「考えていた時期もあったんだけど、応募のために電話をするのが怖くて怖くて」
純玲「そんだけの理由でやらなかったんですか?」
川田「そうだよ。今の学生さんって、電話するのに怯えとかないの?」
天胡「今、バイトアプリで簡単に応募できるので、あまり苦労しないと思いますよ」
純玲「私もアプリ使いました」
カノ「私も使ってた……。アプリがなかったら、応募するとき死んでいたかもしれない……」
川田「さすがに死にはしないよ。えー、いいなぁ。もっと古くからバイトアプリ欲しかったぁ」
純玲「本当に便利な世の中になったよね」
天胡「某バイトアプリ、τンワークの広告見たことありません?」
川田「ある。あー、もうわかった。私が時代に置いていかれた女なんだな……」
純玲「そんな虚ろな目で言わなくても」
川田「なんか嫌になってきちゃった。話題変えましょ。恋バナとかないの?」
天胡「仮にあったとして、話せば話すほど先生の心の傷を抉るだけですよね?」
川田「その言葉が既に私の心を抉っていることに気付いてぇ……」
純玲「じゃあカノン先輩、何かおもしろい話はないですか?」
カノ「……何だろう。この場に相応しくないかもしれないけど……、χ談話とか?」
純玲「あー。この前の、叔父さんだと思ったら、某未確認生物κだった、みたいなやつですか?」
川田「さっきからそのギリシャ文字でイニシャルトークするやつ、何なの?」
天胡「ギリシャルトークです」
純玲「何か問題あります?」
川田「いや、明らかにおかし……くはないけど……」
この楽しそうな会話の輪に、満留は入れず、眉間に皺を寄せ、悔しさを滲ませる。
満留(いや、まだバーベキューは始まっていないんだ。焦ったはならない)
眉間の皺を解く。
ミニバスは高速道路を走行していたが、今はインターチェンジも降りて、一般道路を走行している。
満留「もうあと五分で着きますよ」
と呼びかけるが、後部座席の女四人衆はなぜかたまたま聞こえていなかった。
突然、天胡は窓を開けて、左手を外に出す。
満留「どうしたんだ?」
天胡「今。爪を切ろうと思っているんですけど、爪って道路に捨てていいんですかね?」
満留「多分ダメだろ」
純玲「だってアスファルトだよ。爪は土に還さなきゃダメでしょ」
満留「そういう問題じゃねえだろっ!」
川田「でも言われてみれば気になるよね。路上で切った爪をそのまま捨てていいのか問題」
満留「不法投棄で社会問題になりますよ」
純玲「社会問題になるほど爪捨てないだろっ!」
川田「今日のディベートテーマは決まりね。爪は捨てていいか否か」
純玲「土の上なら捨てていいと思います」
天胡「野爪ですか?」
満留「野糞みたいに言うなよ」
その間、走行中のミニバスは木が生い茂る山道に入った。そして、天胡の爪は、なぜか短く整えられていたという。
◇
皆は、飯山高原バーベキュー場に到着した。
中級者向けハイキングコースとして人気の高い飯山高原。標高の高い山地の比較的平坦な林を開墾して運営しているバーベキュー場は、都会の喧騒を忘れられるとして評判がいい。実際、全国の本当にお薦めしたいバーベキュー場ランキング第七位を獲得するなど、バーベキューのコアな愛好家のみならず、にわか愛好家からの支持も根強い。
また、都市伝説好きの間でも、恋を実らせる蚊の伝説が広く知れ渡っているらしい。
満留「ここでバーベキューができるんだから、僕に感謝してほしいです」
純玲「それはうざいけど、普段からここは混雑するの?」
満留「あぁ。毎週土日は、大学生の交流会や、家族連れの独演会をやってるって」
天胡「その家族、落語家か何かですか?」
満留「知るか。僕に訊かないでくれ。バーベキュー場のオーナーがそう言ってたんだ」
純玲「まぁ土日はいつも混むでしょうね」
満留「これが夏休みになると、もっと混むんだよ。休みに飢えた会社員が部門全員で予約して、実質貸し切り状態で送別会や忘年会をやってるって」
純玲「夏にやるもんじゃねえだろっ!」
満留「だから僕に言うなっ!」
川田「それよりいつまで車内で駄弁ってるつもりなの?」
カノ「私、酔ってきた……」
満留「……降りますか」
と言って降りると、最初に感じるのが、日差しの温かさだ。標高が高いにも関わらず、天候の変化は少なく、晴れが多い。そのため、虫眼鏡で日光を集める実験をするのに最適な場所ランキング第一位を獲得するなど、小学校教員からの支持も熱い。
満留「みんな初めてだと思いますけど、ここ、どうです?」
純玲「すごく座り心地良かった」
満留「車じゃねえよっ! お前は早く降りろっ! 高原の感想が聞きたいのっ!」
天胡「まずバーベキューしましょうよ」
満留「……たしかにそうだな。行くか。このバーベキュー場は、ただのバーベキュー場じゃないんだ」
天胡「でも先輩。今日って、先輩の奢りですよね?」
満留「値段の話じゃねえよっ! いいか、このバーベキュー場には、蛍が生息しているんだ」
川田「素敵ね。私、生で見たことないのよ」
天胡「私もないですね」
満留「見られるといいなぁ……」
純玲「えっ⁉ 見られないの?」
満留「夕方には撤収して帰るぞ」
カノ「いいよ。仮に残るにしても、私は勉強したい……」
満留「付け加えて言うと、蛍の邪魔をしないために、みんな虫除けスプレーを使うのはやめてください」
皆はそれを了承した。その後、川田は泣いた。どうしても蛍を見たかったらしい。




