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フードを外した彼女が気の済むまで私を堕としに来た  作者: 進道 拓真


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第三五話 一つの約束


「そうね…どこからお話したものかしら。…けれど、まずか旗倉さんの言っていたことね。言われた通り、私には夫がいる……いえ、()()と言った方が正しいわ」

「…はい」


 菫の過去にまつわる話が始まり、知っていたこととはいえ口ぶりから察するにやはり佳澄の父はとうの昔に亡くなっている。

 それ自体は驚きではない。何度も聞かされ、既知なのだから当たり前だ。


 ゆえに詳しく知りたいのはもっとその先に関連したこととなる。


「あの人は優しい人だった…人当たりも良くて、いつも朗らかに笑っている人でもあったわ。お世辞にも優しいとは言えない私とは大違いなくらいにね」

「………」


 菫の夫に関する話題を出す時の表情は、一見大して変わっていないようにも見えるが…よくよく見ていくとその顔には確かな愛情らしき情感が読み取れる。

 声色が抑揚の少ないものであることは先ほどから変わりなくとも、きっと夫婦仲が円満だったんだろうことは容易に窺える。


 …ゆえにこそ、それが()()()()()()()()()には相応にショックも大きかったはずだ。


「それでもあの人がいて、佳澄が生まれて…幸せだったわ、間違いなく。特にあの人は佳澄のことを可愛がっていたから……けれどね」

「……けれど?」

「…まぁ、今となっては終わった事だから深刻に捉えてもらう必要もないわ。ただ、あの人も生まれ持っていた病に気が付くのが遅れてしまっただけのことだから…」

「…っ。そう、だったんですね………すみません」

「謝る必要は無いと言ったでしょう…いいえ、気にしてないからいいわよ」


 ──佳澄から話は聞いていたし、ある程度飲み込めもしていたので大丈夫だと日依は思っていた。


 しかしそれでも、事前に娘である佳澄より聞き出した情報と具体的な事情を把握している菫とでは伝えられる情報量に差がありすぎる。

 何より、彼女の父親が亡くなられた原因が先天的な病であるという話については流石の日依も動揺を隠しきれなくなってしまった。


 されど菫もその程度の反応が返ってくることは想定済みだったようで、特に気にする必要も無いと言ってくれた。

 その発言を真に受けても良いかどうかの判断は…非常に難しいところではあったが。

 少なくともまだ一介の女子高生に過ぎない日依では、菫の言葉の奥底に隠された真意を探ることなど出来るはずもないので大人しくここは続けて話を聞く姿勢に移る。


「だからあの人が亡くなって、少し忙しなかった時期もあったけれど…それでも私には佳澄がいたから、あの子のためにも情けないところを見せるわけにはいかないの。…ただ、そこで思い至っただけよ」

「…思い至った、とは?」

「………」


 一つ一つ、聞かされる話の密度はあまりにも濃くて……受け止めるにはあまりにも重い。

 それほど佳澄の家が抱えていた事情は入り組んでしまっていて、たった一つの契機を境に生まれた決定的な溝を埋めることさえ出来なくなっていた。


 その事実を証明するかのように、苦々しい顔を浮かべた菫から語られる言葉にはやりきれない思いが込められているように感じられてしまう。

 ……これもまた、同じように。


「…昔から、何となく分かってはいたことよ。あの子は──佳澄は、()()()()()()()()()()()()笑っていたのよ。私が抱えた時は、不思議そうに見つめるだけ……」

「……!」

「別にそれで嫌う事なんて無いわ。どんな子でも可愛い娘だもの。…でも、あの子にとっては…こんな冷たい母親の傍に居ても何一つ面白くなんて無いのでしょう。…当然ね」


 だからそれは、今まで見て来た中で唯一菫がこぼした本心だったのかもしれない。

 幼い頃から育ててきた娘が、今は亡き父親が傍に居た瞬間でのみ笑顔を見せてくれて…母親の菫が近くに居ても笑顔を見せることはなかったと。


 そんなのは考えすぎだ。単なる偶然だ。

 …そう言うのは簡単だ。


 しかし、菫の中では既に過去の確かな事実として人当たりの良い朗らかな父にこそ佳澄はよく懐いていて、不愛想な自身では彼女を笑わせることすら出来ないと…そう断定してしまっている。

 こんなところに赤の他人がいくら口を挟んだところで、きっと届くことはない。


「だから私は、せめてあの子が不自由することの無いように仕事に励んでいるだけ。もう高校生になって親と過ごしたいなんて考えも減ったでしょうし…それで佳澄が幸せなら、私はそうさせてあげたいだけよ」

「……そ、それは…!」

「これで旗倉さんも知りたいことは分かったでしょう。…とにかく、今はあの子を追いかけてあげてちょうだい。それで私も──…」

「──待ってください!!」


 …だが、そうだとしても。

 どんな言葉でも響くことはないと分かり切っているのだとしても、このまま大人しく会話の幕が下ろされていくことを日依は黙って見てなどいられなかった。


 菫が抱えていた想いは理解した。

そこに詰め込まれていた数多の行き違いも、佳澄が抱えていた想いとの些細なすれ違いに関しても。


 そしてそれら全てを理解した上で、日依は()()()()()()()()()()()()()と考えるよりも早く判断を下していた。

 …やはり、二人はもう一度家族として距離を縮め直していくべきだ。


 だって、佳澄と菫はこんなにも──お互いのことを大切に思い合っているのだから。

 小さなキッカケとすれ違いから関係性がねじ曲がってしまっているが、そうであるなら何としてでも自分がそれを元に戻さなければならない。


 それが第三者としてあらゆる経緯を知った自分の役目であり、佳澄のためにもしてあげたいことなんだと日依は無意識に思っていた。

 …ゆえに彼女は、これ以上は話すことも無いと言外に告げてどこかに去ろうとしていた菫の後ろ姿を強制的に声を張り上げて制止させる。


「菫さんは、それで良いんですか…満足しているんですか!? 違いますよね!!」

「……私は、そんなことは──」

「嘘をつかないでください!! …だって、あんなに佳澄さんのことを大切に思っているのなら…今の状況に、納得してるわけないじゃないですか…!」

「だけど、私も今更……」

「佳澄さんは言ってましたよ! …また、お母さんと()()()()()()()()()()()って!! …菫さんは、違うんですか?」

「……!」


 もう、こうなると日依自身でさえ頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 今自分が何を言っているのかさえ把握できず、ほとんど昂った感情のままに言葉を殴りつけているだけかもしれない。


 だがそうだとしても、ここで菫の足を進めさせてはいけないという一種の使命感が彼女を奮い立たせ、最後の一押しとしてかつて佳澄の言っていたことを──母とまたゆっくり喋りたいと、零していた本音を明かしたのだ。


「…だから、お願いします。菫さんもどうか、佳澄さんと一回だけでもちゃんと話をしてあげてください。その時に、さっきの想いも全部伝えてあげてください…!」

「………そんなのは、無理よ。今までもあの子と話そうとはしてきたけど、それとなく避けられてしまうことばかりだったわ。やっぱり佳澄も私と話すのは苦痛に感じて──」

「そんなはずありません!! …それに、直接話すことが難しいのなら…そこはあたしが全て何とかしてみせます。…だから、お願いです」

「……………ふぅ」


 必死に頭を下げ、もはやどちらが何を言っているのかさえ掴めなくなってくる。

 いつの間にか熱い思いのみで行動してしまっていた日依も無茶なことを言っている自覚はあるが、退くつもりもないため佳澄の助けになりたいという一心だけで身体を突き動かす。


 …そうすると、その思いが通じたのか。

 はたまた彼女の諦めない姿勢を見た菫が諦めてくれたのか──いずれにせよ。


 軽い溜め息と共に、繰り出されてきた返事は……彼女が待ち望み続けていたもの。


「…分かったわ。そこまで言うなら、旗倉さんの言う通りにさせてもらいます。でも、具体的にどうするというの?」

「…っ!! あ、ありがとうございます! えと、方法に関してですけど…あたしの方から菫さんに電話を掛けるので、それに出てください。そこで何としてでも佳澄さんを電話に繋げるので…そこで、二人だけでゆっくりお話をしてください」


 執念の粘り勝ちか、どちらにせよ褒められたやり方でなかった事だけは確かだ。

 けれども時にはそういった泥臭い手段こそが最良の結果に繋がることも多々ある。


 今回は幸いにもそのケースに当てはまったらしく、折れた菫へと二人が会話をする機会を作るためのプランを話していった。

 それもそう複雑なものではなく、これも不幸中の幸いか以前に菫が日依の下へ押し寄せてきた際に渡されていた名刺。


 あれには菫に通じると思われる()()()()がはっきりと記載されていたので、それを活用させてもらい連絡する。

 そこで佳澄に出てもらえば良い…というかなり行き当たりばったりな急ごしらえの作戦だ。


「えぇ、理解したわ。……それにしても、旗倉さんも前と会った時とはまるで別人のようね」

「…そう、でしょうか?」

「そうよ。前はオロオロと狼狽えていたばかりだったのに、今は私にも臆さず意見をして…そうね。旗倉さん、一つ聞いてもいいかしら。どうしてあなたは、そこまであの子の…佳澄のためにどこまでも頑張れるの?」

「……佳澄さんのために、頑張れる理由…?」


 雑ではあるが、大体の計画は出来た。菫にも一応は了承を得られた。

 あとは日依がその展開通りに事を進められるかに全てが託されていて、そのためにも全力を出さなければと改めて意気込む。


 ……が、それよりも前に菫から飛ばされてきた問い。

 ここまで感情任せに動き続け、誰かのために動く──()()()()()にそこまで何かをしようと思えるのはどうしてかと問われて、日依も一瞬思考の渦にハマってしまう。


 …クラスメイトだから、と答えるのは違う気がする。ただの同級生相手に普通はここまで労力を割かないだろうし、心を砕かないだろう。

 では友達のために…というと、また少しズレているように思える。

 そもそも日依と佳澄は単なる友人とは関係性がかけ離れていて、世間一般で呼ばれるそれとは組み上げられた形がまるで異なってしまっている。


 ならば何故、日依がここまで彼女のために頑張り続けられるのか……考えて、考えて、考えて。

 考え抜いた結果出てきた答えは──驚くほど簡単にしっくりとくるもので。


 ふっと薄く微笑み、何らおかしいことではないと示すように伝えられた言葉はこうだった。


「佳澄さんは──あたしにとって、()()()()だからです。理由なんてそれだけです」

「そう……あの子も、良いお友達を持てたみたいね」

「お友達…とは違うと思いますけどね。…それじゃあ、あたしは佳澄さんの所に行ってきますので、後でよろしくお願いします!」

「……えぇ」


 それだけ伝えられれば十分だ。自分たちの繋がりを示すのにこれ以上当てはまるものはない。

 何だか菫には若干勘違いされてしまったかもしれないが、それでも今はそこに構う暇もないので一旦後回しとして日依は全力で駆けて行く。


 ──佳澄と菫の間に生まれてしまった、小さな小さな勘違いを正すために。


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