満留の陰謀①
前回のあらすじ
都市伝説研究同好会の顧問になった。
五月中旬の土曜日。午前九時五十分。
都市伝説研究同好会新入生歓迎バーベキューパーティー当日。天気は快晴。
薄紫色のワンピースを着た柏天胡は、誰よりも早く山尻駅前のダビデ像の前にいた。誰か来るまで数学の教科書を広げ、流し読みしていると、三年生の香車カノンがダビデ像の前に来たが、天胡は彼女の存在に気付いていない。カノンも言葉を発することはなかった。そして、天胡が時刻を確認するために一度教科書を閉じたことで、カノンの到着に気付くことができたが、天胡にとっては突然現れたかのようにいたため、体が痙攣を起こし、思わず二度見した。
天胡「お……おはようございます。いつも間に来ていたんですか?」
カノ「十秒前よ」
天胡「もっとわかりやすく足音立てたりしないんですか? 室町時代の忍者も敵国の城内でスタンディングオベーションをしたくなるほど静かでしたよ」
カノ「……絶対褒めていないよね?」
カノンの喋りは、まるで周りの時間の流れについていけていないと錯覚するほどゆったりとしており、つられて天胡の喋りもゆったりとなる。
天胡「……褒めてないです」
カノ「だと思った……」
天胡「…………すみません」
カノ「いいよ、別に」
天胡(何か許してもらえたけど、私、カノン先輩苦手なんだよなぁ……)
天胡はカノンと目を合わせず、服装に目を向ける。カノンのコーディネートは、白いTシャツにベージュのワイドパンツ、髪型はかなりのショートヘアで整えている。
天胡「先輩、結構オシャレですよね。その服、どこで買ったんですか?」
カノ「……古着屋」
天胡「……そうなんですね。髪はショートですね、ずっと」
カノ「これは自分で切ってる……」
天胡「へぇ……。伸ばさないんですか?」
カノ「伸ばさない。……だって、シャンプー代がもったいないもん」
天胡「たしかに……」
天胡の間の覚束なさは、カノンに対する距離感を近づけようと言葉を紡ぐが、その手間が誰よりもかかってしまうことに由来している。
カノ「それ……、数学でしょ? 偉いね……、数学を頑張れるなんて。私は……、受験で数学を使わないからさ……」
天胡「……まぁ、個人的にですけど、数学は楽しいと思っているので」
カノ「あのさァ……、数学ってェ……、役に立たないとォ…………言い切れないよね……?」
天胡「……そうですねェ」
カノ「だよねェ~……。よかったァ……」
天胡「……?」
天胡には、何が良いの分からなかった。だから訊いた。
天胡「あの、何が良かったんですか?」
カノ「ひょっとしたら……数学が役立っているところを……私が見つけられるかもしれないでっしょ?」
天胡「まだ見つけては……」
カノ「いないよ。いつか見つかると思うの……」
天胡「頑張ってください。応援しています」
これ以上、数学をテーマに話を広げられる自信がなかった。他の同好会メンバーは未だに来ない。天胡は、沈黙に耐えられなかった。
天胡「今日のバーベキューって、同好会のモチベーションを挙げることが目的じゃないですか。私、このやり方が本当に正しいのかな、って疑問に思ってて。先輩は、どうすればモチベーションアップできると思いますか?」
カノ「うーん……、そうねー、この前、『やる気がないから、部屋に備品が少ない』って言ったじゃん。だから、部屋の備品を増やせば、やる気も上がるんじゃないかな……? どうだろう…………?」
天胡はそれを聞いて、開いた口が塞がらなかった。
天胡「先輩……。それ……、対偶ですよ。よかったですね……。数学、役に立ちましたよ。ついに見つかりましたよ……!」
カノ「……やったァ」
と、やんわり喜んだところで、ダビデ像の前には、二年生の雅野純玲が現れた。彼女は、カノンと天胡の話を途中から隠れて聞いていた。
純玲「おはようございまーす! カノン先輩って、喋るときは喋るんですね」
カノ「自分から喋ることは滅多にないよ。天胡ちゃんが私と仲良く話したそうだったからであって……」
天胡
純玲「天胡ちゃん、つまんなかった、って言いそうな顔してるよ」
カノ「そう……、ごめんなさい」
天胡「私、何て言えばいいの?」
と、空気が重くなったところで、新顧問の川田実那子が、黒Tシャツ、ジーパン、サングラス着用という、野外音楽フェスに行くかのような格好で現れた。
川田「おっはよーっ!」
純玲「おはようございます……」
カノンは会釈だけ。
天胡「顧問になることを少し迷っていたのに、誰よりも今日を楽しみにしてそうですけど……」
川田「そりゃあ楽しみでしょうが! 学生時代に友達のいなかった私が、みんなの青春ごっこに混ざれるなんて、ほんっと、夢みたい」
天胡「生徒の金でご飯を食べるなんて、教師としてのプライドはないんですか?」
川田「あるわけないでしょっ!」
純玲「ひっでぇ」
天胡「青春コンプレックスの拗らせ方すごい」
純玲「反面教師にしろ、ってことですね。先生、良かったじゃないですか。生徒の役に立てるなんて」
川田「もうこの上ない幸せ。みんなは楽しい青春を過ごしてね」
と言って川田は、カノンの頭を撫でると、思わず顔を赤らめた。
天胡「何で先生が恥ずかしがってるんですか?」
川田「いいじゃん、それくらい。少しは夢を見させてよ」
天胡「永遠に夢に囚われていればいいのに」
川田「今日の天胡さん、酷くない?」
と言ったところで、時刻は十時。集合場所には、黒く塗られたミニバスが一台、後ろに黒と白で塗られたセダン車両が一台到着した。ミニバスの後ろドアからは、黒いTシャツとグレーのズボンを履いた少年、二年生の祠満留が降りてきた。
満留「皆さん、おはようございまーす」
純玲「陽気な挨拶は一旦置いておいて、お前の車、取り締まられてるけど大丈夫なの?」
満留「うちの執事が何とかしてくれるだろ……。それより、今日はバーベキューパーティーのために集まってくれてありがとう。みんな、楽しみにしてくれたかなー?」
川田「はいはーい♪ もちろんでーす」
他の者は黙りこくった。何も言わなかった。天胡なんか教科書を読んでいた。ついでにカノンも都市伝説本を読んでいた。
川田「えっ⁉ 私だけ?」
純玲「先生と同類に思われたくないんですよ」
満留「……まぁいい。今からこのミニバスに乗って、バーベキュー場に向かうぞ。今回の幹事は、この僕、祠満留だ」
天胡「何ですか、その主人公一人称視点みたいな自己紹介は?」
満留「初めていわれたわ、そんなこと……」
純玲「んなことより、まだパトカーどかないよ」
満留「早く終わってくれっ!」
という嘆きが木霊すると、運転席の執事の職務質問が終わり、出発の準備が整った。ミニバスの助手席には満留が、それにり後部の座席には、満留から見て手前に川田とカノンが、奥に純玲と天胡が座っている。




