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フードを外した彼女が気の済むまで私を堕としに来た  作者: 進道 拓真


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第三〇話 今になって


 最悪だ……本当に最悪だった。


「……分かってたこと、じゃん。何を今更動揺してるのさ…」


 予想だにしていなかったママとの鉢合わせを経て、私──佳澄は思わずこんな場所まで足早に来てしまったけれど、気分は晴れているはずもない。

 …だけど、その原因なんてずっと前に分かり切っていたことのはずだったのに。


 本当なら今日は、最初から最後まで楽しい思い出で満たされていたんだ。

 少し前に偶然の出会いから話すようになり、そして今となっては誰よりも近い距離にいる()()()……日依と一緒に。


 …日依は、私の目から見ても不思議な女の子だと思う。

 最初はただのクラスメイトとしか思っていなくて、今みたいに関わりを持っていなかったら卒業のその時まできっと印象が変わることはなかっただろう。


 でもこうして偶然でも運命的にでも距離を縮めてみると、彼女に対して抱くイメージというのは驚くほど変化している。

 普段のプライベートではどちらかというと押しに弱い面が多くて、私のちょっと揶揄いの姿勢を含んだ『お礼』に対しても多少文句を言っても最終的には恥ずかしそうにしながら受け入れてくれる。


 そんな、小動物的な側面とも言い換えられる日依の可愛らしい一面を見て来た私なわけだけど……されど。

 あの子は、いざという時には他の誰よりも他人のことを考えて動ける優しい性格を持っている。


 例えば私の家庭環境に関する話をした時にも、日依には何の関係もないはずで巻き込まれただけでしかないはずなのに…その上で、私を大切な人と断言して迷惑なんて思っていないと言ってくれた。

 ……だからこそ、そう言ってくれた日依だったからこそ、私は───。


(…ううん、まずはとにかく謝らないと。よりにもよって日依を置いてきちゃうなんて…気が動転し過ぎだよ、私)


 ──だけどその前に、今はやらなければいけないことがある。


 ママとの対面は確かに想定外でビックリさせられたし、そこで掛けられた言葉を受けてショックだったことも事実だ。

 ただ、だからってあの場を予告も無しに立ち去り…あまつさえ日依を一人取り残して行っていいわけがない。


 日依は優しいから日頃の私のおふざけにも丁寧に付き合ってくれているけど、それにも限度はある。

 私の我儘や自分勝手な感情の暴走で振り回してばっかりで、重い空気にばかり浸らせてしまっては…いつか、私から彼女の意識が離れてしまっても不思議ではないんだ。


 ……それだけは、本当に嫌だから。


 ゆえに私は何よりも先に日依に謝るという目的を据えて、人混みも空き始めた広場を見回してあの子を探す。

 キョロキョロと見渡しても中々見つけることは出来ないけど…しかしこんな状況に陥らせてしまったのは完全に私の責任。


 なのにこっちが真っ先に諦めてしまうなんてことは許されるはずもない。

 そう思ってどれだけ見つけられる気配が感じられなくとも、たとえ日依が既に私の言動に呆れ果てて帰ってしまったのだとしても探して探して……されど。


 こうやって一人群衆の中でポツンと立っていると、余計な思考の渦が脳裏の片隅から溢れ出てしまいそうになる。


(……本当に、私は馬鹿だ。ずっと前から理解してたはずでしょ…ママは、私に興味なんて持ってないってことくらい…)


 孤独な時間というのは、不要な考えを徐々に徐々に巡らせていく。


 そんな中で私の頭を駆け巡ってくるのは、さっき思い知らされたばかりの…無意味で無駄でしかない期待の発露だった。



 ──ずっとずっと、分かっていたはずだったんだ。


 うちのママはもうとっくに私との距離を置いていて、家族としての時間なんて手に入れることは出来やしないと。

 それを理解していたから、私も無駄な期待はしないでいようと家での生活を避けていたはずだったのに………。


 …だけど今日、どうしても期待してしまったんだ。


 久しぶりに心許せる相手となってくれた日依と一日中デートをして、それが本当に心の底から楽しくて。

 今まで冷めた視線と意識を持って日々を過ごしてきた私からすれば、信じられないほど温かく大切な思い出を作れた今日この日に……最後の最後に、ママと会ってしまって。


 出来るはずがないと、思い描いた理想のような返事が貰えるわけが無いと分かり切っていても──心の奥底で、また昔みたいに仲良く話せるかもしれないなんて考えてしまった。

 結果は、いつもと何ら変わらない。

 ママは仕事があるからと一応は申し訳なさそうな口調になっていたけれど、あえなく断られた一連のやり取りから私はどうしようもない現実をまたもや突きつけられた。


 …どんなに頑張ったところで、もうママとの時間は戻せないんだ。

 ずっとずっとずっと分かっていたつもりの、その簡単で明確に過ぎる事実を……しかし、今日という多くの楽しさで満たされた思い出があったからこそ、その分だけ負ってしまった傷も大きい。


 最終的に私は返す言葉も見つけられず、ただただ胸の内のやるせなさに身を任せてこんな場所まであてもなく走ってきてしまった。

 本当に……最悪だ。今日の事も、ママから投げかけられた言葉も……そして何よりも、日依の優しさに付けこんでばかりの私自身が。


「……駄目だよ、こんなんじゃ。私が落ち込んでたら日依が心配しちゃうじゃん…もっと、元気な調子でいないとさ…」


 いつの間にか、さっきまで進んでいたはずの足さえも止まってしまっていて。

 うわ言のように、自分自身への嫌悪感と日依に嫌われたくないという一心で無理やり調子を取り戻そうとするけど、上手くいくはずもなく。


 むしろそうあろうと考えれば考えるほど凝り固まってしまう情緒をどうにか戻そうと四苦八苦していて──そんな時。

 ある意味で、一番会いたくて…最も会いたくはなかった瞬間に、()()は戻ってきたんだ。


「──佳澄さん! やっと見つけられた…良かったよ、ここで会えて…!」

「…っ、ひ、日依…」


 そこで呼びかけられた声を、私が聞き間違えるわけがない。

 張り上げられた声量は多少の人混みで満たされているこの空間においても不思議とよく透き通り、こちらの耳にまで届き…パッと顔を上げればその姿も視界に捉えられた。


 いつも通り、軽くウェーブのかかった茶髪のロングヘアを揺らしながらその可愛らしい顔を露わにし、しかしそこに浮かべられた表情だけは心配の色を濃く表していて。

 様々な意味で私の頭を埋め尽くしていた日依は、息を荒げて肩を激しく上下させながらもそこに立って…私を追いかけてくれたんだろう。


 だから私も、この子を不用意に心配させないためにも…普段通りの態度でいなければいけないんだ。


「あ、あっはは…ごめんね? いきなり走り出したりなんかして…ちょっと混乱しちゃってさ」

「…! か、佳澄さん…」

「全くもう、ママったらあんなタイミングでここに来なくてもいいじゃんね。どれだけこっちを驚かせれば気が済むのかって話で──…」

「……佳澄さん。…もう、無理なんてしなくていいよ。そんな、無理やり笑わなくてもいいから…」

「えっ…? な、何言ってるのさ! 別に私は無理になんて──」

「じゃあ…どうして今、佳澄さんは()()()()()?」

「………へ?」


 ──だけど、そこで彼女に言われて初めて気が付いた。


 問題なく取り繕えたと思っていた。

 口調は明るく、声色も平時と何ら変わらないテンションを保ちながら日依の顔を見ていた私は……それでも。


 私自身さえも気がつかない内に、頬を伝っていた()の存在を──痛々しそうに見つめていた日依の言葉でようやく自覚したのだ。


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