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フードを外した彼女が気の済むまで私を堕としに来た  作者: 進道 拓真


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第三三話 家族の約束と立役者


 …菫から、やっとの思いで聞き出すことが出来た母の親心。

 そこで示されてきた言葉は、佳澄が想定していた類のこととはまるで真逆のことで──しかし、それよりも遥かに最良の結果を導くもの。


 また何より、自分のことを本当は大切に想ってくれていたという事実を知ることが出来て。

 様々な思いを巡る胸中に涙腺も堪えきれず、まさしく感情が溢れ出すと言わんばかりに頬を伝って涙が零れ落ちていく。


 そしてそんな様子を隣で見守っていた日依は、二人の会話内容こそ聞こえなかったが状況を見るに全て上手くいったらしいことは容易に察せる。

 であればまだここは部外者の自分が余計な口を挟むものではないと判断し、だが佳澄の涙だけは拭いてあげようと取り出したハンカチを使って彼女の目元に押し当てる。


 ──その途中、不意に自分の頬を拭ってきた日依の行動に気が付いたのか佳澄も彼女に視線を送っていたが…そこで何か会話が交わされることはなく。

 唯一、日依の方から『全部分かっているからこちらのことは気にしなくていい』との意思を伝えるために、そして彼女の幸福な結末を祝う意味でもふっと微笑みかけることだけしておいた。


 もう佳澄は…大丈夫だ。

 始めからこうなると()()()()()()日依とはいえど、実際にその光景を目の当たりにすれば感じられる安心感は段違いのものとなる。


 ようやく得られた母の想いを聞く佳澄を見て、彼女のことは心配いらないと断言できる状態になったことを確認した日依は静かに親子のやり取りを見守っていく。


「うん…うん……だ、大丈夫。本当に何でも無いから…」

『そう? なら良いけど…言いづらくとも気に病むことがあるならすぐに言いなさい。必要なら仕事も休みは入れられるわよ』

「そこまでしなくていいから!? …でも、まぁ…そうだね。…ありがとう、ママ」


 交わされる会話も一時は佳澄の嗚咽が響いたことであちらにも不要な心配を与えてしまったようで、菫らしくもなく駆けつけようとしたところを彼女が慌てて止める。

 …しかし、そこまでしてくれるのもひとえに娘に対する愛情あってこその行動なのだと考えれば全く嫌ではない。


 佳澄がこう思えるようになったのも、全ては母から本心を聞き出そうと決心した彼女自身が一歩を踏み出したからこそ。

 そして、今も尚傍で微笑みながら見守ってくれている日依の存在があったからこそだと佳澄は思っている。


『…あぁ、ごめんなさい。今仕事の連絡が来たから少し通話を切るわ。まだ用件があるなら折り返し掛け直すけれど』

「ううん、平気。もう聞きたいことは充分聞けたから…」

『なら良かったわ。それじゃあこれで──…』

「あっ……ねぇママ。最後に一個だけ…いいかな?」

『うん…? なに?』


 しかしそんな時間もふとした瞬間を境に終わりを迎えてしまう。

 電話越しに何かをチェックでもしていたのか、通話の向こうで心なしか惜しむ様な感情を滲ませた声を出しつつも仕事関係の連絡が来てしまったと言われる。


 暗にこのやり取りもここで終了であると告げられたわけだが、そこについては仕方がない。

 忘れることこそないが菫は日々会社関係の仕事で忙しなく働いていて、今こうして短時間でも電話に応じてくれているだけでも奇跡的なのだ。


 もちろん、少し前までの佳澄ならこのように告げられたら菫も可能な限り会話を終わらせたいとでも思っているのだろう…と考えて人知れず落ち込んでいたに違いない。

 しかし今は違う。


 何を言われようとも揺らがない想いを知ることが出来た現在、その言葉が無関心由来のものではないことは直接教えられずとも伝わってくる。

 だからこそ佳澄も強く止めることはしない。話なら、これからしようと思えばいくらでも積み重ねられるだけの時間は残されているために。


 ……ただ、それはそれとしてもこの瞬間にこそ伝えておきたい言葉はある。

 なので佳澄も電話を切られる前にほんの少しの間菫を呼び止め──こう口にする。


「……私もさ、ママのこと結構好き…だよ。…だから、今度またゆっくり話さない?」

『…………えぇ、そうね』


 そうして佳澄から菫へと伝わったのは、少しだけ気恥ずかしくも…だが嘘偽りない本心。

 今日まで心の内に佳澄自身さえも自覚しないまま溜め込まれていながらも、明かす機会に恵まれず降り積もるだけだった本音。


 やっとの思いで伝えることができた想いを、自分も菫のことを一人の家族として大切に思っているという言葉を、照れくささを覚えながらも告げれば…あちらにもその真剣さは届いたのだろう。


 返事をするまで一瞬の空白を挟みつつ、佳澄の提案に思う事でもあったように葛藤を入り乱らせていた菫の反応は、それでも決して否定はせずに。

 この場だけに留まらず、この後の予定に関しても家族の時間を取ることとなった二人の間だけに溢れた久方ぶりの温かさは──ここから先の幸福を約束しているようにも思えた。




「──…ふぅ」

「……お疲れさま、佳澄さん。結果はどうだったかな?」


 実際には数分程度でしかなかっただろうが、体感的には何時間にも及んでいたようにすら思えてしまうやり取りもようやっと終わった。

 そうして色々な意味で山場を乗り越えてきた佳澄が一息ついた場面を目前にして、それまで沈黙を貫きながら見守りに徹していた日依もまたしばらくぶりに声を掛ける。


 ただ、そこで問いかけたところで返ってくる言葉は…今更言うまでもなきことであるのは彼女も理解していた。


「日依…ありがとう! …本当に、日依のおかげだよ。こんな風にママとまた話せるようになるなんて…思っても無かった…!」

「わわっ!? …あはは、それだったらあたしも頑張った甲斐はあったかな。…だけど、ちゃんと話せたみたいなら良かったよ」


 短くも長かった山場を経て、己の思考を一旦落ち着けさせるために一呼吸置いていた佳澄に呼びかければ…返ってきたリアクションは思いの外感極まったもの。

 …まさか日依も、自分に向かって全力で()()()()()()()とは思っていなかったので若干面食らったが、まぁ経緯を考えればそんな反応になるのも無理はない。


 何しろ今日この時、かねてより距離を離してしまっていた母との因縁に決着が着けられるかと思えばその結末が想定を遥かに上回る最良の結果に収まったのだから。

 なので日依も今ばかりは強く引き剥がそうともせずに、佳澄のされるがまま大人しく抱きしめられていた。


 傍から見れば熱愛的なカップルが抱き合っているものだと勘違いされること間違いなしだろう。

 最も、実際のところは初々しい恋人関係でも何でもなく単なるクラスメイト同士なのだが…そんなツッコミも現状には無粋というもの。


 とりあえず、佳澄がしたいようにさせてあげようと身体の力を抜いていた日依だったものの──しかし、予想していたよりも早く佳澄から次の言葉はぽつりと囁かれてきた。


「…本当に、本当に感謝してもし足りないよ。ありがとう…」

「…いいんだよ。あたしも最初に言ったじゃん。佳澄さんが辛そうに過ごしてる方があたしは嫌なんだから、こういう時くらい頼ってくれたらいいって。それに菫さんとちゃんと話せたのは、他の誰でもない佳澄さん自身の頑張りだよ。あたしは少しキッカケを作っただけ」

「……やっぱり、日依は優しい子だよ。だから私は──…」

「うん?」

「………いや、何でもない。だけどさ、私からも一つだけ聞いていい?」

「いいよ、どうしたの?」


 意外にも佳澄の方から日依の身柄を解放してくれたおかげで普通に会話も出来るようになり、そこで語られてきたのはやはり感謝の意。

 もちろんそんな類の言葉を投げかけられるのは日依も想定の範囲内であって、さして驚きもしなかったがそれはそれとしても素直に受け取ろうとはしない。


 これについては佳澄にも言った通り、そもそも今回日依がしたことはそこまでの礼を言われるほどの事ではないのだ。

 やったこともせいぜいが佳澄と菫がしっかりと会話できる状況を整えた程度のことで、おそらくは佳澄から見ればその功績が大きく映ってしまっているからこそここまで感謝されてしまっているのだろう。


 ゆえにその辺りのことを直接言葉にはせずとも、彼女の瞳を見つめて自らの意思を明確にしていれば…佳澄も察してくれたのか。

 ほんのりと寂し気にはしていたが、ここで日依が身を引くことはないとここまでの付き合いで理解しているようでそれ以上は強くも言ってこなかった。


 ただしそれで終わりというわけでは断じてなく、話を聞くに彼女も日依に()()()()()()とやらが残っているらしい。

 無論、その要望を断る理由も持ち合わせていないので当然の如く頷いて返事をすると佳澄から飛ばされてくるのは、ある意味で抱いて必然の疑問であった。


「こんな時に聞くのもどうかと思うけど、何で日依は…私のママと連絡を取れたの? ううん、それよりも前に……どうしてあんな風に確信をもって行動が出来ていたの?」

「あぁー……まぁ、そこ気になっちゃうよね。…あんまり褒められるようなことじゃないんだけどさ」

「…どういうこと?」


 向こうが尋ねてきたのは、騒動の渦中の中でうやむやになりかけていた事実。

 道中の想定外に満ちた出来事の連続により意識を逸らされていたが、よくよく考えなおしてみると些かおかしな点も多々ある。


 まず、日依が走り去ってきた佳澄を追いかけてきた日依が何故か佳澄と菫の禍根に関してやたらと()()をもって動いていたこと。

 その後についても、彼女の携帯から菫の通話に自然と繋げられていたり、何が何でも電話に応じさせようとしてきたりと…考えると不自然な箇所は多かった。


 …しかし、もちろんそこに関してはしっかりとした理由が存在している。

 あまり人から褒められるようなことではないし、日依自身も今思うともう少し手の打ちようは他にもあっただろうと反省しなければならないことは自覚した身だ。


 あの場面においては何よりも早く行動を起こさなければいけなかったので必死さもあったが…やはり、積極的に取るべき選択肢で無かったことも確か。

 だがこうなった以上、説明しないわけにもいかない。


 佳澄も他ならぬ当事者であるゆえに、この経緯を知る権利は十分に持っているのだから。


「なら、話させてもらうけど……お、怒らないでね?」

「何で私が怒るのさ……そんなことしないよ。それより早く教えて?」

「う、うん。…じゃあ、説明するよ。実はね、佳澄さんが菫さんの所からいなくなった後で──あたしも、()()()()()()()()()()()()

「……え?」


 正直語りたくはない。説明する気は然程湧き上がってこない。

 それでも尋ねられてしまった以上は説明しないわけにもいかず、恐る恐るではあれど日依も苦笑しながら事のあらましを語り始めた。


 …それは、先ほどまでの裏話のようなものでもあった。


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