柏姉妹は奇想天外②
柏家では、食事を作る人が日ごとに変わる。今日の当番は長女の青樺なのだが、
真弓「昼ご飯ってある?」
天胡「ないよ。青樺姉が用意しなかったの」
真弓「マジ⁉ というか姉さんどこ行ったの?」
天胡「大学で彼氏候補ができたからデートしてくるんだってさ。朝から張り切って出って行っちゃったよ」
真弓「はぁ⁉」
天胡「ちなみに、さっき玄関で駄弁っている間に青樺姉から連絡が来たよ」
そう言うと天胡は自分のスマホのメッセージ画面を真弓に見せる。
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< 柏青樺@saint_SEIKA
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柏天胡@Tenkofubu
用件はわかるな?
柏青樺@saint_SEIKA
ごめんなさい。ご飯のことすっかり忘れてた。
ちょっと今デートが楽しすぎるのと服を買っちゃったから夕飯分の買い出しには行けない。それに飯も作る気はない。
と、真弓に伝えておいて。よろしく!
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+ @saint_SEIKAへメッセージを送信
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天胡「だって」
真弓「あのお姉、使えねぇ。そうならそうで私に直接連絡しろよっ! 何で天胡を介して伝えるんだよ。浮かれすぎ」
天胡「もう青樺姉は戻らないだろうから、私たちでなんとかしよう」
真弓「……冷蔵庫には何があるの?」
天胡「豆板醤しかない」
真弓「うわぁ……。買い出しに行くしかないかぁ」
天胡「私もついて行くよ。どうせ家にいても暇だし」
真弓「ありがとう。助かるよ」
十分後。着替え、歯磨きを済ませた真弓は、そんなものとっくに済ませている天胡と共に買い物に出かけた。
二人は最初にパン屋で昼ご飯を買い、次にスーパーで夕食の買い出しを行うつもりである。
外は快晴であり、雀のさえずりも聞こえるのどかな陽気。
閑静な街の退屈さに身を任せていると、最初の目的のパン屋まであと二十メートルの所まで来た。
すると、店内から一人の屈強な男が出てきた。男は右手にバターロールが入った小さな袋を、左手には食パンのミミが大量に入った中ぐらいの袋を持っていた。
真弓「ねぇ、待って。今出て行った人、パンのミミ一袋でバターロール貰ったってこと?」
天胡「絶対そうだよ。いくらパン一個買えばバターロールがサービスだからって、ミミはないだろ、ミミは」
真弓「やっぱりそう思うよね。何というか、店の厚意に甘えすぎているよね」
天胡「食べ放題焼肉でハラミばかり頼んだせいで店側にハラミの注文を止められたのに、そのことについて文句を言い続ける人と同じような雰囲気を感じる。あの人に文句言いに行こうよ」
真弓「えー、でもお腹空いたし放置でよくない?」
天胡「よくないよ。ちゃんとクレームつけないと、ああいう人はまた同じことをするよ。それに今後、パンを買ってもバターロールがついてこなくなるかもしれないんだよ!」
真弓「うぅ……、それはたしかに困る」
天胡「なら追いかけるよ」
真弓「……はぁ。お願いだからあまり目立たないようにね」
そう言うと、二人は男を追いかけた。
男は住宅街を抜けて広い公園に到着した。空気は酷く重苦しかった。砂利が雑に敷かれ、柳の枝も不自然に揺れている。その場にいる奴らのうち、四割はサル顔の男であった(真弓と天胡を除く)。残りはサルであった。
真弓「何? ここ。家の近くにこんな場所あったの?」
天胡「想像以上にまずいかもしれない。とりあえず今は、あの男に気付かれないようにしないと」
そのときだった。
ベチャッ、という音。
天胡「うわっ、鳥の糞が降ってきた」
運悪く天胡の頭頂部に命中した。その声で男は二人の方を振り返った。睨みを利かせると、男の方から二人に静かに歩み寄って来る。二人が初めて面と向かい合うと、男の左頬には青い痣があった。
真弓(まずい。後ろつけていることが……バレた?)
天胡「まゆ姉、まゆ姉」
天胡はヒソヒソと小さな声で話しかけた。
真弓「どうした?」
天胡「あの人サルみたいな顔してるよ」
真弓「どうでもいいよっ!」
天胡はハンカチを取り出し、頭上の糞を拭いた。そのとき頭上に、ベチャッ、と音を立てて別の何かが落ちた。
天胡「うわっ、ニジマスが降ってきた。しかも二尾」
真弓「何で⁉」
男「おい、さっきから騒がしいぞ。少しは黙れねえのかっ?」
天胡「あっ……あぁ、すみません。私たち、あなたにこのニジマスをあげようと思っていまして」
真弓(もっとマシな言い訳考えろよ)
天胡「よろしければどうぞ。落ちたてです」
男「いらねえよっ! 俺は海水魚しか食わねえんだよっ!」
天胡「そうですか。申し訳ありません」
男「チッ、やかましい。俺のこと舐めてんだろっ」
真弓「うちの妹がすみません。どうかお許しいただけないでしょうか?」
男「無理だな。俺にニジマスを送るなんて、宣戦布告に等しいぞ」
天胡「そんなこと言われたって、降ってきたものはしょうがないじゃないですか」
真弓「そもそも何でそんなもんが降るんだよっ!」
男「何だ、今朝の天気予報を見ていないのか?」
真弓「天気予報に載っているわけないでしょっ!」
男「質問に答えろよっ!」
天胡「そうだよ、まゆ姉。今日いつ起きた?」
真弓「正午過ぎ……だったかな」
天胡「やっぱり。今朝の天気予報見てないでしょ。それなのに、天気予報に載っているわけない、ってよく断定できるね」
男「この遅起き者がっ!」
真弓「悪かったよ……ごめんって。姉さんの教科書に名前書いてたら深夜になったんだよ」
男「何でお前がやるんだよっ! 姉にやらせろよっ!」
天胡「姉に伝えておきます。どうかお許しを」
男「許さねえ。お前らを一発ぶん殴る」
真弓「ちょっと。私たちはあなたと闘う気はないんです」
男「関係ねえ。殴る前に教えといてやるよ。今朝の天気予報では、カワセミが川魚を降らせるってやってたぜ」
天胡「そうだったんだ……」
真弓「知らなかったのかよっ!」
二人が口論している間に、男は右腕を大きく引き、真弓の右頬目掛けて拳を振った。
天胡「まゆ姉っ!」
天胡は咄嗟に両手を組み、両人差し指をつけたまま男に向かって突き出すが、その反撃が間に合わないのは明白であった。真弓は腕を顔の前に出し、反射的に目をつぶった。
そのときだった。突如として青年が現れ、男の屈強な右手首を掴み、真弓の頬を掠める寸でのところで止めた。
真弓「あの……、あなたは?」
青年「間に合った。今、危うく殺されるところだったんですよ。油断しないでください、おばさん」
真弓「誰がおばさんだっ!」
青年は男の頬を殴って怯ませた。
真弓(えー強い。何この人)
反射的に目をつぶった真弓はともかく、目をかっ開きっぱなしの天胡にも、いつ拳が止められたのか見えていなかった。
超常現象と思われる方法で現れたその青年。無論、サル顔である。
真弓「ねぇ、私そんなに老け顔?」
天胡「美少女だと思うよ」
真弓「絶対思ってないでしょ」
天胡「思ってるよ。太平洋ぐらい可愛いよ」
真弓「意味わかんねえよ」
そんな二人を余所に、男二人は互いを睨み合う。




