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フードを外した彼女が気の済むまで私を堕としに来た  作者: 進道 拓真


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第二九話 長い長い勘違い


 想定すらしていなかった邂逅。もしくは鉢合わせ。

 こんな事態は予想しているはずも無かったし、予定にだって組み込まれているはずもない。


 しかし起きてしまった事実は今更変えられるわけもなく、その上で気が付かれてしまったのなら無視を決め込むのも難しい話だ。

 仮にそれが、佳澄と菫のような凍り付いてしまった関係性であったとしても…である。


「佳澄…今日は出掛けると聞いていたけれど、もしかして旗倉さんとご一緒だったのかしら」

「…う、うん。そうだよ、今日は日依と一緒に遊びに行ってたの」

「……そう」


 いや、彼女の場合は尚更その傾向が顕著であった可能性もある。

 何しろこれまでほぼほぼ不干渉のスタンスを互いに、だが少なくとも佳澄は不本意ながら貫いておきながら…今日この時も同じような対応をされて終わりだと考えていれば。


 その推測とは正反対に、声すら掛けられずに立ち去られるのではなくむしろ真逆。

 菫の方から呼びかけをされるという予想外も良いところな行動にさしもの佳澄も驚きは隠し切れず、それでも懸命に返事だけは返して…向こうの反応は何とも素っ気ない。


「ま、ママこそ今日はどうしたのさ。こんなところに来るなんて珍しいけど…」

「……私は、仕事の視察でこの近くに用があったの。こっちこそ、佳澄がここにいたなんて知らなかったから驚かされたわ」


 何とか会話を成り立たせようと努力はしているのだろう。

 近くに日依がいるからとの事情も多少は関係しているのだろうが、普段ならそこまで関わることも無いはずなのに佳澄はそれでも果敢に母との対話の機会を逃すまいと言葉を紡ぎ続けている。


 そこに対するリアクションは、あまり効果を実感できたものではないが………。


 隣で話を聞いている日依に関しても、ここで下手に話題に混ざったところで余計な不和を招きかねないため強引に割り込んでいくわけにもいかない。

 だから大人しく場の流れを見守るしかないわけだが、そうこうしている間にも話はどんどんと進んでいく。


「…っ、ね、ねぇママ。今日なんだけどさ、色々日依と見てきて面白い物も結構あったんだよ。この後良かったら──…」

「……ごめんなさい。もう少しで約束の時間が来てしまうから、話は帰ってからゆっくり聞かせてちょうだい。それじゃあ…」

「………!!」


 ──ゆえに、これは。他愛もない会話の幕引き。


 向こうも仕事でここを訪れたと言っていたのだから少し考えれば予想も出来た展開のはずであって、あちらにしても悪気はなかった可能性が高い。

 本当の意図なんて当人でもない限り分からないのだから断定こそ出来ないが、少なからず日依はそう思って………されど。


 語られた言葉がいかに簡素なものであったとしても。

 何気なく放たれてしまった発言が人を意図しない内に傷つけてしまうことなど、ままある。


 今回のなんてまさにそれだ。

 菫にしてみればおそらくは文字通り、仕事の予定があるからこれ以上は付き合えず続きは帰宅した後でと言いたかったのかもしれない。


 けれどその言い方は、あまりにも冷たくて…歩み寄ろうとした者にとっては、まるで突き放す様な物言いに聞こえてしまったとしても不思議ではない。


「……日依、行こう。ううん、ごめん…先行ってるね」

「あっ…か、佳澄さん! 待って!」


 きっと今のやり取りは、佳澄にも決して小さくはない傷をつけてしまった。

 その証拠に菫の返答を聞いた彼女は瞳を伏せ、感情を悟らせない声色のままパッと振り返り…そのままどこかに立ち去ってしまった。


 日依を待つこともせず、ただただ行き場のない感情を燃焼しきれない状態になった佳澄のことを放っておけるわけもない。

 当然日依も彼女が去った後を追いかけようとして………。


「…旗倉さん、申し訳なかったわね」

「……えっ?」


 …そうしようとした直後に、背後から()()()()()()()声に足を止められた。


 もちろんそんなことをしてくる相手はこの場で一人しかいない。

 今まさに走り去ってしまった佳澄を追いかけるため動こうとした日依に対し、先ほどと寸分も変わらぬ態度で突然謝罪の言葉を投げかけてきた菫の言動に思考が空白に染まりかける。


 さっきまでは実の娘である佳澄へと淡々とした応対を続けていたというのに、そのような相手からこんなことを言われでもすれば誰でも似たような反応にはなるだろう。

 実際日依は目先の目的であったはずの佳澄の背を追うことを忘れかけてしまったし、それほどまでに衝撃であったことの証左でもあったがともあれ驚いたことに変わりはない。


 ただ、向こうがそう言いだしてきたことの意図が分からないことも同義であって…しかしそうこう考えている内に、日依の困惑などお構いなしと言わんばかりに一度対面しただけの彼女へ言葉は投げかけられてくる。


「…いいえ、何でもないわ。ただ、あの子と…佳澄とはこれからも、仲良くしてあげてちょうだい」

「…………」


 そしてそれは、以前にも言われた文言と酷似していた。

 あの時は具体的な経緯も分からず、そこに絡んでいた内情さえも掴めないまま疑問符を浮かべていただけだったが…今は違う。


 過去にも聞かされたお願いとも捉えられる発言に込められた意味を、佳澄から知らされた彼女の家庭環境を把握した現在とでは与えられる印象がまるで異なっている。



 ──これは、単なる日依の考えすぎなのかもしれない。


 表面的な言葉だけを切り取れば菫がかけた発言は佳澄のことなど何とも思っていないかのような言い方で、娘への愛など微塵も残されていない。

 まさに淡々と、人間味を思わせる感情を一切感じさせない態度を示しているなんて表現がこれでもかと当てはまりそうな彼女。


 一目見ただけでも自分の子供への思い入れが薄く思える菫の言動は……しかしながら。

 今日依に掛けられた発言と、そして何よりも──その顔に浮かべられた微かな寂寥感にも似た哀愁とも言い換えられる感情の機微を彼女は見過ごさなかった。


 また、それを目の当たりにしたからこそ日依は一つ決断する。

 …というのも、前々から感じつつも聞き出すことは出来なかった()()()だ。


 少し前までは頭の中に浮かび上がりつつも、冷静に状況を客観視してしまえばその可能性はあり得ないかと切り捨ててしまっていた推測。

 しかし現在、先刻のやり取りを経たことで日依の中でも儚いものでしかなかった可能性が…ほんのわずかに現実味を帯び始める。


 ただ、肝心の菫の方はそれで言いたいことを言い終えたからかこちらの返答を待つ間もなく再度車に乗り込んで走り去ろうとしてしまう。

 これも前と全く同じ展開。


 思い起こされる記憶では日依が気にかかった点を問おうとするよりも早く場を去られてしまい、結局佳澄との間に出来た謎を深めただけの問答。

 しかし……もう、そんな失敗はしない。


 自分の中に浮かび上がってきた疑問を、かねてより心の片隅で抱き続けていた違和感をこの人にぶつけるために。

 そして何より──佳澄のためにも。


 日依は決して逃すまいと、全力で声を張り上げるのだ。


「──あのっ!! …少しだけお時間、もらってもいいですか」

「………何かしら?」

「…いきなり呼び止めてしまってすみません。でも、これだけはあなたに…菫さんに直接聞かせて頂きたいんです」

「…あまり、時間もないのだけど。まぁいいわ。私に答えられる範囲の事なら旗倉さんにもお教えしましょう。…それで、聞きたいことって?」

「はい……あの、菫さんは────」


 何とかあちらが走り去ってしまう前にその足を止めることには成功し、勇気を振り絞ったことが功を奏して質問をすることも出来た。

 菫は日依から声を掛けられることが想定外だったのか、微かに目を丸くして驚くようなリアクションを取っていたが…申し訳ないことに今そこを気にしている余裕はない。


 とにかくこの場にいない佳澄のことも心配であるし、しかしこの機会をふいにするわけにもいかないという板挟みの状態。

 けれど前から感じていた違和感の正体を明らかにするためにも適当に話を終わらせることも出来ず、一つ一つ日依は話を聞いていき………。



 ──それら全てが終わった時、日依は確信した。


 佳澄と菫。家族でありながら距離感を遠くしてしまっている二人の関係性に生じたズレが、単なる()()()でしかなかったことに。

 長く長く続いてしまっていた認識の齟齬が生んでしまった喪失感と、本当は菫が何を思ってあんなことをしていたのかを…丸ごと全部受け止めて。


 この事は絶対に佳澄が知っておかなければならないことだと強く思った日依は、一つの()()をした後に彼女の去ってしまった方向めがけて全力で走り出した。


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