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フードを外した彼女が気の済むまで私を堕としに来た  作者: 進道 拓真


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第二七話 いつかはそちらに


 結局あれから日依は佳澄に訳も分からないまま抱きしめられ続け、最終的に解放されたのは数分が経ってからだと思う。

 正確な時間はあの体勢では確認のしようもないし、何より…相手が佳澄とはいえ。


 ……いや、佳澄という少なくとも容姿は完璧なものを持っている美少女と曲がりなりにも密着していたからこそ、日依も内心で高まる緊張感に意識を引っ張られて時刻を確認する余裕など微塵も残っていなかった。


 心なしかメンタルだけでなく体力までも削り取られていったような気がしないでもないのだが、まぁその辺は気のせいだと考えておくしかない。

 そうしておかないと、日依の胃に襲い掛かってくる謎の痛みがますます勢いを増してきてしまいそうだ。


 兎にも角にも向こうが一応は満足するような兆しを見せてくれたことで妙なハグの時間からは解放され、再び平穏なデートの時間が舞い戻る。

 ……戻った、はずだったのだが。


「…ねぇ、これはやっぱり振りほどくのは駄目な感じかな?」

「当たり前でしょ。こうしておかないと日依がいつはぐれちゃうか分かったものじゃないんだから。安全のためにも必要なことだよ」


 館内を楽しく見回っていた日依であっても、流石にこの現状には口出しせざるを得なくなる。

 それというのも、つい先ほど佳澄が実行してきた渾身のハグからの脱出を果たしてからのことになる。


 当然ではあるが佳澄とていつまでも日依のことを抱きしめる奇行を継続するほど常識を知らぬ人物ではないし、ある程度続けていたらいずれは満足してその動向も一区切りを迎えた。

 が…そこで綺麗に解放されていれば笑い話であっただろうに。


 これもどういうつもりなのか、ハグを一度終わらせた佳澄はとても充足感で溢れた笑顔を見せたかと思うとその直後に…至極当然のように日依の()()()()()()()

 しかもそこに関しては特に詳しい説明がされることも無しに、何もおかしなことなど無いと言わんばかりに水族館でのデートを再開させてだ。


 …当初はその意味不明さに頭が困惑し、もしやこれは一般的なことなのだろうかと思考が妙な方向に舵を切りそうになったがそんなことはないはず。

 どれだけ冷静に考え直したところでこの状況が不自然なものであることは明白であるゆえ、それを尋ねれば返ってくるのは淡々とした切り返しである。


 彼女と自分がはぐれてしまわないようにするための対処策。そう言われてしまうと強く否定も出来ないので弱いところだ。

 ……その言葉が全てであれば、の話ではあるものの。


「なるほど……で? 本当のところは?」

「私が日依と手を繋いでいたい。こっちの方が仲良しに見えそうだし、日依もドギマギしてくれるかなと思ったからやってみた」

「だと思ったよ! …お願いだから、突拍子もない言動は控えてくれると助かります…あたし、不意打ちされると弱いから…」

「うふふ…それは無理な相談だね。そんなことを聞かされたら尚更不意を突くことはやめられないし、それが効果的だと分かったなら余計にだよ。…あと、手を繋いでるのを離すのも認めないから諦めた方がいいよ」

「そう言うと思った……ま、まぁ。嫌ではないから良いけど…」


 予想していた通り。

 一度それらしい返事を受け取った後で、さらに本音を深掘りしてみようと質問を重ねてみればあっさりと化けの皮は剥がれていった。


 少し踏み込めば隠すつもりすら感じられない佳澄の本心は容易に聞き出せ、そしてその内容に思わず脱力しそうになる。

 しかし彼女がこういったことを言い出すのは最早日常茶飯事でもあるので大して驚きはせず、日依も軽く呆れつつもそれ以上は強く言及することなく手を引かれるまま館内を見て回っていく。



 ──その後、二人は本当に様々な場所を見て来た。


 小さくも目を引かれるような色合いをした淡水魚の群れに、かと思えばそれとは真逆に圧倒されそうなほどのサイズを誇る一匹一匹が大きな生き物を多く目の当たりにしたり。

 他にも、こんな場所ならではというべきかペンギンやアザラシといった可愛らしい動物を見ることが出来たりもした。


 流石の日依もあの可愛さを目にしてしまえば冷静沈着な態度を維持することは難しく、反射的に素直な感想を口から漏らしてしまったのはここだけの秘密だ。

 まぁ、幸いにも周辺にいた他の来客に声が聞かれることは無かったのでその点だけは一安心だ。


 強いて言うなら最も近くにいた佳澄だけは残念ながらその瞬間を聞き逃してくれず、温かい瞳を彼女に向けていたことが若干こそばゆかったくらいである。


 何はともあれそうして意識していない内に時間は過ぎ去っていき、ふと時間を再確認した際にはここに来てから数時間が経過していた。


「うわっ…もうこんな時間だ。そんなに居座ってた感じもしないのに、まさしく楽しい時間はあっという間って感じだったね」

「おっ、本当だね。けど帰るのもそこまで急いでるわけじゃないし…もう少しここだけ見てから外に出るとしようか」

「そうしておこっかな。…これで終わりっていうのも、ちょっと寂しいし」


 現在時刻は遅すぎるなんて程でこそないものの、ここを訪れたのがちょうど昼間だったのでそれを考慮すればそろそろ外も暗くなり始めているはず。

 帰宅に要する時間も考えるともうじき帰るための用意を進めた方が良いのは分かり切ったこと。


 …しかし、それをするには少し()()()と思ってしまう自分がいることも事実。


 こればかりは誤魔化せないし、濁したところで意味も無いからもう素直に明かしてしまおう。

 正直な話、日依は今日一日を佳澄と過ごしてみて間違いなく楽しいと感じていたし、充実感に溢れた時を味わえたと思っていた。


 他の誰であっても良かったわけでは無い。どんな相手でも楽しめたわけでも無い。

 共にいた相手が佳澄であったからこそ、ここまで心の底から満喫できたと思えたデートを経験出来たわけで……その思いは胸の内だけに留まらず、現実の言葉にも表れていた。


「──ねぇ、佳澄さん。今日はありがとね」

「え、いきなりどした? また唐突な」

「あっはは…あたしも突然だなとは思ったけどさ。…だけど、今日はやっぱり佳澄さんと遊べてすっごく楽しかったんだ」


 きっとその言葉は、日依自身も何かを狙って発したものではなかった。

 もっと単純に、この言葉を彼女に伝えておきたいと思ったからこそ考えるよりも早く発言しただけのことであって、その選択には後悔など一つもない。


「それにこんなに楽しめたのは、間違いなく一緒に来てくれたのが佳澄さんだったからなんだろうなぁ…と思っちゃったんだ。他の人でも楽しめはしたかもしれないけど、それでもここまで時間を忘れられる程満喫できたのは絶対に佳澄さんのおかげだったから……」

「…………」

「…だから、さ。ありがとって言いたかったの。あたしを連れてきてくれて感謝してることを佳澄さんには知っておいてほしかったから──…うひゃっ!?」

「……あぁ、全く。どうして日依はそんなに無防備に……ほら、少しこっち来て」

「ちょ、ちょっと佳澄さん…? な、何で隅の方にあたしは追いやられてるわけ…?」


 ゆえにこれはその恩返し。

 いつもと変わらぬ日常を過ごしていれば、まず味わうことはなかっただろう夢見心地のような時間を体感させてくれたことへの、そして他でもなくその機会を与えてくれた彼女への…嘘偽りない感謝の心。


 そうしてほんの少し自分の言葉を気恥ずかしく思いつつ、パッと顔を上げて向こうのリアクションを確認しようとすれば──どういうわけか。

 佳澄と目を合わせようとした瞬間に、日依の身体は横から伸ばされてきた腕に大きく引っ張られ、意見を言う間もなく館内の隅へと他ならぬ佳澄の手によって誘導された。


 ここは場所が場所でもあるため水槽付近と比べると人の気配が少なく、さらに言ってしまうと少数の近くにいる人たちの視線も総じて水中を優雅に泳ぐ魚に全て注がれているのでこちらに意識を向けられることはほぼない。

 つまるところ、()()()()()()()()()()()()には最適な位置なのだが…そんな死角に連れ込まれた理由は、この後すぐに身をもって思い知らされることでしかなかった。


「…あのさ、日依。今日は私もこのデートをお詫びも兼ねたものだってことは…事前に伝えてたよね?」

「は、はい……そ、それは聞きましたけども。…そのことが、何か?」

「うん、いい子だ。その言葉は何も間違ってないよ? ただ、ね…それはあくまでも前のお詫びってだけで、今日の分の…『()()』に関しては、まだしてあげられてなかったよね」

「………えっ?」


 位置取り的にも日依は近くの壁に追いやられ、正面には佳澄が控えている。

 いつの間にやら逃げ場らしき方向が全て潰されており、大人しく彼女の腕の中に収められるしかない日依であったが…そこで言われたことは想定外に過ぎる。


 しかし確かに、本日のデートは()()()の一環であることは前もって伝えられていたが冷静に思い返してみると『お礼』らしきことをされた覚えはなかったかもしれない。

 ただそれは今日一日は向こうもするつもりがないのだろうとこちらも認識していたからであって、よもやここに来てそれを持ち出されるなんてことは想定すらしていなかった。


「大丈夫、大丈夫だからね…でもさ、日依が悪いんだよ? 多くは無いと言っても周りに人だっていたのに、そんな状況であんな可愛いことを言ってくるんだから…まだ理性を保ててる私を褒めてほしいくらいだよ」

「ま、待って佳澄さん。あの、えっと…な、何をなさるおつもりですか?」

「日依は気にしなくてもいいこと、かな……平気だよ。そっちが嫌がることは絶対にしないって約束だし。…それじゃあ、目を閉じててもらおうかな」

「あ、あの…! さ、流石にそれはまだ早いんじゃ──…ッ!!」


 けれども時すでに遅し。

 何が原因なのかは全く皆目見当もつかないが、どうやら軽い暴走状態になってしまったらしい佳澄相手では日依の抵抗がまるで意味をなさなくなる。


 逃げ出そうとしたところでそれが出来るはずもなく、気が付いた時には優しく添えられていた彼女の掌に頭をそっと撫でられ……徐々に近づいてくる佳澄の端正な顔に見惚れかけながら。

 まさか、こんな場所でしてしまうのかと身構えながらもグッと全身に力を込めて。


 日依も覚悟の固まらない内に自分の唇を無意識に尖らせてその時を待っていれば………。



 ──軽いリップ音と共に、()から響いてきた柔らかい感触を彼女はどこか遠くに感じていた。


「……………ん?」

「ふぅ…今は、これで充分かな。危ない危ない…もう少し暴走してたら、欲望に任せてやらかしてたかもね」

「…か、佳澄さん? 今あたしに何を…?」

「うん? あっ、日依は目を閉じてたから分からなかったのか。簡単に説明すると、日依の可愛い額にキスさせてもらったんだよ」

「………あ、そ、そういう感じの…な、なるほど」


 …肌を通して感じられた感触が離れていくのを実感するのと同時に、日依は固く閉ざしていた瞼を上げてみるがそこには軽く息を吐く佳澄の姿があるのみ。

 様子からして既に『お礼』は終わったようで、言葉から察するに彼女の額にキスを落としてきたとのことだったが………。


 てっきり、もっと()()()()に迫られるのではなんて脳内で妄想を繰り広げていた日依としては被害も少なめな額に唇を押し当てられてホッとしたような…または、少し呆気なかったような。

 もちろんそんなことを考えていたと佳澄に悟られれば揶揄われること確実なので、その思考はおくびにも出さず平然と澄ました態度で佇んでいて──簡単に見破られた。


「──あれ~、もしかして日依ったら何か別のところにキスされると思ってたのかな?」

「…っ! ち、違うもん! 全然そんなこと考えてないし!」

「本当? …まぁ、ちょっと意地悪しちゃった自覚はあるからさ。いくら何でもここでそんなことは出来ないけど……またいつかの時には、()()()にも…ね? 楽しみにしててよ…」

「……~~!! だ、だから楽しみになんてしてないってば!」


 当たり前のように日依の演技を見破り、その内心にまでずけずけと踏み込んでくる佳澄の指摘は全てが的確だ。

 また何よりも、耳元で甘い声色で囁きながら──細い指で日依の口元をそっとなぞり、まるで次の機会にはそちらを狙うと宣言するかのような発言には…さしもの彼女であっても平然となんてしていられない。


 顔中を真っ赤に染め上げて必死の抗議をする日依を見て、反対にそれを微笑ましそうに見守っていた佳澄は薄くはにかんで愛おしそうな笑みを浮かべている。

 結局最後にはいつもの空気感が戻ってきてしまう二人だけの世界では、何者も割り込めない雰囲気が漂っていたはずだ。




 ──そして、この後に何が待ち構えているのかも知らずに無邪気に過ごす彼女らの時間は一旦の幕引きとなった。


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