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衣笠家当主争い③

 下余「一回、部外者の意見を聞きましょう。柏さん、何かありますか?」


 尋ねられると真っ先に青樺が、


 青樺「叶えたい夢すらないまま生きるくらいなら、叶えられていない夢だけでも持って生きる方がいいだろ」


 真弓「珍しくいいこと言うわね」


 天胡「私もそう思う。ふざけているけど、南蔵さんには目標があるし、ちゃんとしていると思いますよ。ふざけているけど」


 東蔵「そんな……、マジで⁉」


 東蔵は南蔵の胸ぐらを掴むのをやめて。俯きながら今後の人生の展望を考えた。だが込み上げてくるのは、家族に対する苛立ちだった。


 東蔵「何でみんな、わたくしに期待するんだ。どう考えても当主向きじゃねえだろ」


 南蔵「あのなぁ、お前はもう犯罪者なんだぞ。不法侵入のプロになってしまったんだぞ。そんなお前が許されるには、当主になる以外ないんだ」


 東蔵「意味わかんねえよ。よく柏さんの前でそんなことが言えるな」


 真弓「私も南蔵さんの理屈はよくわからない」


 青樺「わたしもわからねえが、当主になれば許してやってもいいとは思っているぞ」


 天胡「優しすぎるんじゃない?」


 真弓「ホント。これは許しちゃダメだよ」


 青樺「いいか、よく考えろ。犯罪っているのはな、滅多に被害者になれるもんじゃないんだ。だから東蔵(こいつ)の場合、我が家に侵入していただいた、と捉えるんだ」


 天胡「すごい。新視点だ」


 東蔵「そうだぞ。せっかく侵入してやったんだから感謝しろよ」


 青樺「はっ⁉ 調子乗ってんじゃねえよっ!」


 東蔵「ひどっ」


 南蔵「犯罪者のくせに生意気な」


 真弓「というか、今回は不法侵入だけだったからまだ直接的な被害はほぼなかったけど、仮に別の犯罪をされたとしても同じことが言えるの?」


 青樺「言える。仮にわたしが殺されたとしても、一回目は許す」


 真弓「一回目しかねえよっ!」


 そして青樺が南蔵の理屈を全否定しなかったことにより、南蔵はどんどん東蔵に詰め寄っていく。


 南蔵「こんな泥船を引き継げるのは、明日生きる希望すらないあんたしかいないんだ。いつまでも無職でいるんじゃねえ。家のことを考えて、当主を継いでくれ。お願いします」


 北蔵「どんどん弱気になっていくし……」


 南蔵「北蔵からも何か言ってやれ」


 北蔵「えっ……、うん。僕からも、東蔵兄さんにお願いしたい。勝手な言い分なのはわかっている。でも僕は、自分の夢を追いかけたいんだ」


 東蔵「じゃあ消防に向けた勉強をしろよっ!」


 北蔵「してるんだよっ! コールセンターのバイトやってるんだよっ!」


 東蔵「それが通信指令練習のつもりかっ! もっと基礎教養や体力づくりに励めっ!」


 北蔵「励んでるよっ! 兄さんが知らないだけだよ。家にいなかったんだし」


 東蔵「クソー……。もういっそのこと捕まえてくれっ! 警察を呼んでくれっ! そして、当主争いから解放してくれっ!」


 南蔵「自首すりゃあいいじゃん」


 東蔵「そんなのダサすぎてできない」


 南蔵「じゃあ無理だ。柏青樺さんが許している以上、警察を呼べないし当主争いから外すわけにもいかない」


 東蔵は悔しさを滲ませ、机を叩いた。


 東蔵「何だよ、この当主がわたくしで確定みたいな空気は?」


 南蔵「少なくとも、俺と北蔵はお前を選んでいる。多数決的にはもう確定だ」


 東蔵「ひどいよ。そもそもわたくしが当主を継いだら、この家は崩壊するぞ」


 南蔵「それもまた運命さ。父が生きていた頃だって家計は火の車同然だったし」


 東蔵「その火消しのために、北蔵は消防を志したのか」


 北蔵「(ちげ)えよっ!」


 南蔵「火消しは多分、東蔵(おまえ)しかできない」


 東蔵「全焼して跡も残らねえよっ!」


 南蔵「いや、あのな、経営に自信がなさそうに言っているけどな、はっきり言って父よりひどい経営は見たことないぞ」


 東蔵「マジで言ってんの? まぁ鐘の件で薄々感じてはいたが」


 南蔵「他にもろくなエピソードないぞ。例えば、海外向け商品の一つに、ワインを基にしたお屠蘇を考えたんだ。でも輸入品会社の社長、キャン・D・ペローに話を持ち掛けたら、舐めた態度をとられて突っぱねられた」


 北蔵「いかにも()()()()()()な名前しているしね」


 南蔵「それで海外進出は保留にして国内に的を絞ろうと考えた。そこで食品会社社長の柿青子(かきあおこ)に話を持ち掛けた。しかし現実は甘くなかった」


 北蔵「いかにも()()()()()()な名前しているしね」


 南蔵「まぁこのように、父は経営が本当に下手だったんだ。別に東蔵(おまえ)が気を追い込む必要なんてない」


 東蔵「なんかそれを聞くと、わたくしはマシなんではと錯覚してしまう」


 南蔵「あぁ、いけると思うぞ。ちなみにお屠蘇(とそ)は、ワインと生薬が合わなくてクソ不味かった」


 青樺「でしょうね」


 天胡「想像に容易い」


 そして東蔵は悩んでいた。ずっと家のしがらみに囚われ続けた結果、生きる目的を失っていた彼。しかし巡ってきた生きる目的は、かつて自分が囚われていたしがらみそのものになりかけている。幾年ぶりに生きる意味を見いだせた喜び。しかしそれは、幾年も過ぎ去ってしまった後悔と表裏一体。


 東蔵「でも、わたくしは……、日本の伝統を変えることなんてできない……」


 南蔵「できるよ。お前なら父さんが夢見た、家から出られない人のために賽銭箱を持って来る出張初詣サービスを流行らせられるよ」


 東蔵「ただの集金人じゃん。そんなの絶対に流行らないよ」


 青樺「わたしもそう思う」


 と言って青樺が、後に続いて天胡、真弓も意見を出した。


 青樺「あのなァ、しょうもない喧嘩に飽きたから言うけど、あんたら伝統をバカにしすぎ」


 天胡「伝統が伝統たる所以をわかっていないよね」


 真弓「それは思う。あなたたちは新しい文化を創ることだけが先にきてしまっている。それが世の中に受け入れられるか、という考えをもたないと。流行らせたいという考えは邪魔です」


 天胡「押し付けられた流行なんて誰も興味ないですよ」


 真弓と天胡の言葉は、東蔵の心に深く刺さった。何よりも父の哲学により築かれた牙城を打ち砕く武器として威力は絶大だった。


 東蔵「そっか。わたくしは何か勘違いをしていたのかもしれない。父の考えを汲むという点で、自分がどれほど独創的なものを作れるかを考えていた。おそらく、それが間違いだったんだ」


 天胡「そもそも父親の遺志を継ぐ必要もないよね。おせちだって王道のおせちでいいし、お屠蘇も普通のお屠蘇でいいと思う」


 青樺「天胡の言う通りだ。父親のやり方があろうと、世は常に変わり続ける。父親のやり方が今も最適とは限らない。東蔵(おまえ)東蔵(おまえ)のやり方を作れ。そして、当主を継いでくれ(この会議にもう飽きた)


 真弓「ルビに本音が漏れてるぞ」


 東蔵「……わかったよ。新しい当主は、このわたくしだ」


 下余「……南蔵、北蔵、異論はあるかしら?」


 南蔵「ない」


 北蔵「僕もないよ」


 下余「……わかりました。それでは、今をもって東蔵を二十七代目当主にします」


 真弓「この家、そんなに歴史あるの?」


 下余「任命式は来週行います。家族全員が揃う予定なので。柏さんたちもよかったら参加しませんか?」


 青樺「しません。もう懲り懲りです」


 真弓「私も遠慮させていただきます」


 天胡「姉に同じく」


 下余「そうですか。それは残念です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。東蔵、何か一言でも二言でもあればいいなさい」


 青樺(早く帰りたいんだけど)


 東蔵「そうだなぁ。まず、不法侵入をしてしまい申し訳ありませんでした」


 東蔵はその場で土下座をした。額を強く畳に擦りつけるように。このとき、過去に自分が作ったささくれが刺さったが、仕方なく我慢した。


 東蔵「こんなどうしようもないわたくしでしたが、三姉妹の皆さんのおかげで無事当主を継ぐ覚悟ができました」


 天胡「よくやったな」


 真弓「何で急に偉そうなの」


 東蔵「そして父のやり方を一部踏襲しつつも、自分なりのやり方を模索していきます。新しい日本の伝統を築いていきます」


 青樺「何かしたいことはあるのか? 他人にも広めたい伝統とか」


 東蔵「あります。衣笠家では、お雑煮に餡子を入れるのが伝統なんです」


 真弓「お汁粉じゃねえかっ!」


 東蔵「わたくしは、このお雑煮が子供の頃から大好きで、いつかは日本中に広めたいと思っています。父のような強要することを前提にした伝統なんて伝統でも何でもないです。わたくしは、皆に選択肢の一つとしてこの餡子入りお雑煮を用意し、時代の変遷とともに支持を得ようと思います」


 真弓「だからそれお汁粉だよ」


 東蔵「本当に、三姉妹の皆さんには感謝しかないです」


 天胡「どういたしまして」


 真弓「だから何で偉そうなのっ」


 東蔵「まさか、自分がここまで変われるとは思いませんでした。柏さんちに行けば助られる、という竜治さんの言葉は正しかったんですね」


 青樺「それだけは絶対にないっ!」


 真弓「とりあえず顔を上げてください。いつまで土下座しているんですか?」


 こうして衣笠家の当主争いは、一人の死者を出すこともなく終わった。


 ◇


 そして一週間後の昼。柏姉妹の住むアパートのインターホンが鳴らされた。

 真弓が玄関の扉を開けるとそこには、金髪で長身の女性が手提げを持って待っていた。


 女「こんにちわー。柏さんですねェ?」


 真弓「……はい。そうですが、何か用ですか?」


 女「先週、というかずっと前からうちの兄が迷惑をかけたと聞きましてェ」


 真弓「うちの兄って……、ひょっとして衣笠家のォ…………西蔵さん?」


 チベ「そうでーす。でも今はカブラギア人と結婚して衣笠の人間ではないでーす。今はチベット・シュルムベルクって言いまァす!」


 真弓「……よろしくお願いします」


 チベ「よろしくゥ!」


 真弓「あの、一つ訊きたいんですけど、カブラギアってどの辺の国なんですか?」


 チベ「西半球の国でーす」


 真弓「だからどこですかっ?」


 チベ「まぁいつか地軸がずれたときにでも教えまァす!」


 真弓「私が生きている間に教えてもらえることはなさそうね」


 チベ「かもしれませんねー。その代わりと言っては何ですが、これをあげまァす」


 と言ってチベットは、手提げを真弓に渡した。


 真弓「代わりになるんですか?」


 チベ「なると思いまァす。これは衣笠家のお詫びの印でェす」


 真弓「今更詫びられてもって感じではありますが、いただいておきます」


 チベ「よかったでェーす。そんじゃあたしは、衣笠家の新当主任命式に行ってきまーす。さよォならァ」


 チベットは衣笠家に帰省した。


 そして柏家の居間では、


 天胡「衣笠家の人たちって変な人が多いね」


 真弓「本当にそう思う。でも国際結婚して海外で暮らしている人が戻ってくるぐらいだから、家族仲は意外と良好なんでしょうね」


 青樺「うちとは大違いだな」


 真弓「うちはただ父と娘の仲が良くなりようがないだけだよ」


 と言いながら真弓は、手提げの中に入っている箱の包み紙を剥がす。


 真弓「あーーー……、これ姉さんいる?」


 青樺「もらっていいならもらいたいぞ。何だ?」


 真弓「プロテイン烏龍茶味」


 青樺「いらねえよっ!」


 天胡「やっぱり変だね、衣笠家」

キャラリスト

【衣笠家】

衣笠 心蔵

…先代当主。東蔵らの父。故人


衣笠 下余

…心蔵の妻



衣笠 東蔵

…衣笠家の長男。現当主


チベット・シュルムベルク

…衣笠家の長女。カブラギア人と結婚。現在は国籍もカブラギア。旧名:衣笠 西蔵


衣笠 南蔵

…衣笠家の次男


衣笠 北蔵

…衣笠家の三男

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