ついに登場!岡田先生①
前回のあらすじ
SLが長瀞駅で運転見合わせとなった。
三浦風之助。二十歳。高校卒業後、フリーターとしてバイトを掛け持ちする彼は、未来に懸ける望みもなく、日々をダラダラと過ごしていた。趣味はパチンコ、麻雀。夜、酒を飲んだ後、雀荘で深夜の時間を貪り、早朝のバイトをこなす。そんな生活も近頃は多くなった。
三浦が住んでいるのは、築三十年の木造アパート。風呂なしで、家賃は月三万円。
彼は高校の同級生で地元の私立大学に通う橋本雷衛門と一緒に暮らしている。
夜七時。部屋で三浦が焼酎の瓶を片手にタバコをふかしていると、橋本がコンビニの袋を持って帰宅した。その中には、値段150円の小盛りカップラーメンが1個、そして割り箸が2膳入っていた。
「おかえり。今日は早いな」
「帰りにまた玉打ってきたんだ。そしたら負けた。今日はこれしか買えなかった。一緒に食べようよ」
「それならいらねえ。俺はタバコで空腹を凌ぐ。せっかくのカップラーメン、ましてや自分の金なんだから、食べなきゃ勿体ねえ。こんなクズに構わなくていいぞ」
「そうか。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。三浦も一日に一回はまともなもの食べなよ」
「そうだなぁ。バイトのまかないだけじゃ、まともに食べた気がしないしなぁ。難しいなぁ」
「僕も食堂の一番安いかけそばしか食べていないけど、夕方四時ぐらいになるとやっぱりお腹空くね」
ここで一度、三浦はタバコの煙と共に大きなため息をつく。
「やっぱりパチンコをやめるべきなんだろうな。わかっちゃいるけど、どうにもやめられねえ」
「僕も同じだよ。早くお金を貯めて、貧乏生活を脱却したい」
「まったくさぁ、いつまでこんな生活が続くんだろうな」
二人とも、堕落してなお終着点が見えないことは自覚していた。しかしながら、お互いに、「こいつより自分は大丈夫だ」という自負を持っているからこそ、自分の行いを改めることはできず、悪化の一途を辿っていた。
金に余裕がなくなる。そうすると、次第に心の余裕もなくなる。そして今日、金と共に容積を減らす二人の心は、欲望に塗れる邪な矢で不意に射抜かれた。
先に話したのは橋本だった。
「もう金もない。給料日まで食料のストックもない。なら、このまま飢え死にするか?」
三浦は言葉に詰まった。その間を繋ぐように橋本は続ける。
「僕は……、もう大学に興味がなくなった。こんな人生、カビの生えた壁みたいなものだよ。どうしようもない」
「……だったら何だ? 今すぐ死ぬのか? どうせ死ぬ勇気もないくせに」
「当たり前だっ! 僕だって……生きたいよ。そこそこの金があって、ちゃんとした趣味としてパチンコを楽しみたいよ。今みたいな生活の一部じゃなくて」
「じゃあ何だ。金でも盗むつもりか?」
「……あぁ。一瞬そう思ってしまった」
と橋本が言うと三浦は、チッ、と舌打ちをして、
「そんな勇気、あるのかよ?」
「逆に訊くが、三浦はどうすればこの生活をやめられると思う?」
「……知るかよ。どうせ俺に未来なんてないんだ。明日の飯は明日探す。で、もう一回言うが、お前に金を盗む勇気はあるのかよ?」
「…………」
「あんのかよっ?」
「あるよっ!」
橋本の一声で三浦は呆気にとられ、部屋は静寂に包まれる。直後、室内を飛び回る蛾の羽の音だけが微かに聞こえた。そして三浦は焼酎の瓶を冷蔵庫にしまうと、橋本に対して自身の気持ちを吐露する。
「正直に言う。金を盗んででも今の生活を抜け出したいのは、俺も同じだ。だが、お前を巻き込むことはできない。お前は大学に通って卒業し、立派に就職しろ。お前がどう思っているかは知らねえが、その末までを見届けるのが俺の役割だと思っている。泥を被るのはお前じゃない。俺だけだ」
「……実は、言いにくいことなんだけど」
「何だ? 言ってみろ」
「僕、大学をやめたんだ」
「はっ⁉ おい、やめたって本当かよ?」
三浦は焦りを露わにした。
「本当だよ。もう退学届けも出した。親からの仕送りも終わった」
「何でそんなことを……」
「だからさっ! 三浦、一緒に人生をやり直さないか? 一緒に社会の底深くから這い上がってみないか?」
「橋本……」
「どうせ生きる希望もない僕たちだ。じっとしていちゃあ人生は変わらない。ほんの一瞬でいい。僕たちは、大金を得て夢を見るべきなんだ」
三浦は苦悩の末、
「いいだろう。乗ってやるよ」
「……三浦、ありがとう」
橋本の口には自然と笑みがこぼれた。
次に二人は強盗の計画を立てることとなった。机の上には、コピー用紙一枚とインクの薄いボールペンが二本置かれた。
議事の進行は三浦を中心に行われる。
「まず、どこに押し入るかだ。これに関しては、とりあえず金目のものがあるところは確定だ」
「だろうね。僕らの部屋みたいなところに押し入っても金目のものなんてないだろうしね」
「そうだ。では次にいくが、大きい建物と小さい建物なら、どっちがいいと思う?」
「僕は大きい建物がいいと思う。小さい建物だと、狭くて出入りがしづらいと思うんだ。捕まる覚悟ではあるけど、どうせだったら逃げ切れる見込みがある方が良くない?」
「あー、たしかに大きい方が出入りはしやすいな。あんまり考えていなかった。でもマンションはオートロックシステムのところが多いだろうから、やめておいた方がいいよな」
「そうだね。まとめると、金目のものがありそうで、そこそこ大きくて、出入りがしやすい建物か」
「丘の上に一軒すごい豪邸があるけど、そこはどうだ?」
「あの家、塀が高いから乗り越えるのがまず難しいよ。それに、坂を上る段階で体力も消耗すると思うし、やめるべきだろう。もっと平地から探そう」
このあと二時間、二人は強盗先とその作戦を考えた。実行日は明日。格好は黒いパーカーを着てフードを被り、顔は黒いニット帽で覆うことにした。目の位置には僅かに切れ込みを入れて視界も確保した。また脅し用の武器として、キッチンの包丁を二丁とエアガンを一丁持っていくことにした。
そして、自分たちの惨めな人生に一度けじめをつけ、互いに杯を交わした。
◇
翌日。二人は実を結ぶべく駆け出した。いざ、鳥越銀行へ。




