ついに登場!岡田先生②
いざ、鳥越銀行へ。
三浦「おいっ! 金を出せっ!」
と高らかに声を上げると、三浦は正面にいた女性職員に包丁を、橋本は周りの客にエアガンを見せつけて牽制した。当然、銀行内は客や職員の悲鳴が轟き、窓口にいる者全員が人質となった。
アルバイト用の銀行口座を開設するためにたまたま来店していた真弓と天胡も、椅子に腰かけて、事が過ぎるのを待つしかなかった。
二人は強盗に聞こえないほど小さな声で、
天胡「あいつら撃っていい?」
真弓「もし本当に職員やお客さんを殺しそうになったら撃ちな。無暗に撃ったら、腹いせで無差別に殺してくるかもしれないし」
天胡「例え客が皆殺しにされるようなことがあっても、まゆ姉だけは守るよ」
真弓「私守れるんだったら他の客も守りなよ」
天胡「あと殺すことはやめた方がいい?」
真弓「やめた方がいい。申し訳ないけど、ここは職員さんに任せるのが吉だよ。多分、強盗に対するマニュアルはあるだろうからね」
天胡「わかったよ。まったく、銀行も金を奪われるならともかく、業務を停滞されるなんて、たまったもんじゃないよな」
真弓「どっちもたまったもんじゃないだろ、なんて指摘は野暮だろうからしないけど、早くあの強盗は捕まってほしいね」
天胡「本当だよね。見てよ、あっちのATMコーナー。多分、こっちの惨状に気付いていないよ」
二人は窓口の隅の椅子に座っていたため、透明なドアを挟んだ向こう、ATMコーナーの会話が微かに聞こえた。そこでは、若い女性職員が、電話をしながらATMを操作する高齢男性と問答を繰り広げている。
◇
職員「お客様。ATMのシステム上、通話しながらのお振込みはできません」
男性「うーん…………」
職員「お客様っ!」
男性「んっ⁉ あぁ、ワシですか?」
職員「いいえ、サギです。お客様、危うく犯罪者のカモにされるところでしたよ」
男性「何とっ⁉」
男性は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
◇
天胡「向こうは向こうで大変なことになってない?」
真弓「まぁ、職員さんが優秀そうだから助かるでしょ」
一方、屈託のない二人とは反対に、強盗犯の三浦と橋本は、今も金をせびり続けていた。しかし一向に用意される気配はなかった。
天胡「強盗の仕方を間違えているよね」
真弓「強盗に正しいも何もないでしょ」
天胡「いや、包丁で脅しにかかるのは王道だし効果的だとは思うよ。でも、パン切り包丁使う人は初めて見たよ」
真弓「たしかに初めてね。刺そうと思っても、上手く刺せなそう」
天胡「合羽橋でもいいから、ちゃんとした包丁買えばよかったのに」
真弓「それは、ちゃんとしすぎ。脅しに使うなら百円ショップでもいいと思うよ」
そして、このままでは埒が明かない、と、三浦はパン切り包丁の先端を職員の眼前三十センチまで近づけた。女性職員の体も、ピクッ、と動揺のサインを見せた。脅しの効果は高まった。しかし今度は、三浦の腕がピクピクと震えていた。
天胡「あの人、フェンシング向いてないね」
真弓「フェンシングを楽しめる人は、強盗に楽しみを見出さないよ。そんなこと言っている暇はない。まずいよ。あの人たち、本当に刺しちゃうかも」
天胡「じゃあ撃っていい?」
と言った途端、二人に目の前に、眼鏡をかけた長髪の胡散臭いおじさんが現れた。
岡田「君たちが巻き込まれる必要はない」
真弓「あの、すみませんが、あなた誰です?」
岡田「奴らの血を被るのは僕だけでいい」
真弓「誰ですか? 素性がわからないのに、話し進めないで……」
岡田「絶対に僕が止めるからな」
真弓「だから誰ですか? あなた」
岡田「おっと、僕について知りたいのか。なら最初から言ってくれればいいのに」
真弓「言ってんだよっ!」
岡田「僕の名前は、岡田泉成! ご存知の通り、みんなからは岡田先生と呼ばれている!」
真弓「知らねえよっ!」
天胡「ひょっとして、あれですか?」
岡田「それだよ」
真弓「どれだよ」
天胡「柏青樺が高校二年生だったときの担任ですか?」
岡田「それだよ。青樺さんとは一年しか一緒じゃなかったが、強く印象に残っているよ。なんせ、喧嘩にはめっぽう強かったからね。ちなみに君たち妹の話も聞いたことがあるよ。ハッハッ」
天胡「楽しそうに話していますけど、もう少し人質らしい態度とった方がいいですよ」
真弓「人質らしい態度って何?」
岡田「僕、そんな態度とりたくないよ。もっとみんなに敬われたいよ。そもそも、強盗が入って来て、『金を出せっ!』と言ったことに最初に気付いたのは僕なんだよ」
真弓「みんな気付いてるよっ!」
岡田「気付いてからは、奴らの逆鱗に触れないよう離れて見守っていたんだが——」
真弓「何もしてないじゃんっ!」
岡田「——ふと思ったんだよ。惨状っぽい中を丸く収めたら、僕はヒーローになれる、と」
真弓「ならなくていいです。職員さんと警察がやってくれるので」
そんな姉妹と岡田の談笑があまりにもうるさかったのか、強盗犯二人は、岡田にヒーローになるチャンスを与えるかのようにやって来た。
三浦「ゴチャゴチャうるせえんだよっ!」
岡田「誰がうるさいって?」
三浦「後ろの女だよっ!」
岡田「よくそんな騒ぎを起こしていながら、他人にうるさいなんて言えるな」
と言って、岡田は後ろを振り返り、強盗犯二人と目を合わせた。瞬間、強盗犯二人はその場で立ち尽くし、持っている武器を落とした。
三浦「そ……そんな」
橋本「あなたは……、岡田先生」
岡田は、呆然とする二人のニット帽を容赦なく剥ぎ取ると、それを床に叩きつけた。露わになった素顔には、涙が溢れていた。
岡田「やっぱり。三浦と橋本だな」
三浦「…………はっ、はい」
橋本「何で……ここに?」
岡田「お前らこそ何でここにいるんだっ?」
窓口に怒号が飛び交う。
三浦「何でって……、金に困っていて」
橋本「それで、強盗をするために……」
岡田「ふざけるなっ! お前らのせいで銀行業務は滞り、客は迷惑を被っている。僕がまだ教師だったとき、お前らは僕に何を教わったんだっ!」
三浦「何も教わってねえよ」
橋本「そもそも学年違うし、喋ったこともないし」
岡田「ならここで教育してやる。二人とも、よく見ておけ」
と言って岡田は、先ほど二人に脅されていた女性職員に近づいた。
岡田「おいっ! 金を出せっ!」
真弓「何してんの?」
岡田は職員の胸ぐらを掴んだ。しかし職員も岡田の胸ぐらを掴んだ。そして頭突きをして岡田の手を振り払った。
岡田「このお姉さん、強い……」
そして三浦、橋本の元へ戻ると、
岡田「な、強盗っていうのは、これほどみっともないものなんだよ」
三浦「……はいっ!」
橋本「先生すごいっす。本当にみっともないっす」
岡田「それがわかったなら強盗なんてするんじゃねえ」
三浦「でも俺たち、ド貧乏生活が続いて、もう耐えられません」
橋本「それに、ここまで業務を滞らせたら、もう立派な犯罪者ですよ」
岡田「そんなことはない。僕だって二年前、出来の悪い生徒に体罰を振るいそうになっているところを盗撮してから教師をやめさせられた。一度人生に絶望したが、今はピン芸人とホストの二足の草鞋で生活している。な、悲観的になる必要なんかないんだ。僕を見習え」
三浦「無理っすよ」
橋本「何の参考にもなりません」
二人は激しく泣いた。これは感動の涙ではない。憐れみの涙だ。
真弓「これ、どういう気持ちで見ればいいの?」
天胡「知らん。むしろ私が訊きたいよ」
そして岡田の話は、なおも続いた。
岡田「金に困ったとき絶対にやってはいけないことは、①盗む ②借りる ③偽造する、の三つだ。お前らは既に一つ目をやってしまいそうになった。あとの二つは、絶対にやってしまいそうになるんじゃねえぞ。心に誓え」
三浦と橋本は、精一杯誓い、心を改めた。
すると、ATMコーナーで一悶着あった高齢男性が、二人の元にやって来て、
男性「あんたら、これを受け取りなさい」
三浦「はっ⁉」
三浦は男性から、一万円札百枚の束が入った封筒を受け取った。直後、女性職員が男性に声をかけた。
職員「お客様。それはご自分のお金ですよ」
男性「わかっておる。わしは危うく鴨になってしまうところじゃった」
職員「なりませんよ。あなた哺乳類でしょ」
男性「本来なら、このお金は失われるはずだった。しかし、ここに残ってしまったから、何か心配になってしまってな。バチが当たるんじゃないかって」
橋本「当たらないと思いますけど……」
男性「そこでだ。あんたらが金に困っているなら、あげるべきだよな、と考えたんだ」
三浦「いやいやいや、考え直した方がいいですよ」
男性「いいんだよ。このお金が、どこかの顔も知らぬ犯罪者に渡るくらいなら、君たちのような顔を知っている犯罪者にあげたい」
三浦「…………」
橋本「……おじいさん。ありがとうございます……」
二人は激しく泣いた。これは憐みの涙ではない。感動の涙だ。
そして二人が膝から崩れ落ちると、窓口にいた者は、男性を称えて拍手をした。真弓も、周りのノリに合わせてしまった。
拍手が止んだそのとき、銀行の外にパトカーが到着した。サイレンの鳴り響く方向を見つめる三浦と橋本。
三浦「乗ろう。一緒に」
橋本「あぁ」
二人は両手を挙げて、店の外に出た。警察官に連行される直前、店を振り返り、男性に向けて一言。
三浦「このお金は、いつかパチンコで二倍にして返します」
橋本「絶対に叶えてみせます」
二人はどこか涼しそうだった。




