第一話 非日常的な光景
──とある教室の一角に、一人ともう一人の少女がいた。
片方の少女は、良くも悪くも目立ったところがあるわけでは無い。
穏やかな様子で授業に使う教科書の準備を進め、そして近くを通りがかった友人と時折談笑を楽しんで時間を過ごす。
何の変哲もおかしなところもない、ありふれた高校生の姿だ。
そしてその一方で…人柄の良さを感じさせる彼女とは対照的に、教室の窓側に位置した席に座って他の誰と会話をするわけでも何か行動を起こす気配も感じられない少女の姿。
着こなされたパーカーに備え付けられたフードですっぽりと頭を覆い隠し、表情さえまともに確認出来ない彼女には……誰一人として関心を寄せることなく普段通りの生活を送っている。
朝から放課後まで、心底つまらなさそうに窓から確認できる風景をジッと見つめるだけの生徒など近寄っても大した反応は期待できないと思われているのだろう。
事実、その判断も正しい。
高校入学当初からこの少女がクラスメイトの誰かと親し気に関わった事は皆無で、時々事務的な連絡をするために声を掛ける者がいても退屈そうな視線を向けられるだけ。
そのフードの奥に隠された顔の良さを見せつければ周囲からの評価も一段階変わっただろうに、本人にそのつもりが無いのか…はたまた面倒くさいとしか思っていないのか。
いずれにせよ、外界との繋がりを遮断するかのように隔てられた布越しの壁は確実に彼女一人だけの世界観をそこに作り上げていた。
そして、この少女二人の間にこれといった接点などない。
日頃の生活態度も、交友関係も、性格や態度も。
何から何まで異なっている両者では繋がりが生まれるきっかけが発生するはずもなく、一人で過ごすことを好んでいたのだろう彼女から話しかけてくることなどあるはずもないのだからそれは尚更のこと。
……だが、それでも。
そうしてたった一人で毎日をマイペースに過ごしていた彼女のことを、もう一人の少女は気になってもいたのだ。
これといった理由は無い。
ただひたすらに何となく。
教室の中でも浮いているような…しかし、どこか自分だけの世界を持っているように見えた彼女のことを、少女は格好良いと印象付けて時折視線を向けていた。
そして、振り返ってみればきっとその瞬間からだった。
あるいは、それ以前から──少女は彼女のことを、明確な関係性など無いうちから惹かれていたのかもしれない。
◆
「……なに、あれ」
辺りが暗くなり始める頃合い。
季節も十一月の半ばに突入し、次第に寒気が増してくるこの時期に彼女──旗倉日依は、近所のスーパーから自宅に帰る道中であまりにも奇妙な何かを見つけてしまった。
現在高校一年生という毎日が刺激的な出来事で溢れた日常を謳歌する……ほどではなくとも、青春真っ盛りと言える今この瞬間。
日頃から高校への通学路としても活用している道のりの最中にて、日依の視界に飛び込んできたもの。
…夜間に突入しかけていることから影も多く視野は良好であるとは言い難いが、それでも眼前に広がる異変は見逃しようもない。
何せ日依の目の前には、全身の背丈は少し低くありつつもフード付きパーカーに身を包んだ少女と思われる人物が、道のど真ん中にうつ伏せで行き倒れていたのだから。
ありふれた日常風景の中で非日常的すぎる光景を前にすると、人は恐怖や不安よりも困惑が先に出てくるのだと日依は生まれて初めて知った。
それどころか何かしらの事件現場のようだとさえ思え、当人もよく分からない余裕に近い感情が湧き上がりかけたところで…ふと、倒れている人物の正体に彼女は気が付いた。
「えっ……も、もしかして小野寺さん!? どうしてこんなところに…いや、それよりも大丈夫!? 何があったの!」
うつ伏せの状態だったので一目見ただけでは判別もしづらかったが、よくよく見ていくと日依はその人影に見覚えがあるように思えてならない。
しかしそれも当然だ。
何しろ理由も経緯も不明なまま行き倒れていた少女は単なる赤の他人ではなく、他でもない日依自身のクラスメイトであったのだから。
そんな彼女の名は──小野寺佳澄。
正直に白状してしまうとクラス内でもそこまで接点を持っていたわけでは無く、関わった経験は薄い相手だった。
というよりも、そもそもの前提としてこの佳澄はたとえクラスメイトであっても直接対話をしたことがある者を見つける方が難しいくらいだろう。
その理由というのが、これまた日依も詳しいことを知っているわけでは無いが佳澄はあまり他者との交流を持つタイプの人間ではないということ。
授業中でもホームルームの前後であっても、まるで他者との接触そのものを避けるかのように今現在も身に纏っているパーカーのフードが対話の防波堤となって同級生との接点を薄めていた。
そんな少女なので、普通なら周りからも関心を寄せられることも少ない……はずなのだが。
しかしこと佳澄に限ってはその点に関しては話が変わり、というのも彼女はとにかく全身の造形が整いすぎているのだ。
フードの隙間から覗く紺色の美しいショートヘアと、それが飾り立てる端正な顔立ち。
さらには高校生としてはやたらと発育の良いスタイルも相まって、一部の男子からは密かな人気があったりするらしい。
…身体つきは平凡。容姿も濃い目の茶髪が大きく揺れるウェーブがかったロングヘア以外にはさほど目立ったものがない日依としては微かに憧れる存在でもある。
もちろんこちらはこちらで別の友人との付き合いもあり、コミュニケーションもそれなりに取ってはいるがそんな彼女でも佳澄の存在は目を引かれる機会が多かった。
なので日常生活の合間に時折チラリと視線を向けたりもさせていただいていたものの…逆に言えば二人の繋がりはその程度のもの。
ほとんど知人未満と言い切ってしまってもおかしくない間柄ではあるが、だからと言って流石にこの現状を見過ごすことは出来ない。
関わった経験が薄くとも、一応はクラスメイトなのだからそんな相手が倒れでもしていれば思わず駆け寄ってしまうくらいには日依もお人好しな性格をしていたりする。
「息はしてる…よね? で、でもそれならどうして倒れたりなんて……」
「………うっ。……ぉ…か…」
「小野寺さん…!? なに、何があったの?」
服が汚れてしまうことも厭わず地面に倒れ伏していた佳澄の頭と腰に手を回し、何とか起き上がらせると…どうやら幸いにも意識は残っていたようだ。
だがそれなら尚更、何故こんな場所でこのような事件現場に近い雰囲気を思わせる光景を展開していたのかと謎は深まる。
…しかしながら。
やけに重苦しく聞こえた呼吸のリズムがはっきりと耳に届き、まさか体調でも崩したのかと心配しかけた日依へと投げかけられてきたのは──こんな言葉。
「……お、お腹空いた………」
「…………え?」
……プルプルと息も絶え絶えな様子で伸ばされた佳澄の腕は彼女の腹部に移動し、その瞬間に辺りには気の抜けそうなお腹の鳴る音が響き渡った。
そしてそれと同時に、思わず聞き入ってしまいそうな美しい声で呟かれた…何とも間抜けな発言。
どうやら、というか確実に。
囁かれてきた言葉の内容からして、このクラスメイトでもある佳澄という少女は…空腹から倒れ込んでいたらしい。




