第五話
グラディア王国王都の中心、白亜の王城はいつになくざわめいていた。
朝靄がまだ残る中庭には花々が咲き乱れ、噴水の水音が柔らかく響く。
その空気の奥で、召使たちは慌ただしく行き交っていた。
「殿下のお祝いの花飾りはこちらに!」
「お菓子班、厨房から三分前倒しです!」
「魔導照明の配置準備完了!」
どこか緊張感よりも楽しげな声が響いている。
それもそのはず今日は、王国第三王子・レオン・グラディアの一歳の誕生日。
城中の人々が、あの小さな王子の笑顔を思い出すだけで自然と頬を緩める。
王族とはいえ、彼はどこか“庶民的”で“人懐っこい”。
まだ言葉も拙いのに、侍女たちの間ではすでに「癒しの天使」扱いだ。
「ふふ……今日のレオン様、きっとお可愛いでしょうねぇ」
「昨日も“ばぶっ”て言いながらスプーンを握って……ああ、尊い……」
「尊い言うな、仕事しなさい!」
そんな声を背に、王妃セシリアは朝の光を
受けながらゆっくりと部屋の扉を開けた。
柔らかい金髪をゆるくまとめたその姿は、まさに慈愛の女神そのもの。
「…ん〜……」
小さな寝息と共に、ふわりと揺れる淡い金の髪。
レオンはいつも通りの天使モードで夢の中にいた。
まるで王家の絵画から抜け出してきたような寝顔だが、心の中では—
(…ああ、もう朝か。もう少し寝たい…)
—などと、異世界転生サラリーマンの冷静な感想を抱いている。
前世の名残か、目覚ましの代わりに設定している、
自動で動く脳内チェックリストが起動する。
(朝7時、体力回復良好。……おむつ交換タイム、まもなく)
現実的なステータス確認を終えたころ、
優しい手が彼の額をなでた。
「おはよう、レオン。今日はあなたの大切な日ですよ」
セシリアの声に、レオンのまぶたがふるりと震える。
金の瞳が光をとらえ、柔らかな朝日が彼を包み込む。
「…まま」
まだ不確かな発音ながら、その一言に王妃は胸を押さえて微笑んだ。
「ふふ、ちゃんと“ママ”って言えましたね。立派ですよ、我が子」
(…いや、これ反射的に出ただけなんだけど……すごい感動されてる!?)
内心で慌てるレオンをよそに、
侍女が静かに近づいて毛布を整えた。
「王妃様、そろそろ殿下をお着替えに」
「ええ、お願いね。今日はとっておきの服を着せてあげたいの」
クローゼットから取り出されたのは、
白と金のレースをあしらった小さな王族衣装。
袖口には魔法糸が縫い込まれ、光の角度で微かに輝く。
(おお…今日の服はいつもより豪華じゃん…!)
心の中で思わずテンションが上がるレオン。
おむつを替えられながらも、どこか凛々しい表情を浮かべる。
支度を終えると、セシリアはレオンをそっと抱き上げ、窓の外を指さした。
「見てごらんなさい、レオン。
今日はお祝いのためにたくさんの人が来てくれましたよ」
中庭には既に装飾されたテーブルや、魔法花火の準備が進んでいた。
花びらの舞う風景を見て、レオンの胸に懐かしい感覚がよぎる。
(……これ、桜の花びらに似てるな。日本を思い出す…)
前世の日本で、コンビニの外に咲いていた桜を思い出す。
深夜残業明けに見上げた、あの静かな夜空。
(今度こそ、ちゃんと笑って春を迎えられるのか……悪くないな)
そんな感慨にふけっていると、廊下の向こうから勢いよく扉が開く音がした。
「おーい! レオン、起きてるかー!」
「シーッ! 兄上、静かに! レオン様、まだおねむかもしれません!」
現れたのは、第一王子ライナルトと第二王子シリルだった。
兄たちはそろって、弟の寝顔を見てにやけている。
「やっぱ可愛いな、こいつ!」
「昨日より元気そうです、要観察ですね!」
(兄上たちのテンション、完全に“弟バカLv.MAX”だな……)
レオンは小さくあくびをして、手を伸ばす。
その仕草だけで、二人の兄は目を潤ませる。
「見たか!? 俺に手を伸ばしたぞ!」
「違います! 僕です! 絶対僕です!」
いつもの兄弟バトルが始まった。
セシリアはくすくすと笑い、レオンをもう一度抱き締める。
「あなたは幸せ者ですね、レオン」
柔らかな声が朝日と溶け合い、王宮の一日が賑やかに幕を開けた。
王城の食堂は、朝から心地よい活気に包まれていた。
豪奢な長テーブルには、色とりどりの果物やパン、
スープが並び、香ばしい匂いが漂っている。
壁には祝いの花飾り、天井には魔導灯が柔らかく光を落とす。
レオンはエリシアの横にちょこんと横の席に座りその隣には
父王アルフォンスが座り、兄姉たちの賑やかなやり取りを見上げていた。
「ねえねえ! 今日のケーキ、私がデザイン考えたのよ!」
元気よくそう言ったのは、第二王女ミリア。まだ四歳。
銀色の髪をツインテールに結び、目をきらきら輝かせている。
「ミリアが? でも前回の“苺だらけ事件”を忘れたの?」
と、冷静に突っ込むのは八歳の第一王女ソフィア。
彼女はしっかり者で、早くも母親似の品格を漂わせていた。
「だってあれ、かわいかったじゃない!」
「味より見た目で決めたらまたベタベタになりますわよ」
「べ、ベタベタでもおいしかったもん!」
(あー…このノリ、完全に“女子トークバトル”だ。見てるだけで癒されるな)
内心で苦笑するレオン。
王族の朝食といっても、雰囲気はまるで大家族のリビングだ。
誰もが彼を中心に穏やかで、温かい。
その端で、ライナルトとシリルの兄弟は早くも“食前会議”を始めていた。
「今日こそレオンに“スプーン訓練”を成功させるぞ!」
「兄上、前回はスープを吹き飛ばしました!」
「だからこそだ! 挑戦こそ成長だろう!」
力強く拳を握る長兄ライナルト。
シリルは一歩引きながらも目を輝かせている。
(やばい、この兄貴……完全に体育会系主人公タイプだ)
レオンは小さくため息をついた。
スプーンを手に取り、手首をぷるぷると震わせる。
この動き、かつて彼が見たアニメの「食事シーン」そっくりだった。
(いける…集中…!)
気合と共に、スープの器へ手を伸ばす。
しかし次の瞬間——
「ぱしゃっ!」
スープは美しく弧を描き、ライナルトのエプロンに直撃。
「ぐあっ!? レオン!? 直撃コースだと!?」
「兄上、回避力低すぎです!」
家族全員が爆笑に包まれる中、レオンは小さく首をかしげた。
(…やっちまったぜ)
王妃セシリアは笑いながらハンカチでライナルトの服を拭い、
優しくレオンの頭をなでた。
「でもすごいですよ、レオン。ちゃんと手を伸ばせましたね」
「まま…」
その一言に、再び場が静まる。
ソフィアとミリアは目を丸くし、ライナルトは満面の笑みで拳を握る。
「聞いたか!? 今“ママ”って言ったぞ!」
「うん! かわいすぎて尊死する!」
「尊死ってなに?」
「知らないけど、たぶん幸せなこと!」
「パパも呼んでほしいぞ!」
(ああ……平和って、こういうことなんだな)
レオンの胸に、じんわりと温かい感情が広がる。
転生したとき、こんな日が来るとは思っていなかった。
会社のデスクの上で食べた冷めたカップ麺よりも、
このスープ一口のほうが何倍も美味しい。
やがて朝食が終わり、アルフォンスが席を立つ。
威厳ある声で言うその姿は、まさに“理想の王”だった。
「さて、午後には招待客が集まる。
我が息子レオンの成長を、皆に見せてやらねばな」
その瞳には誇りと慈しみが宿る。
レオンは思わず背筋を伸ばし、心の中で“王族の構え”を真似した。
(ふふ…イベント開始みたいだ。今日一日、絶対に成功させてやる)
その決意を胸に、彼の誕生日は本格的に幕を開ける——。
昼下がりの陽光が差し込む王城大広間は、まるで花の園のようだった。
天井から吊るされた魔導ランタンは虹色に光り、音楽隊が優雅な旋律を奏でる。
王族の誕生日とはいえ、今日の主役はまだ一歳の赤子。
けれど、その“レオン殿下”を見るだけで、誰もが頬を緩ませるのだった。
「まあ、なんて可愛らしい……」
「王妃様にそっくりね」
「そうね、陛下にも似ておられるわ」
客人たちの賛辞の嵐の中、当の本人は——
(…こういうとき、どうリアクションすればいいんだ? 笑えばいいのか?)
——営業スマイルモードを起動していた。
前世で培った営業スマイルが、ここに来てまさか役立つとは。
膝の上でにこにこと微笑むレオンを見て、王妃エリシアは微笑んだ。
「私たちからはこれをプレゼントしよう」
父母がそう言うともって来られたのは、以前騒動を起こした超級魔導書だった。
「きゃっきゃ」(それ持ってきて大丈夫な奴!?)
「喜んでるようでなによりだ!」
「ふぅー」(大人しくしているようだからいいかな)
兄姉たちはレオンのもとにプレゼントを持って集まり順に並んだ。
「レオン、これを見ろ!」
ライナルトは、誇らしげに胸を張った。
両手に抱えているのは——小さな木剣。
ただの玩具ではない。魔法工房で作られた訓練用の“安全木剣”だ。
「これは俺の初めての剣だ。俺の師匠からもらったものを、
少し改良して、お前用に作った」
(え、兄上手作り!?……なにこの感動イベント)
ライナルトは屈んでレオンの前に木剣を差し出す。
まだ手も小さい弟に向かって、真剣な瞳で語る。
「今はまだ持てないだろう。でも、いつか一緒に剣を振ろうな」
「……ん、きゃっ!」
レオンは笑って木剣を軽く叩くように触れる。
それを見た兄上の笑顔が、まるで太陽のように輝いた。
(うわ、尊敬できる兄貴って、ほんとに眩しい……)
次に進み出たのは、シリル。
小柄で眼鏡をかけ、知的な雰囲気の少年だ。
手には杖を握っている。
「これは、僕が作った“魔杖”です!
魔力を使うときの触媒として、将来魔法の練習に役立つと思って!」
「まぁ、あなたが作ったの?」
王妃エリシアが驚きの声を上げる。
「はい!…ただ、初級魔法までです!それ以上の魔法は使えません…」
先端についた魔石の光が、まるで宝石のように美しい。
(ああ……これ、アニメでよくある“アイテム説明ウィンドウ”出したいな……)
レオンの頭の中に勝手に浮かぶ、透明なUI。
【アイテム】シリル製魔杖
初級魔法の触媒に特化した魔法の杖
製作者:シリル・グラディア
(うん、これ完全にチュートリアル装備だ)
杖を握ると、シリルは得意げに胸を張った。
「これで、レオンも将来魔法使いになる準備はばっちりです!」
「……あはっ!」
レオンの笑顔に、シリルは耳まで真っ赤になった。
「私たちもあります!」
ソフィアが前に出て、横でミリアが小箱を抱えていた。
「ミリアと一緒に作ったんです!」
「がんばったの!」
箱を開けると、中には手縫いの小さなぬいぐるみ。
まだ少し不格好だけれど、柔らかくて優しい雰囲気がある。
うさぎの形をしたそれは、片耳に王家の紋章が刺繍されていた。
「この子、“ラビィ”って名前! レオンの守りうさぎなの!」
「寝るときに一緒にいてくれたら嬉しいですわ」
ミリアがドヤ顔で胸を張る。
ソフィアは照れくさそうに微笑む。
(…うわ、癒しの極致だ)
レオンはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
ふわふわの感触が胸の奥まで温かくなる。
「…しゅき」
その一言で、家族全員の時間が止まった。
「っ……!」
「聞きました!? 今“しゅき”って!」
「尊死した」
「ミリア、それまた使い方違うわよ……」
笑いと涙が混じるような空気の中、場の雰囲気は最高潮に達した。
そして、締めくくりは——もちろん、ケーキ。
「じゃーん! 見て! 特製三段ケーキよっ!」
ミリアが胸を張り、テーブルに置かれた巨大なケーキを指さす。
苺、クリーム、魔法で光る砂糖細工——
(すごいデコレーション、ウェディングケーキ並みの大きさだ)
レオンの視線の先で、魔導パティシエが最後の魔法飾りを施そうと詠唱を始めた。
「光よ、甘き祝福の灯となれ――《イルミナ・グラッセ》!」
直後『どんっっ!!』ケーキが爆ぜたように見えた
と思ったら適度なサイズなって来賓や俺たちの前に皿に乗ってやってきた。
「ひゃああ!?ケーキが爆発したー!?」
「うわぁっ!?浮かんで飛んできたわ!」
(……え、これもう完全に“料理アニメの必殺技”じゃん)
次の瞬間レオンが笑った。
「きゃははっ!」
誰かが拍手を始め、次第に笑いと歓声が広がった
レオンはただ笑っていた。
甘い匂いに包まれ、家族の声が重なり、
この瞬間が永遠に続けばいいと思った。
(……転生してよかった。マジで、今日は“神回”だな)
彼の小さな心の中で、確かにそう呟かれていた。
夕暮れが、王都グラディアを包み込んでいた。
城の外壁が茜色に染まり、風に乗って祝宴の名残がかすかに漂う。
昼の喧噪が嘘のように静まった王宮の中で、
レオンの寝室だけがまだ小さな灯をともしていた。
白いレースのカーテンがゆるやかに揺れ、
ベビーベッドの上ではレオンがふわふわの毛布に包まれていた。
目元は少し眠たげに潤み、けれど笑顔を浮かべたまま——
今日の出来事を、何度も反芻していた。
(……ほんと、夢みたいな一日だったな)
父と母の魔導書、
ライナルト兄の木剣、
シリル兄の魔法の杖、
ソフィア姉とミリア姉の手作りのうさぎのぬいぐるみ
どれも、あたたかくて、嬉しくて、胸の奥がじんわりしている。
まだ身体が小さくて、言葉もうまく出ない。
それでも、心の中ではちゃんとわかっていた。
——この家族が、大切だと。
コン、コン。
扉がそっとノックされた。
「入っていいか?」
「……ん」
低く穏やかな声。
入ってきたのは、アルフォンス。
厳格と名高い大国の王とは思えないほど、柔らかな表情をしていた。
彼は静かにベッドへ歩み寄り、レオンの頭を優しく撫でた。
「よく頑張ったな、レオン。今日はお前のために、みんなが笑っていた」
「……きゃっ」
父の指が髪を撫でるたび、くすぐったくて、レオンは小さく笑う。
その笑みを見て、レオニスの頬が少し緩む。
「昔は皆も、こんなに小さかったのだが……」
「懐かしいですね」
続いて、扉の向こうから王妃エリシアが入ってくる。
月光を受けて金の髪が揺れ、まるで夜の女神のようだった。
手には、ぬいぐるみ“ラビィ”が抱かれている。
「これを抱いて寝たいのですよね?」
「……う、さ……」
レオンが手を伸ばす。
その小さな指を見て、エリシアはそっと笑んだ。
「あなたが生まれてきてから、毎日が幸せで満ちています。
不思議なことに、この子が笑うと、どんな疲れも消えてしまうのです」
レオニスが頷いた。
「まるで…魔法そのものだな」
ふと、その言葉に、部屋の空気がふわりと変わった。
どこからともなく淡い光が舞い、レオンの周りを漂い始める。
月光と混ざり合い、柔らかい粒子となって空中で煌めいた。
「……これは、レオンの魔力?」
「ええ。この子はまだ魔力を制御できない。
けれど……この優しい光は、まぎれもなくこの子自身のものだ」
アルフォンスの目が、深く細められる。
そこには王としての警戒と、父としての誇りが同居していた。
レオンは自分を包む光に目を細めた。
温かくて、胸がくすぐったくて、どこか懐かしい。
まるで、あの神様に抱かれていた時のような——そんな感覚だった。
(……やっぱり、あの人が見てくれてるのかな)
ふと、光の粒の中に、あの“神”の声が微かに響いた気がした。
光がふわりと形を変えた。
それは、夜空に浮かぶ花のような輪となって、
やがてゆっくりと窓の外へ溶けていった。
それを見た王と王妃は、しばらく言葉を失っていた。
「……この子は、やはり特別なのですね」
「ええ。しかし“特別”であることが、必ずしも幸福とは限らぬ」
アルフォンスの声には、王としての責任の重さが滲む。
「だが、だからこそ——我々が支えねばならない」
「はい。この子の光が、決して孤独にならないように」
エリシアはレオンの額に唇を落とし、
そのままラビィをそっと抱かせた。
「おやすみなさい、我が小さな奇跡」
レオンはまぶたを閉じながら、ふわりと笑った。
胸の奥で、誰かの声がもう一度囁く。
「——あなたの“物語”は、まだ始まったばかりです」
夜が更けていく。
窓の外では星が瞬き、
王都の灯が遠くでまたたいていた。
【名前】レオン・グラディア
【年齢】1歳
【職業】グラディア王国第三王子
【レベル】2 経験値 0/75
【体力】 :75
【魔力】 :11867
【持久力】:65
【筋力】 :71
【耐久力】:60
【知力】 :192
【精神力】:171
【敏捷】 :59
【技量】 :69
【幸運】 :1213
【スキル】:魔術王 鑑定 状態異常無効 精神異常無効
【加護】 :創世神の加護




