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フードを外した彼女が気の済むまで私を堕としに来た  作者: 進道 拓真


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第二〇話 迷惑を掛けられても


(う~…ん。やっぱり昨日の()()は、多分そういうこと…なんだよね。あたしの予想が間違ってなければの話だけど)


 温かな陽気を示す日光が窓から差し込み、もうじき冬本番だというのにも関わらず天気は良好な今日この日。

 しかし、そんな外の天候に反してこの場──日依の自宅では住人である彼女本人がどうしてか浮かない顔をしつつも脳内では思考をフルに回して昨晩のことに関して頭を悩ませていた。


 というのも、昨日の夜。

 日依が佳澄を見送ってから家に戻ろうとしたタイミングで彼女へと()()()()()()()()()の存在があったことに全ては起因している。


 …だがしかし、これも話しかけてきたのが単なる知り合いであったり赤の他人であればまだ良かった。

 けれどもあの時の状況で聞かされた言葉と、最後に手渡された名刺──そこに記された情報を照らし合わせてみれば導き出される答えは一つしか残されていない。


 即ち、あの美しい女性が他でもない佳澄の()であるということ。


 去り際に告げられた自分の子供なんていう発言と、名刺に記載された『小野寺菫』の文字を確認してしまえばそれもおそらくは間違っていない。

 それにこれが勘違いでなければ、あの女性の佇まいや所作。他には纏う雰囲気なんかは佳澄と似ても似つかなかったものの…顔立ちの面影にはどこか、彼女の片鱗を思わせる要素があったように思えた。


 ここまで判断材料を揃えられてしまうと疑う余地も無くなってしまい、一応断定はしていないがほぼ確実にあれは話には聞いていた彼女の母親だったのだろう。

 無論、それについて日依も色々問いただしたい点は多々あるし何ならどうして自分の元を訪れたのかという疑問は全く解決していないが……それは一旦置いておく。


 何故なら、日依にはそのことよりも気にしなければならないポイントが一つ身近なところに転がっているのだから。

 それが何かというと………今日も毎度の如くこの家を訪れていた、()()に関連した件。


(あと、佳澄さんも…いつもと比べて今日は少し大人しい…? ううん、どっちかというと悩んでるみたいな感じがするんだよね)


 日頃ならたとえ日依の自宅であろうとも。

 否、彼女の自宅内部だからこそ突拍子もない行動に出てくる傾向を持っている佳澄もこの日に限ってはやけに大人しくしている。


 より厳密に表現するとすれば…先ほどからチラチラと日依へと視線を動かしてはいるが、あくまでもそれだけで明確な行動に移るような気配は無し。

 普段の自信と積極性に溢れた様子とはかけ離れた姿だがおそらくは昨晩のことが無関係ではないのだろう。


 こちらもほんの少しばかり事情を耳にしただけではあっても、佳澄と親の折り合いが悪いことは既に知っている身。

 だというのに昨日の一件……渦中にいた日依でさえ全容が分からない、菫との対面をどのような形であれ佳澄も知ってしまったとすればあんな状態になっているのも納得できる。


 朝に来た瞬間から不思議と神妙な面持ちを浮かべながら、日依が声を掛けても曖昧な返答しかしてこなかったので…その辺りを考えるとこちらから踏み込まなければ話は進まない。

 そう判断し、日依は自分の推測を確固たるものとすべく勇気を出して発言しにいった。


「──ねぇ、佳澄さん。実は昨日のことで、少し伝えておきたいことがあるんだけど…聞いてもらってもいい?」

「…っ、な、何?」

「うん。あまり驚かないで欲しいんだけど多分……私、佳澄さんのお母さんと会ったかもしれない」

「……! …やっぱり、そうだったんだ…」

「やっぱり? てことは…佳澄さんも気がついてはいたんだ」

「…日依にはバレちゃってたか。まぁ今日の私、かなり態度おかしかったもんね…」


 先ほどからだんまりな態度を持続させてしまっていた佳澄へと昨晩の出来事。

 つまり、彼女の母親らしき人物と対面した事実を明らかにしたわけだがそれを聞いた佳澄の反応は…驚きはしつつも、意識の片隅では()()もしているような感情を見せていた。


 ある意味では日依にとっても予想が出来ていたリアクション。

 しかしここでそんな反応を見せてくるということは、彼女も…日依が向こうの母と接触していたことを知っていたことになる。


「うん、その通りだよ。実は私も昨日、ママが帰ってきた後で日依に挨拶をしてきたって話を聞かされたんだ。…どうしてそんなことしてきたのかは、結局分からなかったけどね」

「なるほど、ねぇ……一応、あたしの方の経緯も話していいかな?」

「いいよ。むしろこっちがお願いしたいくらいだから」


 それでも佳澄があの晩の出来事を把握していたこと自体に驚きはない。

 彼女も関係が微妙なものだるとはいえ、曲がりなりにも家族なのだから母がしていたことを知る機会程度はいくらでもあったはずだ。


 ゆえにこそ日依もさして大げさなリアクションは見せず、そういうことなら説明の手間を少し省いても良いだろうと考えて詳しい説明に意識を移行させていく。

 万が一にも取りこぼしの無いように。そして可能な限り細かい経緯まで佳澄に伝えられることを最優先に努めながら、こちらも記憶を洗い出しながら語っていくのだった。




「──とまぁ、大体のところはそんな感じかな。伝え忘れたことは…これ以上はない、と思いたいよ」

「そういうことか…ありがとうね、日依。わざわざ丁寧に教えてくれてさ」

「いやいや…あたしもこんなこと黙ってるわけにはいかないし、伝えるべきだって思ったから言っただけだから…」


 日依の方から昨晩起こったことについて一通りの説明をしてきたわけであるが、それも一段落すれば佳澄も深く頷いて今の話を脳内で反芻しているようだ。

 ただ、その様子もしっかりと返事をしているようでよくよく見ると上の空気味であったりする。


 彼女の言葉を聞いてもそれを真剣に受け止め切れていないというか、あるいはそれと同じくらいに今の話から不審点を見出してしまいそれに意識のリソースを占められているといった印象である。

 けれど表面上の発言だけを切り取れば今の説明だけでもそれなりに佳澄の手助けにはなれたようなので、一応ノルマは達成できたとしておこう。


「それにまぁビックリはした、かな? あっはは…あたし自身あんなタイミングでやってこられるとは完全に想定外だったから、不意を突かれた…みたいな」

「そう、だよね……ごめんね、日依」

「…え? な、何で佳澄さんが謝るの?」


 ──しかしながらそこで日依があらかたの説明をし終え、少し場の雰囲気が重苦しくなってしまった時。


 ほんの少し空気を入れ替えようと冗談めいて自分の所に突撃されたことを驚いてしまったなどと口にすれば…佳澄は、一瞬思い詰めたような表情を浮かべたかと思うと何故だか日依に()()()()()()()

 そしてこれもどういうつもりなのか、彼女へと謝罪を投げかけてくる彼女の対応があまりにも唐突なものだから日依も戸惑いを隠せない。


 が、それも佳澄から語られる事情が全てを物語っていた。


「…だってさ、今回日依は無関係なはずなのに私の事情に巻き込んじゃったから。うちのママが何を考えてるのかなんて全く分からないし、今でもそう思ってるけど…でも日依が困らされる必要はなかったはずなのに、そうなっちゃったのは私のせいでもある。だからこれは…それの謝罪」

「…っ。佳澄さん…それは…!」

「本当にごめん。本来なら日依にそこまで負担を掛けるつもりは無かったのに──って、んん…!?」

「──…佳澄さん、私の話を聞いて?」


 ぽつぽつと、心なしか沈んでいるようにも思える彼女の面持ちを目の当たりにしながら聞いていけば大まかな向こうの内心は察せた。

 おそらく…というより間違いなく。


 佳澄は日依が思っていた以上にこの件を重く捉えていたらしく、その理由は掴めないがそこにこちらを巻き込んだ形になってしまったことを気に病んでいたようだ。

 もちろん日依としてはそこまで事態を重要に考えてなどいない。


 確かにあの時は訳も分からない内に初対面の相手…今となっては佳澄の母親であると知れたわけだが見知らぬ人物に詰め寄られて多少なりとも戸惑ったりもした。

 だが、それを受けて彼女が迷惑に思ったなんてことは微塵もない。

 その上、特段怒りを露わにしているわけでも無い。


 ゆえにこそ、勝手にこちらへ迷惑をかけてしまったと判断して自分で自分を苦しめてしまっている佳澄に言い聞かせるためにも。

 多少強引な手であると後ほど指摘されようとも構わず、日依は佳澄の顔をグッと両手で掴んで強制的に自らの視線をあちらの目を交わらせた。


 そして──力強くこう告げる。


「あのね? あたしは別に今回のことを佳澄さんから迷惑かけられたなんて思ってないよ。ううん、それだけじゃなくて怒ってもいないし責めるつもりだって微塵も無いから」

「…っ! ど、どうして…」

「どうして? 決まってるじゃん。…こう言うと少し恥ずかしいけど、あたしは佳澄さんにならたとえ迷惑を掛けられても文句なんて出ないの。というか普段から佳澄さんてこっちを頼ろうとしてこないし、こういうところでかけられる迷惑ならむしろ大歓迎なんだよ」

「で、でも日依は私の事情に巻き込まれる筋合いなんて無いのに…」

「はぁ…まだそんなこと言ってるの? …あたしはね、佳澄さんのこととっくの昔に()()()()だって思ってるんだよ。だからせめてこんな時には、あたしを頼ってほしいの。それは佳澄さんにとって迷惑?」

「迷惑では…無いけど」

「なら問題もないね。…そういうわけなので、佳澄さんが過剰に気にする必要はないの。分かってくれた?」

「……うん」


 …多分、きっと。


 佳澄にとってのこの問題は日依が想像しているより何倍も根深い問題で、だからこそ素直に他人の手を借りようとすることに無意識の間に躊躇してしまっている。

 これは自分の問題なのだから、身内の問題なんだから周りに迷惑をかけてはいけないことだ…と。


 しかしそれはこちらのスタンスを考慮していないにも程がある。

 佳澄にも直接伝えたことだが、そもそも日依はこの一件を迷惑だなんて微塵も認識していない。

 それどころか、自分が力になれるのならば喜んで首を突っ込もうとするほどには彼女も佳澄への意識が最初とはまるで別の方向に変化していることを自覚していた。


 日依がそこまでする理由については、ただ一つ。


 彼女にとっても、目の前にいる佳澄という少女の存在が──他の何者にも代えられない、()()()()()()()になっていたから。

 日頃から少し過激な言動で自分を振り回し、それでいてほんの些細な気遣いで彼女の変化にもよく気が付き。

 そして、他愛もない日常のやり取りでさえも素の自分で相手が出来る彼女の存在を、日依も唯一無二であるとようやく自覚したのだ。


 二人の関係は、純粋な友人ではない。

 当たり前ながら恋人などと親密なものですらなく、悪縁じみた対立関係でも無いだろう。


 明確な呼称が存在しない、捉え方によっては吹けば飛んでしまいそうな繋がりも…しかし。

 彼女らにとっては何よりも強固な縁として在り続けてきた関係性は、とうの昔に切っても切れないものに変わっていたのだ。


 そのことを真剣な表情で言い聞かせれば、少なからず何かは佳澄の胸に届かせることが出来たのだろう。

 ポカンとした面持ちを数秒浮かべた後に、まだ少し固くはあれど…日依の顔を見てはにかむような微笑みを見せる佳澄の顔を見れば、大きな山場は超えられたと彼女もまた確信していた。


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