SLで事件は起きた①
【前回のあらすじ】
衣笠家新当主決定
五月上旬。
この時期は柏姉妹三人の誕生日が立て続くのである。
柏家にて。天胡は真弓に勝負を挑む。
天胡「さぁ、始めよう!」
真弓「いいわよ」
天胡「それじゃあいくよ! じゃんけんポンッ!」
天胡は、グーを出した。真弓は、チョキを出した。
天胡「あっち向いてホイッ!」
天胡は、指を下に倒した。真弓は、顔を上に向けた。
天胡「もう一回。じゃんけんポンッ!」
天胡は、パーを出した。真弓は、チョキを出した。
真弓「あっち向いてホイッ!」
真弓は、指を右に倒した。天胡は、顔を下に向けた。
天胡「もう一回」
真弓「いや、テンポ悪っ! 何これ? 全然楽しくないんだけど」
天胡「そうかぁ。じゃあもう今後金輪際、あっち向いてホイをすることはないんでしょうね」
真弓「別にやりたきゃやろうよ。法律で認められていないわけじゃないし」
そして玄関から青樺が来る。
青樺「どうだ。誕生日祝いのあっち向いてホイは終わったか?」
真弓「誕生日祝いじゃないよっ! ただの暇つぶしだよっ!」
天胡「まゆ姉にとっては、誕生日祝いも暇つぶしでしかないの?」
真弓「あれを本気で祝っているつもりなら凄いと思うよ」
青樺「ま、天胡の安っぽい誕生日祝いは重箱の二段目の隅にでも置いておくとしてだな。なんと、わたしたちの誕生日祝いに柏竜治から封筒が届きました」
天胡「帰ってくればいいのに。帰るつもりはないのね」
青樺「ちなみにこの封筒は、ニュージーランドから航空便で大阪に届けられた後、新潟を経て我が家に来ている」
真弓「回りくどすぎるだろっ!」
天胡「よっぽど今の職場を探られたくないんでしょうね」
青樺「ということで、今から柏竜治こと親父の封筒を開けるぞ」
真弓「逆だろ。柏竜治は肩書じゃねえぞ」
そして封筒の中には、一枚の手紙と小さな封筒が入っていた。
青樺「それじゃあ…………手紙を読むぞ」
真弓「緊張するほどのことでもないでしょ」
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娘たちへ
ご無沙汰しています。お元気でしょうか? 父の竜治です。
もう一年も顔を見ていないんですね。寂しくなります。本当は会いたいです。とっても大切な家族だから。
でも会えません。理由は、今の俺の仕事が、かつて雀天堂病院に勤めていたときよりも遥かに過酷な労働を強いられている、かつ高い秘匿性が求められているからです。
五月一日、青樺の誕生日ですね。二日は真弓の誕生日。三日は天胡の誕生日。本当におめでとう。心の底から祝っていると思ってください。三人の誕生日が連続しているから、誕生日祝いを一回で済ませがちになっています。今年もそうなってしまいそうです。ごめんなさい。今年の誕生日プレゼントは、『姉妹三人SLの旅』です。ぜひ楽しんでください。
話は変わりますが、父と娘三人の仲はどのようにすれば良くなると思いますか? これを書いている今もずっと模索しています。これを読んでいる三人も何か思いついたことがあれば、下の余白に書いて送ってくれると助かります。
それじゃあ、グッドラック!
君たちが最も憎んでいそうな男より
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青樺「ここまで自分を客観的に見られるなんて、さすが親父だ」
真弓「それよりも下の余白ってどこのことよ?」
天胡「行間のことじゃない?」
真弓「狭すぎるだろっ!」
青樺「とりあえず、この手紙はもう捨てるぞ」
と言って青樺は、手紙を折って紙飛行機を作り、窓の外に飛ばした。天胡は、指から発された光線でそれを焼き尽くした。
真弓「何やってんの?」
天胡「大気圏突入ごっこ」
真弓「やめなさい。他の家屋に燃え移ったらどうするの?」
天胡「懸念点そこ? 紙飛行機飛ばすことじゃないの?」
青樺「いずれにしても心配ないよ。紙飛行機なんてどうせすぐに、水と二酸化炭素になるんだから」
真弓「だと良いけどね……」
真弓の嫌な予感は半ば的中していた。実はこのとき、燃える紙飛行機が空中で鳩と衝突し、鳩の丸焼きができていたのだが、三人はそんなことを知る由もなかった。
◇
次の土曜日、午前十時。柏姉妹は熊谷駅にいた。
真弓と天胡は、停車しているSLアキトエクスプレスの漆黒のボディと山積みの石炭を見て興奮している。一方で青樺は、真弓の肩を借りてふらつきながら歩いている。
真弓「昨日の夜、何してたんだよ」
青樺「あのねー、今日が楽しみで全然眠れなかったの。だから眠れるまでスマホをいじってたんだよ」
真弓「余計眠れないだろっ! 脳が興奮しちゃうじゃん。目も疲れるし」
青樺「それで大学の友達に相談したわけよ、どうすれば眠れるかを。そうしたら、『小説でも読めば、脳が落ち着いて眠れるんじゃない?』って言われて、わたしは電子書籍を読んだの」
真弓「もっと目に優しくしろよっ! それで眠れるなら別にいいんだろうけど……」
青樺「そのときに読んだのが『かしわ姉妹は奇想天外』っていうやつなの。あれみんな読んだ方がいいよ。いい安眠剤になる」
真弓「それ褒めてるの?」
天胡「褒めてるんでしょ、きっと」
青樺「まぁ無事というか、ようやく眠気は出てきたんだけど、時刻は朝の四時。ろくに眠れなかったの。どうしよー、助けて真弓ィー」
青樺は泣き出した。
天胡「こりゃあ青樺姉、当分不機嫌だなぁ」
真弓「はぁっ……。やめてほしいよ。姉さんに振り回されるのは嫌なんだ」
青樺「もうSLで寝る。景色なんか見ねえ。睡眠を優先する」
天胡「いいの? せっかく父さんから貰ったプレゼントなのに」
青樺「いいよ、別に」
実は、大学は生物学科の青樺。
青樺「生命現象を学んでいるわたしは、生命現象を蔑ろになんかしねーんだよ。わかってんのか、妹どもっ!」
天胡「わかってはいるよ」
青樺「それならよろしい。とりあえず、今から埼玉県のお◯ぱいに向かうわけだが」
真弓「普通に秩父(乳部)って言えよっ!」
青樺「このSLは、一般車両の二倍近い時間をかけてゆっくり走行する。つまり、眠れる時間も一般車両に乗るときのそれと比べて圧倒的に多くなる。な、すごいだろ?」
天胡「すごい。公共の場で堂々と下ネタを言える胆力が凄い」
青樺「そんなに褒めるなっ!」
真弓「褒めてねえだろっ! もう一秒でも早く姉さんを寝かしたい」
青樺「言っておくけど、わたし以外にも不機嫌な奴いっぱいいるぞ」
その言い分通り、駅のホームでは、立花瑞稀が教え子の布河泳介に説教垂れていた。
瑞稀「埼玉の海で十時間も泳げないとは何事だっ!」
泳介「泳げねーよっ! 埼玉に海ねーもん」
瑞稀「言い訳なんか聞きたくない。どこの海だろうと十時間も泳げないくせにっ……、それでも水泳選手かっ!」
泳介「泳げるわけねーよっ! だって俺、飛び込みの選手だぞっ!」
瑞稀「関係ねえよっ!」
その傍ら、
天胡「こう言われたとき、青樺姉ならどうする?」
青樺「埼玉と千葉の県境を爆破する」
真弓「どれだけ被害が及ぶと思っているのよ」
科学者の野田曰く、
野田「埼玉に海を通すには、松戸の東側を中心に消し去るのが一番いいぞ」
しかし、助手の館山は反論する。
館山「それだと市川と柏も吹き飛びます」
青樺「それは許せねえよ」
真弓「ちょっと、姉さん。面倒ごとに突っ込まないで」
という声と同時に、キャップを被った撮り鉄の男、魔朱麻呂が、
魔朱「お前がそこを動くとSLしか写らねえんだよ。どくんじゃねえっ!」
と暴言を吐いた。それに対し青樺は、キリッとした眼差しで、
青樺「お前今なんて言った?」
魔朱「お前がそこを動くとSLしか写らねえんだよ。どくんじゃねえっ! と言いました」
真弓「本当に言ったことそのまんまだ」
天胡「ビーム撃っていいかな?」
真弓「ダメ」
そして魔朱麻呂と青樺の喧嘩はなおも続いた。
青樺「わたしがどくことの何がダメなんだ、この野郎ーっ!」
魔朱「SLしか写ってねえ写真を撮ったら、世の中の人間は、SLの所有者を俺だと勘違いするだろっ!」
青樺「しねえよっ! 別に取りたい写真撮れよっ!」
魔朱「俺は人が写っている写真が撮りてーんだよっ!」
青樺「じゃあみんなで写真撮るぞっ!」
というと、駅のホームにいる青樺、真弓、天胡、立花瑞稀、野田先生、館山助手、矢原佳衣は、SLの前に集まった。魔朱麻呂はスマホのシャッターをパシャリッ。
真弓(何で他人と写真を撮るのよ)
そして青樺は魔朱麻呂の元に駆け寄り、
青樺「いい写真は撮れたか?」
魔朱「もちろんだぜ」
と言って、見せたスマホの画面には、魔朱麻呂の顔しか写っていなかった。
一方、自棄になっている布河泳介は、なおも感情が抑えられず、ついには、
泳介「ふざけんじゃねえっ! 死んでやるーっ! 今すぐしんでやるーっ!」
と言って、ホームのSLと反対側、一般車両が停車している線路に降りた。
泳介「さぁっ、殺せっ! 俺を轢き殺せェーッ!」
そして車両のドアが全て閉まると、車両は泳介とは反対方向に走行して行った。
泳介「…………」
汽車の汽笛が鳴り響く。
天胡「もう発車時刻か」
真弓「そうね。早く乗りましょう」
青樺「とにかく寝たいよォー」
SLアキトエクスプレスは、無事発車となった。




