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フードを外した彼女が気の済むまで私を堕としに来た  作者: 進道 拓真


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第三一話 大丈夫という言葉


「ど、どうして…なんで私、こんな涙なんて……!」


 日依から指摘されるまで、全く気が付けなかった。

 まさか私の瞳から涙が零れているなんてことは知る由も無かったし、自覚すらしていなかったけど…こんなことをしたかったわけじゃない。


 だって私は、微塵も悲しくなんて無いのだ。

 それなのに、まるで強いショックでも受けたかのようなリアクションを見せてしまって。

 その上で日依の動揺でも誘うような行動を取りたかったわけでは無いのに…勝手に流れ出ていく涙が止まる気配は皆無だった。


 むしろ自覚してしまった今、涙が零れ落ちていく勢いは衰えず増していく一方で。

 止めようと意識しても、こっちの意思なんて無関係とでも言わんばかりに流れていく涙の粒はどうしてもブレーキがかからなくなってしまっていた。


「ご、ごめん…気にしないで? これは、そう…別に大したことでも無いから──…ッ!?」

「──佳澄さん、もういいから。一人だけで抱え込もうとしないで?」

「…ひ、日依?」


 こんなやり方で日依の同情を誘おうと狙っていたわけでも無いのに、現状を客観的に捉えればそう思われても仕方がない。

 だから早く止めないと、一方的に私だけが困るようなリアクションを取るのは卑怯以外の何者でもないと思っていたのに…そう思えば思うほど日依の前で泣いてしまう。


 …こんな私は見ないでほしい。いっそのこと見捨ててくれた方がマシだ、なんて考えまで浮かびそうになってしまった。


 ──だけど、彼女はそんな私の浅はかな思考を遥か彼方まで裏切ってくれて。


 こちらが意識を逸らしている間に距離を詰めていた日依は、どうしてそこまでしてくれるのかも分からないのに……静かに私を抱きしめて、とても優しい声でもういいんだと言ってくれた。


「佳澄さん、もう一人で我慢なんてしなくていいの。…そうやって辛そうにしないで、こんな時くらいあたしを頼ってくれたらいいんだよ」

「だ、だって…こんな情けないところ日依に見せるわけには…」

「あたしは気にしてないよ。それよりも、佳澄さんを一人にさせちゃう方がよっぽど辛い…って、口だけでそう言っても意味ないか。…でもね、これだけは言わせて?」


 ポンポンと背中を叩き、まるで幼い子供を慰めるかのように…荒れてしまった心を落ち着かせるように。

 どこまでいってもこちらのことを気遣ってくれていることが一目でわかるくらいに、穏やかな態度で接してくれる日依の今の私にさえ染み入る温かさを感じさせてくれた。


 そして何より──その後に続けられた言葉に関しても。


「ずっとずっと頑張ってきたんだから、お母さんにあんな風に言われたら動揺しちゃうのは当然だし…そのせいで逃げちゃったってあたしは何とも思わない。まずそこは分かってくれた?」

「……多分、分かった」

「なら良し。……あとは、ね。佳澄さんに言わなきゃいけないことがあるんだ」

「…?」


 幼子をあやす様な言葉遣いでこちらに話しかけてくる日依の表情は、私からでは見えないけど優しい顔をしているのは分かる。

 ただし、そこで告げられてきた言わなければならないこととやらについては…さしもの私であっても飲み込むのは難しいことで。


「きっと佳澄さんは、菫さんが自分のことに興味なんて持ってないって考えてたんだろうけど…そんなことは無いよ。菫さんはちゃんと佳澄さんのことを()()()()()()()()()()から、心配しなくても大丈夫」

「…っ」

「あたしもさ、あたしなりに色々考えてはみたんだ。本当に菫さんが佳澄さんに無関心なのかな…ってこと。だけどね、何回考えてみてもそんなことはない。絶対二人の仲が悪いはずは無いって答えしか出てこなかったんだよ」

「それは…流石にありえないよ。…日依も、見たでしょ? ママはずっと私に関わろうともしなくて──」


 ママが、私のことを大切に思っていると言い聞かせながら慰めてくる日依の言葉に…しかし。

 どうしても、その言葉だけは受け入れられない。


 だって、今までの関係を振り返っても明らかなんだから。

 私とママの距離はとっくに冷え切っていて、それはひたすらに向こうの関心が私ではない別の場所に移ったからなんだろうと。


 日依が私の心をリラックスさせるためにそう言ってくれているのはありがたいけど、たとえ気休めであってもありえない理想を現実として受け止めることは出来なくて。


 ──だけど、日依はそんな私の返答すらも()()()()()()だと言わんばかりに動揺した素振りもなく言葉を紡ぐ。


「うん、そうだよね。あたしがこんなこと言っても信憑性が無いのはもちろんだよ。…だから、さ。もし佳澄さんに、少しでも()()()()を知りたいっていう気持ちがあるなら……()()で聞いてみて欲しいの」

「え…? それって──…ッ!?」


 そうして私を優しく、力強く抱きしめながらも何やらもう片方の腕で自分の携帯を操作し始めた日依。

 一体何をしようとしているのか…そんなことを考えながらも、さほど時間は掛けずに示された液晶画面。


 そこに表示されていたのは、どこかとの()()()()を示す電話の画面。

 …また、何よりも私を驚かせるのに十分すぎる一文。


 通話相手の名前の欄に表示された、『小野寺菫』の文字だった。



     ◆



 日依が佳澄へと示した携帯。そこに表示された彼女の母、菫と現在進行形で通話がされているわけだが………。

 やはりと言うべきか、ここでそれをいきなり示されたところで佳澄の頭には大量の疑問符と困惑が入り乱れてしまっている。


 当たり前だ。逆に尋ねたいことだって山のようにあることだろう。


 何故母と電話がつながっているのか。そもそもどのようにして通話を掛けることが出来ているのか。

 あるいは、そもそもどうしてそんなことをしているのか……等々。


 聞きたいことが今も尚留まることなく溢れ出しているのだろうが、しかしながら。

 非常に申し訳ないことに、日依の方も今ばかりはそれらの疑問に答えている暇はないのだ。


 理由に関しては現時点では話している余裕はなく、とにかく彼女から言えるのはこれだけはどんな手段を使ってでも佳澄に通話へと応じさせなければならないという一点のみ。

 そこまで日依が必死になる理由については…まだ語るわけにはいかないが。


「──佳澄さん、あたしも無理強いはしない。だけど…もしも、もしも佳澄さんが菫さんに聞きたいって思う心がほんの少しでもあるなら…そこに嘘はつかないで欲しいな。だからこれは、ほんのお手伝い」

「わ、私は……っ」

「……大丈夫だよ、約束する。絶対に悪い結果にはならないし、仮にどんなことになったとしても──あたしは、佳澄さんの傍から離れたりしないから。…それじゃあ、駄目かな?」


 かなり酷な選択を迫ってしまっていることは日依自身も理解している。

 佳澄の境遇や生い立ちを考えればそれは当然のことで、ここから先得られる結果次第では彼女の近い将来に重大な傷を負わせてしまいかねない。


 ……まぁ、日依はそんな結末にはならないと確信しているからこそこんな無茶な真似をしているのだがそこはいい。


 とにかく今彼女がすべきことは佳澄がこれからすることに一切の心配などいらないと断言して佳澄の懸念要素を少しでも減らしてあげることで、そこに全力を尽くす。

 そのためにも、決して押し付けるようなことはせず──しかし一方で、彼女の抱える不安と恐怖心を溶かしきれるように微かに微笑んで語り掛ける。


 …すると、その言葉が功を奏したのか。

 ともすれば日依のしたことは全て余計なお節介でしか無くて、佳澄の心に不要な傷を増やしてしまうだけの結果に終わってしまうかもしれないという懸念も抱いていた。


 だが現実はそうならず、日依の訴えが効果を発揮したのか。はたまた佳澄自身の心境に何かしらの変化があって勇気を踏み出したのか……彼女は、日依へと小さな頷きを返してくれた。


「……分かった、よ。日依がそこまで言ってくれるなら…私も、一回だけ。…ママとちゃんと話をしてみる」

「…! うん、ありがとう!」

「………だから、そのさ。もし私が駄目だった時には…慰めるの手伝ってくれる?」

「もちろん、任せてよ。その時は全力で、あたしが佳澄さんの言いたいこと全部受け止めてあげるからさ」

「あはは…それは頼もしい限りだね。…じゃあ、日依。少し携帯、借りるね」

「…うん」


 ほんの少し苦笑しながらも、目元を微かに赤く腫らしながらも。

 さっきまで流していた涙を強引にも拭きとって己の気分を持ち直させた佳澄は少なくない勇気を振り絞り…日依の手にあった携帯を受け取った。


 それでもやはり恐怖心は拭いきれていないようで、苦笑いをしつつ少し弱音を吐いていたものの…その程度のお願いはお安い御用だ。

 無論、そんな結末にさせるつもりなど毛頭ないが今この時は佳澄が電話に応じると言ってくれただけでも充分。


 こうして彼女の手に携帯は渡り、数度精神を整えるかのように深呼吸を繰り返した佳澄は──覚悟を固めた表情を浮かべた後に、震えそうな声色で通話の向こう側にいるであろう人物へと呼び掛けた。


「……もしもし、ママ?」

『──…佳澄ね。電話で話すというのも不思議な気分だわ』

「…っ」


 そこで届いた佳澄の声に反応を示した者。

 母と娘による、本音での語り合いは成立した。


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