第二十六話
アニマディア王国の王城は、街の中心にあった。
だが、それは「街の中に城がある」というより、
城を中心に街が築かれたと言った方が正しい。
巨大な岩山を削り出したかのような構造。
白でも黒でもない、獣人の国特有の赤褐色の石材が重なり、
装飾は最小限――だが、威圧感だけは王城にふさわしい。
「……圧がありますね」
レオンが思わず漏らすと、先導していた獣人の騎士が口角を上げた。
「誉め言葉だな。俺らは強さが見える城を好むのだ」
王城正面の門が開かれる。中庭に足を踏み入れた瞬間、空気が一段重くなった。
闘気。城に詰める者たちのそれは、街中よりもさらに洗練されている。
無駄がなく、だが常に臨戦態勢。
(ここが、武闘会を主催する国の中心……)
玉座の間へと通される。広間は天井が高く、柱は獣の牙を思わせる形状。
その最奥、段差の上に獣人王がいた。獅子の獣人。
燃えるような金の鬣、鋭い眼光。
ただ座っているだけで、場を制圧する存在感。
その左右には、四人の王妃。
虎、狼、鷲、そして蜥蜴。それぞれが異なる気配と闘気の色をまとっている。
王族の子供たちも、段下に控えていた。レオンは一瞬で理解する。
(……全員、強い)
年齢など関係ない。王族である前に、戦士だ。
「グラディア王国より来訪した、第三王子レオン・グラディアであるな」
獣人王の声は低く、腹の底に響いた。
「はい。本日は、武闘会へのご招待、誠にありがとうございます」
礼をとると、王は満足そうに頷いた。
「形式ばった挨拶は好かぬ。我が国では、力を示すことが最大の礼だ」
王の視線が、レオンを射抜く。
「聞いているぞ。その若さで、魔力を持つと」
広間が、ざわりとした。
王族の子供たちが、興味を隠さずこちらを見る。
「……よろしければ」
レオンは一歩前に出た。
「この場で、少しお見せしても?」
「見せてみよ」
「分かりました」
レオンの体から魔力があふれ出ると、王城の空気が、ぴんと張り詰めた。
「……ほう。これで少しとは」
魔力を引っ込めるとレオンは続けて言った
「それと招待状を頂いた日から鍛錬を続けて、闘気を使えるようになりました」
「ほう、それは初耳だな。そちらも見せてみよ」
「分かりました」
レオンは、ゆっくりと息を吸った。魔力ではない。
身体の奥、心臓の鼓動、そのさらに奥。
闘気を呼び起こす。胸の内が熱を帯びる。次の瞬間、
レオンの身体を、透明な光が包んだ。
獣人王が目を細める。
「闘気を見て美しいと思ったのは初めてだ」
王妃の一人、蜥蜴の女王妃が、低く呟いた。
「珍しい……人の子で、ここまで自然に闘気を扱う者は」
王族の子供の一人の少年が、思わず前のめりになる。
「父上、あれは…」
「ははははは!」
獣人王が、豪快に笑った。
「よい!実に、よい!」立ち上がり、宣言する。
「レオン・グラディア!
貴殿を我が国の武闘会に正式な戦士として迎え入れる!」
王族の子供たちの目が、完全に変わった。
警戒ではない。対等な競争者を見る目だ。
フィリアが、隣で静かに息を吐く。
「……歓迎、されたようですね」
「そうみたいですね」
レオンは苦笑しながらも、胸の奥が高鳴るのを感じていた。
ここは、力を偽らない国。だからこそ――
真実も、嘘も、すべて剥き出しになる。
武闘会は、もうすぐ始まる。
謁見の間を後にした一行が通されたのは、王城の奥に設えられた応接室だった。
白い石と木目を基調とした空間は、人間の王城とは明らかに趣が異なる。
壁や柱には、様々な動物を模した浮き彫りが施され、
それぞれが武器を構え、あるいは拳を突き出す姿で刻まれている。
(……全部、戦う姿だな)
レオンは内心でそう呟きながら、深く腰掛けることはせず、
背筋を伸ばして椅子に座った。正面にはアニマディア王国国王、
黄金の鬣を持つバルグリオス・アニマディアが、
重厚な椅子に身を預けている。その左右には、
先ほど謁見で顔を合わせた王妃たちの姿はなく、
代わりに武官と思しき獣人が数名控えていた。
そして、自分のすぐ脇には王女フィリアとギルド長ガルドが並んで座っている。
「――さて」
国王が低く、しかしよく通る声で口を開く。
「改めて話そう。人の王国より来た第三王子、レオン・グラディアよ」
その名を呼ばれ、レオンは一礼した。
「我が国が開催する武闘会が、
ただの武闘会にではないことを説明をしておこうと思う」
「はい。武闘会が単なる競技ではないことは、道中でも幾度か耳にしました」
レオンの答えに、国王はわずかに口角を上げる。
「察しが良い。獣人の武闘会は祭りであると同時に、試練でもある」
国王は卓上に置かれた杯を手に取りながら、続けた。
「四年に一度、各地の強者が集う。目的は主に三つ」
「第一に、次代を担う戦士の選別」
「第二に、闘気の研鑽と披露」
「そして第三に……」
そこで、国王の視線が一瞬だけ鋭くなった。
「王国の内外に向けた力の誇示だ」
応接室の空気が、わずかに引き締まる。
ガルドが低く唸るように笑った。
「相変わらず物騒だな、陛下」
「誇示とは防衛でもある。理解しているだろう、ガルド」
「まあな。俺も若い頃、その誇示に巻き込まれた一人だ」
そう言って肩をすくめるガルドを横目に、フィリアが静かに口を挟む。
「国王様、今年は…例年より参加者が多いと聞いていますの」
「ああ」
国王は頷いた。
「我の子供たちも、四名が出場を表明している」
レオンの眉が、わずかに動く。
「四名ですか」
「うむ。血筋も、闘気の性質も異なる者たちだ。故に、観客は湧く。だが」
国王はそこで言葉を区切り、レオンをまっすぐ見据えた。
「同時に、波乱も起こりやすい」
その言葉に、レオンは先日の出来事を思い出す。
戦勇神アグレオスが告げた不穏な気配。
(やっぱり、ただの大会じゃない)
「武闘会の形式は、基本的に個人戦だ」
国王は説明を続ける。
「予選、本戦、決勝。殺生は禁止だが…」
そこで、少しだけ声が低くなる。
「本気でぶつからなければならぬ」
獣人らしい、実に率直なルールだった。
「魔法、闘気の使用は自由、武器も可、どのような人種、業種でも参加できる」
国王はレオンを試すような視線を向けた。
「お主は、魔法と闘気を併用する実に珍しい存在だ」
レオンは一瞬だけ息を整え、正直に答えた。
「まだ鍛錬中です。ですが……武闘会が、それを鍛える場になるのであれば」
「十分だ」国王は即答した。
「貴公は起爆剤だ」その黄金の瞳が、わずかに楽しげに細まる。
「闘技会を盛り上げる可能性を秘めている!」
ガルドが肩を叩く。
「聞いたか、レオン。もう目立つ前提だぞ」
「……覚悟はしてきました」
そう答えながら、レオンは心の奥で笑った。




