先生を勧誘しよう②
純玲「それでは、質疑応答の時間です」
川田「いきなり⁉ 普通、何か話してからでしょ」
純玲「聞きたくもないこと聞かされたら、つまらないじゃないですか。聞きたいことだけ訊いてください」
川田「あっ、そうなのね……。えぇっと、二年四組の川田です」
天胡「すごい。会見っぽい」
川田「まずは、都市伝説研究同好会の主な活動内容について教えてください」
純玲「はい。弊団体は、ちまたに蔓延る都市伝説や陰謀論を真に受けてしまう人たちの動向を基に、どのようにすればメディアリテラシーを高めて行けるか、を日々考えています」
川田「思った以上に内容が固いのね……」
満留「でも最近は、都市伝説の話もしますよ」
天胡「というか、私が入ってからリテラシーの話、一回も聞いてないですよ」
川田「……じゃあ要するに、メディアリテラシーを高めるというのは、建前ということ?」
純玲「残念ながら……」
カノ「その通りだね……」
川田「そうなんだ。じゃあ、最近話しておもしろかった都市伝説について教えてください」
純玲「はい。私の主観で恐縮ですが、新宿駅の都市伝説がよろしいかと」
川田「ソムリエみたいな喋りはいいから詳細教えて」
純玲「はい。あの、失礼ですが、先生は東京をご存知ですか?」
川田「知ってるに決まってるでしょっ!」
純玲「いや、前提条件の確認は大事なので」
川田「だからって東京を知らないわけいでしょ」
純玲「なら、よかったです。それじゃあ、新宿駅に行かれたことはありますか?」
川田「あるわ。あれねー、ややこしいよねー。初めていったとき、看板があるのに迷子になっちゃったもん」
純玲「そうです。あの複雑な駅構内です。そこになんと、スパイの活動拠点があるのではないか、と言われているんです」
川田「スパイってどこのスパイよ」
純玲「それがわからないから、こんな出任せに騙されるんじゃないぞ、っていう話を普段したいんです。先生、わかりますか?」
川田「あっ、はい。す……すみません」
川田は、自分が都市伝説を楽しめない側の人間であると悟った。純玲は川田のことを、都市伝説に溺れない側の人間であると認めた。
天胡「純玲さん、口悪いですよ」
純玲「ごめんなさい。あとで真弓にも謝っておく」
まず私に謝るべきじゃない? と川田は言い出せなかった。
満留「僕からも一つ話していいですか?」
純玲「受諾」
満留「この近くに、能来医院っていう、いかにもオンボロで、小汚くて、人体実験をやっていそうで、スケベそうな医者がいそうと噂の病院があって」
川田「言い方が散々ね」
天胡「私、そこ行ったことありますよ」
満留「天胡さんは黙って。で、あまりにも怪しいからね、行ってみたんですよ、兄と。僕と兄の健康診断っていう体で。それで建物に入って、キャッチボールができそうなほど長く、そして薄暗い廊下を歩いているとき、背後の兄が突然、『おわかりいただけただろうか?』って言ってきたんです。まるでホラー番組のナレーションのように。で、もう、背筋が凍りそうになほどビックリしたんですよ。そして兄に、『何があったんだ?』って言ったら、履いているスリッパに縫われているニッコリマークの布地が解れて、いじめられたみたいに顔が潰れちゃったんですよ。まるでこれからの僕らを暗示するかのように」
川田「いや、本当に暗示しているのかも……」
天胡「かもしれないですね」
純玲「そんなわけないでしょ」
満留「その後は、予定通り検査を行ったんですよ。そしたら検査終了十分後には結果を出したんですよ。やけに早いな、って思って。普通、こういう診断って、結果が出るまでに二週間とかかかるんですよ。だから思わず病院の先生に言いました。『暇なんですか?』って。
そんな僕の言い分には目もくれず、先生はレントゲン写真を見せました。僕は特に異常がなかったそうです。問題は兄です。先生は兄のレントゲン写真を指さすなり、ミステリアスな眼差しで言ったんです。『おわかりいただけただろうかな?』って」
純玲「緊張感に欠けた言い方だな」
満留「そのレントゲン写真を見たら、たしかに兄の体に異常な箇所が見つけられなかった、しかし兄は胃がんの初期症状であるとわかりました」
川田「……あ、わかったの?」
満留「わかりました」
純玲「よかったじゃない」
天胡「それで、お兄さんはどうなったんですか?」
満留「兄はその後、雀天堂大学病院っていう大きい病院に行って手術をした。兄のように、若くして胃がんになる人って滅多にいないらしくて、担当医師も最初驚いてたね。ちなみに手術は成功して、もう退院しているよ」
純玲「布地の解れたスリッパの暗示は正しかったのね」
満留「医者が凄いだけだろっ!」
天胡「医者もスリッパも凄いんじゃないですか?」
満留「スリッパに対する信頼、高すぎでしょ。単純に、あの病院の先生の診療精度は凄まじいものだった、ってことだよ。僕は能来医院の良い噂を広めたくて、ネットに記事を書いたんだ。しかし、投稿後すぐに記事は消された。公序良俗に反する内容を書いたつもりはなかった。なぜ消されたのか? 考えられることは一つ。あの病院を知られたくないからだ。
そう、能来医院には、世の中に知られてはいけない秘密があるのだ。という都市伝説だったり——」
純玲「長いィィィィーーッ!」
川田「私は何を聞かされたんだ? お兄さんが助かった話だけで良かったじゃん」
満留「それじゃあ都市伝説じゃないですよ」
天胡「なら最後だけでいいじゃないですか。話し下手ですか? 私、途中までスリッパの伝説かと思いましたよ」
満留「スリッパから離れろっ!」
川田「一応聞くけど、あなた、まだ話すつもりなの?」
満留「はい。あとは、アポロ計画が捏造だったのではないかとか——」
川田「急に真面目なものがきたし」
カノ「もう、次いこうよ」
説明会は次のステージへ。
川田「二年四組の川田です」
純玲「またそれ言うの?」
川田「この部室について質問なんですけど、もっと備品を置かないんですか?」
川田の指摘通り、部室内はホワイトボードに長机が二つ、椅子が七個と本棚が二台と、比較的質素であった。本棚にも、都市伝説の本が三冊と、ファッション雑誌が二冊あるだけ。掲示物も特になく、その殺風景さは、間違って入った人が空き教室と勘違いするほどであった。というか、教頭先生は一度勘違いした。
純玲「えぇーっとですね、まずこの同好会は、他と段違いに予算配分が少ないんですよ」
川田「あー、可哀想」
純玲「それと、もう二つ理由があるんですよ。まずは敢助の——」
と、ここで、話しを遮るように部室の扉が開けられた。現れたのは、三年生で同好会会長の桂馬秦海だ。
秦海「それについては、俺が話そう」
純玲「あ、彼が会長です」
川田「へぇー、元気いっぱいなのね」
秦海「この同好会にな、敢助っていうヤツがいたんだ。いつ部室に来てもずっといた。誰かが話しかけると、敢助はよく、『お前はバーカ』って煽ってきたんだが、それでも俺らは笑って対応していた。実際、敢助は賢いと思っていたし。
だが、そんな朗らかな日々も続かなかった。去年の四月中旬。俺がいつもみたいに部室に入ると、敢助が倒れていたんだ。部室には現OGの柏青樺先輩、天胡さんのお姉さんね、先輩が既に部室にいたんだ。普段は割とクールなことが多い青樺先輩なんだけど、その日は冷静さを欠けて取り乱していたんだ。そうなるのも無理はないと思ったよ。敢助は、倒れ込んだまま微動だにしなかったんだもん。俺は保健室の先生にこのことを連絡した。そうしたら、『すぐに病院に連れて行った方がいい』って言われた。もうそこからは、青樺先輩と一緒に敢助を運んで、学校の目の前の病院に行ったんだ。しかし翌日、敢助は息を引き取った……。
そのことを同好会のみんなに伝えるのは辛かった。そして何よりも忘れられないのが、青樺先輩の魂が抜けたような表情だった。先輩は当時三年生。これから受験勉強に力を入れなきゃならないのに、敢助がいなくなってからの一週間は何をするにも力が入らなかったらしい。そして当時の同好会員はみんなに改めて伝えたが、みんな黙り込んでしまった。そりゃあそうだ。同好会のムードメーカーが突然消えたんだ。みんな後悔していたよ。敢助が倒れているところをあと数十分でも早く見つけられれば、命を救えたかもしれない、ってね。でも同好会の活動は続けなければならない。というか、続けないと敢助に申し訳ないと思っていた。
そんな部室に漂う重い空気を払拭しようとしたのは、青樺先輩だった。先輩は、『敢助がいたときはいたとき。今は今。そう切り替えるために、部室の模様替えをしないか?』と言った。俺らはそれに賛同した。このとき、本棚にあった古い都市伝説の本は、古本屋に売却した。棚の上にあった謎のブレスレットや指輪といったオカルトグッズは廃棄した。こうして今のような殺風景な部室ができあがった。気持ちの落ち着かせ方が雑に見えるかもしれないが、俺は良かったと思っている。
そして、以降、みんな無意識なのかは知らないが、全然ものを置かなくなったんだ。棚の本は、新入生勧誘用に買ったものだけになった」
川田「そんなことがあったのね。私、考えなしに質問をしてしまったのかもしれない。ごめんなさい……」
純玲「いやいや、別にそんなことないですよ」
川田「そう……、ならよかった」
満留「まぁ、しばらく食事が喉を通らないことが続きましたけどね」
秦海「うんうん。こんな悲しい思いはしたくないよな。だから俺は、絶対にインコを飼わないと誓ったんだ」
川田「えっ⁉ インコの話だったの?」
秦海「逆にインコ以外、何があるんですか? 金魚? メダカ?」
川田「普通に生徒の話かと思ってた」
秦海「生徒が亡くなったんなら、学校の負う責任が大きすぎて、下手すれば学校そのものがなくなってますよ」
川田「たしかに。えっ、ってことは、学校の目の前の病院っていうのは、正門の目の前にある病院じゃなくて、裏門の目の前にある動物病院のこと?」
秦海「そうですよ」
川田は言葉を失った。




