先生を勧誘しよう①
前回のあらすじ
ついに岡田先生が登場した。
変な休日の出来事が目立ってはいるが、平日も変な出来事が起きているとは限らない。
五月中旬。月曜日の朝八時。
真弓と天胡は、通学路を仲良く走っていた。向かう先は、県立定寺成高校。全日制の高校だ。かつて柏青樺も通ったこの高校は、もはや柏姉妹の聖地と言っても過言。
二人は遅刻寸前で門を通過する。
◇
真弓が二年四組の教室に入ると、隣の席の雅野純玲が気さくに、
純玲「おはよう」
真弓「おはよう純玲」
純玲「ねえねえ。今朝、職員室にいた女性、見た?」
真弓「見てないな。新しい生徒さん?」
純玲「いや、制服じゃなくて清楚な私服だったから、新しい先生だと思う。若そうな人だったよ。モデルのお姉さんみたいな」
真弓「そうなんだぁ。お会いできたら軽く話してみたいね」
その後、チャイムが鳴ると、担任の音村巌が咳き込みながら教室に入って来た。年齢も60をとうに過ぎて61。顔の皺や筋肉力からも体の衰えが目立ち、風貌が妙に痛々しい。無理をせずに休んでほしい、というのがクラスメイトの総意だ。体調が芳しくない中、先生は朝のホームルームを始める。
音村「えぇー、重要な話がある。まず、みんなに言ってなかったことを言うと、俺は去年、肺に腫瘍が見つかった。そして手術を行い、肺全体の3分の1を切除した」
謹厳な話は唐突であった。教室内の少し軽い空気が一気に重くなる。
音村「実は先月、人間ドックを受診した。そうしたら、肺の腫瘍が悪化していることがわかった。だから俺は、来週また手術を行う……」
音村は、話しの途中でもゴホゴホと咳き込み、声も擦れかけていた。
音村「また肺を3分の1ぐらい切除するんだよ。もうどうなっちゃうんだろうな、ってね。俺は心配だよ。去年、肺の3分の3を切除。そしたら今年、3分の2はなくなってしまう。来年には3分の3なくなってるかもなぁ」
……シーン……
突然静まり返る教室内。真弓はテレパシーで皆に問いたかった。
真弓(これ笑っていいやつなの?)
そして音村が、
音村「……えーっ、そんなわけでだな、俺がいない間にこのクラスの担任を務める先生を紹介する」
と言うと、教室の前の扉から、清楚な私服を着ている女性が入って来た。教卓の前に立つと、自己紹介が行われる。
川田「初めまして。今日からこのクラスの副担任、そして音村先生が入院中の担任を務めます、川田実那子です。皆さんは高校二年生ということで、入学したての高揚感も、受験が近づく危機感も感じていないと思います。だからこそ、皆さんにはこの一年で弛むことなく青春を謳歌してほしいんです。
少し私の高校時代の話をします。私はろくに友達を作らず、大学受験に向けた勉強ばかりしていました。すると、入試三日前に高熱を出して試験を受けられず、浪人しました。私の三年間は何だったんでしょうか? 今からでも返してほしいです。ずっと後悔しています。その後悔を引きずったまま教師生活14年が経ちました。年齢は現在37です。アラフォーですよ、アラフォー!
皆さんには、こんな失敗をして、カビの生えた壁のようなどうしようもない人生を送ってほしくない。これからどう過ごして後悔するかは皆さん次第ですが、高校二年生ならまだ取り返しが利きます。やりたいことは何でもやりましょう!
私の担当教科は英語です。英語検定やTOEICを受けたいのなら、私が徹底サポートします。もしアルバイトをしたいのなら、私が相談に付き合います。もしアイドルになりたいのなら、私もオーディションを受けます」
そしてホームルームが終わり、一時限目の授業準備をする一同。
純玲「ねぇ、真弓。今朝職員室にいた女性、川田先生だよ」
真弓「そうなの? 失礼だけど、お姉さん感が全然ない」
純玲「今朝見たときさ、実は先生サングラスしてたんだよね」
真弓「あー、それで目元の小皺を隠せるから勘違いしたっていうこと?」
純玲「多分そうなんだけど、言い方が失礼だよ」
真弓「ごめんごめん」
この日の授業は、何の変哲もない授業であった。この日の英語の授業は川田先生が教えたが、授業中は問題演習ばかりで、冗談の一つも言わなかった。
放課後。真弓と純玲が仲良く話しているところに、川田先生が割って入る。
川田「雅野さん。あなた、都市伝説研究同好会に所属していますよね?」
純玲「はい。そうですが」
川田「私、まだ部活動の顧問をどれにするか決めていないの。音村先生がそこの顧問なので、私もそこにしようかと思っているんだけど、よかったら見学させてくれないかしら?」
純玲「えぇ、いいですよ」
川田「よろしくお願いね」
純玲「真弓も見学していく?」
真弓「私はいいよ。迷惑をかけたくないし」
川田「柏さんの妹さんも都市好所属でしたっけ?」
真弓「そうですけど、都市好って呼ぶんですか? 私は『都市研』って呼んでますけど」
純玲「私は『都会』って呼んでます」
川田「田舎の高校の癖に⁉」
真弓「関係なくないですか? それ」
純玲「まぁ、略し方は何でもいいです。あと都会……、都市研でいいか。都市研は、真弓の姉の青樺さんも所属していたところです」
川田「そうなのね。お姉さんと一緒の同好会にはしなかったの?」
真弓「学校に来てまで姉の世話をしたくないんですよ」
川田「そう……、かなり大変そうね」
こうして川田先生は、純玲と共に都市伝説研究同好会の部室に向かった。
◇
校舎三階端。通常教室の半分の広さしかない部室。川田先生を連れた純玲はが扉を開けると、そこでは三年生の香車カノンが、座ってオカルト雑誌を読んでいた。皆は互いに会釈をする。
純玲「カノン先輩、早いですね。秀才なんですか?」
カノ「そんなことないよ……。あの、後ろの方は?」
純玲「この人は、うちの顧問になってもおかしくない川田先生です。今日からうちのクラスの副担任として居座っているんですよ」
川田「もっといい言い方あるでしょ」
カノ「そうなんですね……。よろしくお願いします」
と根暗に言うと、彼女はまた静かに本を読んだ。直後、一年生の柏天胡が入室して、純玲が他己紹介を済ませる。
天胡「よろしくお願いします」
川田「えぇ、よろしくね」
と言うと、天胡は椅子に座り、世界史の単語帳を読んだ。直後、二年生の祠満留が入室したが、彼の頬は腫れていた。
天胡「先輩、どうしたんですか? 殴られたんですか?」
満留「違う。この前、手術したんだよ」
天胡「どんだけ大きい喧嘩したんですか?」
満留「だから殴られたわけじゃねえよっ!」
純玲「どうせ、親知らず抜いたとかでしょ?」
満留「違うよ。その四個手前の歯を抜いたのっ!」
天胡「あー。やっぱり、親知らずを綺麗に生やしたいんですか?」
満留「生やしてどうすんだよっ!」
純玲「生やした方が抜きやすいじゃん」
満留「そうかもしれないけど、そもそも親知らずって綺麗に生えるの?」
純玲「温度と空気と水がいるんじゃない?」
満留「植物の発芽みてぇな条件だなっ!」
天胡「愛情があれば歯は生えそうですけどね」
満留「そんなものに愛情を込めたくないわっ!」
川田「私だったら込めるよ」
満留「知らないっすよ。もっと他に愛情込めるべきものあるでしょ。この学校の生徒とかさぁ」
川田「それが込められるほどこの学校に思い入れないし、今後も込めるつもりはないよ」
純玲「自己紹介のときから思っていましたけど、先生かなり人格こじらせてますよね」
川田「全て高校時代が悪い」
純玲「どんな高校だったんですか?」
川田「何と、驚愕の女子高だっ!」
満留「別学なのか」
純玲「でも先生。高校生活が失敗するかなんて、その人次第なんです。共学だったら、なんていうタラレバは関係ないですよ」
川田「お願いだから私の心を抉らないで」
天胡「でも事実は受け止めた方がいいと思いますよ」
満留「そうですよ。先生の感覚はズレてます。まるで僕の歯並びのように」
純玲「その歯並びを揃えるために?」
満留「歯を抜いて来たんです」
天胡「感動」
天胡は、心底つまらなそうに言ったが、純玲と満留は、楽しそうにハイタッチをした。
純玲「何してんだろ、私」
満留「我に返るなよ。せっかく逸れた話が戻ったんだからさ」
すると、一連の様子をずっと聞いていたカノンが、「うるさい」と言ってきそうになったことで、皆は口を噤んだ。
カノンの静かなる圧に駆られた都市研一同は、横並びに座ると、その対面に椅子を一個置き、川田先生を座らせた。
川田「何これ? 圧迫面接? それとも記者会見?」
満留「違います。説明会です」
川田「そんなにかしこまらなくても」
純玲「それで、説明会って誰が指揮を執るの? カノン先輩?」
カノ「私は遠慮する……」
純玲「じゃあ天胡ちゃん?」
天胡「私、新入生ですよ」
純玲「じゃあ私がやっていい?」
天胡「いいと思います」
カノ「受諾」
純玲「それじゃあ始めるとしますか」
満留(あれ? 僕はスルー?)
こうして説明会は開始された。都市研には、三年生で会長の桂馬秦海が所属しているが、彼の存在は無視された。




