第三話
朝。グラディア王国の王城、自室に朝日が差し込む。
鳥たちが高く鳴き、澄んだ空気が王妃の寝室をやわらかく照らしていた。
「……ふぁ……。あら、もうこんな時間なのね」
薄桃色の寝衣をまとった王妃セシリアが、静かに目を開ける。
だが、その隣で寝ている“我が家の主役”が、もぞもぞと動き出した。
「ふぇ……っくしゅんっ!」その瞬間、光がはじけた。
天井の魔導灯が一斉に点滅し、カーテンが勝手に開く。
王妃の長い金髪がふわりと風に揺れ、部屋の空気が震える。
「レオンまた浮いてるわよ」母は強し、なれるのも早かった。
そう。レオン・グラディア、生後6ヶ月。
本日も、寝起きの重力魔法発動である。
俺は、ふわふわ浮かびながらぐるりと180度回転。
ふむ、今日の浮遊安定度、昨日より上がった気がする。
「ふふ……元気ね、レオン」セシリアが微笑む。
その笑顔は、ほんのりと聖母のようで――
でも時々、肝っ玉母ちゃんのようにも見える。
「ほら、ちゃんと自分で降りられる子よね」
セシリアが優しく呼びかけると、レオンはふわり、と母の腕の中にに着地した。
すたっ、両手をばたつかせながらも、なんとか“着地成功”。
笑いが弾け、王妃の寝室がいっそう明るくなる。
やがて、ドアがどんどんっ!と叩かれる。
「お母様っ!レオンは!?また魔力暴発してない!?」
「母上!レオちゃん起きた〜!会いたいの〜っ!」
やって来たのは、長女ソフィアと次女ミリア。
毎朝この時間になると、まるで儀式のように弟の見回りに来る。
「まぁ、おはようソフィア、ミリア。」
「おはようございます、母上。それでレオンは?」
「ん〜っ!おはよー!レオちゃーん!」
ミリアが駆け寄って、レオンをむぎゅっと抱きしめる。
その瞬間――レオンの頭上に、ぽわんっと小さな光球が浮かんだ。
「きゃっ……!」
「ミリア、だめよ。レオンの魔力に触ると、時々――」
“ぽんっ!”光球が弾け、部屋中に小花の幻影が舞った。
「……あら、今日は花びらね」
「きれい〜!」
レオンは内心、どこか誇らしげだった。
(ふふ……成功だな。“爆発型花吹雪”……イメージ訓練の成果だ!)
昨日こっそりやっていた「魔力量の調整」と「魔力放出の練習」が効いたのだ。
アニメやゲームの知識って、案外バカにできない。
“魔力の流れ”を“チ〇クラの流れ”みたいにイメージすると、安定しやすい。
……前世では上司に「妄想ばっかしてないで現実見ろ」って言われたけど、
今は現実がオタク設定の塊なんだよ、上司。ざまぁみろ。
朝の身支度を整えるセシリア。
侍女たちが手際よくドレスを仕立て、髪を整える。
ソフィアは弟のベビーベッド横で筆記用具を開き、ミリアは遊んでいた。
「ソフィア、また観察記録を書いているの?」
「はい。レオンの魔力のパターンを毎日記録しています。」
「お、お姉ちゃん、すごい〜! レオンちゃんの研究者だ〜!」
「ソフィア、あまり弟を研究対象にしちゃだめよ?」
「は、はい……でも! 彼の魔力は、まるで“循環”しているんです。
普通の赤子は放出だけなのに…」
「循環しているの?」
「ええ。外に放出された魔力が、また体に戻ってくるようなそんな感覚です」
――あ、それ、多分俺が制御してるからだな。。
「まぁ……面白いわね。じゃあ、今日も元気に魔力訓練しないとね、レオン?」
「あおー(任せろ)」
王妃が微笑み、レオンの髪を撫でる。
彼女の手のぬくもりに包まれながら、レオンは心の中で呟いた。
(よし……今日もコツコツ、やるぞ。最強は努力の積み重ねだ……!)
昼下がりの王宮。
白い大理石の回廊を抜けた先――そこは王族のための「学習室」。
窓辺に魔導書が並び、中央には絹張りの長椅子と大きな机。
レオンは、ふかふかのクッションに包まれて、
おもちゃの魔導具をじっと眺めていた。
“転生オタク脳”をフル回転させて遊んでいたところ――。
「お待たせしましたわ! 今日の講義、先生をお招きしましたの!」
ぱたぱたとドレスの裾を揺らしながら、ソフィアが入室してきた。
その後ろには、品の良い初老の男性、
銀縁眼鏡の王宮教師、ヘルムート先生が続く。
「……王女殿下、まさか“実際に講義を行う”とは……」
「はい! 弟の才能を伸ばすためですわ!」
「いやしかし、殿下……王子はまだ赤子です……」
「天才は早く磨くほど輝くのです!」
ソフィアが机の上に一冊の魔導書を置いた。青い表紙に、銀の紋章。
「本日扱うのは、この“中級魔導書”です!」
「……わ、わたくしの講義計画より二年早い内容では……」
「問題ありませんわ! レオンならできます!」
「むう〜(無茶言うな)」
「レオン、見てください。この文字を覚えるのです」
ソフィアが棒で魔導書の一節を黒板に書き記す。
「これは炎を司る文字列です。情熱の象徴とも言われています」
「……うぃ(ふむ、なるほどな)」
レオンがじっと文字を見つめた瞬間――
その魔導書のページがピクッと反応した。
「ひゃっ!? ま、また……動いた!?」
光は止まらない。むしろ強く、広がっていく。
「あた〜……(あ、またやっちゃった)」
机の上に、淡い炎の輪が浮かび上がる。
まるで蜃気楼のようにゆらゆらと揺れるそれは、熱を感じない――
けれど確かに、炎だった。
「炎の魔法が……発動しているじゃと!?」
「レオンが見ただけで……!? すごいっ!」
ソフィアの目がきらっきらに輝く。
(やばい……姉上、楽しんでる……!)
その時、扉がノックされた。
「失礼いたします、殿下。書庫より追加の教材を……」
入ってきた侍女が抱えていたのは、分厚い黒革の本。
それは施錠されているように見える本だった。
「それは……?」
「王様の指示で“参考用”に、と」ソフィアが目を輝かせる。
「素晴らしい! 追加資料ですわね!」
「いやっ、それはっ! “超級魔導書”では!?」
「えっ!?」
教師が叫ぶより早く、レオンがその本に視線を向けた。
パチン――。魔方陣が一瞬で展開し、錠が勝手に開く。
室内に、赤黒い光が走った。
「きゃっ!」侍女が倒れこむ。
赤子用のクッションがひっくり返る。
空気が重くなり、文字が宙を舞う――
《──汝、名を問う──》俺の頭の中に声が響いた。
「封印が……解かれて……!?」
ヘルムートが杖を構えるが、
ソフィアがレオンを抱き上げた瞬間、光が止んだ。
レオンの瞳が静かに赤く光り、
ゆっくりと――口を開く。
「……ばぶ!(沈まれ!)」
パリンッ!空気の緊張が一瞬で消えた。
魔導書は再び閉じ、封印が元に戻る。
「……おわった?」
「お、おわった……のか……?」
部屋に静寂が戻る。ヘルムートが侍女を起こし、
そして、ソフィアがぽつりと言った。
「やはり……レオンは“選ばれた存在”ですわ!」
「ばぶぅ(やめろ、それフラグ立つやつ!)」
そんな騒動の最中、扉が開いた。
「おやおや、ずいぶん賑やかだな」
白金の髪を揺らし、豪放に笑う男。
入ってきたのは、グラディア国王アルフォンス。
その後ろには王妃セシリアと他の兄姉も控えていた。
「また何かあったのですね、ヘルムート先生?」
「おお、陛下……! このたびの件、もはや私の職責を超えております!」
「ふむ……どれ、レオンはどんな様子だ?」
「あぅ〜」
「おお、元気そうだな!」
(父上、完全に“可愛い我が子モード”だ……この温度差よ)
ヘルムートが必死に説明を始める。
無詠唱制御の件、超級魔導書の件、魔導書の暴走……。
国王は腕を組み、真剣に聞いていた。
だが、説明が終わったあと――
「なるほど。つまりレオンは、天才ということだな!」
「そうなります、が……!」
「よし、問題ない!」
(雑ゥ!)と俺は心の中で叫んだ。
その日の夜、俺はベビーベッドの中で目を閉じながら物思いにふけっていた。
(……どうやら、あの魔導書は俺の“魔術王”のスキルに反応を見せているようだった。
いずれまた触れる機会があるだろう。)
などと考えつつ眠りについた。




