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フードを外した彼女が気の済むまで私を堕としに来た  作者: 進道 拓真


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第一七話 あの人はきっと


「うぅん……ふぅ。いやはや、今日も中々満足できる一日だったね」

「……そ、そう。なら良かったんだけど…も、もう少し『お礼』は簡単なものにしない?」


 既に時刻は夜間へと差し掛かりつつある頃合い。

 そんな時に日依と佳澄は毎度の如く同じ家の中でじゃれ合い……もとい、ただただ日依一人だけが困惑と羞恥心を刺激されるだけの時を過ごしていた。


 ちなみに今日の『お礼』として佳澄から送られてきたのは日依の頬へのキスであり、それはもう熱烈なものを幾度もしてもらった。

 …思い出すだけでも頬が熱くなってきそうな唇の感触は今でも鮮明に思い起こすことが出来るくらいで、自然と肌には熱が集まってきてしまう。


 しかも、頬へのキスだけならまだしも()()()()()までされて──いや、止めておこう。


 下手に記憶を掘り起こしてしまうと日依の羞恥心が耐え切れなくなって自爆するという結末が待つのみなので、思い出すべきではないことは放置しておいた方が良い。

 それに最近は日依も、最初の頃と比べて彼女からされることに戸惑いや気恥ずかしさだけではなく、変なところで慣れ始めてきてしまい………。


 …本当に、本当におかしな意味は全く微塵もないのだが、佳澄が仕掛けてくる『お礼』を受ける際に当たり前のように受け入れてきている自分がいるのだ。

 言葉ではどれだけ否定していようとも、内心では『このくらいの事ならまぁ良いか…』なんて考えてしまい、正直なところ頬にキスくらいならさほど情緒が揺さぶられることも無い。


 人間はどんな状況であってもいずれは慣れる生き物だと言われることもあるが、適応力というのは恐ろしい。

 かつてはほんの少しの接触だけでも緊張のレベルを最高潮に設定していたというのに、それが今となってはほとんど平然としながら彼女とキスをする仲にまでなっている。


 ……いいや、やはり思い返してみると改めて思うがいくら女同士とはいえど流石にこうも頻繁にキスをするかされるかの関係は些かおかしいのでは?


 ふと頭に湧き上がってきた、根本的な疑問であるがそれを言葉にして口から出すよりも早く佳澄が立ち行動を始めた。


「さーてと、それじゃ私も今日はこれで帰ろうかな。これ以上居座ると日依の羞恥心がいっぱいいっぱいになっちゃいそうだし」

「…そ、そんなこともありませんけど?」

「おっ、本当? ならもう少し日依を可愛がってから帰るのも……」

「あ、やっぱり無し! 無しでお願いします!」

「ふふ…調子いいんだから。ま、それが日依の良さだから良いけどね。じゃあ今度こそ帰らせてもらうとするよ」


 学校がある日は放課後から、休日は昼前辺りからこの場を訪れる佳澄であるが当然ながらいつまでも延々と滞在をするわけでは無い。

 ちょうどよいタイミングになれば彼女も自分の家に帰っていき、少しの間日依一人だけの静かな時間が訪れる。


 立ち上がった佳澄がすっかり慣れた様子で玄関先へと歩き進んでいき、玄関ドアの鍵を開けると軽く一言別れの挨拶だけ言って帰路に着いていく。

 その後ろ姿を日依は視界に捉えられなくなるまで見守り、彼女の姿が完全に見えなくなったら彼女は引き返して家に戻る。


 それが、いつもの流れでありもはや日々の習慣と化したこと。


 ──しかし、今日に限ってはそんな流れにも一つの相違点があった。


「……あれ、こんな時間に車なんて珍しいなぁ…しかもすっごい豪華だし…」


 日依が自宅に戻ろうとした瞬間、先ほどまで佳澄が歩いていた方向とは真逆の方角から突如姿を現したもの。

 その分野に詳しくない日依であっても一目で高級なのだろうと判別が出来るほどに立派なフォルムをした()()()


 道の曲がり角から突然走ってきたので思わず目を引かれてしまったが、それ以上にこの時間帯にあんな車がここいらの近所を走っているのが珍しくも思えたのだ。

 というのも、まだ深夜という程ではないが既に時刻は夜間と言って差し支えない頃合い。


 普段なら物静かな空気が蔓延しているはずの道端で、あれだけの高級感と高圧的な迫力さえ醸し出している車を乗りこなす家が近くにあった覚えもないのでそこも相まって日依は首を傾げてしまいそうになる。

 しかしそれは彼女が覚えていなかったか見たことが無かっただけの話であって、もしくは近所の家の誰かの送り迎えをしに来た人の乗用車とか……きっとそんなところだろう。


 だったら日依が過剰に気にするのも失礼かと思い、あまり気に留めないようにしておこうと判断したところで──またもや彼女の視線は再度、奪われることになる。


(…! うわぁ…! 車から降りてきた人、すっごい綺麗…! めちゃくちゃ仕事が出来る女の人、って感じだ)


 どうやらあの高級車の目的はこの近場であったらしく、そこまで距離も離れていない位置に停車したかと思えばすぐに運転席から誰かが降りてくる。

 そうしてそこから出てきたのは…一人の女性。


 パッと見た印象としてはバリバリ仕事をこなせるキャリアウーマン、といった雰囲気で今も尚身に纏われているスーツ姿がとんでもなく似合っている。

 また、その点と同等以上にあの女性の容姿が人目を惹き付けてやまないものであるということだ。


 きっちりと整えられたストレートロングな黒髪は一切の汚れを知らないかのように艶やかな質感が保たれており、その美しさを支える顔の造形も見事と言う他ない。

 ある程度距離が離れているというのにそれでも端正な顔つきはしっかりと認識できるほどで、異性の視線など相当に釘付けにしてしまうこと間違いなしだろうと確信させられるほど。


 …ただし、そんな容姿に反して纏う()()()と言い表せるものはひどく冷たく感じられる。


 浮かべられた表情に温かみが感じられないとでも言うのか、ひたすらに冷たい顔を浮かべた女性は辺りをキョロキョロと見渡したかと思うと──不意に、そちらを見つめていた日依と視線が交わってしまった。

 けれどだからと言って何が悪いというわけでも無い。


 確かに許可もなく見つめていたのは少し失礼だったかもしれないが、それでも多少人と目が合うくらい日常生活の中でも時には起こり得ることだ。

 なのでそこまで気にすることも無いかと、余計な干渉はするまいとすぐに日依は目線を外そうとして──次の瞬間。


(……え、えっ? ど、どうしてこっちに向かって来てるわけ…!?)


 …どういうわけか、日依の存在を向こうに認識された次の瞬間にはあちらの女性の方からこちらに向けてやけに整った歩き方で近寄って来ようとしている。

 いきなりそのような動きをされたために流石の日依も困惑を隠しきれず、もしや不審者かというところまで思考が飛躍しかけて慌てて家に入ろうとするも…驚愕から動き出しが一瞬遅れてしまった。


 その間にお互いの声が届く範囲にまで接近されてしまい、一体自分はどうなるのかと日依が身構えて…あちらから一言、声を掛けられた。


「──失礼。ここは旗倉さんのお宅で間違いないかしら?」

「…ふぇ? あ、は、はい…そうですけども……な、何かご用でしょうか?」


 ──届いてきた声色は、感情を思わせる抑揚さえもほとんどない。


 美しさはあれど変化には乏しいと感じていた表情と同様、どこまでいっても冷淡で…言い方を変えればクールと表現出来なくもない女性に話しかけられた日依は、何故自分に話しかけてきたのか。

 そして、何故自分の()()()()()()()()()()()()という疑問が浮かび上がりかけるも、そこを聞き返す余裕もなく用件を尋ねてしまう。


「そう……では、ここにあの子が──…」

「…あ、あのぉ…あたしにご用事でしたらお話は聞きますけど…」

「あら、ごめんなさい。突然訪ねてしまって申し訳なかったわ。ただ、あなたのことは話に聞いていたのでご挨拶をと思って少し寄らせてもらったの。アポも無しに来てしまったことは謝らせてもらうわ」

「は、はぁ…?」


 一体この女性は何者なのか。どうしてこの場所を訪れてきたのか。


 それに日依のことを話に聞いていただなんて言っているがそもそもこんな綺麗な女性の耳に入るほど彼女は目立つ人間ではない。

 事情を聞こうと恐る恐る踏み込めばさらに謎が深まってしまうという流れに困惑を生じえないが、しかしながら相手の対応にも中々に恐怖心を煽られる。


 …向こうも、言葉では謝罪であったり申し訳ないという単語を口にしているものの、その発言に全く感情が乗せられていないようにしか思えないので本心が一切掴めないのだ。


「色々とご迷惑をおかけしてしまっているようだし、私の方からもお礼をして差し上げたいのだけれど…あいにく今は持ち合わせが無くて。また今度しっかりと返礼はさせてもらうわ」

「い、いえあの…! そもそもお礼だとか云々の前に、あなたは──…!」

「…っと、あまりここで長話をしていてもお邪魔になってしまうわね。それなら…()()を渡しておくから、空いた時間に連絡をしていただければ対応するわ。もしも何かあった時には遠慮なく掛けてちょうだい」

「へ? あ、はい…」


 一応は日依からもあなたは誰なのかと質問を投げかけてみようと試みはしてみたが、向こうが怒涛の勢いで会話を進めていくのでその流れに押し切られてしまう。

 結局、最後まで訳も分からないままあちらの用件だけが済んだようなことを宣言されて謎の一枚の紙……おそらく名刺だと思われる紙をスッと手渡され、勢いに流されて受け取ってしまった。


「それでは、私はこれで。……勝手なお願いだけれど、()()()()と仲良くしてあげてくれたら嬉しいわ」

「──えっ。ちょ、ちょっと待って…!? う、うちの子って、もしかして……っ!?」


 事情も経緯も全く理解できない展開を前にポカンとしていた日依に、別れ際向こうから掛けられた言葉。

 …その発言の意味を直感的に悟った日依はハッと正気を取り戻し、去ってしまう前に一度だけ問いを投げかけようとするが…それは一瞬遅く。


 早々に車へと乗り込んで走り去ってしまった女性は彼女の呼びかけに止まることも無く、夜の道へと再び消えていった。


「……嘘、だよね。だけど今の言葉……ってことは、多分あの人は…」


 謎の女性が走り去り、今度こそ日依一人だけが取り残されたこの場。


 夜の暗闇に周囲が取り囲まれつつある外気の中心で、今しがた対面した女性の()()に辿り着きかけた彼女は信じられないと訴えかけてくる思考に冷静さを掻き乱され……しかし。


 …暗がりの中でたった今手渡されたばかりの名刺。

 そこに記された長く小難しい会社名と、役職名。


 そして中央にはっきりと書き記されている──『小野寺(おのでら)(すみれ)』の文字が、静かに輝いていた。


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